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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第十四章 聖香華
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ⅩⅣー4 初代の確執

■初代

 レオンは驚いた。

「〈忘れられた村〉に住む〈はぐれ香華〉は、〈月読族〉の子孫だったのですね……」

 セイと知り合ったのも、自分のルーツを知ったのも、すべてはその村から始まった。


 セイは続けた。

「世間では、〈はぐれ香華〉は、〈香華族〉にふさわしい能力をもたないため、〈本香華〉に迎えられない人びとを指すと思われておりますが、じつは違いまする。〈はぐれ香華〉の中には、〈聖香華〉に匹敵する異能者がでることもござりましての。これが〈弦月〉――〈月読族〉の〈弦月〉は、〈香華族〉の〈聖香華〉にあたる存在と言えまする]


 レオンは、身じろぎもせず、セイの話に耳を傾けた。セイは、多くのことを知っている。

 さらに、セイは、驚くような事実を告げた。

「初代〈聖香華〉は初代〈弦月〉――二人は同一人物でござりまする」


 レオンの玲瓏な顔に、とまどいの表情が生まれた。レオンですら、理解が追いつかない。

「天月宗主が想定した〈弦月〉は、おそらく初代と第二代の〈聖香華〉のことでござりましょう。〈月読族〉は、初代〈聖香華〉を初代〈弦月〉と呼び、第二代を第二代〈弦月〉と呼びますゆえ]

 たまらず、レオンはセイに尋ねた。

「初代と二代の〈聖香華〉と〈弦月〉は同じ人物――それぞれ〈香華族〉と〈月読族〉から見た呼称ということでしょうか?」

「まさしく」

「〈香華族〉と〈月読族〉は異なる集団のはず――けれども、(かしら)にいただく者だけは共通していたということですね?」


 セイは、レオンをじっと見た。

「さようでござりまする――まさに、それこそが肝要。さきほど申した通り、第三代が〈月読族〉を切り捨てたのでござりまする。ゆえに、〈はぐれ香華〉は、〈本香華〉に対して良き感情をもっておりませぬ。わしがあなたさまを隠したのも、じつはそれゆえでござりまする」

 レオンは(こうべ)を垂れた。知らぬうちに、自分の命は、多くの者に守られてきたのだ。


■聖香華と銀麗月

「もう一つお伺いしてもよろしいですか?」

「何なりと」


「いまのお話で、〈聖香華〉と〈弦月〉の深い関係はよく分かりました。ですが、天月の前宗主は、〈銀麗月〉と〈弦月〉は表裏の関係にあると(おお)せになったのです。これは、どのような意味でしょうか?」


 セイは、レオンの深い悩みを見通すように、ゆっくりと告げた。

「初代〈銀麗月〉と初代〈聖香華〉は、同じ時代を生きましてござりまする。すでに天月仙門は存在しておりましたが、まだ組織としては自立しておりませんでな。初代〈聖香華〉は、天月の民に目をつけ、〈香華族〉に引き入れようとしたのでござりまする。

 天月の民は、〈香華族〉に(くみ)するか、自立すべきかで二分されましてなあ。この混乱を収めたのが、初代〈銀麗月〉でござりまする。

 初代〈聖香華〉に匹敵する異能者であった初代〈銀麗月〉は、天月自立の道を目指し、天月山に引きこもって独自集団となることを選びました。二つの集団の道は、このときから分かれていきまする。

 初代〈聖香華〉が異能の発展を目指したのに対し、初代〈銀麗月〉は異能の抑制を目指したからでござりまする。この後、天月仙門は、修行と学問によって異能を段階的に開発するとともに、異能をコントロールする術を体系化していくことになり申した」


「初代〈聖香華〉と初代〈銀麗月〉はライバルだったということですか?」

 セイは、ゆっくりと首を横に振った。

「そうとも言えますが、じつはお二人の関係はもっと強く深いものでございまする――『香華秘録』によれば、初代〈銀麗月〉と初代〈聖香華〉は双子の兄弟であったそうな……」


 レオンは絶句した。

「ただ、このことは極秘とされておりましてな。香華族では、〈聖香華〉と〈香華族長〉のみが知り、天月ではおそらく〈銀麗月〉と歴代宗主しか知らぬはず……」


 絞り出すように、レオンはセイに尋ねた。

「それでは、このことをご存知のあなたは香華族長ということでしょうか?」

「さようです。本来ならば引退して次世代に地位を譲るべきところ、内戦による粛清で後継者が失われてしまいましてな。あなたさまは〈聖香華〉――香華族の歴史を正しくお知りになる必要がござりまする。ゆえにお話し申し上げた」


■香華族長

「では、教えていただけないでしょうか? 香華族長のお役目とはいかなることなのでしょう?」


「香華族長は、その名の通り、「香華族の長」を指しまする。香華族長の地位は、世襲ではござりませぬ。〈香華族〉には、高位の〈本香華〉から選ばれた者たちからなる元老会がござります。その元老会で選ばれし者が香華族長となり、元老会の議長を兼ね、〈香華族〉全体を統括いたしまする。それは支配ではござりませぬ。一族のさまざまな利害関係の調整や、教義の修正、不正行為を裁く最高裁判者などを司りますでの。その意味では、〈香華族〉の組織は、天月の組織と似ておりますな」


「それは、初代同士が近い関係にあったことと関わるのですか?」

「おそらくそうでござりましょう。いまから振り返って見ますと、〈香華族〉も天月仙門も、組織のありようはたいへん似ておりまする。天月も集団指導体制をとり、天月宗主も〈銀麗月〉も天月評議会で認められた者がその地位に就きますでの。いずれも権力の集中を避ける知恵でござりまする」


 目の前の美青年に、セイは、ファウン皇帝の面影を見た。

「わしは、〈香華族〉の傍系に生まれましたが、〈香華族〉の教育機関で見込まれ、ファウン皇帝の側近に抜擢されましてな。例外中の例外と言われました。初めてお会いしたときのファウン皇帝はまだ十歳の皇太女――。非常に聡明で快活な美しい女の子でござりました。

 わしはファウンさまに生涯お仕えすると誓い、やがてファウンさまが皇帝にご即位あそばすと、わしは皇帝の女官長となり、薬師長も兼ねたのでござりまする。その後、四十歳のときに香華族長に選ばれましてな。わしの医薬知識と「再生の力」が決め手となったようでござりまする。

 されど、わしの「再生の力」は、本来は小動物にしか効果を発揮できませぬ。あなたさまのお命を救うことができたのは、あなたさまが本来もつ「再生の力」をわしが引き出すことができたゆえ……あなたさまが〈聖香華〉であったからこそ、できたことでござりまする。なにより、〈聖香華〉をおいてほかに〈月の華〉の力を引き出すことができる者はおりませぬ」


■聖香華

「〈聖香華〉とは、そもそもいかなる存在なのでしょうか?」


――〈聖香華〉とは、〈香華族〉最高の異能者に捧げられる尊称でござりまする。人に対する「蘇りの力」――をもつ者に対してのみ、この尊称を用いることが認められておりましてな。「蘇りの力」は〈月の一族〉に特有の異能であり、「蘇りの力」を持つ異能者は〈月の一族〉の直系とみなされるからでござりまする。

 「蘇りの力」とは「死と再生の力」の双方を指しまする。すなわち、〈聖香華〉は、指先一つで相手を死に至らしめることもできますのじゃ。


「……わたしが八歳のときに発揮した異能ですね?」


――さようです。前宗主が驚かれたのは無理もございませぬ。〈月の一族〉の最高度の異能でござりますゆえ。

 〈聖香華〉には、さらに別の異能もございます。空間を超える異能、つまりテレポートの力でしてな。あなたさまが、蓬莱本島の森からわしのいる〈狂い森〉の谷に瞬時に移動したのは、その異能のゆえでござりまする。


「そのときのことはほとんど覚えていないのですが、わたしが空間移動したのは、おそらく二回――セイどのをお訪ねしたときと日本からアカデメイアに飛んだとき――のはずです。いずれも死の淵に追いやられるほどのダメージを受けました」


――それは、あなたさまが〈聖香華〉のお力をもちながらも、その力を十全に発揮する訓練を受けていなかったからと思われまする。

 「死と再生の力」も「空間移動の力」も、本来、〈聖香華〉であれば、その力を使ってもほとんどダメージはござりませぬ。されど、あなたさまのダメージは大きかった……。力のコントロールができず、一挙にすべての力を出し切ったからでござりましょう。そのような爆発的力を出すことができるのも、実は〈聖香華〉の力の証でござりまする。


「わたしが女体になったのも、〈聖香華〉としての力なのですか?」

――さようです。ただし、これは、〈聖香華〉と香華族長のみが知る極秘事項でござりまする。〈銀麗月〉と言えども、このことはご存知ないはず。『香華本紀』にも『香華秘録』にもいっさい記載がございませぬ。〈聖香華〉のすべてがもつ力というわけでもありませんのじゃ。

 聖香華は男性のこともあれば、女性のこともありまする。変性体は、〈月の一族〉がもつ異能の一つとして想定されておりましたが、実際にその異能を発揮したのは、歴代の〈聖香華〉のなかでも、あなたさまただお一人。きわめて高度かつ稀な異能でござりまする。


「わたしは、五代目の〈聖香華〉になるのですか?」


――いいや、第六代〈聖香華〉でござりまする。じつは、『香華本紀』に記録されておらぬ第五代〈聖香華〉がおられますのじゃ。皇帝ファウンさまでござりまする。


「なんと……皇帝が〈聖香華〉を兼ねていたのですか?」


――これもきわめて珍しく、歴代でもファウンさまお一人でござりまする。しかれども、ファウン皇帝は、〈聖香華〉として記録されることを拒まれましてな。実際、ファウン皇帝が異能を発揮することはほとんどござりませんでした。その必要もございませんでしたからな。

 皇帝の治世は安定しており、十五歳の時に出会ったご夫君とはきわめて仲睦まじく、お二人を隔てる障害はほとんどござりませんでした。皇帝は幼い時に異能を発揮しはじめたため、相応の師がつき、異能統制の訓練を受けておられました。〈聖香華〉としての教育を体系的に受けておられました。

 わしがファウンさまのおそばにお仕えしたのも、〈聖香華〉に仕えるという役目を果たすためでござりまする。


「わたしには、その訓練も教育も受ける機会がなかったのですね……」


――いや、必ずしもそうとは言えませぬぞ。あなたさまは十歳まで天月で教育を受けられました。その教育は、〈香華族〉の教育とほとんど変わりませぬ。特に音楽の才に秀でたとお聞きしておりまする。

 じつは、〈聖香華〉はいずれも至高の音楽家でもありましてな。歴代〈聖香華〉は、多くの楽曲を残しておりますのじゃ。先日、彪吾どのに、あなたさまの十歳のときの楽曲を聴かせていただきましてな。いずれも生きとし生ける者の魂を救う曲ばかりでござりまする。


「天月の前宗主は、それらの曲を作ること自体が罪であり、すべて邪曲だと申されました。そして、わたしの異能を抑制するために隔離しようとしたのです」


――音曲は、だれが奏でるか、どのように奏でるか、だれに聴かせるかによって、聖にも邪にもなりまする。曲自体のせいではござりませぬ。まして、それを作った者の責任ではござりませぬ。


「けれども、八歳のときに思わず発揮したのは、「殺救音律掌拳術」という名のきわめて珍しい術だったそうです。前宗主もそれを危惧しておられました。しかも、その術を受けた天月の子どもたちは、二十歳になる前にいずれも亡くなり、わたしの異能を止めようとした前宗主も内臓が腫れる病にて亡くなったそうです……。わたしの力は怖ろしいものなのではないですか?」


――「殺救音律掌拳術」は、天月の呼び名でござりましょう。〈香華族〉では、「生命の音」と呼ばれます。たしかに、懲らしめのために内臓を腫らせることができまするが、それは一過性にすぎませぬ。何もせずとも、数時間もすれば自然に治りますゆえ。子どもたちや宗主が亡くなったのは、別の理由でござりましょう。あなたさまの力を知るだれかが、あなたさまの異能に便乗して、呪術をかけたと思われまする。


「呪術……?」


――さようです。お話を伺う限り、そのような呪術を用いるのは、天志教団ではありますまいか。


「天志教団……」


――カトマール西部を発祥とする宗教集団でございます。ファウン皇帝の時代に弾圧され、勢力が一時的に衰えたのですが、内戦の頃から急速に拡大しております。

 天志教団の実態はよくわかっておりませぬ。カメレオンのような組織でござりましてな。〈月の一族〉の系譜を名乗りますが、〈日の一族〉に連なる者のようにも思えまする。秘密結社〈天明会〉の影もちらついておりまする。


「〈天明会〉……」


――天志教団は、選民思想と終末思想を強く持つ原理主義的な集団でござりまする。さきほど、音曲は聖にも邪にもなると申しましたが。天志教団は音曲を洗脳と煽動に用いておりまする。

 彪吾どのが拉致され、ピアノを弾くことを強制されたのも、おそらくはそれが目的。どこにも公表されておらぬあなたさまの音曲――それを彪吾さまはすべて覚えておられ、弾くことができますゆえ。

 それを知っただれかが、あなたさまの音曲を彪吾さまに弾かせようとしたのではありますまいか。


「そんな……!」


――あなたさまが天月のレオンさまであり、〈聖香華〉であられることは、この櫻館でも、ごく一部の者しか知りませぬ。もしこの事実が外に漏れたら、あなたさまは彪吾さま以上に危険な目にあうことでござりましょう。おそらく十歳のあなたさまを拉致しようとした真犯人は、天志教団か、〈天明会〉。


「では、わたしはどうすべきですか? この櫻館の人たちを危険な目にあわせたくありません」


――表向きは、あくまでラウ伯爵家の遠縁のレオンどのであり続けてくださりませ。そして、けっしてピアノは弾かぬこと。

 変性体であることやリクどのとの関係はできる限り明かさないでくだされ。今は何があろうと、けっして異能を使ってはなりませぬぞ。

 十分な結界を張らずに異能を使うと、〈気〉が立ち上り、敵に気づかれてしまいますでな。櫻館にはカイ修士が結界を張っておりまする。ゆえに、あなたさまの異能は外に漏れておりませぬ。あなたさまの異能の訓練は、週に一回程度わしが担当いたしまする。櫻館内でも知られぬよう、わしが結界を張りまする。ご安心なされませ。


「カイ修士や九孤族宗主と情報を共有してもよいですか?」


――すべて、あなたさまのご判断にまかせまする。わしが思いまするに、天月の〈銀麗月〉や九孤族宗主とは、互いに協力したほうがよいでござりましょうな。


「副大統領夫人アユどののことは……?」


――アユどのは、あなたさまの姉上――カトマール皇女リリアンヌ十世でござりまする。あなたさまが弟君でないかと思っておられたようじゃが、〈香華族〉の香りが確認できず、確信が持てないまま今に至っておるようでしたな。


「〈香華族〉の香り?」


――〈香華族〉には特有の香りがあり、〈香華族〉同士のみがそれに気づきまする。異能の力が強いほど香りが強く、とくに皇室の場合には香りが高貴になりまする。

 されど、あなたさまの場合には、ご自身でずっと異能を封じてこられました。それは香りを封じ込めることと同義。異能を使った直後だけ、〈香華族〉の香りがいたしまする。わしがあなたさまに気づいたのはそのせいでございまする。


「そうでしたか……」


――あなたさまは、ご自身の意思で香りをコントロールできる稀有なお方。

 それは〈聖香華〉であることを不用意に知られないための力であり、〈聖香華〉しか持たぬ力でござりまする。〈聖香華〉を利用しようとする者もおりますゆえに、リリアさまやパドアさまにも、いましばらくあなたさまのことを伏せた方がよいと存じまする。


「どうしてですか?」


――皇族でありかつ〈聖香華〉であることは、〈香華族〉の最高指導者であることを意味しますのじゃ。香華族はだれも最高指導者に逆らえませぬ。

 カトマールの〈本香華〉は抹殺されましたが、〈平香華〉はまだ多く残っておりまする。そのような者たちはあなたさまを熱狂的に迎え入れ、絶対的な支配者に祭り上げることでござりましょう。

 あなたさまの意思に関わりなく、身動きがとれなくなってしまいまするぞ。ファウン皇帝が〈聖香華〉であることを伏せたのも、それが理由でござりまする。

 ただ、いざどうしても〈聖香華〉の力が必要になったときに備えて、異能を訓練することは必要でしょうな。

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