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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第十章 父の記憶
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Ⅹー2 幻覚をもたらす木片

■ウル神殿の惨劇

 サキは、カイとリトを小屋に来るよう促した。ばあちゃんがいた。

 サキがリトを睨んでいる。


「おい、リト。なぜ勝手に動いた?」

「ごめん……。父さんのルーツが知りたくて」

「それはかまわん。われわれも知りたいからな。アイリに分析させるしかなかろう。だが、われわれにも一言言ってからにしろ。おまけに、天志教団の名前を出そうとするなんて、何を考えてる?」


「……うん。危険だよね。アイツら、勝手に動くし……」

「わかったならいい。次は気をつけろ」

「うん……」


「で、アイリは何と言った?」

「熱したら、コカイン以上の幻覚作用があるらしいって」

「コ……コカイン以上だと?」

 サキが驚愕した。そんなことがわかったら、木片の争奪戦が起こって、世の中が大変なことになる。


「うん。でも、木の組成からはどの木か特定できないんだって。今は絶滅した木かもしれないってさ」とリトが答えた。


 カイが古代木簡をばあちゃんとサキに見せた。

「天月が保管するウル大帝国時代の遺物です。アイリさんに調べてもらったところ、名札と同じ木と墨だそうです。木簡が出土したのは、カトマールのウル大神殿遺跡――この木簡のそばにはたしかに多くの木片もありました。その用途や効果はわからなかったのですが、アイリさんの分析で強い幻覚作用があることがわかりました」


 リトが付け加えた。

「人間にはわからないけど、クロは木の匂いに反応してたよ。まるでマタタビに反応しているみたいだった」


 ばあちゃんが頷いた。

「ネコにはわかる匂いか。人を恍惚とさせる幻覚作用があるようじゃな。じゃが、それが、ウル大神殿の遺物とはの……」


「何かご存知ですか?」とカイが尋ねると、ばあちゃんが答えた。

「ウル大神殿は、ウル教の大本山、ウル第一柱の拠点じゃった。帝国が滅んだ時、神殿の民たるミグル族が最後まで神殿を守っての。全員が討ち死にして、神殿は燃やされたんじゃ」


 リトが前のめりになって、ばあちゃんに詰め寄っている。

「燃やされた……じゃ、木片は?」

 ばあちゃんは、リトの顔をうるさそうに払いのけながら言った。


「天月の手に残されているということは、木片の一部は土中か何かに埋められて焼失を免れたのじゃろう。だが、一部はおそらく神殿と共に焼け落ちたと思われる」

「なるほど。そういうことでしたか」とカイが得心したように頷いた


「どういうこと?」

 リトにはわからない。

 リトの問いに、カイは、ウル大神殿の最期をめぐる伝承を教えた。


「神殿が焼け落ちたとき、攻撃した敵軍兵士が踊りながら恍惚とした表情のままバタバタと倒れ、何万人もの兵士がすべて死んでしまったという。「ウル神殿の祟り」と怖れられ、神殿跡は封鎖され、だれも近づかなくなった。おそらく木片に猛毒が仕込まれていたのだろう。

 そのまま神殿跡は土に埋もれ、森林に覆われた。ようやく数百年たって、ウル大神殿が発掘された。ウル大神殿については、ウル舎村が口を出し、カトマール帝国もそれを無視できなかった。そこで第三者として天月も参加することになったんだ。当時、ルナやウルの古代研究の拠点はまだ十分ではなく、天月の知識や技術が期待されたからだ」


「じゃ、そのとき、木簡や木片が発見されたのか?」とサキが尋ねた。

 カイはサキに向き直った。


「そうです。ウル大帝国時代の木簡は当時すでに数多く発見されていて、ウル大神殿の木簡も新しい発見とはみなされませんでした。数は少なく、かなりが焼失したのだろうと推測されました。数本が焼け残っていたのですが、書かれていた内容は、神事の際に読み上げる祝詞(のりと)で、ほかの木簡に書かれていることと同じだったため、量産された木簡で、資料的な価値は乏しいとみなされました。近くに何も書かれていない木片が大量に発見されましたが、木簡材料の予備とみなされ、捨て置かれたのです。

 カトマールも舎村も木簡にも木片にも関心をもちませんでした。天月は、価値を判定できない資料も保管するというスタンスだったゆえ、すべてを引き取りました」


「天月が持つ木片の量は?」とサキがたずねた。

「数千枚に上ります」

「ゲッ!」と、サキがヘンな声を出し、眉の間に大きな皺を寄せながら、叫ぶように言った。子どもたちが危険に巻き込まれる。しかもとんでもない危険だ。

「その数千枚の木片がコカイン以上の幻覚作用をもつとわかったら、たいへんなことになるぞ! 末端価格何十兆円の規模になる。黒獅子組なんぞは木片を手に入れるためなら、何をしでかすかわからん!」

「そうですね」と、カイも深刻そうな表情で同意した。


「天月で木簡や木片の存在を知っているのは?」

 サキは、真剣な目をして問うた。


 カイは静かに答えた。

「ほとんどいないはずです。古代遺物の管理保管は、天月文書館に任されており、古代資料は文書館で厳重管理されていますが、それを外部に持ち出すことはできません。わたしは、見本としてある場所に保管されていた木簡をここにもってきました。この現物を知っているのは、歴代天月宗主と銀麗月のみです」


 それまで沈黙していたばあちゃんが言った。

「ならば、今のところは外に漏れる恐れはないの。アイリは子どもとはいえ、科学者じゃ。危険な情報を漏らすことはあるまい。ネットからも切り離しておるゆえ、情報が盗まれることもあるまい。念のため、サキからアイリに注意しておけ。とはいえ、櫻館でもいましばらくこのことはわれわれだけの秘密にしたほうがよかろう。よいな?」


■木片の文字

 ばあちゃんは、改めて木片をじっと見た。


 カイが尋ねた。

「なにかあるのですか?」

「うーむ、確かなことはわからんがの。名まえを書くのは、その子を神に奉納するためのはず……」

「神への奉納って……人身御供ってこと?」

「そうじゃの」


 リトがサキと顔を見合わせた。 

「ばあちゃん、まさか、要義父さんは儀式に捧げられようとした赤子だったけど、かろうじて助けられ、素性がわからないように孤児院に捨てられたってこと?」

「そうかもしれんのう……」

「いったいどんな儀式だよ? 人殺しじゃないか!」と、リトが憤っている。


 カイが言った。

「四十五年前……。カトマール帝国で新しい皇帝が即位した頃ですね」

「ファウン皇帝からアリア皇帝への交代か……。ファウン皇帝が亡くなったからだよね? すごく重い病気だったのかな? まさか、皇帝の病気を治すための祈願?」


 リトが真っ青になった。

 ばあちゃんは思案をめぐらせている。

「いや、ファウン皇帝には、香華族最高の薬師がそばについておったはず。香華族は治癒と再生の異能をもつ。病気を治す祈願など不要じゃ。なのに、皇帝が早くに亡くなったのはなんでじゃろの? 治せないほどひどかったのか? それとも、治すつもりがなかったのか? ふーむ」


 ばあちゃんはカイを見た。

「その頃の天月に、異常なことや不審なことはなかったか?」

「天月でも宗主が代替わりしました。その宗主は、若くして抜擢された英才で、天月ではめずらしく少数派の異能抑制派に属し、多くの改革を進めていきました。ですが、宗主は、就任後二十五年ほどたって病死し、わたしの師でもあったご老師さまが宗主に復帰なさいました」


「天月宗主の病死ってめずらしいの?」とリトが聞いた。

「ほとんど例がない。天月修士でも病気は避けられないが、進行をコントロールできるからだ。結局寿命が尽きるまで病気はほとんど進行しない。ゆえに病死とはならない」

「じゃ、どうしてその宗主は死んだの?」

「天月の謎の一つだ。いまだに理由はわかっていない」


 ばあちゃんが口を出した。

「天月宗主はどう選ばれる?」

「天月の最高会議である天月評議会で選びます。多数決のはずです」と言いながら、カイはハッとしたようだ。


「議決は接戦だったと聞きます。多数派の二人の評議員が欠席した結果、多数派の候補ではなく、少数派の候補に決まったそうです。天月は争いを好みませんので、ルールを尊重し、決まったことには粛々と従います。このため、これまで疑問をもったこともありませんでした」


「欠席した二人の評議員はどうなった?」

「お二人とも突然の眩暈(めまい)で歩けなくなり、言葉も発せられなくなったらしいのですが、数日後には恢復し、いつもどおりお勤めになったそうです」

「……木片が使われた可能性はゼロとは言えんな……。そのときにはすでに木片の秘密を知る者が少なくとも天月にはおったということかの?」


 めずらしくカイが蒼白になっている。

「天月宗主と銀麗月のみが見ることができる記録にこうありました。九孤族宗主にはお伝えしておくべきと思います。当時、天月に不審な者が入ったと……」


「不審者? 鉄壁の守りの天月に不審者だと?」

「はい。〈弦月〉の可能性があると記されていました。〈弦月〉であれば、空間を歪めることができます。多少の木片を持ち去ることも可能でしょう。ですが、そもそも木片の存在は知られていないはず。なぜ、気づいたのでしょう?」


「ミグル神謡の意味を読み解いた者がおったのかもしれんの……。ウル大神殿の託宣神事を司ったのはミグル族じゃ。神謡の全容はわかっておらんが、〈はぐれミグル〉が断片を伝えておる。いくつかの断片をつなぎあわせて気づいたことはありうる……。じゃが……」


「じゃが……? 何なの、ばあちゃん!」

 サキが急かす。

「うむ……。ウル大帝国の時代から存続した一族がどこかにおれば、そもそも神事を知り、木片の意味にも気づいておったかもしれんのう……。まあ、そんな一族がおったとすればじゃが」


 カイは目をつぶって考えた。そして、ひらめいたように言った。

「可能性はあります。〈火の一族〉です。そもそもミグルの神事は、〈火の一族〉の神事を真似たと言えるものです。〈火の一族〉は、〈火の山〉に住むと言われます」


「〈火の山〉だと? アイリの村がある山か?」と、サキが怪訝そうに首をかしげた。

「そうです。〈火の山〉には多くの村がありますので、どれが〈火の一族〉の村かはわかりません。弾圧を潜り抜けるために、おそらく秘密にしているでしょう」


 サキがさらに首をかしげながら言った。

「この前、アイリの村の祭りに行ったが、とくに妙な点はなかったぞ。ただ、〈はぐれ月〉とやらの歌は聞いたな。祭りのたびに村に来るそうだ」

「覚えておられますか?」とカイがサキに訊ねた。


「いや……、すまんな、覚えておらん。妙な歌だったというだけだ。だが、オロがいたからな。アイツなら全部覚えているだろう。歌回しも含めて……。いや、オロはまずいな。アイツはミグルの子だ。ミグルに関わることをやすやすとわれわれに教えるとは思えん。あとは、シュウと風子とキュロスだぞ。わたし以上に望み薄だな。ただ、風子は「はじまりの歌」とやらを解説しとったな。いちかばちか聞いてみるか?」

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