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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第十三章 天月の銀狼
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ⅩⅢー4 孤島の再会

■流れ着いた少年

 フレイアが島に来て六年がたった。

 十六歳の初夏だった。


 昨日の嵐がうそのように()ぎ、フレイアは秘密の洞窟から岩だらけの入り江に降り立った。島から出ることはできないが、島の中でなら、フレイアは自由に動くことができた。

 島の責任者で、センター長をつとめる舎村薬師長の配慮だった。彼は聡明なフレイアを娘のようにかわいがり、高度な教育を施した。ゆくゆくは自分の後継者になるべく育てようと考えたからである。


 フレイアは、午前は勉学に励んだ。研究の補助もした。午後は時間がある限り島の森に出かけ、銀狼と戯れた。そうして過ごしているうちに、たまたま洞窟とそこから降りることができる岩の入り江に気づいたのである。大潮(おおしお)のとき以外は入り口が波にふさがれており、島のだれも知らない入り江だった。


 嵐の後には、いろいろなものが流れ着く。その日は、一枚の板きれにつかまるように一人の少年が流れ着いていた。意識はない。


 フレイアは胸を震わせた。

――彪吾!

 あれほど会いたかった彪吾だ!


 銀狼の助けを借りて、フレイアは彪吾を森に引き上げた。そして、もう一つ別の洞窟に彪吾を隠した。外部者は入島厳禁。見つかったら被験者にされるか、殺される。


 彪吾はなかなか意識を取り戻さなかった。フレイアは必死で看病した。そばにはいつも銀狼が付き添った。

 満月の夜が来た。呼吸が浅い彪吾の胸に手をあてるフレイアに月の光が落ちた。フレイアの右手が月の光に包まれ、一瞬、銀の光が満ちた。フレイアはフッと気を失いそうになった。手を通じて、自分の〈気〉が横たわる彪吾に送られていることを感じた。


 やがて、ゆっくりと彪吾が目を開けた。彪吾は不思議そうな目でフレイアを見た。


 フレイアは彪吾の存在を徹底的に隠した。洞窟にひそかに食べ物や衣類を運び込んだ。彪吾は、すぐそばの湧水(わきみず)を飲み、泉で身体を拭った。

 この島では、外部の情報にアクセスできる者が限られている。船の遭難事故のその後も、彪吾の両親の消息もわからないままだった。


■発覚

 冬を超え、ふたたび春の日差しがめぐってきた。


 研究センターの若者に彪吾のことが知られた。フレイアに恋心を抱くその若者は、毎日森に出かけるフレイアの後を追い、彼女が見知らぬ少年と抱き合う姿を目にしたのだ。

 若者は、嫉妬に狂った。フレイアが彼を隠していたことがわかるとフレイアも罰を免れない。彼は彪吾だけを始末しようと考えた。所詮、不法入島で処刑される者だ。見つけたならば、いつだれが手を下してもかまわないと定められている。


 フレイアがセンターに滞在する午前に、若者は(ひそ)かに森に行き、手にしたナイフで彪吾に切りかかった。彪吾には武芸の心得はない。避け切れるはずもなかった。

 彪吾の声に気づいた銀狼が飛んでいった。銀狼は若者に飛びつき、その喉笛をかみ切った。


 彪吾は血まみれで横たわっていた。


 銀狼の遠吠えに異変を察して空間移動したフレイアは、叫び声を上げながら、彪吾を抱き上げた。彪吾の息はない。


 フレイアは、彪吾を洞窟の寝台に横たえた。そして、冷たくなりゆく彪吾の身体の上に自分の温かい身体を重ねた。そしてひたすら祈った。

――この人を生かしてください。


 そのままどれくらい時間が経っただろう。横で銀狼が二人を守るように立っている。


 満月が昇った。重なり合った二人の上に月の光が落ちる。銀色の光が二人を包み込んだ。


 翌朝、センター長がやってきた。若者の遺体を検分し、重なり合ったフレイアと見知らぬ少年の遺体も確認した。

 センター長は二人の遺体を洞窟に安置した。フレイアの身体組織は、研究の宝庫であり、むざむざ失うわけにはいかない。見知らぬ少年も美しく、価値があると思われた。


 だが、センター長は、それ以上は動けなかった。島で生み出した双子の容態が急変したと舎村長から呼び出しがあったからだ。

 処置が終わってから、二人の遺体に対処するつもりだった。だが、彼が洞窟に戻ってきたとき、二人の遺体は忽然と消えていた。


■彪吾の帰還

 洞窟でさきに目覚めたフレイアは、嵐の時に岩の入り江に流れ着いた小舟に彪吾を乗せ、島を脱出した。銀狼も舟に乗せた。


 港がある島西部には監視カメラが整備されている。だが、荒波が絶壁をうがつ島東部の監視はないに等しかった。そこから島に入るのは不可能だったからだ。センターの警備システムですでにフレイアはその情報を仕入れていた。念のため、脱出時に警備システムを狂わせる電磁信号を送った。


――目指すは蓬莱本島。

 アカデメイアの近くならば、彪吾も自分で家族のもとに戻れるだろう。


 目立たぬよう夜の闇に紛れて、蓬莱本島の(おか)に上がり、意識のない彪吾を銀狼の背に乗せ、森へと走った。天月の森は銀狼の故郷(ふるさと)――銀狼は、安全な場所に向けて走り続けた。フレイアもそばを走る。


 森の奥のせせらぎに近く、ポツンと立つ一軒の小屋に着いた。狩猟シーズンに使う小屋だろう。無人だった。彪吾を横たえる。携えた水筒から水を口に含み、彪吾に口移しすると、息は安定し、血色も戻り始めた。


 フレイア=レオンは、禁断の術――(よみがえ)りの異能――を使ったのだ。


 だが、この異能は、使う側に相当の負担を強いる。フレイア自身も一時的に仮死状態になった。

 いまも身体がふらつき、今まで感じたことがないような疲れに身が切り裂かれるようだ。残っている力を振り絞り、フレイアは、彪吾の額に手をあて、孤島での記憶をすべて消した。記憶が残ると、彪吾の身が非常に危険だ。


 翌朝、小屋でひとり目覚めた彪吾は、一年前の記憶に戻っていた。

 森の中で見つけた小さなせせらぎに沿って歩き始めた。川下に出れば何かわかるはず。木の実を食べながら数日歩くと、人家があった。櫻館ではツネさん夫婦が彪吾の帰りを待ってくれていた。両親はいなかった。


 やがて、彪吾は櫻館を買い求めた。レオンの思い出とレオンの音楽の記憶は鮮明だった。

 だが、遭難から帰還までの一年間の記憶は戻らない。なぜ、自分の身体に大きな切り傷があるのかもわからない。ただ、失われた一年間を思い出そうとすると、いつも強く胸が締め付けられる。苦しさのあまり、何度も倒れた。


 岬の上病院の医師は、こう助言した。

――無理に思い出そうとしてはいけません。いつか思い出せる日が来るまでお待ちなさい。

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