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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第十五章 小さな墓
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ⅩⅤー4 絆

■絆

 タン国傭兵の中でもキュロスは異色だった。名門家系の血筋を引き、幼い時から傭兵になるべく訓練され、古くからタン国と関わりの深いシャンラ王家に仕えることになった。すぐさま頭角を現し、シャンラ王太子の親衛隊長に抜擢された。キュロスの能力は、知力・武力・人格のどれをとっても抜きん出ており、シャンラ王太子が賊に襲われたとき、身を張って守ったことは今も語り草になっている。


 しかし、キュロスは、王太子の死後、親衛隊を辞し、故国にも戻らなかった。

 放浪しているとのうわさもあったが、だれも信じなかった。あのキュロスが意味もなく放浪するなどあり得なかったからである。


 それから十年。キュロスは舎村に拾われ、シュウに仕えるようになった。これも異色であった。タン国傭兵は個人では行動しない。互いを守るために集団で傭兵契約を結ぶ。しかし、キュロスはタン国傭兵であることをあえて表に出さずに、個人でシュウに仕えている。


 故国タン国には、すでに祖父母も両親もいない。キュロスは天涯孤独であった。タン国政府は、祖国の英雄の直系子孫を手厚く遇そうとしたが、キュロスはこれを断った。軍隊も政治も人の生殺与奪権を持つ。


 莫大な利権を伴う権力に他ならない軍隊にも政治にも世襲は禁物だ。キュロスはその先例になることを固く拒んだ。


■王太子

 キュロスが仕えたロアン王太子は、英邁な王子だった。

 ロアンとキュロスが出会ったのは、キュロスが二十五歳、ロアンが十五歳の時。シャンラ王家男子にのみ遺伝する病気があり、ロアンがそれを発病するかどうかは二分の一の確率と言われていた。そのせいかもしれない。ロアンはどこか諦念を漂わせており、繊細な感性をもつ美少年だった。


 当時、キュロスは国王の親衛隊に属した。若手のホープとしての期待が大きかったが、家系の七光りを嫌うキュロスは目立たないように過ごしていた。

 ある日、国王一家は、〈王の森〉で王家伝統の狩りの行事を行った。王太子ロアンはこれを嫌った。動物たちを狙うことはできないとして強く拒否した。結局、ロアンは狩りに参加せず、森を散策して過ごした。もちろんタン国傭兵の一部隊が警護に付いている。突然、矢が飛んできた。傭兵の一人がとっさにロアンを自分の身で庇った。キュロスだった。


 ロアンは、恐怖のあまり、気を失った。キュロスはロアンを抱きかかえ、森の城まで運んだ。

 国王も女王も驚いて駆けつけた。ロアンは青い顔をして横たわっていた。国王はそばにいた傭兵たちを叱責した。なぜ、こんな暴挙を未然に防げなかったのか。


 キュロスがおもむろに口を開いた。

「陛下、傭兵のキュロスと申します。このたびはわれわれの落ち度で王太子殿下を危険な目に遭わせてしまい、まことに申し訳ございません。責任はすべて小隊長のわたしにあります。他の隊員にはおとがめなきようお願いいたします」


 女王キハがキュロスを見た。

「そなたが責任者か?」

「さようです」

「では、申せ。警戒厳重な〈王の森〉に、なぜ不審者が入ることができた? 広い森の中で、なぜ狩りの場所を特定できた? なぜ、王でもわたしでもなく、王太子が狙われた?」


「確証はございませんが、わたしの見立てをお話してよろしいでしょうか?」と、膝を折ったままキュロスは応じた。

「かまわぬ。申せ」

 女王の声には威厳がある。

「まず、〈王の森〉ですが、警戒体制にはいくつかの弱点がございます」

「弱点とな?」


「さようです。〈王の森〉は広大な御料地でございます。普段から警備がなされておりますが、王室行事が行われるときには警備が強化されます。常時見張っておれば、その変化には容易く気づきます」

「なるほど」

「〈王の森〉は、一方は険しい崖、一方は広い河に挟まれた天然の要塞でもある森です。崖と河に面した箇所は、警備が手薄です。そこを狙われるとの前提が共有されておりません」


「そうか。……では、賊はだれだ?」

「矢はこのシャンラ王国のものです。しかし、矢尻に塗られた毒は、カトマール軍政府に雇われた「闇の軍団」が好んで用いるものです」


「毒? 「闇の軍団」だと?」

「さようです。「闇の軍団」であれば、ひそかに河を渡ることも、崖を下ることも可能です。警備が増えたことを確認してから森に潜んでも十分な余裕があります。その間に狩り場所は特定できるでしょう。銃をあえて使わなかったのは、狩りでの事故に見せかけるためでございましょう」


「その毒は強いのか?」

「猛毒です。身体の一部をかすっただけで、命はございません。しかし、時間が経ったり、人体に入ると毒は自然に消えますので、毒が使われたことはわからず、亡くなった場合にも、矢傷による失血か、心臓発作と思われるでしょう」


 女王も国王も驚いた。

「では、なぜ王太子が狙われた?」と、女王が尋ねた。

 キュロスは静かに答えた。


「カトマール軍事政府は強硬な軍政をひいておりますが、その実、きわめて脆弱です。国民の支持を得ていないからです。国民の中には、シャンラ王国による介入に期待する声も強うございます。シャンラ王室とカトマール皇室は、歴史的に深い関わりをもってきたからです。

 いまのカトマール軍事政権はシャンラ王国と正面切って闘えば、勝算はありません。ただ、いまの国王陛下と女王陛下の政策のご方針は「不介入」――。カトマール政府にとっては都合が良いのです。

 しかし、ロアン王太子は、カトマール軍政に疑問を持っておられ、しばしば軍政を批判しておられます。王太子は十六歳になれば、政治に関わるようになられます。軍政を嫌悪する王太子が発言力を強めることを怖れたのではないでしょうか」


 キハ女王は、若い傭兵隊長をじっと見つめた。言うことすべてが理にかなっている。ベッドでは、ロアンが目を覚まし、キュロスの説明を聞いていた。

 女王が言った。

「キュロスとやら。そなたの説明には一理あるが、いまの発言は、国王陛下とわたしに対する批判にもなるのだぞ」

「承知しております。ご処分は国王陛下と女王陛下の御意のままに」


「待って!」とロアンが大きな声を挙げた。

「その者は、わたしを守ってくれました。その者が身を挺して庇ってくれなかったら、わたしの命はなかったのです」

「そうなのか?」と女王は、居並ぶ傭兵たちに尋ねた。


 年長の傭兵が目を上げた。

「恐れながら申し上げます。王太子殿下の申される通りでございます。キュロス小隊長は、矢の気配を感じると同時に飛び出し、殿下を抱え込みました。その背すれすれのところを矢が飛んでいきました。

 小隊長はすぐに矢が飛んできた方を指さし、われわれにそこに行くよう指示しました。そして、刺客(しかく)を捉えることに成功したのですが、その者は歯に仕込んだ毒をのみ、絶命いたしました。遺体は安置室で、目下、医師が確認をしております」


 女王と国王は互いの顔を見合わせた。王太子の命を狙う行為を未然に防げなかったことは、だれの落ち度になるのか。ロアンが言った。

「国王陛下。わたしの願いをお聞き入れいただけないでしょうか?」

「申してみよ」

「これらのタン国傭兵は、国王陛下の親衛隊に属する者たちです。ですが、このたび、わたしの身辺警護を委ねられながら、それを防げませんでした。その責任を問うて、国王陛下の親衛隊からの除隊を命じてくださいませ。そして、わたしの命を救った恩賞として、新たにわたしの親衛隊に入れていただきたいのです」


 女王は驚きながらも頷いた。

「まことによい解決策であるの。陛下、いかがでしょう。王太子の提案を受け入れては?」

「わかった。その通りにいたそう。本日付でキュロス以下の小部隊は、国王親衛隊からの除隊を命じ、王太子の親衛隊に降格するものといたす」

 キュロスは驚きながらロアンを見た。ロアンがうれしそうにキュロスを見た。


 二人の絆はここから始まった。

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