ⅩⅢー5 エピローグ――石棺の少年
■ウル薬師長
フレイアと少年の遺体が消えた。
薬師長はセンター長を辞した。二人の遺体を探すためである。彼が求めたのは、遺体というよりも、フレイアの異能のDNAだ。
薬師長は、フレイアが「甦り」の異能をもつ可能性に気づいた。それこそ、舎村長が、孫のために、いやそれ以上にウル族のためにほしがっている異能であった。
しかし、フレイアが残した断片的な資料では、DNA再現すらうまくいかない。解読途中でかならずエラーがでてしまうのだ。舎村長の希望をかなえるには、そして、自分自身の研究を完成させるには、フレイア自身の完全な身体が必要だった。
数年間、各地をめぐった。だが、フレイアの行方はようとしてわからなかった。
そのうち、薬師長は、自分の体調不良に気づいた。どうやら内臓が腫れている。病名も原因もわからない。薬師長は舎村に戻った。すぐに命に関わることはなさそうだ。だが、おそらくこの命はあと十年ばかり――。
薬師長は、舎村長エファを思った。若い時から一途に仕えてきた主であり、密かに慕い続けた女人であった。
人生の最後は、エファのために尽くそう。フレイアの消息はわからないままだ。それでもやらねばならぬことがある。
エファの一人娘は、孤島の病室で眠り続けている。
彼女は、妊娠末期に事故にあった。エファは、娘よりも腹の子を生かすよう命じた。冷徹な命令だった。
子は産まれた。双子だった。娘も命をとりとめた。だが、意識を失った。植物状態となり、すでに十五年間、目を覚ましたことはない。
薬師長は医師資格ももつ。双子の主治医となった。双子は男子だった。顔は同じ――だが、日が経つほどに二人の子の動きが異なっていった。兄は動けず、弟は活発に動いた。
ある日、弟が倒れた。頭痛だった。脳には、原因不明の腫瘍があり、取り除くことができない。
エファは落胆した。やっと得られた子だ。なのに、上の子は重い障害をもち、下の子は病気の種をもつ。だが、あきらめるわけにはいかない。この子たちは最後の希望なのだから。
■石棺の少年
ウル舎村城館の秘密の部屋で、エファは石棺に向かい合った。手を触れる。
遠い記憶が蘇る――この石棺に眠っていた古代の少年。
彼の肉体は長くは持たなかった。ある日、ほろほろと肉体が塵のように砕けて、月の光の中に消えた。泣くヒマはなかった。
わずかに残った欠片を大切にハンカチに包み、持ち帰って、液体窒素で冷凍保存した。
愛した少年のクローン再生を目指した。そのためだけに再生医学を学び、開発した技術で、ウル舎村を立て直すこともできた。だが、少年の再生はことごとく失敗した。
エファは老いていった。
そんなとき、薬師長がある朗報をもたらした。
――アカデメイアの森で拾った少女の細胞を媒介に使うと、クローン再生が活性化するようです。
すぐに指示した。
――クローン再生にとりかかれ。最後の細胞だ。こころしてかかれ。
クローン再生は成功した。
胚芽は、エファの娘の子宮に移植された。本当は、拾った少女フレイアの子宮に移植したかったが、子宮の発育が不十分だった。
胚芽は胎児へと成長し、しかも双子だとわかった。
エファは期待した。
――あの少年にふたたび会える。
老いた身では、あの美しい少年に釣り合わぬ。エファは、細胞活性化――若返り――の薬の開発も薬師長に命じた。
生まれた子は、美しかった。だが、何が原因だったのだろう。二人の子はどちらも命が短いようだ。
――なんとかして、どちらかだけでも生かせ。
エファの命令に、薬師長は懸命に答えようとした。ネコやイヌを使って実験を繰り返した。
だが、自分の命はもうあまり長くない。エファの期待に応えることはできそうにない。
――急がねば!
蘇りの薬を実験的に自分に投与し続けた。成果はあった。内臓の腫れは引いた。だが、心臓が持ちそうにない。あと一度発作が出たら、もうダメだろう……。
いつもの報告書には、データに基づく推測と結果しか記さない。だが、おそらく最後になるであろう報告書には、ある特別なことを書き加えた。それを銀色のコインにチップとして埋め込んだ。
コインには赤いリボンをつけた。このリボンは、ウル舎村の秘密の織物に違いない。独特の模様が織り込まれている。
リボンを手に入れたのは半年ほど前。まったくの偶然だった。生まれた子ネコの母ネコの首に巻かれていたのだ。母ネコは、もとは美麗な白ネコであったようだ。だが、飼い主を失ったらしく、毛は薄汚れ、痩せこけていた。赤いリボンだけが奇妙に美しく、あまりに不釣り合いだった。
薬師長は、母ネコを引き取った。リボンは、結び目を解きにくいだけでなかった。はさみで切ることもできない。模様を見てウル舎村ゆかりのリボンだと気づいた薬師長は、ウル独特の結び方を逆にして、結び目を解いていった。
軽やかで、しなやかで、シワも汚れもない。
もしこれが、本当にウル舎村のものであれば、おそらく決して外に出てはならないものだろう。
薬師長はチップを仕込んだコインを赤いリボンに取り付けた。よく映えた。
コインとリボンを懐に入れ、いつものように、朝の散歩に出かけた。そして、いつものように、太った白ネコがエサをねだって擦り寄ってきた。
朝焼けは、いつも以上に、きれいだった。川面を渡る風は、いつも以上に、爽やかだった。
いつになく、胸が強く痛む。身体がくずおれそうだ。
最後の願いを託して、白ネコのクビにリボンを巻いた。そして、言付けた……ネコに人間の言葉がわかるはずはなかろう。けれども、何かに縋りたかった。
薄れゆく意識の中で、娘時代のエファが手招きした。初めて会ったときの快活な美少女だった。白い太ったネコが、ビックリ仰天して、あわあわと鼻を寄せてくる。
薬師長のチップを辿って捕らえられたのは、白い年老いたデブネコだった。
エファは、ネコを自室に運び込むよう命じ、赤いリボンをはずした。薬師長の機転に感謝した。
取り出したチップに仕込まれたデータは、この前受け取ったものからさほど進展していない。だが、最後のメッセージに、エファは驚愕した。
――二人の子を一人に合体するという方法があるのでは?
シュウの脳が死んだとき、シュウの身体にリョウの脳を植え替えることができるのではないか?
リョウは全身不随だが、脳機能が止まっているわけではない。何らかのブロックが作用して、脳からの信号が身体の各部位に届かないだけのようだった。ならば、リョウの脳は、赤子の脳のように新鮮で、柔軟なはず。
美しいシュウの身体にリョウの脳を埋め込めば、エファが望む少年を作り出すことができる。
薬師長の最後の提案は、とてつもなく魅力的だ。二人の子をともに失うより、合体した子を生かす方が良い。しかも、その子は、愛した古代の少年の姿と記憶を留める可能性が高い。
――生命倫理に真っ向から反する試みだ。
いや、すでにクローン再生自体が、「ひと」が及ぼすべき力の範囲を超えている。
エファは、新たに、極秘プロジェクトを命じた。




