ⅩⅤー1 土塊
■血と力
カイは窓辺に座って月を見上げていた。明るい銀色がぽっかりと暗闇を切り取っている。
――初代銀麗月と初代聖香華は双子だった。
聖香華レオンからそう聞いたとき、わたしは腑に落ちるものを感じた。香華族と天月仙門の組織の原理は異なる。香華族は血統、天月は能力――。異能に対する考え方は対立する。香華族は異能促進、天月は異能抑制――。発揮する異能の性質も異なる。香華族は「月の一族」の異能、天月は多様な異能を含む。
だが、独裁を避けるための工夫などの仕組みは似ている。そして、聖香華も銀麗月も最強の異能者だ。
どちらが良いか悪いかではない。対照的な表裏の関係であり、いずれにも理がある。
今後、聖香華レオンとはさまざま形で協力する必要があるだろう。
〈十歳のレオン〉について、レオンから依頼を受けたときから、いつかはこんな日がくるのではないかと感じていた。レオンとは深い関わりがあるような気がする。
自らの危機を通じて、レオンは自分のルーツを知った。
――では、わたしは?
いまなお、自分が何者かを知らない。
それで良いと思ってきた。知ったところで何も変わらない。
だが、リトはどうやら弦月の血を引くらしい。その事実を明らかにすることが、リトの命を守るために必要という。オロもリクも血統の力を示している。それはいずれも身近な「父」とは血がつながらないことを意味する。十五歳にとって、その事実を知ることはどんな意味をもつだろう。
わたしはどうだろうか?
天月で鍛えられたとはいえ、異能は何もないところからは生まれない。わたしには、生来備わった異能がある。それは、わたしの何を意味するのだろうか?
わたしの異能は多岐にわたる。老師は、「珍しい万能型じゃな」と言って、わたしの異能を喜んだ。
「死と再生の異能」はないが、強い「気」で傷病者を癒やすことはできる。
時空を超えたり、時間を止めたりはできないが、空間移動はできるし、時空を歪める力ももつ。
透視力も念力もある。
雷雨を呼ぶまではできないが、局地的であれば、雨を止めることができる。
動物と会話はできないが、彼らと気持ちを通わすことはできる。
風や木々の声を感じることもできる。
額に指を当てれば、相手の記憶や考えを読み取ることもできる。強い記憶であれば、その余韻から内容を感じ取ることもできる。
軽功は早くから発揮した。垂直・水平とも数百メートルは木の葉を使って移動可能だ。
こうした力は、「月の一族」のものもあれば、「日の一族」そして「森の一族」のものもある。それぞれが、わたしのルーツに関わるのだろう。
わたしは、生まれてすぐ老師に拾われた。その場所を老師に尋ねたことはない。
十歳の頃、老師に率いられて諸国をめぐる旅をした。幾多の国や地域をめぐり、人びとの生活の一端に触れ、多くを学んだ。そのとき、雲龍の山にも出かけたはずだ。老師は、さまざまな異能者の本拠地を教えてくれた。
「忘れられた村」にも行った。舎村の森のそばを抜け、シャンラではヨミ神官団の聖地近くにも出向いた。カトマールからシャンラに抜けるとき、〈王の森〉を見下ろす峠も超えた。
――峠……。
そうだ。あのとき、老師は、珍しく峠の茶屋に腰を下ろし、一服の茶と団子を所望して、わたしにも食べるよう勧めた。老師は茶屋から少し離れた丘を見やっていた。
その丘の上には一人の女人がいた。小さな土塊に手を合わせていた。後ろ姿しか見えなかったが、黒い髪のすんなりした姿だった。
なぜ、あの峠の一コマを思い出したのだろう……。
夏前に〈王の森〉を訪ねたときも思い出さなかったのに、なぜ、今になって思い出したのか。
どうにも胸がざわつく。
■峠
峠の景色は、十年前と変わっていなかった。茶屋もそのままだった。老師と同じように腰掛け、カムイが主人に茶と団子を頼んだ。
「ここには長くおられるのですか?」
美青年の問いに、老主人はうれしそうにしゃべりはじめた。
隣でカムイがうまそうに団子をほおばっている。
「へえ。わしはここで生まれ育ちましたからな。かれこれ七十年。以前に比べるとこの峠を訪れる者もめっきり減りましたが、以前はどの旅人もこの茶屋で喉を潤しておりました」
「そうですか」
「この先に腕のいい産婆がおりましてな。数年前に亡くなったのですが、その産婆を訪ねてやってくる女性も多かったのですよ」
「産婆さんですか?」
「へえ。昔、ヨミ教は堕胎を認めておりませんでした。ですが、子を孕んでも産めない女性もいる。そんな女性が秘かに訪ねてきておりましての」
「そうですか……」
「逆に、秘かに子を産みたい女性も来ておりましたぞ。その産婆は分け隔てなく、女性の気持ちに寄り添って、堕胎にも手を貸せば、秘密の出産にも手を貸しておりましてな。秘かに産まれた子を、子を望む者に送り届けることもしておったようですの。
いずれもお上に知られれば、厳しく処罰されます。
じゃが、先の王太子どのは、その産婆に面会し、産む産まないは女性の権利だとおっしゃいましてな。このシャンラでも中絶が合法化されるきっかけになりました」
「先の王太子と言えば、亡くなられたロアン王太子ですか?」
「さようです。よくご存知ですなあ。若くして亡くなられて、もう二十年もたちます。多くの人が忘れかけておりますのに……」
「その王太子にお仕えした者を知っているのです」
「そうでございましたか。ロアン王太子は、アカデメイアに留学なさって多くを学ばれ、さまざまな改革を進めるおつもりだったようです。英邁な国王になられると国民の多くが期待しておりましたのに、残念です。あなたさまのように、非常にお美しい方でございました」
カイは主人に礼をして、茶屋を後にし、茶屋から見えた丘に足を運んだ。
小さな丘にへばりつくように小さな廃屋があった。ここでその産婆は女性たちの声なき声に耳を傾けてきたのだろう。
あのとき見た黒髪の女性が佇んでいたのは、廃屋から少し離れたところにある小さな盛り土だった。ほかにもいくつかの小さな盛り土があった。その小ささからすると、産まれなかった赤子の墓だろう。
産婆が亡くなって数年――。草ぼうぼうになっていてもおかしくないにもかかわらず、なぜか手入れされていた。
改めて見ると、廃屋にも手がかけられており、誰かがいま住んでいてもおかしくない状況だった。
カイは扉に手をかけた。カギはかかっていなかった。中は質素で、産み月を迎えた女性たちを寝かせたであろう寝台や座椅子が置かれていた。
ふと、カイは軽い目眩を感じた。誰かの記憶が意識に飛び込んでくる。最近、この廃屋に立ち寄った女性の記憶らしい。
カイは衝撃を受けた。
――カトマール副大統領夫人アユ……いや、〈青薔薇の館〉の女主人アメリア?




