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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第十六章 香華族の秘宝
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ⅩⅥー6 命を呼び戻した赤子

■生きていた皇帝

 ファウンとシュンをパドアが丁重に出迎えた。案内されたのは、最上級のゲストを招く客間だった。上座に二人の座席が用意されていた。アユは礼装に近い姿で二人を出迎え、上座(かみざ)へと案内した。


「お呼びだてするような真似をして、失礼をお許しください。人払いはしております。どうぞおくつろぎくださいませ」


 ファウンはアユとパドアを見た。二人とも膝をついて最高の礼を取っている。

「わたしのことがわかったようだな」

「はい。このパドアが気づきましてございます。ファウン皇帝陛下、そして、シュン夫君殿下。改めてご挨拶申し上げます。先の皇帝アリアの長女リリアンヌにございます」


「なぜ気づいた? わたしの墓はすでに皇室墓地にあるぞ」

「皇帝陛下の女官長セイどのから伺いました。皇帝陛下はじつはご存命だと」

「セイとな? セイと会ったのか?」

「さようです。セイどのは〈忘れられた村〉に引きこもっておられましたが、レオンどのの説得に応じてくださり、ルナ大祭典へのご協力をいただくことになりました。皇帝陛下の外宮にてお過ごしでしたが、いまはアカデメイアの櫻館に行っておられます。昨日連絡いたしましたので、まもなくこちらにご到着でしょう」

「さようか」


 ファウンは、アユをじっと見た。

「そなたはアリアに似ておるの」

「はい。セイどのにもそのように言われました。母上たる皇帝陛下と最後にお別れしたのはわたくしが十二の時……すでに三十年になります」

「うむ」

「母上からはどこに逃げるかを教えていただけませんでした。ただ、弟を守れと厳命されたのでございますが、いまなお弟は見つかっておりません」

「……そうか」


 パドアが新しい客人を案内してきた。

 彼女は、ファウンを見るなり、床にひれ伏した。涙が溢れている。


「ファウン皇帝陛下。お久しゅうござりまする。まさか生きてふたたびお目にかかれるとは思ってもおりませなんだ」

「わたしもじゃ。セイ、いろいろと苦労をかけたな」

「いえいえ。シュン夫君殿下もご一緒でなによりでござりまする」

「そうだな。そのために、わたしの葬礼までしてもらったのだからな」

 ファウンはシュンと顔を見合わせて微笑んだ。


■二人の孫

「リリアから聞いたが、アカデメイアにいたのか?」

「さようです。まだリリアさまには申し上げておりませなんだが、レオンさまをお助けするためでござりました」

「レオンを助ける?」

「はい。ラウ伯爵の遠縁とされるレオンさまは、じつはカトマール皇子レオンハルトさま。長く記憶を失い、香華族としての力も失っておられたのですが、ご自身の生命の危機に直面し、つい先日、記憶を取り戻されたようでござりまする」

「なんと……やはりレオンどのがレオンハルトだったのですね」

 リリアが涙ぐんだ。


 セイが力を込めて宣言した。

「レオンハルトさまはたしかに聖香華。あの〈月の華〉の力を呼び出すことができまする。聖香華以外には持ちえぬ力でござりまする」

「やはりそうであったか……。ラウ財団のレオンは若い頃のわたしに似ておるとシュンが申すゆえ、おそらくそうだと思うておった」


「ですが、レオンさまは、ご自身の力もお血筋もまわりに隠しておられまする。ただお一人、パートナーの九鬼彪吾どのにだけは明かしておられるようですが……」

「九鬼彪吾? 知らぬな」

「天才音楽家でござりまする。ルナ大祭典のルナ・ミュージカルの総監督をつとめておられまする。彪吾どのは、レオンさまが命をかけてでも守ろうとするお相手。彪吾どのも同じでござりまする」

「そうか……。愛する者と一緒にいるのだな。それは何よりだ」


「じつは、レオンさまは聖香華のなかでも特異な変性体にござりまする」

「変性体?」

「さようです。ある時期、レオンさまは女体化し、彪吾どののお子をお産みになりました」

「なに?」

「ファウン皇帝陛下とシュン夫君殿下には、ひ孫さまがおられるのです」

 ファウンとシュンは顔を見合わせた。リリアもパドアも絶句している。


「なんとまあ……それは驚いたな」

「ひ孫さまはリクというお名でござりまする。アカデメイアの病院医師の娘として育っておりまする。このことはリクさまにもその育ての父上にも明かされておりませぬ」

「そうか……」


「レオンさまが聖香華であることを隠されるのは、リクさまのため」

「どういうことだ?」

「じつはリクさまもまた強い異能者のようでござりまする。ところが、リクさまは異能統制の訓練を受けておられず、異能もまた封印されておりまする。このままでは異能が暴発したときに、リクさまのお命が危うくなりまする」


「そうだな……。レオンは天月で訓練をうけておったようだが」

「その通りでござりまする。じつは櫻館にはほかにも異能をもつ子どもたちが集まっておりまする」

「なに?」

「今年の春、稀な月蝕が起こりました」

「知っておる」

「その月蝕は凶事の前触れらしく、レオンさまは銀麗月や九孤族宗主とご協力のうえ、動いておられるのでござりまする」


「銀麗月と九孤族宗主だと?」

「さようです。櫻館では、現在、銀麗月と九孤族宗主が子どもたちの異能を訓練しておりまする」

「それは驚いた。最強の面々ではないか」

「はい。この子どもたちこそがルナ神話に言う「月の一族」の血を引く者と思われまする」


 ファウンもシュンも言葉を失った。リリアもパドアも初めて聞く内容だ。

「櫻館では、ルナ神殿の秘密を明かし、ルナ石板の解読も進めておりまする。それだけの能力がある者が集まっておるのでござりまする」

「われわれにできることはあるか? そなたがここに来たのはそのためであろう?」

「お見通しでござりますな。ぜひ、レオンさまともご面談のうえ、陛下がご存知のことをレオンさまにお伝えくださいませ。もはや本香華は壊滅状態。香華族の伝統と知恵をもっともよく引き継いでおられるのは陛下にござりますれば」


 まもなく、レオンが離宮に呼ばれた。最上級の客間の上座に、ララ伯母として紹介された老女とその夫が座り、そばにセイが寄り添っている。離宮の女主人アユはパドアともども下座に立っている。レオンは事情を察したようだった。


 セイが言った。

「ファウン皇帝陛下とシュン夫君殿下であられまする。そして、こちらは皇女リリアンヌさま。さあ、どうぞ。皇子レオンハルトさま、みなさまにご挨拶なされませ」


 レオンは最敬礼の挨拶を返した。その上で、みなに断りを入れた。ここに招きたい人物がいるという。

 ファウンの許可のもと、しばらくして現れたのは、天月修士カイだった。


■命を呼び戻した赤子

 レオンは、カイの同意を得て、もう一つの衝撃的な真実を一同に伝えた。

「カイどのは天月の銀麗月であられます。そして、リリアンヌさまのお子でございます」


――ええっ!

 言葉にならない驚きを飲み込み、リリアの目から涙が溢れた。パドアも涙を拭いながら、ファウンの許可を得て、カイをリリアのもとに(いざな)った。


 カイの声はめずらしく震えていた。

「先日、わたしが産まれたシャンラの峠にまいりました。あなたさまの記憶が小屋に残っており、そばにそびえる杉の大木が過去の出来事を教えてくれました。天月のご老師さまが、産まれたばかりのわたしを土の中から救ってくださったのです」


 リリアが頷いた。

「ええ……あなたを産み落とした日があなたの命日。その日にはいつもあの小さな墓に詣でておりました。でも、まさか、あなたが生きていたなんて。これほどうれしいことはありません。わたしの子は息をしていない状態で産まれました。でも、生きていたのですね」


 セイが言った。

「いったん消えかかったお命をご自身で呼び戻されたのでしょうな。カイさまの異能のお力なればこそ。普通は、とうていできることではござりませぬ」


「あなたを抱きしめていいですか?」と、リリアはやさしく言った。

 カイがおそるおそるリリアに身を委ねると、リリアは息子を抱きしめ、その背を撫でた。カイは母たる女性にはじめて抱きしめられた。得も言われぬ安心感が身をめぐった。


 リリアがカイに言った。

「こちらのお二人は、あなたのひいおばあさまとひいおじいさまです。ファウン皇帝陛下とシュン夫君殿下にご挨拶なされませ」


 そして、皇帝と夫君にこう告げた。

「カイの父は、シャンラの亡きロアン王太子どの。カイは、香華族とヨミ神官族の血を受け継ぎ、カトマール皇帝家とシャンラ王家の血を引いております」

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