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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第十一章 澄み渡る月光
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Ⅺー2 拾った美青年

■拾った美青年

 医師が弟の臨終を告げた。

 それに対するわたしの言葉は唐突だったろう。わたしは医師にこう尋ねた。

「隣の青年の様子はどうだ?」


 医師は面食らいながらも答えた。

「さきほど意識が戻りました。バイタルも安定しています」


 わたしはすぐに隣の部屋に向かった。拾った青年が、ぼんやりと天井を眺めていた。わたしが近寄ると、長いまつげをしばたかせ、じっとわたしを見つめた。


 弟と同じ、黒い髪で、黒い目の美青年だった。


 わたしは医師たちを下がらせ、彼に尋ねた。

「名は?」「年は?」「生まれは?」「どうしてここに来た?」「だれに襲われた?」


 そのどれにも彼は答えられなかった。完全に記憶を失っているらしい。


 わたしは決意した。

「安心しなさい。キミの名はレオンと言う。わたしの遠縁だよ」

 青年は怪訝そうにしながらも頷いた。

「ゆっくり眠りなさい」

 青年は目を閉じ、再び眠りに落ちた。


 特別室の医師と看護師はラウ伯爵家に特に忠実なものだけが選ばれている。医師と看護師は二人のレオンをすり替えた。


 わたしは、弟とその母を同じ墓に入れ、拾った青年に弟の名と弟の人生を与えた。失った弟の代わりが欲しかったのかもしれない。祖母の遺言を果たせなかったことへの贖罪だったのかもしれない。ただ、弟だとは告げなかった。本当の弟にすらその事実を告げてなかったのだから。


――あくまで「遠縁」。


 それでも十分彼を守る盾にはなるだろう。いざとなれば、放り捨ててもさして問題になるまい。


■とまどい

 拾った青年は、予想以上の逸材だった。


 真っ白な彼を自分の色に染めていくのは、この上ない快感だった。彼はすべての色を受け入れ、レオンというキャンバスに見事な絵を浮かび上がらせていく。


 新しいレオンは、何をさせてもずば抜けていた。

 それほどの力をもちながら、どこか人生をあきらめていて、野心を持たない。


 「ラウ伯爵の遠縁」という地位は、たしかにレオンをあらぬ風評や詮索から守ったが、レオン自身の人生にとってはさしたる意味をもたなかったようだ。そのような地位がなくてもレオンは信頼と尊敬を勝ち得るだけの実力を備え、そのような関係がなくてもレオンはわたしに忠実だったからだ。


 「ラウ伯爵の遠縁」という地位を、レオン自身は信じていなかったようだ。レオンは自分のことを懸命に調べていた。それを知って、わたしはむしろ安心した。レオンが本当に記憶を失っている証拠だからだ。

 だが、結局なにもわからなかった。レオンの過去は完全に空白だった。人生を半分あきらめているようなレオンの姿は、わたしには好ましかった。わたしの若いころに似ていた。だれにも踏み込ませず、だれにも心を許さない。孤独を楽しみはしないが、苦にもしない。


 父のように簡単に人を信じたり、愛したりせず、情に流されることなくビジネスの成果を上げ、美しいものを愛で、学問や芸術の真価を理解する。勝負をする以上、勝ちを目指すが、勝たなくても悔しがらず、恨まない。――それはわたしの美学だった。


 だが、そのレオンが、最近少し変わった。

 わたしへの態度や仕事ぶりが変わったわけではない。ただ、冷え冷えとした雰囲気が少し和らぎ、時折、ほんのかすかだがほほえみすら見せるようになった。


 わたしとしてはどうも複雑だ。レオンのこころに彪吾が入り込んだというのか? 


 いま、櫻館にはレオン以外にも、天月の銀麗月をはじめ、多くの者が集まっている。ルナ・ミュージカルを成功させるためだ。天志教団や天明会が妙な動きを示している。ルナ大祭典の失敗は許されない。

 レオンは、定期的に報告を上げてくる。成果は上々のようだ。だが、何か隠されている気がする。最も重要な問題が隠されているような気がする。


 レオンをそばにおいてから、わたしの事業には失敗がなくなり、拡大の一途をたどった。彼を拾ってから十五年。わたしには妻も子もない。母以外に信頼できる親族もいない。わたしに残されているのはレオンだけだった。

 いつか、レオンを公に弟と宣言し、わたしの事業を継がせるつもりだった。いつもわたしの隣にレオンがいることを当たり前だと思っていたからだ。


 なのに、レオンが離れていきつつある。仕事ぶりは相変わらず優秀だし、わたしに忠実だ。だが、レオンのからっぽの心を彪吾が占めつつある。なぜこんなにイラつくのかわからない。こんな気持ちを味わったことなどない。自分の作品としてのレオンを失うのが怖いのか、レオンという人間を失うのが怖いのか、それすらわからない。


 ある日、ふと鏡の中の自分の目を見て驚いた。彪吾がレオンを取り戻しに乗り込んで来た日の目と同じだ。めらめらと嫉妬をもやしている目。――わたしは愕然とした。


 嫉妬などという幼い感情は、わたしの美学に反する。あの美しく高貴な母でさえ、レオンの母に対しては異常に嫉妬した。顔を歪め、父の愛人をののしる母の姿など、わたしは見たくなかった。しかし、母は父をののしることは一度もなかった。ただ見切りをつけたのだ。母のせめてもの意地だったのかもしれない。


 レオンを失いたくない。

――それは認めよう。レオンを失えば、わたしの人生設計が狂う。


 しかし、レオンをだれにもとられたくない。

――それは認めない。レオンがだれといようと、わたしの忠実な部下であればよいのだから。そして、レオンはその役割を決して放棄するまい。


 なのに、気づいてしまった思いは、ちらちらと胸の奥を焦がす。愚かな愛におぼれた父と同じ轍は踏まぬ。そう決意した少年の日の苦い思いがよみがえる。


 かつてただ一人愛した女性に対しても、わたしは美学と信念を貫いた。

 その女性――アメリア――は、〈青薔薇の館〉に戻ってきた。あろうことか、親友シャオ・レンの妻として……。

 これからは、嫉妬を抑え込まねばならない。かつてレンがそうしたように。


――嫉妬……。

 わたしは、いつか、レオンをも失ってしまうのだろうか……。

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