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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第十六章 香華族の秘宝
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ⅩⅥー4 離宮への旅

■孫を探して

 老いた身に旅は(こた)える。

 だが、シュンもファウンも、おそらく人生最後になるであろう旅をゆっくりと楽しむことにした。


 最初に向かったのは、皇宮と外宮だ。皇宮は荒れ果てていた。外宮は手入れされていたが、人が住んでいる気配はなかった。細いにわか雨が降ってきた。二人は大きな木の下に潜り込んだ。かつてよくそうしたように――。雨宿りしていると、白い小さな生き物が姿を現した。


「けろっ」

「シロ! シロじゃないか!」

 白いカエルは、シュンの手の平に乗ってきた。シュンはファウンと顔を見合わせた。二人の出会いを見守った白いカエルの子孫なのだろう。カエルはシュンを待ちわびていたようだった。雨が上がっても、シュンから離れない。


 シュンは小さな籠を買い、白いカエルを招いた。

「一緒に来るか?」

 カエルは喜んで中に入り、置かれた葉っぱのうえでくつろぎ始めた。


 次に向かったのは、シュンが生まれた村だ。すでに見知らぬ者ばかり。カトマールの経済開発が及び、村にも活気が出ていた。


――木はそこに一本、凛として聳えていた。。

 かつて、シュンがしょっちゅう雨宿りした木だ。十五歳の二人は、この木のそばで出会った。


 二人並んで、木の下に立ってみた。そこから見える離宮も、あのころとほとんど変わっていない。


 さすがに老体にムリはきかない。二人で木の下に座り、疲れを癒やしていると、農夫らしい中年男が声をかけた。

「どうしたんですかい?」

「いえね。久しぶりにお城を見に来たんじゃが、疲れてしまいましてな。こうして一休みしておるところです。ですが、もうすぐ雨が降りそうでな。どうしようかと思案しとったところです」

「お城までは歩いて一時間はかかりますぜ。しばらくうちで雨宿りでもしませんか? 小さなあばら屋ですがな」

「それはそれは、ご親切に」


 農夫に導かれて訪ねたのは、本当にあばら屋だった。だが、もう数十年、同じような家で暮らしてきた。驚きはない。

 農夫はトランと名乗った。二人に温かい白湯を出し、自分も飲んだ。雨を見ながら、シュウが言った。


「慈雨ですね。これで畑も一息つくでしょう」

「いや、よくおわかりで。そちらさんも畑仕事を?」

「そうです。小さな畑を耕して暮らしています。このたびは妻の親族におめでたがありましてな。向かっている途中なんですが、この年です。最後の旅になるだろうから、ついでに昔の思い出の場所もめぐろうということになりましてな」


「そうでしたか。この村にもなにかゆかりが?」

「いえいえ。ゆかりというほどじゃないですが、昔、この村に知り合いがおりましてな。ときどき来ておりましたもので」

「へええ。どちらさんかな?」

「もうとうに亡くなった人ですよ。猟師のルピンさんです」

「ああ! ルピンさんねえ。その人の息子は、あっしの幼なじみでしてね」

「そうだったんですか?」


「そいつも死んだという噂ですがな。もう三十年も前のことじゃが」

「そう……」

「そういえば、そいつとルキアで一緒だったという男がこの前訪ねてきましてな」

「え?」

「あっしの幼なじみは、優秀だったもんでルキアの軍事大学校に行ったんでさ。ルキアのときの知り合いといやあ、その軍事大学校の友だちだったんじゃないかと思いますが、詳しくは話しませんでしたな。こっちも聞きませんでしたし」

「ルキアの軍事大学校といえば、軍幹部の養成校として有名ですが、そのご友人の名は?」

「ルンでさあ。訪ねてきた友だちはヤオとか言ってましたな」


 雨がからりと上がった。二人はトランに礼を言い、城に向けて歩き始めた。トランは老人と老女の後ろ姿を見送った。

 二人は手をつなぎ、老人は老女を(いたわ)るようにゆっくりと歩いている。着ているものはこざっぱりした普段着で大きな荷物もない。二人とも年老いていたが、若い頃はさぞ美しかったろうと思われた。


 最後に目指すのは、離宮だ。錦織のように彩られた山々を背に、高い尖塔が見える。

 シュンとファウンはゆっくりと歩みを進めた。

「離宮に何かを感じるの?」と、シュンが尋ねた。

「うむ……。何かはわからないが、われわれを呼んでいる気がする」


■離宮

 通り雨に洗われた離宮は美しく輝いていた。少し離れた森は古来の神域――そこにルナ大神殿がある。離宮は警備員に守られており、大きな門も閉まっていた。


 ファウンは立ち尽くして離宮を見上げた。今まで感じたことはなかった。

――この離宮はこんなに大きかったのか? 


「さあ、もう日が暮れる。暗くなる前に宿に行こう」

「そうだな」

 ふたりが(きびす)を返すと同時に、扉が開いた。


「では、パドアどの。わたしはこれで失礼します」

 涼やかな声がした。シュンが振りかえると、一人の美青年が門から姿を現した。


 シュンは立ちすくんだ。若い頃のファウンに似た美貌の青年だった。

「ファウン……」

 シュンは震えながら、妻の名を呼んだ。ファウンもまた言葉を失った。


 美青年は、固まったように自分を見つめる老夫婦に気づき、軽く会釈して、森の方に向かった。


「まさか……あれは、下の孫のレオンか? 若い頃のキミにとてもよく似ている」

「うむ……。それに確かにパドアと言った。ここにパドアがいるのか? では、リリアも?」


 ファウンが倒れそうになっている。シュンは妻を支えた。

「ひとまず宿に行こう。明日もう一度来てみよう。いいね?」

 

 宿は賑わっていた。森で再び調査が始まったとかで、関係者が泊まっているらしい。


「伯父さん、伯母さん!」

 受付を済ませると、後ろから声がかかった。ララだった。


「いったい、どうしたの?」

「いやあ。おまえに話を聞いて、冥土の土産にルナ大神殿を見てみたいと思うてな」と、シュンが頭をかいた。


「ええっ? でも、ルナ大神殿はまだ公開されていないわよ」

「そうだったかい? 年のせいかな? 物覚えが悪くなっちまった」

「まあ、ともかく、わたしの部屋に来てよ。疲れたでしょう?」

「いや、わしらも部屋は取っておる」

「きっとわたしの部屋の方が立派だよ。ラウ財団が手配してくれたからね。部屋で、晩ご飯を一緒に食べようよ!」


 たしかに、ララの部屋は立派だった。責任者という位置付けのせいらしい。寝室と書斎兼居間が分かれた間取りだった。シュウたちの部屋は狭いビジネス用のツインルームだ。


 ララが頼んだ夕食も豪勢だった。

「これはわたしのポケットマネーだよ。安心して食べて!」


 三人で食事を楽しんでいると、ノックがした。

「失礼しました。お客さまですか? では、あとで伺います」

 涼やかな声だった。

「あ……待って、レオンさん。わたしの親戚がたまたまこの宿に泊まっておりましてね。ちょっと紹介だけさせてもらえますか?」

「はい」


 青年が入ってきた。非常に美しい青年――さきほど門のところで見かけた青年だ。

「はじめまして。レオンと申します」

「こちらは、わたしの伯父と伯母です。ミン国に住んでいます。冥土の土産とかなんとか申しまして、ルナ大神殿を見に来たみたいなのですよ」

「さようでしたか」

「ご相談なのですが、わたしが責任をもちますので、明日少しだけ見学を許可していただけないでしょうか?」

「わかりました。ソン教授のお申し出はお断りするわけにいきません。どうぞお気をつけてご見学ください」

 レオンは二人に微笑みを見せた。ララが驚いた。この人物が微笑むなど初めて見た。


「で、何かご用事でしたか?」

「いえ……」

 レオンが躊躇した。

「二人なら大丈夫ですよ。わたしの親代わりみたいなものですから」


「では……。じつは明日、ラウ伯爵とカトマール副大統領ご夫妻が視察にお越しになることが急に決まりました。天月修士どのもご同席になられます。ぜひ、教授に調査の概要についてご説明をお願いしたいのですが、いかがでしょうか?」

「わかりました。場所は?」

「遺跡視察のあと、離宮にてご説明をお願いいたします」

「いつ頃お越しに?」

「午後一時頃です」

「では、伯父たちの見学は午前に済ませます」

「宜しくお願いいたします」


 レオンが去ったあと、シュンがララに尋ねた。

「あれはいったい何者だい? えらく美青年だったが……」

「ラウ伯爵の筆頭秘書よ。伯爵の遠縁なんだって。ルナ大祭典の事実上の責任者で、今回の調査の実際の責任者でもある。美貌だけじゃなく、切れ者で有名で、弁護士資格も持ってるのよね。あんな美男子で品行方正、礼儀正しいから、調査団の男女とも彼にメロメロよ」

「そうか……伯爵の遠縁なのか」

「うん。そう。でも、十八歳の時に事故にあって母親を亡くしてね。本人もそれまでの記憶をもっていないんだって」

「ほう……」


「ラウ伯爵はミン国が本拠地でしょ。その直轄領で母子ともども世話されていたらしいわ」

「では、今もミン国に?」

「ううん。アカデメイアよ。アカデメイアに櫻館という元ホテルがあるんだけど、そこにルナ大祭典に関するチームを作って合宿のような共同生活をしているらしいわ。でも、レオンさんはカトマールにしょっちゅう出張してるみたいだけど」

「櫻館……」

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