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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第十五章 小さな墓
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ⅩⅤー5 サロンの女主人

■アカデメイアのロアン

 キュロスは王太子ロアンの親衛隊長となった。キュロスに対するロアンの信頼は厚く、キュロスもロアンに忠誠を尽くした。それは、主従の違いを超えて、親友のようでも、兄弟のようでもあった。


 ロアンは遺伝病の恐れを抱えていたが、十八歳を迎えても発病はしなかった。婚約者であるセイラとの婚儀は、ロアンが二十歳になったときに決まった。セイラとロアンは幼なじみで仲が良く、周囲は何も心配していなかった。


 十八歳になったロアンは、見聞を広めるため、二年間の留学に出ることになった。彼が選んだのは、アカデメイアだ。当然、キュロスも随行した。ロアンたちは、アカデメイアのシャンラ王家離宮で過ごすことになった。離宮は、ロアンが祖父王から相続した個人財産だった。


 アカデメイアの社交界で、ロアンは一人の年上女性に出会った。アメリアという名だった。

 ロアンは一目でアメリアに心を奪われた。婚約者のセイラには感じない激しい恋心だった。王太子の婚儀の妨げにならない限りで、恋は許される。

 けれども、売春婦と噂される女性との恋は、ロアンにも王室にも傷が付く。しかし、ロアンは彼女に夢中になった。キュロスは、なんとかしてロアンの目を覚まそうとした。だが、無駄だった。

 幸いだったのは、アメリアがロアンをまったく男として相手にしなかったことだ。彼女は、ロアンの求愛をことごとく拒み、ロアンを子ども扱いした。


■アメリア・サロン

 アメリアの素性は誰も知らなかった。正確な年齢もわからない。しかし、金髪碧眼のたいへんな美貌とすぐれた教養の持ち主として、アメリアは瞬く間にアカデメイア社交界の花形になった。


 若き伯爵ラウも彼女に関心をもった。侯爵でアカデメイア理事長の母は、息子がアメリアに興味を持つことを嫌った。世間にはアメリアを高級売春婦と考える者もいたからだ。それは、事実だったのかもしれない。違ったのかもしれない。(セックス)がからむと、とたんに評価が分かれてしまう。


 ある者はこう言った。

 アメリアにとって恋愛も性愛もすべてゲームにすぎず、相手に供したサービスの対価は法外に高い。そのサービスは売春にほかならず、アメリアは醜業婦だ。


 別の者はこう言った。

 売春は独自の専門的(セックス)職業(ワーク)だ。高い対価に見合うだけの心身の至福の時間を提供できる者はそういない。アメリアは史上最高のセックスワーカーだ。


 また、こう言う者もいた。

アメリアは恋愛遊戯を楽しんでいるように見えて、シビアに相手を選んでいる。アメリアによって破滅させられた男などいないじゃないか。


 これらはいずれも他人の評価だ。真実はわからない。


 ただ一つ確かなことがある。

 アメリアは、「選ぶ側」にいたことだ。誇り高く、愛を与える相手も取り巻きもすべて自分で選んだ。


 みな当代一流の財界人であり、教養人であり、文化人であった。その取り巻きたちと、アメリアは政治談義や文化論を闘わせた。取り巻きたちの()り合いを楽しみ、取り巻きを中心に一つの文化空間を形成した。

 一方、そこに参加する若者たちに名だたるトップエリートと出会う機会を与えた。参加する若者の性別や身分は問わなかった。アメリアが見込んだ者をサロンに招待したのである。


 アメリア・サロンはアカデメイアの超一流サロンとして有名になった。当時、アメリア・サロンで抜擢された若者の多くは、世界最貧国のエリート留学生であった。いまやそのほとんどがそれぞれの国の政治や経済の中枢となっている。そして、サロンで出会った有力者との人脈を生かし、国際協調に励んでいる。


 そんなアメリアにとって、シャンラ国王太子ロアンも名門伯爵ラウも物の数ではなかった。かれらの身分や財力にアメリアははなから関心をもたなかった。もっと有力な王族や政治家がアメリアを崇拝していたのだから。

 何より、彼女は自分に本気になる若者を意識的に遠ざけた。ゲームに耐えうる者以外は相手にしなかった。ただ、なぜか、ロアンのことは弟のようにかわいがった。自分に夢中であることを隠さない素直なロアンが社交界の笑いものにならないように気を配り、ロアンを保護したのである。


 ロアンはサロンで出会った二歳年上のラウと友人になった。ラウはロアンと同じように、陰りのある目をしていた。ただ、文化論を語らせると若きラウの右に出る者はおらず、その芸術的センスの良さにだれもが舌を巻いた。

 ラウはロアンがシャンラで描いている文化国家構想に強い関心を示した。ロアンは、あるべき学術保護について明確な考え方を持っていた。若き二人の議論を、アメリアはうれしそうに聞いていた。

 アメリアのそばには、カトマールからの亡命学生もいた。後のカトマール副大統領となるシャオ・レンである。しかし、当時は貧困にあえぐ苦学生だった。レンは、故国カトマールの軍事政権に家族も財産もすべて奪われた。アメリアの庇護を受け、アカデメイアで学んでいたのである。


 その頃、二つのことが彼らの関心を引いた。一つは、ピアノコンクールの開催である。まだ十歳の天才が出場するとの情報に、ラウは強い関心を寄せた。しかも、予選でとてつもない天才がもう一人現れたという。〈天月の子〉といううわさがあるとサロンで話題にすると、アメリアがめずらしく興味を示した。

 ゲスト招待を受けていたラウは座席を追加予約し、アメリアと連れだって決勝を見に行くことになった。ラウはアメリアと二人で出かけられることに胸を躍らせた。

 だが、二人そろって決勝に出向くと、会場には張り紙があった。「決勝中止のお知らせ」――アメリアとラウは顔を見合わせた。決勝の二人の少年がいずれも辞退を申し出たとのこと。前代未聞だった。


 アメリアとラウは隣の小さなホテルでお茶を飲んだ。奥の方がやや騒がしい。泣きはらした女性の姿がチラリと見えた。そばに十歳くらいの子とその両親らしき者もいた。しかし、何があったかは結局わからなかった。ホテルの者に聞いてもいっさい教えてくれなかった。そのときの子が彪吾だとラウが知ったのは、それからまもなくだった。


 もう一つは、シャンラ王国ではじめてルナ神殿が発掘されたとのニュースである。石板も数枚発見され、画期的発見として話題になった。


 そのニュースを話題にしていたある日、ラウはこう語った。

「ルナ神話はどの国からも忘れられた神話だ。だから、特定国家とつながるような政治性をもたない。しかし、その神話には人間や自然の本質が描かれている。いつか、ルナ神話をもとにした文化祭典を企画したい」


 ロアンもレンも大賛成した。アメリアも微笑んで頷いた。その企画が実現したのは、それから十年以上もたった後――カトマールでレンを中心に軍政を覆すのに成功し、ラウがアカデメイアの理事に就いた頃だ。

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