ⅩⅢー3 孤独な決意
■孤独な決意
宗主の話は、幼いレオンの生存を脅かすほどの衝撃となった。
――すべて忘れたい。自分の存在を消したい。
見知らぬ者に拉致されたとき、レオンはほとんど抵抗しなかった。どうせ生きていても、「凶」の生でしかない。レオンは元凶ともいうべき右手の指を自分ですべて折った。
だが、天月の山でかわいがっていた銀狼の兄妹がどこからともなく現れてレオンを救った。三頭の銀狼は拉致犯たちに襲い掛かり、三人の喉笛を掻き切った。そのとき、兄の二頭は賊と相打ちとなって命を落とした。
残った末妹狼が、レオンを咥え、渓谷に身を躍らせた。そのとき、レオンの服の一部が木の枝にかかった。拉致犯たちの死体と歯に血をつけた二頭のオオカミの死体はいつの間にか片づけられていた。枝にかかったレオンの服の切れ端が発見されたのは数日後のことだった。
レオンは谷に落ちた。このまま死んでもいいと思った。
気を失ったレオンを背に乗せ、銀狼は洞窟にたどり着いた。一カ月ほどをそこで過ごした。内出血で青くむくんでいた右手はなんとか動くようになったが、細かい動作は難しい。銀狼が食べ物を運んできてくれた。
「ごめんよ……。おまえの兄たちを死なせてしまった」
銀狼はしずかにレオンに寄り添った。その温かな毛並みを撫でていると、彪吾との約束がよみがえる。
――いつか天月においでよ。銀狼の子に会わせてあげる。
だが、宗主は厳命した。
――〈弦月〉としての異能を抑制できるようになるまで、だれにも会ってはならん。
いまこのまま彪吾に会えば、彪吾を害するかもしれない……。
異能の抑制がどのようなことかわからない。何をすればよいかもわからない。けれど、二頭の銀狼が命をかけて守ってくれたこの命を無碍にはできない。
ふと気づくと、身体が変化しはじめていた。いままでの自分でなくなれば、異能者でなくなるかもしれない。期待した。違う自分になりたかった。
銀狼は変わらずそばにいてくれた。彪吾はさぞ心配していることだろう。この違う姿ならば、彪吾に会うことができるかもしれない。ある日、レオンは洞窟を出て町に向かった。
しかし、思いのほか、心身がダメージを受けていたようだ。レオンは谷の道で気を失い、たまたま通りかかった者に拾われた。ウル舎村長の一行だった。
■フレイア
名を聞かれたレオンは、記憶を失ったふりをした。
そもそも、女性としての記憶はない。完璧だった。疑う者はだれもいなかった。
記憶のない美しい少女は、舎村の医療・研究施設がある孤島に運ばれた。そこで治療を受けた。あのコンクールからすでに半年近くたっていた。
島では、「フレイア」という名を与えられた。レオンは自らの過去を伏せ、フレイアとして過ごしはじめた。
天月にいたとしてもどこか知らない場所で異能抑制の修行をするはずだった。天月に戻らなくてもだれも気にも留めまい。
ミライのことだけは気がかりだった。自分を探し続けているに違いない。ミライは天月でただ一人の味方だった。
そして、いまこの島でもただ一人の味方がいる――銀狼だ。銀狼は海を渡り、島に来て、島の森でいつもフレイアを見守ってくれている。
島の研究施設は、不老不死や再生(蘇り)の人体実験やクローン再生といった極秘研究を行う組織であった。いったんここに収容されたら出ることは叶わないようだ。
美しく賢いフレイアは、記憶も家族ももたないため、島に留め置くことができる良質な被検体とみなされ、卵子提供と子宮提供が期待された。しかし、フレイアの子宮も卵子もなかなか成熟せず、実験に使うことはできなかった。だが、いずれ、フレイアは、自身の卵子と子宮を使った「再生実験体」となる予定であった。




