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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第十六章 香華族の秘宝
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ⅩⅥー2 老夫婦の沈黙

■ミン国の母

 ソン・ララは、カトマールに向かう途中、ミン国の実家に立ち寄った。いまは母が一人で住んでいる。


 ララの母は画家であり、大学では美術史を教えていた。いまは大学を定年退職し、作品を描くことに専念している。


 実家は、ミン国中部の自然豊かな渓谷沿いにあった。

 母は、小さな畑を耕し、ほとんど自給自足の生活を送っている。アトリエとして使っているのは、離れのもと納屋(なや)。花や小動物、空気の変化にゆらめく空と山の風景を好んで描いている。美術史家としては、古代美術を専門とし、ルナやウルの神殿遺跡やその壁画、彫像や陶器絵を神話や社会生活と関連づけて分析してきた。


 父もまた学者であったが、妻に母親の役割を期待した。そして、妻を精神的に支配しようとした。母は夫の甘えと横暴に見切りをつけた。父は母との離婚を頑として拒んだが、伯父が仲介に入った。

 離婚した母は自由になった。ララが五歳の頃だった。シングルで暮らす母の自由な姿に憧れ、ララもまた同じライフスタイルを選んだ。時々会う恋人はいるが、一緒に暮らしたいとは思わない。


 母は、貧しい開拓農民の子として育ち、十歳上の兄の支援で大学で学んだ。母の兄、つまり、ララの伯父は、若い頃カトマールの首都ルキアで過ごしたらしいが、親の許に戻り、親を養って、最期を看取った。農閑期には出稼ぎに行って金銭を稼ぎ、年の離れた妹である母を大学にまで行かせたという。


 母によると、伯父も篤志家の支援を受けて、大学で学ぶことができたという。博識で品格のある美青年で、自慢の兄だったとか。

 いま、伯父は伯母とともに祖父母が開拓したちっぽけな畑のそばで、晴耕雨読の生活を送っている。伯母もまたたいへんな美女で博識。二人の議論は聞いていて飽きない。


 ララは、伯父と伯母の家で議論に加わり、採れたばかりの野菜や果物を味わうのが何よりも楽しみだった。伯父夫婦は、ララを自分の子どものようにかわいがってくれた。


 母の家で一晩過ごしながら、ララは思った。 

――明日、久しぶりに伯父さんの家に行ってみよう。


■伯父と伯母

「伯父さん!」

「やあ、ララか。久しぶりだね」


 伯父は畑で豆を採っていた。やりとりが聞こえたのか、家から女性が顔を覗かせた。伯母だ。もう八十代半ばのはずだが、いまなお美しい。

「あら、ララちゃん。いらっしゃい!」


 伯父は伯母に採れたばかりの豆を渡し、伯母はそれを受け取って、二人仲良く腰掛けた。そろって豆をむき始める。あまりの仲の良さに、ララはいまだに赤面してしまう。

(こんな夫婦を見てると、パートナーに求めるレベルが上がっちゃうんだよな……)


 伯父たちが会話を始めた。

「いま、アカデメイアの教授なんだろう? すごいなあ」と伯父が言うと、

「そりゃそうよ。あなたの姪なんですもの」と伯母が答える。

「久しぶりにどうしたの?」と伯父が聞くと、

「ララちゃん、伯父さんが恋しくなった? ダメよ、伯父さんはわたしのものだからね。あげないわよ」と伯母が笑う。


 また二人であははと笑い合っている。

――いや、わたしもいるんですけど……。

 こんなとき、ムリにでも会話を突っ込まないと、二人ののろけ話を聞かされるだけに終わる。


「これからカトマールに行くの。途中に寄ったのよ」と、グッと身を乗り出すようにしてララは言った。

 伯父が怪訝そうな顔をした。

「カトマール?」

「そう。ルナ大神殿のそばに新しいルナ遺跡が発見されたの。月神殿かもしれない。わたしが調査責任者に任命されたの」

 伯父と伯母が顔を見合わせた。


「ルナ大神殿……」と、伯母がつぶやいた。

「おまえが責任者ってことは、アカデメイアが調査するってこと?」と、伯父が尋ねた。

「そうよ。正確にはカトマール大学と調査団を組むの。資金を出すのはラウ財団」

「ミン国発祥のあの有名な財閥?」と、伯母が首をひねる。

「うん、そう。来年、カトマールでルナ大祭典が開かれるの。知らない?」


 二人とも首を横に振った。

 そうだった。贅沢とは無縁の二人は、世間から隔絶されたような生活を送っている。テレビもパソコンもスマホもない。

 月に一度、古本屋で本を買う程度だ。情報には非常に疎い。


「ルナ大祭典ってなんだい?」

「カトマールの軍事政権が倒れてから、ルナ文化の見直しをはかろうとルナ大祭典が開かれるようになったのよ。三回目の来年はカトマールで行われるの。そのとき、ルナ大神殿が世界に公開されて、ルナ・ミュージカルも催されるのよ」


「おまえはそのルナ大神殿を見たのかい?」

「もちろん! あれほど壮大な神殿は他にないわ。軍事政権が放置してたのを、いまの副大統領夫人が私財をなげうって整備したんだって。それをカトマール政府とラウ財団が引き継いでいるわけよ」

「副大統領夫人?」

「うん。すごい美人よ。見る? 以前に訪問したときに一緒に写真を撮ったの」


 ララのスマホに映る美貌の女性を見て、伯母は絶句した。

「こ……このひとがカトマール副大統領夫人?」

「うん。アユっていう名よ。いつも銀髪の老婦人が付き添ってる」

「老婦人……どんな人?」

「あまりよく知らないけど、元はラウ伯爵家にいたんだって。たしか、パドアっていったかな?」


 ララは、二人が剥いた豆を米にいれ、豆ご飯を作り、伯父に代わって畑からなすびときゅうりを採って、間に合わせの昼食をこしらえた。ララが伯父の家に来たときにいつもそうするように。伯父も伯母も喜んでくれる。


 今回も喜んでくれたが、どこか(うわ)の空だった。それがなぜかは聞かなかった。聞けなかった。

 伯父と伯母には何か大きな秘密があるらしいことは、母から聞いていた。そして、それを決して探ってはいけないとも。


――伯父たちの沈黙は、何を意味するのだろう?


 ララは午後に伯父の家を辞し、カトマールに向かった。

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