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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第十七章 〈蓮華〉の秘密
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ⅩⅦー1 気まぐれ弁護士の探偵簿

■固まった元警官

「きゃあ! 久しぶり!」

 イ・ジェシンの周りにきれいな女性たちが群がった。アカデメイアの最高級クラブとして有名な店だ。


 ジェシンは、若くハンサムでおしゃべり上手な上、女性の身体に触らず、金払いが良い上客として大人気なのだ。向こうに、クラブのスリートップのメイ、ジューン、ローラを集めて悦に入っている人物が見えた。ドロップ建設の社長だ。三人の美女はジェシンを見て残念そうな顔をしたが、いまは社長のそばを離れられない。


 ジェシンのそばには、四番手のサリーがついた。サリーは興奮気味だ。ジェシンが初めて見るちょっと男前の青年を連れていたからだ。

「この人はケイ、ボクの大事な友だち。お酒は飲めないから、ソフトドリンクでお願いね」とジェシンが言うと、「あら、残念!」と、サリーはケイに笑顔を向けた。

 ケイは緊張のあまり、カチンコチンだ。警官時代に場末の安いキャバレーに聞き込みに行ったことがあるが、こんなクラブは初めてだ。店内は豪華で、働く男性たちも女性たちもみなそれぞれに美しく、衣服もきわめて上等のようだ。


 浮浪者生活が続き、まともな服を持っていないケイに、ジェシンは去年買ったばかりの服を与えた。

 おしゃれなジェシンは、探偵ごっこ用も含めて、どんどん新しい服を買う。お蔵入りの服も大量にある。ケイにその一つを着せ、ジェシン行きつけの理容院で髭を剃り、髪をセットすると、ヨレヨレの浮浪者が立派な青年紳士に激変した。

 ジェシンの変装の比ではない。ジェシンは大喜び。

――ケイは探偵仲間にぴったりだな!

 

 ジェシンは、慣れたように酒を頼み、ムトウにも勧めた。

 ケイは、ノンアルコールのカクテルを飲んでいる。本当は酒には強い。多少飲んでも酔うことはない。だが、あとにミッションが控えている。一緒に来たムトウは、これ幸いとばかり、高級酒を頼んでいる。これは「調査」だ。経費で落とすことができる。


 ジェシンが、明るく場を盛り上げ始めた。楽しそうにしている場に、一人の女性が近づいてきた。

「イ・ジェシン弁護士、お久しぶりですね」

「やあ、マダム。今夜もお美しいですね!」 

 優雅な物腰でジェシンに挨拶する女性にサリーがサッと席を譲った。


 マダムと呼ばれた女性は、大きな翡翠の指輪をはめたきれいな指をゆっくりと伸ばして、ドレスの裾をちょっと引き、上品にソファに腰掛けた。作法のお手本のようなふるまいだ。ジェシンもそれに合わせるように、優雅な所作で返礼した。

「こちらのお方は?」

「ボクの友人で、あるスポーツクラブの経営者です。どうぞお見知りおきを。こちらはこのクラブのオーナーだ」

「はじめまして、ケイと言います」

 女性はあでやかな笑みを絶やさないまま、ケイの手をチラッと見た。


「アキよ。これからもどうぞよろしく」

 アキは、サリーに何事かをささやき、ジェシンを誘った。アキと連れだったジェシンが振り返ると、ケイとムトウのところに店一番の高級酒とフレッシュジュースが届けられていた。

「ご挨拶の代わりよ」

 アキがクスッとジェシンにウインクした。


■マダムの謎かけ

 ちょっと離れた場所にジェシンを誘ったアキは、ジェシンに座るよう促した。ドロップ建設社長のグループがよく見える。が、向こうからは見えにくい絶好の場所だった。

「いい場所でしょ?」

「そうですね」

「あなた、なにを企んでるのかしら? あの男性は経営者ではないわね」

「わかりましたか?」

「働く者の手ですもの」


「さすが、マダムだ。ボクがドロップ建設がらみの事件を引き受けたこともすでにご承知なんでしょ?」

「そうね。でも、まさか、こんなにあからさまに調査にいらっしゃるとは思いませんでしたけど」

「ボクは無能弁護士ですからね。正面突破で玉砕ってのは、ボクのいつものパターンです」

「ほほほ。無能の仮面をかぶった有能弁護士ってことはよくわかっていますよ。わたしの息子はまだ気づいていないようですが。このまえ、タダキにお会いになったのでしょ?」

「ええ」

「あの子もいい子なんですよ。頑張りすぎて、ときどき周りが見えなくなるんですけれど」


 マダムはタダキ弁護士の母――そう、ここは、鷹丸組の「姉御」の店なのだ。そして、アキは、ジェシンの母の幼なじみであり、親友でもある。この店で起こったトラブルはほぼすべてジェシンの母が解決してきた。


「わたしがお客さまの情報を売らないことはご存知でしょ?」

「もちろん」

「でも、お客さまではない方から得た情報をお届けすることはありますの」

「はい。伝える情報も伝える相手もお選びになることもよく存じています」

「ほほほ」

 マダムは楽しそうに笑った。


「あなたが探偵ごっこをお好きなように、わたしも探偵ごっこが好きなのですよ。でも、一番好きなのは、謎かけ」

 イ・ジェシンの眼が俄然強い光を帯びた。

「謎を解くのは得意ですよ」


 マダムは笑顔を絶やさず、たわいないおしゃべりを始めた。

「わたしにはとても可愛がっているネコがおりましてね。そのネコは元保護ネコなのですけれど、どうやらアカデメイアのネコたちのはぐれネコだったようでしてね。ときどきアカデメイアのネコたちに会いに行きますの。いつもはその日のうちに戻ってくるのですが、その日に限って戻らず、探してもらったんです」

「ネコですか」

「ええ。そうしたら、アカデメイアのネコの一匹が亡くなっていたんです。うちのネコはそのネコのそばを離れようとしなかったようです」

「姉弟ネコだったのですか?」

「そのようですね」


「ネコも絆が強いのですねえ」

「ええ。亡くなったネコをひきとってきちんと供養したのですけれど、どうやらほかにも亡くなったネコが何匹かいるようでしてね」

「え?」

「理由はわかりませんの。ただ、亡くなった場所が同じなのですよ」

「……まさか、〈蓮華の森〉ですか?」

「そうよ。よくおわかりね」

「あのあたりのカエルが妙に肥えているという噂を聞きましたので……魚も何らかの影響を受けているかと」


 マダムはにっこりと笑った。

「うちのネコの姉ネコの仇をとってくださるとうれしいのですけれど」

「わかりました。ネコの仇討ちならば、真剣に取り組まねば、ね」


 イ・ジェシンはもとのテーブルに戻り、しばらくワイワイ騒いだ後、ドロップ建設社長が席をたつ前に店を出た。ジェシンたちは出迎えの車に乗り、クラブを後にした。


 深夜、社長一行が出てきた。それぞれが三台の車に分乗した。向かう方向はすべて別々だった。闇に紛れ、それらの車を静かに追いかける車があった。ケイと橋の下の仲間二人だ。


 翌日、ジェシンの許に写真と情報が届けられた。

「へえ……一人はカトマール、もう一人はシャンラ……外国の賓客をアカデメイア一の超高級クラブでもてなしたというわけか」


 アキのクラブはその閉鎖性でも有名だ。一見の客は受け容れない。ホステスが個人的に客とどう付き合うかまでは干渉しないが、店自体は売春とも無縁だ。店内でのハラスメント行為や下品な言動は厳禁されており、そのようなことをした者は出入り禁止にされる。

 アカデメイア政財界のトップが利用する店としても有名で、「裏の社交界」とも呼ばれるほど。秘密は徹底的に守られる。その意味でも、ゲストにとってこの店でもてなしを受けることはある種の名誉だった。


 ジェシンは、ケイにアカデメイアのネコ一家のことを秘かに調べるよう依頼した。

「ネコ一家ですか?」

「そうだ、ネコ一家だ」


 ケイは面食らったが、報酬を積まれて、仲間にすぐに指令を出した。金庫から現金を出したムトウは一瞬呆然としたが、ジェシンの表情を見て諦めた。

(うわ……こりゃダメだ。やる気が半端ない)


 ジェシンは張り切っていた。

(ネコのためだもんな! さすがマダム。ボクをやる気にさせる術をよく心得てるよ! あ、そうだ! 〈蓮華の森〉がからむから、サキ先生にも相談しようっと!)

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