Ⅱー3 異能の媒介者
■舎村見学
シュウの案内で舎村城郭都市の見学ツアーが企画された。古い歴史を持つ舎村には見どころが多い。女子衆は昨日とはうってかわって軽快な服装だ。
舎村に出かける前、アイリがいつものくたびれたジャージを詰め込もうとするのを、風子は必死で止めた。さすがにそれはまずいだろう。代わりに、古城でエファから贈られたカジュアルな服を入れた。いま、みんな、それぞれエファからもらった服を着ている。シュウは、またまた風子のかわいらしさに夢中になっている。
(けっ! ホントにシュウはいったい風子のどこがいいのやら?)
オロがルルの姿で呆れながらシュウを見て一人毒づいていると、風子がニコニコ顔でやってきた。
「ねえ、シュウ。ルルと一緒にさきに歩いて! わたしたち、後をついていくから」
「え?」
「へ?」
風子を誘おうとしていたシュウが思わずうろたえ、ルルが脱力した。
「なんでだ?」
ルルが噛みつくように尋ねると、風子がそっとルルに言った。
(わかってるって! 気にしなくていいよ!)
――えええっ? 何もわかってないじゃないか! オレはシュウなんかと一緒にいたくない。リトと一緒にいたいんだよ。
振り返ると、リトがカイとうれしそうに連れだって歩いていた。風子はさっさとリクの隣を占め、満足そうだ。キュロスはあわててしまって、アタフタとしている。
(クックックッ……)
子どもたちの様子を見ながら、サキは腹をよじりながらも必死で笑いをこらえた。風子の大いなる勘違いは、また波乱を呼ぶかもしれない。だが、これからの展開はきっととてつもなくおもしろくなるぞ!
■隠し部屋の謎
舎村訪問から戻った夜、リトはばあちゃんたちに一部始終を報告した。
舎村長エファの三つの隠し部屋。中からはすべて続き間になっている。
いちばん多くエファが使っていそうな部屋は書斎だった。座り心地がよさそうな椅子と立派なデスク。両脇の書架には本が並ぶ。相当古い本が多い。古書を守るためだろう。湿度も温度も適正に管理されているようだ。
書斎の右隣の部屋には、大量の機械が置かれており、さまざまな映像やデータが管理されていた。部屋の様子は、くまなく金ゴキのカメラに収めた。
左隣の部屋には、なんと石棺が置かれていた。ずいぶん古い棺だ。色形とも、どこかで見たような気がする。そうだ! あのウル遺跡の石棺と同じだ。傍らのスイッチを入れると、天井に図版が映った。ルナ神殿の神殿図と似ている。リトは興奮してこれも金ゴキカメラに収めた。
海の光景が見えたのは、この三番目の部屋だった。
すべて抜かりなくやったつもりだった。ただ一つ、リトは気が付かなかった。石棺のスイッチだ。スイッチには使用時刻が記録されていた。後日、エファはそれに気づいた。
エファは考えた。時刻から言えば、舎村に招いたあの客たちのだれかが、この部屋に忍び込んだのか?
可能性があるのは、雲龍九孤族の忍者。あの老婆は宗主だそうだが、どうひいき目に見ても、かなりヨボヨボしていた。では、その孫か? その者――朱鷺リト――は、忍術でも学業でも、落ちこぼれらしい。この部屋に忍び込むなどできるまい。
まさか、天月修士――? ありえない。天月修士は、あのとき一緒に歓談に加わっていた。それに、そもそも忍術など使わない。異能で対応できるからだ。しかも、天月では、異能の発動は人命に関わるような緊急事態を除いて禁じられている。天月修士がその禁を犯すはずはない。しかも、彼は単なる天月修士ではない。〈銀麗月〉であることはすでに調べがついている。
エファは軽く額を抑えた。まさか、これほどの能力がある者がいたとは――うかつだったかもしれない。だが、一番要となる情報はここにはない。万一に備えて、フェイクも仕込んでいる。彼らがそれに踊らされるとよいのだが……。さすれば、真犯人がわかろう。そして、それはエファが探し求めてきた情報へのアクセスを開く道につながるかもしれない。エファは、そう考えて口の端を軽く上げた。
■〈異能の媒介者〉
舎村訪問から戻って以来、オロの様子がおかしい。やたらと、青龍や白虎、〈禁忌の森〉について知りたがり、リトを質問攻めにする。でも、「父ちゃんやスラ姉にはぜったい言わないで」と念を押す。困り切ったリトは、ばあちゃんとサキ姉に相談した。
ばあちゃんが思案気に言った。
「青龍のう……。どうやらオロは自分が青龍であることに気づいたようじゃの。きっかけはわからんが」
「オロが青龍?」
リトがビックリした。
リトの異能を覚醒させないよう、リトにはこれまでこの種の情報を隠してきた。だが、オロが自分の異能に気づき、リトに接触するのであれば、リトにも真実を教える必要がある。
ばあちゃんが言った。
「リト、そこに座れ。ちと話が長くなるぞ」
――オロが青龍ってホント?
「そうじゃ。オロは青龍の可能性が高い。青龍とは、龍族の皇子で、最高の異能をもつ存在を指す。龍族のことは、おまえもある程度知っておろうの。太古の時代に海に降り、珊瑚宮で暮らす一族じゃ。海神と言ってもよい。
龍族が海に降りた理由は、それぞれの部族の神話によって違いがある。月の神の怒りを受けたとか、他の部族との戦いに敗れたとか、あるいは、地上の争いに嫌気がさして海に潜ったとか……。真相はわからん。
ただ、龍族の力については、ほぼどの神話も一致する。龍族は、大嵐や大津波を起こし、船や島を沈める自然神での。破壊神の一つと言ってもよい。なかでも、青龍は、時空を止める力を持ち、望むものに姿を変える力も持つほどのきわめて強大な異能者じゃ。龍族の中でも、青龍はそうたびたび現れる者ではないという」
――オロが時空を止めたってこと?
「うむ。オロは、舎村古城でわしらを救ったとき、どうやら時空を止める力を使ったようじゃ。むろん、ほんの一瞬じゃがの。オロはそれを口に出さんが、それ以外、考えられんのじゃ。
前に土砂崩れで、オロが人殺しの嫌疑をかけられたことがあっただろう? あのときも土砂崩れを予見して、時を止め、あの小うるさい弁護士や隣の学者じいさんを救ったんではなかろうかの。まあ、オロが一番助けたかったのはキキだったんじゃろうが」
――マロさんやスラさんも気づいているのかな?
「おそらく知っておろうの。じゃが、ミグル族と龍族は敵同士じゃ。オロが龍族として目覚めると、非常にまずい。二人は、オロに力を使うことを固く禁じてきたはずじゃ。じゃが、スラを救うために、オロは力を使ったんじゃろう。
異能はその力が強いほど、代償も大きい。異能を続けて二回も使うなど、普通はできん。じゃが、どうやら風子のおかげで、異能をほとんど苦も無く発揮できたようじゃ」
――風子のおかげって、どういうこと?
「風子の家は、都築家とゆうての。代々、異能を研究する家系なんじゃ。むろん、異能者ではない。異能を抑制するわけでもない。じゃが、遠い昔の記録に、異能を媒介する者が存在したと言う。〈異能の媒介者〉じゃ」
――〈異能の媒介者〉?
「そうじゃ。異能者の潜在的な力を引き出す者じゃ。〈異能の媒介者〉がそばにおれば、異能を抑圧されていても異能を発揮できるし、異能を発揮したときのダメージがほとんどない。じゃが、風子自身はまったく自覚しておらんようじゃ」
――じゃあ、風子とオロがセットになると、オロの力がどんどん引き出されるってこと?
「うむ。そうなるの。じゃが、ことはそう簡単ではない。異能の力が強まるほど、風子でもコントロールが効かなくなる。異能の力を自制できるのであればよいが、そうでなければ、異能に人間としての魂を奪われてしまう。
天月は、こうした異能を抑制・統制する集団なんじゃ。異能を否定せず、異能を扱えるようになるまで心身を鍛え上げることを目指しておる。天月の位階とはそのレベルを表す指標の一つでの。
〈銀麗月〉とは、最高の異能を使えるが、最高の異能抑制者でもある者に与えられる特別位階じゃ。カイがすさまじい力を持ちながらも、ほとんど異能を発揮しないのはそうした理由による。じゃから、カイのような異能者には〈異能の媒介者〉は不要じゃ。じゃが、オロのような未熟な異能者にとって、〈異能の媒介者〉はまことに都合が良かろうの」
――どうなるの?
「オロが自覚なしに異能を使い、自らの異能の誘惑に勝てぬようになると、〈異能の媒介者〉に頼るようになろう。風子自身にはほとんど影響が及ばんが、オロの心身が破壊されていくじゃろう。オロは「ひと」でなくなる恐れが高い」
――それって、死ぬってこと?
「そうじゃ。人間としては死に、龍族の世界に行くことになろう。じゃが、おそらくオロは龍族とミグル族の血が交わった者。どちらに行っても歓迎はされるまい。そうなると、仲間を失ったオロは自分を見失って、暴発するかもしれんの。世界に大きな災害をもたらす恐れが高い」
――そんな……。じゃ、どうすればいいの?
「青龍としてのオロの力はすでに目覚めてしもうた。これを消すことはもはやできん。できるのは、異能を抑制・統制する術を学ぶことじゃ。おそらくオロ一人では無理じゃろう。おまえやカイの協力がいるだろうの」
――何をすればいいの?
「異能は互いに影響を与え合う。異能者がそれぞれの異能を理解し合い、抑制し、補いあうことが必要じゃ。そのとき、風子の協力も必要じゃろう」