ⅩⅣー6 エピローグ――ルナ塾
■海霧
――怪しすぎる。
サキの背中がブルブルッと震えた。武者震いだ。
(イ・ジェシンに知られるとまずい。探偵もどきのアイツのことだ。大喜びでクビを突っ込んでくるぞ)
レオンが幽閉されていた島は、地図の上で特定できない。
「海霧じゃな」
ばあちゃんによると、「海霧」とよばれる結界を張って、島ごと隠しているらしい。
レオンは続けた。
「その島の森には、廃墟となった神殿があり、そこに神琵琶と思われる古い琵琶がありました。彪吾はよくその琵琶を弾いていました。すると、動物たちが集まり、動物たちの傷が治るのです」
レオンの話に、カイが考え込んだ。
(前宗主が危惧したのはレオンの曲譜の力。そして、今回は、彪吾を通じてレオンの曲譜が狙われた。レオンの異能と曲譜の存在を知る者が、前宗主以外にいたというのか? 天月でも調べてみなければなるまい)
「わたしが幽閉された島には、高度なバイオセンターがありました。舎村関係者以外は立ち入り禁止で、不用意に入ると殺されることもあります。どうやら、シュウくんとリョウくんはそのセンターで生まれたようなのです。センター長は二人の子どもたちの主治医の役割を果たしていました。ふたりの母親は事故で重度の脳機能障害をもち、いまもセンターの生命維持装置につながれているようです。シュウくんたちは、何らかの生殖技術を使って産まれたのかもしれません」
レオンは淡々と語る。
サキが驚いた。
「舎村は、本村のそばに世界的なバイオセンターをもつ。だが、それとは別に、もう一つバイオセンターがあるということか?」
「ええ。孤島のセンターは、人倫的に問題含みの研究や実験を行っていると思われます」
レオンは、居並ぶ者たちに、ある事実を伝えた。
「孤島のセンター長は、夏前の山崩れ事件の時、オロくんが殺人の嫌疑をかけられたウル舎村の薬師長です」
「なにいっ?」
サキが色めき立った。
「舎村長への忠義が篤く、センター長をやめたあとも何らかの実験をしていたようです」
ばあちゃんが、うーむと唸っている。
レオンがしばらく沈黙したあと、続けた。
「セイどのによると、〈香華族〉の異端とされたのが〈月読族〉。カトマール西南部の〈忘れられた村〉に住む〈はぐれ香華〉だそうです。そして、その〈月読族〉の指導者が〈弦月〉と呼ばれます」
「〈弦月〉じゃと?」
ばあちゃんが思わず大きな声を出した。カイが結界を張っているので、声はいっさい外に漏れない。
「宗主、どうかなさいましたか?」とレオンが聞いた。
「いや……〈弦月〉のことはほとんど知られておらん。天月の〈銀麗月〉によって排除された強大な異能者ということだけが伝わる。しかも、宗主レベルしか知らぬことじゃ」
「はい……じつはセイどのは、香華族長なのです」
「なんと!」
レオンは、ばあちゃんにセイから聞いた話を伝えた。
「では、〈弦月〉の血筋は、〈忘れられた村〉で受け継がれてきたのか?」
「そうなります。何か、気になることがおありですか?」
「うむ……。カイ修士には相談しておったのじゃが、あんたにも知っておってもろうたほうがええじゃろ。じつは、リトは〈弦月〉の血を引くようじゃ」
「えっ?」
「どうやら、リトの父親の血筋らしい。リトの父親には異能はなかった。隔世遺伝なんじゃろう。リトは強い異能者じゃ。じゃが、その統制方法を知らん。本人もわしらもつい最近、気づいたばかりでの。異能の統制を知らなければ、心身が異能に喰われるでな。じゃが、いったいリトの異能がどのような性質のものなのか、わしにはようわからん。秘本に記された〈弦月〉の異能のようじゃと思っておったが、それも確かとはいえん。異能の特性を知らねば、統制のしようがないでの」
「そうだったのですか……。一度、セイどのとご相談なさると良いと思います」
「そうさせてもらおう。じゃが、香華族長たるセイどのがそこまであんたに肩入れするとは、あんたはただの〈香華族〉ではあるまい」
ばあちゃんを前にして、レオンは微動だにしない。
「わしの見立てを言うぞ。答えずともよい。わしが勝手にそう思うて動くだけじゃからな。あんたの異能の力はあまりにも高度でしかも強い。〈香華族〉と言えども普通にもつ異能ではない。〈本香華〉はすべてクーデターのときに殺された。あんたは二歳の時に秘かに天月に預けられた。そこまでして隠されたのは、カトマール皇子じゃからだろう。しかも、〈聖香華〉じゃ」
「……宗主」
「答えずともよいと言うたであろう。まあ、わしはわしの見立てに基づいて、セイどのと話をするまで。安心するがええ。いま言うたことは、この四人のみの秘密じゃ。すでにカイ修士は知っておろうがの」
カイが静かに頭を垂れた。
「〈銀麗月〉と〈聖香華〉は、どうやら深い関わりを持つ運命らしいの。初代は対立したが、あんたたちは協力する方法を探した方がよかろう。二人の強力な異能者が並び立てば、天志教団や天明会も怖れるに足らん。なにより、この櫻館に集まっておる子どもたちを救うことになるじゃろうて」
レオンもカイも頷いた。宗主の言葉はすべて真実を突いている。さすがに「九孤の賢女」と言われるだけのことはある。
■ルナ塾
「おい、異能って何だ?」と、アイリが聞き、
「よくわかんない」と、風子が答える。
「おはよう!」と、シュウが風子の隣の席に着き、
「うわっ! リトが来てる!」と、オロが後ろを見て、顔を輝かせた。
いつものとんちんかんなやりとりに始まり、当事者意識をまったく欠いたままで、その「学校」が幕をあげた。
櫻館に誕生した風変わりな「学校」――個性豊かな異能をもつ子どもたちを訓育する「異能塾」だ。
「ルナ塾」と名付けられたその学校では、ルルのステージがある金曜以外の平日の夕食後と週末土・日曜日に授業が行われることになった。そのための教室を万蔵さんが準備してくれた。
ただ、生徒の誰一人として、天月の〈銀麗月〉や九孤族宗主にじかに教えを受けることの意味を理解していなかった。それは、天月士のすべてが憧れる最高の栄誉であり、九孤族門弟のだれもが望む至高の名誉であることを……。そして、そのような栄誉にあずかることは、ふつうだれもできないことを……。
最初の授業の時、子どもたちは、〈蓮華〉の教室と同じように、はしゃいで騒いでいた。
カイもばあちゃんも、特段注意しない。リトが必死になって悪ガキどもを抑えようとしているが、子どもたちはどこ吹く風だ。
奇妙な授業風景だった。モモもキキもミミも、クロまでが授業に参加している。お城のトラネコも月が昇ると背中にネズミを乗せてやってきた。キュロスもマロもスラも参加している。虚空もいる。恭介も時間があるかぎり参加した。
レオンと彪吾まで顔を揃えて、カイやばあちゃんの講義に耳を傾けている。すごいメンバーだ。
やがて、授業内容をおもしろいと思うようになったのか、風子が真剣に聴くようになった。すると、シュウも風子に合わせる。アイリは科学者の視点から異能を検証するようになった。リクは相変わらず無表情だったが、新しいことを学ぶたびに風子がリクを構うので、リクの顔にも少しずつ感情が表れるようになった。
問題はオロだ。オロはばあちゃんの授業は熱心に聴くが、カイの授業にはいちいち反発した。そのたび、リトがオロを叱り、カムイが困ったようにオロを見た。
リトの気を引こうとオロがますますカイの授業を妨害するので、ついに風子が切れた。
「キュロスさん、オロを部屋からつまみ出してください。授業の邪魔だもん」
「承知いたしました」
近づいてきたキュロスを見て、高をくくっていたオロが慌てた。
――部屋から放り出されたら、ひとりぼっちになるじゃんか。
「やだよ。ここにいる!」と、オロは自分の机を抱え込んだ。
「じゃ、次に邪魔したら、おやつなしだよ!」と、風子が命じた。
「なんで、おまえがそんなこと言うんだよ!」と、オロが反論すると、
「だって、級長だもん!」と、風子がめずらしく自己主張した。
「安心しな! あたしがおまえの分も食べてやるからさ」と、アイリがオロをせせら笑った。
――くそお!
アイリは有言実行だ。ただでさえ、隙あらば、オレのデザートを狙っているようなヤツだぞ。
オロは、ぐっと下唇を噛みながら、席に座り直した。
――キュロスのデザートをとられてなるもんか!
ツネさんの指導の下、キュロスの腕前はどんどん上がっており、毎回、デザートが変わるのだ。どれもこれも、きれいでおいしい。
――それに……カイの授業はわかりやすいし、しゃくだけど……いままで聴いたどの授業よりもはるかにおもしろい。リトがうっとりとカイを見てさえなけりゃ、いい授業なんだがな。
あ……サキ先生がリトを小突いた。
(おい、見とれてないで、ちゃんと授業を聴け!)
リトが一瞬不服そうに口を尖らせたが、しっかりメモを取り始めた。
オロの目が輝いた。
――そうか、サキ先生がリトを監視してるんだ。
なら、リトはカイに近づけないし、カイに見とれてる場合じゃないよな。サキ先生は怖いもん!
サキは教師としての快感に酔いしれる自分を想像してニンマリしていた。
異能の訓育は、理論だけではない。修行にも近い厳しい実地訓練を伴う。そうなると自分の出番だ。
――果たして、あの悪ガキどもが訓練に耐えきれるだろうか?
だが、この訓練に耐えなければ、命があぶない。一方、天月と九孤族の最高レベルのこの訓練をクリアすれば、子どもたちは史上まれな異能者となり、世界に貢献できる人物になるだろう。教師としては、教え子の成長を実感できることは何にも代えがたい快感だ。
――いや、本音はそんなきれいごとじゃない!
相手は異能者だ。体罰にならないギリギリまで「しごく」……なんて生やさしいレベルなどとっくに超えている。異能の潜在力を引き出すために倒れる寸前まで追い込めと、ばあちゃんからすでに指令が飛んでいる。
――うわお! あの悪ガキオロを、あの唯我独尊アイリを有無を言わせずしごけるなんて! まあ、風子だけはちょっと手加減してやろう。
アイツらが逃げ出さんよう、しっかりと見張らねばならんな。橋の下の者たちの協力を得るとするか。
ばあちゃんは、目をキラキラさせているサキを見ながら、思った。
――どうやら、アイツはなんか勘違いしとるの。
異能者を鍛えるとは、鍛える側にとんでもない負担がかかる。教師が学生の十倍以上も準備をして講義に臨むのと同じだ。サキは気づいていないが、この訓練は、サキ自身の潜在力を伸ばすことも目指している。
――これに耐えきれば、サキも九孤族宗主としての資格を満たすだろうて。
教室の隅で、彪吾はそっとリクを見つめながら、こころの中でエールを送っていた。
アオミ先生こと恭介がうらやましくて仕方がない。恭介はリクの髪の毛を結ってやったり、リクの好物を取り分けて皿に盛ったりしている。
――いつかボクもあんなふうにあの子の世話を焼くことができるのかな?
すでに、いくつかリクのための歌を作った。いつでもリクに贈れるように!
たとえ「父」と名乗れなくても、リクのそばにずっといたい。レオンと一緒に、リクの成長を見守りたい。そのためには、この櫻館にずっと住んでもらわなくちゃ。
――ルナ大祭典が終わった後も、〈蓮華〉仲間にここに残ってもらうためにはどうしたらいいだろう……?
まずは、アオミ先生やマロさん、キュロスさんを見習って、「親」になるための学習をしなくっちゃ!
よく見ていると、三人は子どもたちをいつも見守っている。アオミ先生はリクの、マロさんはオロの、キュロスさんはシュウの絶対的保護者だ。アイリと風子はモモを挟んでいつも一緒に行動し、九孤族宗主とサキ先生にしっかり守られている。
これら五人の子どもたちと保護者である大人たちとの間に血のつながりはない。自分は両親の愛を一身に受けたけれど、それは一つの形であって、親子の絆は血縁だけではないようだ。
「親子」の間に絶対的な信頼関係があるおかげだろう。五人の子どもたちは決して「良い子」ではないが、それぞれの個性を発揮して伸び伸びとしている。
リクがこうした仲間とめぐりあえたのは、恭介のおかげだ。いつか「父」と名乗れる日が来たとしても、リクから恭介を奪ってはなるまい。




