Ⅹー4 エピローグ――神琴の木箱
孤島のウル石棺遺跡そばで掘り出した木箱はカラだった。
箱の上に、木片が名札のように打ちつけられていた。木片には一文字こう書かれていた。
月。
この木箱についても材質を確かめねばなるまい。やはりアイリの力が要る。
「木箱は、木片とは別の木だ。幻覚作用をもたらす要素はない。ただ、これも特殊な木のようだ。櫻館の古楽器として所蔵されている古琵琶と同じ木材だ」
アイリの分析結果にカイとリトが驚いた。
マロは以前こう言っていた。
――あの古楽器はミグルの神器で、すでに滅んだミグルの島にのみ生息したくるみの木を使っています。
その貴重な木材がカラの木箱に使われているのか?
ばあちゃんが判断した。マロの協力が必要だ。古楽器収集者である彪吾にも、今回のルナプロジェクトの責任者であるレオンにももはや隠し通すわけにはいくまい。
新たに三人を加えて、櫻館で検討がはじまった。部屋にはカイが結界を張った。
レオンは、朱鷺要の名札を手に取り、表裏を確認した。
「どうした?」
ばあちゃんの問いに、レオンが慎重に言葉を選びながら答えた。
「よく覚えていないのですが、どこかでこれに似たものを見たような気がするのです……。ただ、それがどこか思い出せません」
レオンでも覚えていないってことがあるのか? リトは不思議そうにレオンを見た。
「わたしの失われた記憶の中かもしれません……」
彪吾がレオンの手を握った。
失われた過去に戻ろうとすると、レオンの意思とはうらはらに、身体がそれを強く拒否するらしい。身体が強張ってしまうようだ。彪吾がそっとレオンを支えた。
マロもまた木片と木箱をじっと見つめた。宝物のように、木箱にそっと触れるマロの目には涙が浮かんでいる。
マロは言った。
「この木片はミグルがウル大神殿で託宣神事に使ったものと思われます。わたしも見たのははじめてですが、ミグル神謡に伝わるものと形と効果が同じです。
なにより、この木箱の木は非常に貴重で、ミグル神器を補修するために必要な木です。ほぼ永久的に腐らず、水にも火にも強い材質です。いまこの木は世界のどこにも生息していません。わたしはずっとこの木を探し続けてきました。その貴重さから推し量れば、神事に関する箱であることはまちがいないでしょう。
「月」とあるのは、月の神への奉納に関わるということではないでしょうか? ウル教は多神教で、月の神を最高神としましたが、それ以外にも多くの神をまつっていました」
中央のテーブルに置かれた木箱をみんなが見つめた。木箱自体が非常に貴重。上には、ルナ教とウル教の最高神である月の神への奉納を意味する「月」の文字。
名札には強力な幻覚作用がある。いったい、この箱の中には何が入っていたのか?
ふと、マロが席を外し、琴をもってきた。ミグル神琴だ。神琴は箱にすっぽりと収まった。まるであつらえたかのようにぴったりと。
「なるほどのう。神琴の保管箱じゃったか……」
「じゃあ、神琵琶の保管箱もあるわけか?」とサキが尋ねると、「おそらくは……」とマロが答えた。
では、その神琵琶用保管箱はいったいどこにある?
カイが言った。
「あの遺跡は、ウル遺跡とされていますが、実際にはおそらくルナ遺跡です。しかも、地上の遺跡も石棺もフェイクで、実際の遺跡は、島の地下にある鍾乳洞です。地下には地底湖もあり、その地底湖はこの島の入り江につながっています。地底湖を行き来できるのはオロくんだけです」
マロが目を瞠った。
カイが続けた。
「数百年前に本物の石棺が移動され、それに伴ってウル遺跡に偽装されたと思われます」
カイの説明に、マロもレオンも驚いた。
「それはいったいどういうことなのですか?」
「本物の石棺はウル舎村の舎村長の館に置かれています。この前の舎村訪問の際、リトが確認しました。ただ、舎村長の目的がわからず、様子を見ていた次第です。しかもあの洞窟には何らかの呪力がかけられており、時空が歪みます」
「歪むとは?」
「不用意に入り込んだ者は洞窟に閉じ込められてしまいます。わたしとリトは脱出する際に、歪んだ時空にとらわれ、時間がループするのを経験しました。そしてサキ先生たちを導き出すことはできたのですが、サキ先生もイ・ジェシンも洞窟での出来事に関する記憶をすべて失っており、わたしたちが洞窟を出たときには、時間が逆戻りして、洞窟に入る前の時間に戻っていたのです。記憶を残したのはわたしとカイ……おそらくオロくんも覚えているでしょう」
マロが尋ねた。
「洞窟や地底湖にはなにかありましたか?」
「いいえ、何もありませんでした。石棺が置かれていた時にせりあがったであろう鍾乳石だけでした。しかし、それは一見したときには何もなかったというにすぎません。ゆっくりと調査する時間がありませんでしたので……何かお気づきのことがありますか?」
「ミグルの水神殿は、水の中の神殿とされます。「水の中」という意味を水中と理解してきましたが、地底湖に面した神殿なのかもしれません。神殿であれば奉納物が保管されているはずです」
「とすれば、あの神殿が水神殿かもしれず、どこかに奉納物の保管場所があると? ですが、われわれが見たところ、ルナ古王国の王族の墳墓のようなのですが……」
レオンが言った。
「わたしたちは五つの神殿をすべて別々のものと考えてきました。でも、今のお話を伺っていると、少なくともいくつかは重なっていると考えた方が良いのではないでしょうか? しかも、神殿と墳墓も重なっているようです。前提を組み替えた方がいいかもしれません」
ばあちゃんが頷いた。
「レオンの言う通りじゃな。ウル古城の神殿も、〈閉ざされた園〉も、〈蓮華〉の図書館も、すべてを一から考え直すべきじゃろう。ウル大神殿やルナ大神殿の遺跡も同じじゃ」
居並ぶ者みなが頷いた。
ばあちゃんが思案気に続けた。
「心配なのは、子どもたちじゃ。ルナの秘密には、どうも子どもたちが関わっておるようでの……」
サキが敏感に反応した。
「オロのこと?」
ばあちゃんが、そうじゃと言いながら頷いた。
「オロもリクも、あのシュウという子の双子の兄も、かなり強い異能者のようじゃ。特に、オロの力は尋常ではない。時を止め、水に潜り、龍に姿を変え、地底湖に行き来できる」
マロが深刻な表情のまま、ばあちゃんに尋ねた。
「宗主。オロを守るためにどうすればよいですか?」
「オロに異能をコントロールする方法を教える必要があろうの。じゃが、あの子は強制されるのをとことん嫌うからの……イヤだと思ったとたん、逆に異能を使って、わしらを翻弄するじゃろうて……かえって危ないのう」
サキは〈蓮華〉でのルル(オロ)のあまのじゃくぶりを思い浮かべ、思わず「そうなんだよな……」とぼやいてしまった。
「こりゃ! 教師がそれを言うな!」と、ばあちゃんがサキの頭を軽くはたきながらも、やっぱり、同じようにため息をついた。
「はてさて、どうしたものかのう……」




