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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第二章 緋目の白虎
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Ⅱー1 美しき訪問者

■ウミヘビの毒

 オロはホッとしていた。

――シュウはすっかり恢復し、リクも元気になった。やれやれだ。


 まさか、思いもしなかった。自分にとってペット同然のウミヘビの毒が、シュウやリクには死ぬかもしれないほどの大事(おおごと)になるなんて……。

 そういえば、シュウを助けたときのウロコはズボンのポケットからなくなっていた。どこかで落としたのかな? まあ、いいや。ウロコならいくらでも剥がせる。


 教室に戻ってきたシュウは、相変わらず風子を追い回している。そんなシュウをキュロスはにこやかに見守っている。風子は、ちっとも気づいていないみたいだ。まあ、アイツは超鈍感だから、シュウも苦労するだろうな。

 それにしても、なんで風子だ?――舎村若君シュウの趣味がいまいち理解できない。


 シュウは、ちょっと前までオレを(かたき)みたいに睨んでいたのに、いまは全然態度が違う。オレがウミヘビの毒から助けたってことを知ると、えらく感謝してきた。お礼にと、ものすごくりっぱなパソコンをくれたぞ。リトからオレが一番欲しがっているものを聞き出したみたいだ。断る理由もない。ありがたく部屋に置いて、さっそく使ってみた。うほほ! ずいぶん高性能だった。処理スピードが速いので、ストレスがない。

 でも、気になる……ウミヘビの毒だ。

 シュウの毒はあのウロコでぜんぶ吸い取ったはずだ。なのに、なぜ、毒がぶりかえしたのだろう? おまけに、あの一日のことをシュウはぼんやりとしか覚えていない。高熱で一時的に記憶がまだらになっているのだろうとアオミ先生は言った。小鬼のことなんか、まったく覚えていなかった。


 そうだ! あのとき、小鬼はこう言ったんじゃなかったか?

「リョウぼっちゃんがウミヘビに噛まれた!」

 リョウ……? だれだ、そいつ?


■リョウ

「ねえ、シュウ。あのかわいいお兄さんは元気?」

 いつものランチタイムで、風子がシュウに尋ねた。「かわいいお兄さん」は、古城で見かけた五歳児――ベッドで寝たきりの重い障害をもつ子のことだ。

「うん、元気だよ。また、みんなに会いたがっているんじゃないかな? 一度舎村に来てよ! ルルがおばあさまからもらった勲章は、舎村城都への通行許可証でもあるんだ。いつでも来ることができるし、おばあさまにも謁見できるはずだよ」

 ルル――オロは〈蓮華〉では美少女ルルだ――はゲッとなった。

「いやいや、あんたのばあさんに謁見なんかしたくないよ。怖いもんな」


 風子がクスっと笑った。そんな風子をシュウがまぶしげに見ている。風子は腕を開いて、空を見上げながら言った。

「ああ、舎村に行きたいなあ。ねえ、みんな、どう?」


(みんなったって、ここで意思表示を求められてるのは、オレだけじゃないか?)

 いつもそうだ。リクは自分からは行くとも行かないとも言わないし、アイリはモモが行くところならぜったいついて行く。それは風子の行くところについていくのと同義だ。シュウも風子の言うことに逆らった試しはない。


 案の定、風子がルルを見た。

「ねえ、ルル、どう?」

 ルルはふとひらめいた。

「シュウ、あんたの兄さん、なんて名前?」

「リョウだよ」


 リョウ! やっぱりだ。あの小鬼たちは、五歳児リョウの守り神だったんだ。でも、そしたら、どうして、あのときシュウの姿だったんだ? これはじかに確かめるしかない!

「行こう! また、ばあさんに歌でも聞かせてあげるよ」

「やったああ!」


 風子がリクと手を取り合って喜んでいる。どさくさまぎれに、シュウも風子の手に自分の手を重ねた。シュウの耳がポッと赤らんでいる。ルルは、わざとシュウの手を風子から引き離し、ギュッと握った。シュウが落胆した。

――えへへ。そう簡単に恋路を成就させてたまるか! オレだって、リトをなかなかゲットできないのに、オレの先を越すなよな。

 一瞬、風子が怪訝な顔をして、すぐに納得した顔に変わった。あれ? なんか誤解したかも……。


■舎村への招待

「兄さん、次の週末にみんなが来てくれるって! 楽しみにしててね!」

 シュウは大喜びで、リョウに報告した。一泊二日の日程を組んだ。


 おばあさまもわざわざ予定を変更して、ルルたちと謁見するという。キュロスは、女子衆を迎える準備に大わらわだ。彼女たちがいちばん喜ぶのは食事だ。キュロスは、舎村城館の料理長にこまごまと情報を与えた。ホントは、ツネさんに鍛えられた腕を存分に奮いたいが、それでは料理長の顔がつぶれる。舎村長に謁見するゲストの食事だ。料理長も張り切っている。

 女官長は、女子衆にまた新しい服を着せようと品定めに入った。部屋も女子衆が気に入るよう、細心の注意を払って準備を重ねている。この舎村に十代女子のゲストなど、これまではありえなかったからだ。女官たちは、もしや若君の花嫁候補かと興味津々(きょうみしんしん)だ。


 エファのたつての望みで、例のルナ・パーティのときのステージが、舎村の幹部たちに披露されることとなった。シュウからステージのことを聞いたエファは、孫の姿を見たくて仕方がなかったのだ。ルナ大祭典のルナ・ミュージカルにも取り入れられるというほどだ。九鬼彪吾が作曲し、あの游空人がシナリオを書いたという小品。元気になったシュウを面々に披露する舞台としては、申し分ないではないか。

 エファは、シュウの担任であるサキをはじめ、櫻館の主なメンバーも招待した。結局、リト、カイ、彪吾、レオン、カムイ、恭介、虚空、ばあちゃんとサキが招待に応じた。マロとスラは参加を控えた。

 舎村城郭都市によそ者が入る機会などほとんどない。リトもサキもカイも、これは千載一遇のチャンスだと考えた。

 シュウは、リョウにも舞台を見せたいと望んだ。エファはリョウの存在を隠してきたが、シュウの願いを聞き入れ、公表することにした。ミュージカルは、来週の土曜の夜――会食の前と決まった。


■美しき訪問者

 舎村城館の前に居並ぶ舎村幹部と女官の一同から思わずどよめきがあがった。


 レオンだ。ラウ財団総帥の筆頭秘書レオンは、こうした場には慣れているようだ。正装に近い姿は、抜群のスタイルとあいまって、いつも以上にかっこいい。隣の彪吾もツネさんが見繕った上質なスーツを着込んでいる。ホントにこの二人は絵になる。舎村城館の女官たちがためいきをつきながら見とれている。


 いっそう高い歓声が波のように広がった。


 カイだ。ダントツの美しさだった。舎村長の招待に失礼があってはならないと、天月修士の略礼装を着用したからだ。白く長い衣は手の込んだ刺繍入りで、髪の一部を髷に結い、天月修士のみが被ることができる銀色の髪飾りをつけている。まっすぐの長い黒髪をなびかせ、ルナ神話から出てきたルナ神のようだった。となりのカムイもそれにあわせた侍従の服装だ。


 十五歳たちもがんばった。キュロスに出迎えられ、舎村にやってきた女子衆とモモとキキは、その立派な門を見上げた。あの古城も立派だったが、こっちはもっともっと立派だ。舎村長の正式な招待だ。略装で良いとは言われたが、まさかいつものジャージやジーパンというわけにもいくまい。女子衆は、新しく女官長から届けられたきれいな服を着用した。モモとキキの首にもそれぞれかわいいリボンを付けた。


 リトもサキもめったに袖を通さないスーツを着用した。

 入学式以来着ていなかったスーツを着たリトはすごく素敵だ。入学祝に母親がリトにプレゼントしたものだとか。スーツとシャツ、ネクタイの一式は、上質で品が良い。初めて見るリトのスーツ姿にルルが見惚れた。

 薄化粧をしたサキにもみんながビックリした。相当の美人だったことに、みんなが改めて気づいたのだ。だが、着ているパンツスーツは、安物が丸わかりのペラペラな代物(しろもの)だった。通販特売で買ったものらしい。さすがに、ばあちゃんですら心配した。

「入学式と卒業式にしか着ない。これで十分だ」と、サキは平然と答えた。

 ばあちゃんは、九孤族宗主にふさわしい紋付の着物を着ている。リトがびっくりした。

――ひええええ、こんなばあちゃん、はじめて見たぞ。


 クマ先生こと恭介はなんと無精髭の形を整え、スーツを着ていた。恭介がこんなに男前とは知らなかった……。髭が妙に男っぽい。虚空は紋付き袴だ。タヌキ先生は、やっぱり洋服よりも和装が似合う。


 出迎えたエファもまた、舎村長にふさわしい古式の着物姿であった。出迎えには、舎村の幹部たちが付き添った。幹部たちには、あらかじめ情報が与えられていた。天月修士、九孤族宗主、游空人、レオ、ラウ財団筆頭秘書など、普段は会うことなどできないメンバーが顔を揃えているという。ワクワクしながら、ゲストを待っていると、出迎えにいった車から、次々とゲストが降りてきた。

 ゲストの美貌にだれもが射抜かれた。特にレオンとカイの美しさには驚きの波が広がった。

――わが舎村の若君は、これほど素晴らしいひとたちと懇意なのか? 


 シュウは舎村幹部たちのざわめきをうれしそうに感じていた。いつもはシュウを子ども扱いして軽んじる者たちが、今日はどうだ? エファだけでなく、シュウにまで敬意を捧げている。

 エファは大満足していた。シュウの交友関係のお披露目はひとまず成功したようだ。


 用意された舞台は、間に合わせのものではなかった。舎村の城館に古くから設営されていた由緒ある舞台だった。音響も抜群だし、椅子の座り心地も最高だ。

 披露されたミュージカルは、十日間の練習と調整を経て、以前よりもバージョンアップされていた。サキがダンスの鬼監督をつとめ、アイリがこってり絞られたのは言うまでもない。大道具と小道具は、キュロスの指示でまともなものが用意されていた。花も木も本物が配置されている。ドレスは、エファから新しいものが提供された。

 ルルの歌声はますます磨きがかかっており、すばらしいものだった。その美貌にも聴衆がビックリした。膝まずいている少女が、あの有名な天才科学者らしいとひそひそと噂が広がる。奥に立つすんなりとした少女は、まことの月の神に見えた。いちばん幼い感じの少女は元気一杯でこれまたかわいらしかった。舎村の若君シュウは、存在感がある王子役だった。これはピッタリと役にはまっており、観客の女性たちからため息が漏れた。

 舞台が終わったあと、宴会までの休憩時間には、若君のお相手はいったいだれだと賭けが展開した。一番人気はルル。とてつもない美少女だもの。次いで、アイリ、リクと続き、風子は番外だった。だれも、若君の「(意中の)お相手」が風子とは予想だにしなかった。


 だが、当の若君は、風子ばかり目で追いかけていた。――今夜の風子は、今までで一番かわいらしい! 

堅苦しい食事が終わった後、シュウは、女子衆を自分の書斎に招いた。いわば二次会だ。

 風子が大喜びした。いつにない緊張を強いられ、アイリはグッタリ、リクは無表情、ルルは達成感で気分が高揚していた。キュロスがあらかじめ菓子と飲み物をセットしていた。モモもキキもやってきた。リョウもベッドごと部屋に運び込まれており、楽しむことができた。……トラネコにはなれなかったけど。


■作戦

 部屋に戻ったサキたちは、作戦を考えていた。もちろん、ばあちゃんが結界を張っている。

 城館内をみだりにうろつくことはできない。だが、リトならば可能だ。天井裏を気配なしに進める。相棒のクロも外で待機している。カイと游空人(虚空)、恭介が食後の茶話会に参加し、舎村長とその幹部を足止めしてくれている。


 目指すは、キキ拉致事件の時、舎村長が入っていった秘密の部屋だ。ばあちゃんが城館のセキュリティシステムに入り、一時的に監視とチェックを止めた。不自然がないように、少し前の映像を繰り返し流し続けている。アイリの金ゴキが大活躍した。

 リトは金ゴキをポケットに入れ、クロとともに天井裏からエファの部屋に忍び込み、秘密の通路を開けた。

 中は、細く長い階段だった。下にはいくつかの扉があった。クロが匂いを嗅いだ。舎村長の匂いが一番強く残るのは、三番目の扉――。リトはその扉を開けた。

――そこは、海底だった。

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