ⅩⅤー3 傭兵
■王太子ロアン
ロアン王太子に最期まで仕えたのはキュロスだ。
櫻館に戻ったカイは、キュロスに乞うた。
「ロアン王太子のことを教えてくださいませんか?」
キュロスは驚いたが、すぐにロアンとの思い出を語り始めた。長くだれにも言えなかった思い出――カイと同じ年で逝ったロアン王太子の姿が蘇る。
〈青薔薇の館〉で、ラウやレン、そしてアメリアとともに、ロアンは国と民の将来を語り合っていた。平和な社会に基づく文化国家構想――。
いままさに、ラウがレンとともにカトマールで実現しようとしている国の在り方だ。失敗もある。停滞もある。だが、ルナ大祭典はその重要な画期となるだろう。
「〈青薔薇の館〉の女主人アメリアどのとロアン王太子との関係についても、何かご存知ですか?」
キュロスの目が潤んだ。ロアン王太子がアメリアに夢中であることは当時からよく知られていた。ロアンはそれを隠さなかったからだ。
「王太子というお立場は自由が利きません。シャンラには親同士が決めた婚約者がおられ、帰国後にはご婚礼も控えておりました。アメリアどのへの恋心は、留学中の火遊びとしてのみ許されたのです。アメリアどのもそれをよくご承知でした。一つ年下のロアン王太子を大事になさいましたが、恋の対象とはみなさなかったのです。
帰国後、ロアンさまは発病なさいました。シャンラ王家の男子にのみ伝わる遺伝病です。ロアンさまが王室行事でアカデメイアにおいでになったときに、ご病気のことを知ったアメリアどのは、ただ一度だけ、ロアン王太子のお気持ちを受け容れました。
その後、国に戻られたロアンさまは、国王陛下と女王陛下に病気のことを告白し、婚約解消を申し出たのです。〈王の森〉の離宮で療養なさったのですが、容体は急変し、数か月後、永遠の眠りにつかれました。
その間、ロアンさまはひたすらアメリアどののことを想っておられました。アメリアどのを妻に迎える――それがロアン王太子の最後の望みでございました」
「王太子亡き後、キュロスさんが各地を放浪したのは、王太子と関わりがあるのですか?」
「そうです。王太子の遺命を果たすためでした」
「遺命?」
「はい。アメリアどのを探せという遺命です。ですが、わたしはその遺命を果たすことができず、今に至っております」
「そうですか……」
二人は沈黙した。やがて、カイがゆっくりと口を開いた。
「さまざまな事情を考えると、アメリアどのはアユどのだと思われるのですが、いかがですか?」
「そうです。ですが、アユどのが隠しておられる以上、わたしからは何も申せません」
タン国傭兵は、主人の私生活には干渉しない。忠義以上の過度の思い入れは危険だからだ。だが、キュロスはロアン王太子に対して、忠義以上の思いを持っている。いま、シュウを自分の子の如く大事にするように。
キュロスは、なぜカイがロアン王太子とアメリアのことを尋ねるか、その理由を聞きはしなかった。知っていること、話しても良いことだけを淡々と話した。これもまた、タン国傭兵の規律だ。知りすぎてはいけない。知ろうとしてもいけない。
カイは確信した。
――わたしはアメリアとロアンの子として生まれたに違いない。
母アメリアは子が生きていることを知らない。しかし、あの土塊のような墓を大切にし、手入れを続けている。子を捨てるつもりなどなかったからだろう。
老師は、わたしを名もなき捨てられた子として引き取り、それゆえに生まれの真実をわたしに明かしはしなかった。おそらく聞けば教えてくれただろう。だが、わたしは聞かなかった。
カイは、レオンにだけは真実を話した。銀麗月と聖香華の因縁が、血を分かち合う関係でふたたび繰り返されるのかもしれない。だが、それは対立であってはならない。
レオンは驚き、そして喜んだ。甥を抱きしめ、涙を流した。
そして、レオンもまたカイにだけは秘密を打ち明けた。自分が変性体であり、リクは自分と彪吾の子であること――。レオンは、従姉妹となるリクをともに守ってくれるよう、カイに頼んだ。
■故国――タン国
――銀麗月カイは、なぜロアン王太子のことを尋ねたのだろう?
キュロスは数ヶ月前のハイレベルな闘い――カイとリトの闘い――を思い出しながら、さらに遠い記憶を呼び起こしていた。すでに離れて四半世紀以上経つ故国の記憶、そして仕えた王太子の面影だ。
故国のタン国は貧しい。険しい山が広がり、わずかな牧畜と林業しか生業がないタン国では、傭兵として働き盛りの男たちを外に出すしかなかった。若者の血で外貨を稼いだのである。
人を犠牲にするような策は長続きしない。貧しい小国タン国を、強固で名誉ある傭兵国家に変えたのは、キュロスの祖父母だった。祖母アーサはタン国女王ですぐれた政治家であり、祖父ジョイはタン国軍の将軍だった。二人は多くの者の協力と国民の支持を受け、国家の改革に乗り出した。
改革の柱は二つだった。一つは観光立国にすること、もう一つは傭兵を守るために国が支援することだった。
観光立国は、自然保護との調整が難しい。アーサは、国が管理する土地の自然には手をつけず、王室がもつ土地の一部を観光資源として自治体に管理権を委ね、地元に産業を興した。
代々の王室がもつ土地はタン国の一等地で、秘境を含む自然は風光明媚である上、歴史的建造物が集中していた。立地条件も抜群で、すべてが観光に向いていた。しかし、無条件な観光開発は認めず、ホテルやスキー場・温泉などの観光施設が乱立しないよう、地域が組合を作って管理した。宿泊施設の制限は観光客の制限につながり、自然保護にも寄与した。その結果、観光価値の暴落を阻止することができた。
外資系ホテルの参入は阻み、あくまで国内の観光業を支援した。入国した観光客には、タン国伝統の食事や宿を外国人向けに改良し、質の高いサービスを適正価格で提供した。その結果、タン国の観光価値は爆上がりし、タン国は一生に一度は行ってみたい観光地に名を連ねるようになったのである。
女王アーサが優れていたのは、タン国の伝統産業である農業・牧畜業・林業・織物業などの生業を保護したことであった。
「伝統と生業と自然を守るべし」――これが、アーサのスローガンであった。利益を上げにくい生業には、政府が税金で支援した。食料自給と農地・山林・河川の保護こそが国民の格差を広げず、国民全体の利益になるとアーサは考えたのである。
結果的に、これらの生業自体が自然を守る循環をなし、観光資源となり、かつ、タン国のホテルやレストランの特徴をなすことになった。累進課税が徹底され、富は税金を通じて国民全体に再分配された。そのため、学校は大学も含めてすべて無償、病気や老後のケアは福祉の充実によって家族ではなく、公費で支弁される。
もう一つの柱である傭兵制度の改革をしたのがジョイ将軍である。
タン国傭兵は一千年以上にもわたる歴史がある。観光産業で生業が成り立つのであれば、あえて傭兵に出る必要はなかったが、ジョイは傭兵を残し、制度化した。
タン国傭兵は、無駄死にを避けるため、「国家」という虚構のために命をかけることなどない。そんなことを強いられたら一丸となって抗議し、戦線離脱することになっている。その契約に応じない相手には、いくら金銭を積まれても決して傭兵にはならない。
ジョイは、傭兵の闘いの目的に意味を持たせた。傭兵の目的は主に護衛で、例外的に闘うのは、非道を断つため、民を守るためだ。犯罪者からなる間に合わせの傭兵集団などとはわけが違う。
これゆえ、タン国傭兵は、カトマール帝国の陰惨たる内戦にはどれほど乞われてもいっさい関与せず、カトマール軍事独裁政権を覆すための闘いには参戦した。
タン国自体が堅固な砦の小国だ。報復として攻められても国を守り抜くことができる。タン国傭兵の力を必要とする国や勢力から支援を受けることもできる。結局、「国」のために闘わないことが、タン国とその民を守ることになる。それがジョイの考えであり、それは成功した。
タン国では、傭兵契約は個人ではできない。軍団ごとに国が契約主体となって依頼者と契約する。ゆえに、傭兵は国家公務員扱いで国から俸給が出る上に、依頼者から得た契約金の一定割合も支給される。タン国の物価水準からすれば、相当の高額であり、傭兵志願者は後を絶たない。
国の宝である傭兵の命は重んじられる。傭兵の命を守るために、タン国政府は契約内容を精査し、命を失った者や大けがを負った者には国が補償を行う。
また、傭兵候補者には徹底した訓練が施される。どれほど傭兵になりたくても、家族構成や能力等で傭兵になることができる者は限られる。一家に一人しか若者がいない場合には、傭兵訓練を受けることはできても、原則として、傭兵として国を出ることはできない。
訓練過程で能力がないと判断された場合には、別の職業訓練の機会が提供される。傭兵になるのは憧れだが、なれなくても別の道が用意されることによって、傭兵をいたずらに賛美しないよう教育が工夫された。
傭兵になるには性別を問わない。だが、ほとんどは青年男性である。傭兵として外国の文化や産業や学問に接し、それを持ち帰って、タン国の政治や産業に活かす者もいた。
近年のタン国傭兵は、自ら軍隊を持たない国の王族親衛隊や政府要人の警護隊に抜擢されることが多い。それはタン国傭兵への国際的信頼の証であった。
傭兵契約は相当高額だが、それ以上の価値があるとして、品行方正で忠義に厚く、文武両道のタン国傭兵は引く手あまただった。提供できる傭兵の数に限りがあるため、古い契約を重視して、新しい契約は断らざるを得ない状況にあるほどだ。




