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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第十四章 聖香華
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ⅩⅣー5 衝撃

■リクの秘密

――わたしは、娘を棄てたというのか……?


 セイの話は、レオンにとっていくつもの点で衝撃だった。なによりも大きかったのは、リクが自分と彪吾の娘であったことだ。

 ふだん動揺などみじんも見せないレオンの指先がかすかに震えていた。


「棄てたのではござりませぬ。お子を守るために、お子からご自身を引き離したのでござりまする」

「引き離した?」

「香華族長として、わしがそうするよう命じたのでござりまする。それは、お子を守るためでござりました」

「子を守るとは? 子といると、わたしが子に害をなすと?」

 セイは頷いた。


「お子が普通の子であれば、さしたる問題はござりませぬ。されども、お子があなたさまの力を引き継ぎ、〈香華族〉の力を持つならば、たいへん危険でござりました。あなたさまにそのおつもりがなくとも、あなたさまの〈気〉が衰えると、お子はまったく自覚がないままにあなたさまのためにご自身の〈気〉を差し出そうとしますのじゃ。

 〈気〉とは生命力――お子があなたさまのために命を差し出すに等しいもの……。それは、母を失いたくないがゆえの本能的行動でござりますれば、あなたさまにもお子にも罪はござりませぬ」


 レオンが驚愕した。

「まさか、子が母に命を差し出すなど……」


 セイは穏やかな声で諭すように告げた。

「お気になさいますな。〈香華族〉ではごく普通のこと。

 赤子がこうした行動をとるようになるのは、授乳期が終わり一人で歩くことができるようになった頃からでござりまする。これゆえ、授乳期を終えた母子を注意深く周りが見守り、特に母親の体調や異能に何も起こらぬよう配慮いたしまする。子は敏感に母の変化に反応しますゆえ。

 じゃが、あなたさまの場合には周りにだれも助ける者がおらなかった。しかも、あなたさまご自身が異能統制の訓練を受けてはおられず、非常な難産で、体調はなかなか回復しないと見込まれた。これゆえ、あなたさまとお子を引き離す必要がござりました」

 衝撃のあまり、レオンは言葉も出ない。


「あなたさまの体調が回復したのは、ふたたび男性の身体に戻ったからでござりましょう。そして、ここアカデメイアに戻ってきたのは、彪吾どのへの強い思慕のゆえ……。ただ、そのために持てる〈気〉のありったけを使うことになり、あなたさまは心身ともに限界に達して、記憶を失ったものと思われまする」

「……彪吾に会うためにわたしはここに戻ってきたのですね」

「すべて必然でござりましょうな」


――長年の空白が埋められていく。


 レオンはセイに尋ねた。

「わたしは、いまも子と接してはならぬのですか?」

「いや、段階を踏めば、大丈夫でござりましょう。予想通り、お子はあなたさまにも匹敵するほどの異能者。じゃが、異能の統制方法をまったく学んでおりませぬ。

 いまは、かなり稚拙な方法で異能が封印されておりまするが、この封印はすでに解けかかっておりまする。何かのきっかけで封印が完全に解け、異能が暴走すると、お子はたいへん危険な存在になりまする」


 レオンの顔がこわばった。

「危険な存在……?」

「天変地異を引き起こす異能を発揮する恐れがありまする。ひとたびそのような異能が暴走すると、異能者を抹殺する以外に抑制する方法がござりませぬ。

 しかも、〈聖香華〉に匹敵する力を持つ者を抹殺できるのは、一人〈聖香華〉のみ」


 レオンが目を見開いた。おもわず声が大きくなる。

「抹殺? ……わたしが子を殺さねばならないというのですか?」

 セイは冷静に答えた。

「さようでござりまする」


 レオンが取り乱した。これまで、そんな姿を見せたことはない。

 だが、あまりの衝撃に、ゆとりなど消えた。

「わたしはどうすればよいのですか? どうすればあの子を助けられますか?」


 月が天中に達した。窓から射し込む月明かりがレオンの横顔を照らす。銀の光を浴びたレオンの頬は、いつになく青白かった。


「まずは、お子であるリクさまに異能者であることを自覚させ、ご自身の異能の性格と統制方法などをきちんと学ばせる必要があるでしょうな。

 それと、まわりにいる異能者との調整をはからねばなりますまい。互いの異能が共鳴し合って増幅しないように、抑制する方法を訓練せねばなりませんの」


 セイの答えに、レオンは大きく頷いた。

「リクの件も、カイどのと九孤族宗主にご相談することにします」

「それがよいでしょうな。この櫻館には異能者がそろっておりまする。異能の協力も抑制も学びやすいでござりましょう」


■打ち明け

――リクに真実を告げるべきか?


 真実を明かすことは、リクが〈香華族〉の血を引き、強い異能者であり、それゆえに危険に晒される恐れが大きいことを、本人にもその父恭介にも知らせることになる。


 悩んだあげく、レオンは、まず彪吾に秘密を明かすことにした。秘密を抱えることが、今回のように、むしろ彪吾を危機に追いやるからだ。


 夕食後、いつものようにレオンの部屋で二人は向かいあった。銀狼も二人の足元でゆったりと寝そべっている。

「お話があります」

「どうしたの? 改まって」

「とても大事な話です。驚かずに聞いてもらえますか?」

「もちろん! レオンの言うことを聞かなかったことなんてないよ」

 レオンは微笑んだ。彪吾にだけ見せる微笑みだ。


「あなたとお別れしたあとの二年間の記憶はいまなお十分に戻っていません。ですが、そのとき、わたしはセイどのを頼ったようです。今回と同じように、セイどのがわたしを救ってくださったのです。

 先日、セイどのにそのときのことを教えていただきながら、わたしもすこしずつ失われた二年間の記憶を取り戻しました」

「……そうだったの」

 彪吾は、寝そべる銀狼の背中を撫で始めた。


「あのとき、わたしは体力の限界にきていました。ですが、ある存在がわたしを生かしてくれたのです」

「ある存在?」

「子です。フレイアであったわたしのお腹には子がいました」

 彪吾は呆然と口を開け、銀狼の背中を撫でる手を止めた。


「子……子って、ボクたちの子?」

「そうです」


 彪吾の顔が、瞬く間に驚愕から歓喜に変わった。


「ボクたちに子どもがいるの? 信じられない! うれしい、すごくうれしい! ねえ、その子はどこ? ボク、大事にするよ!」

 やはり、予想通り、大喜びしている。


「じつは、すぐそばにいるのです。わたしもついこのまえ、セイどのに教えられて知りました」

 彪吾がきょとんと首をかしげた。そして、フッと言った。

「ひょっとして、リクちゃん?」


 レオンが驚きながら頷いた。

――なぜ、わかった?


「やっぱり……。リクちゃんは、アオミ先生にはまったく似ていない。母親似なんだろうと思っていたけど、ときどきキミにすごく似た表情をするんだ。だから、あんな子がいたらいいなって、ずっと思ってた。ボクの子でなくたっていい。キミの子ならどんなにいいかと思ってたんだ!」


 レオンはホッとした。彪吾は予想以上にすんなりと受け容れている。しかも、これ以上ない喜びようだ。

「それで、リクちゃんとアオミ先生はこのこと知ってるの?」


 レオンは首を横に振った。

「そうだろうね。レオンが母親だなんてだれも思わないだろうから……」


■もう一つの秘密

「もう一つの秘密もお教えします」

「秘密?」

「はい。わたしは〈香華族〉の血を引いています」

「〈香華族〉って、あのカトマール皇室と近い一族?」


「そうです。わたしが二歳の時、姉とともに天月に迎えられたことは、以前にミライどのから一緒にうかがいましたよね。そのときはわたしも知らなかったのですが、セイどのによると、わたしはカトマール皇室の一員。内戦時、親衛隊士であったヤオさんを護衛に、姉とともに逃げのび、天月にたどり着いたとのことです」


 彪吾が固まった。

「……カトマール皇室の一員って……皇子ってこと?」


「はい。正式名はレオンハルト十二世というそうです。ただ、わたしは、皇室よりも〈香華族〉の力を色濃く受け継ぐようです。その力が「蘇りの力」です。この異能は禁忌の異能……。蘇らせる相手のダメージを自分が引き受けるからです」


「だから、ボクを助けるためにキミは何度も命の危険に遭ったの?」

「わたしが望んだことです」

「そんな……ボクの存在がキミを危うくさせていたってこと?」

「そんな目をしないでください。あなたにそんなことを言わせたくなくて、これまで言わなかったのですから……」

「……ウン」


「わたしの血を引くということは、リクさんにも〈香華族〉の血が流れているということです。しかも、わたしと同じように蘇りの異能を持っていると思われます」

「……それって?」

「そうです。以前に、アオミ先生がおっしゃっていたことを覚えていますか? リクさんは三歳の時、河の魚を生き返らせ、その代わりに高熱をだして寝込んでしまったと……。五歳の時はもっとたいへんな目にあって、虚空先生がリクさんの力を封印し、リクさんは表情をなくしてしまったのです」


「じゃあ、リクちゃんが異能を使うってことは、ものすごく危ないってことなの?」

「そうです。カイ修士や九孤族宗主のように、何年も修行して異能を統制できる者でなければ、異能ゆえに命を落としかねません」


「どうしたらいいの?」とレオンを見上げながら、彪吾は震え始めた。

 心優しく、人並外れて感受性が豊かな彪吾だ。リクが苦しむさまが目に浮かぶのだろう。


「カイ修士と九孤族宗主のご協力が必要です」とレオンが言うと、彪吾が頷いた。

 レオンが続けた。

「しかるべき時がくるまで、お二人とサキ先生以外には真実を伏せておきます。リクさんの異能は、セイどのの孫である母親の血統ゆえと説明することとします。わたしたちとの関係は、リクさんにもアオミ先生にもしばらくは伏せたいと思います。どうでしょうか?」

「うん、わかった。突然、真実を知ったら、リクちゃんは大混乱するだろうからね。ボク、我慢するよ」


 レオンは微笑んだ。

 本当は、彪吾は、いますぐにでも名乗りを挙げて、リクを抱きしめたいはずだ。それを我慢すると言う。

「まずは、カイ修士と九孤族宗主のお二人にリクさんやほかの子たちに異能の統制方法を鍛えていただこうと考えています」

「ほかの子たちって?」


「オロくんやアイリさんも、おそらくはシュウくんとリョウくんの兄弟も異能の持ち主と思われます。リトくんもです。しかも、みな非常に強い異能者のようです」

「互いが助け合えるってこと?」

「そうなるように、お二人に子どもたちを導いていただこうと思うのです。そうでなければ、気づかぬうちに、異能に魂を支配され、互いを傷つけ合ってしまいます」


 彪吾は真剣な顔で頷いた。

「わかった。この櫻館で訓練ができるよう施設を整えるよ」

「ありがとうございます」


「ねえ、あのセイってご老女にもここに留まってもらえないかな? キミやリクちゃんになにかあったときに、セイさんがいると助かる」

「そうですね。伺ってみましょう」


「……で、キミのお姉さんは見つかったの?」

「はい。見つかりました。セイどのが教えてくれました。でも、向こうはまだわたしのことを知りません」

「お姉さんは副大統領夫人アユどの……合ってる?」

 レオンが頷いた。


「やっぱりね。あれほど美しく、賢く勇気ある女人はそういない。キミの姉上なら納得だ」

「アユどのがカトマール皇女だということがわかると、ルナ大祭典にも影響が出ます。わたしからアユどのには何も言わず、ラウ伯爵にもわれわれ姉弟のことは伏せます。セイどのもその方が良いとのお考えです」

「どうして?」


「カトマールのさまざまな勢力に政治的に利用されるからです。姉リリアは皇女という身分に関係なく、抵抗軍を組織し、体制転換を実現しました。身分はむしろ姉にとって足枷となります。ただ、いつかわれわれが協力せねばならない日も来るかもしれません。そのときに備えて、必要な準備はしたいと思っています」


「わかった! レオン、ありがとう。全部言ってくれて。ボクのすべてをかけてキミに協力するよ」

「ありがとうございます。でも、わたしはあなたを危険な目に遭わせたくありません。どうかムリをしないでください。あなたを喪ったら、わたしは生きてゆけません」

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