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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第十章 父の記憶
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Ⅹー1 禁断の木片

■父のルーツ

 カトマールから戻ってきたリトは、懸命に調べた。父である朱鷺要(ときかなめ)のことだ。

 父は孤児で、施設で育ち、中学時代に出会った恩師のおかげで研究者になる道が開けた。それは父からよく聞いていた。だが、父の生まれについては、それ以上考えたこともなかった。


 ルナ大神殿遺跡そばの美女の館で聞いた大叔母メイをめぐるスキャンダルは衝撃だった。カトマールでメイは香華族の貴族青年と出会い、シンを産んで亡くなった。シン叔父には、香華族ではなく、〈弦月〉の異能が見られたと言う。


 ばあちゃんによると、リトには九孤族にはない異能が備わっているらしい。父要の血統によるものだろう。とすれば、要の親、つまりリトの父方祖父母はいったいどのような者だったのか? なぜ、要は孤児となったのか? 今まで問うたこともなかった。


 要が十八歳まで育った孤児院は大阪にあった。小じいちゃんを送り届けるのを兼ねて、リトは日本に一時帰国した。

 「愛育ホーム」――今も孤児院を運営している社会福祉法人だ。要が今生きていたら四十五歳。半世紀も前のことを知っている職員がいるだろうか。


 一人だけいた。

 最古参職員の山本裕子は、勤め始めて最初に担当した要を誇りに思っていた。子どもたちにも要の活躍ぶりを伝え続けていた。白髪が混じり始めた裕子は、リトを見て涙ぐんだ。

「ほんまに若い頃の要くんによう似とるなあ!」


 裕子は、段ボールに入れて保管していた古いアルバムや古い記録をすべてリトに見せてくれた。初めて見る幼い父は、かわいらしい姿だった。

 だが、長じるほどに陰を帯びる表情に変わっていった。


「小学校のときにひどいイジメにおうてね。身体は小そうて、見るからに貧しいけど、勉強はようできる。施設は経営が苦しい。子どもたちに満足なものは持たせてあげられん。服も文房具もお下がりやからね。要くんは、施設の子やのに生意気やゆうて、イジメられたんや。

 イジメは突然ターゲットが決まる。理由なんてない。それまで友だちだった子がある日を境に口をきいてくれんようになる。ターゲットをかばうとその子もいじめられるからね。あの頃は、差別やイジメに対する意識も低かった。

 要くんは必死で耐えたんや。わたしにも言わんかった。ケンカしたら、わたしや施設の先生に迷惑がかかるとおもたんやな。校区制やから、中学校にも同じメンバーが進学する。イジメが続いとったようでな。要くんは賢いええ子やった。問題なんかあるはずないと思いこんで、わたしらは何も気づかんまま、あの子を追い詰めてしもたんや。

 中学校である先生が気づいてくれて、要くんの相手をしてくれるようになった。それがあの子の人生を変えることになった。わたしもその先生には感謝しとる」


 裕子は、要がこの施設に来た経緯についてこう語った。

「要くんは、施設の前に捨てられとったんや。十一月末の寒い日やった。分厚いおくるみに包まれておったから、親は要くんを大事に思とったんやろう。だけど、手紙なんぞはなかった。

 ただ、「朱鷺要」という名札だけが挟まれとってな。これや。息子であるあんたがもっとったほうがええやろ。おくるみも残しておいた。生地がちょっと変わっとるような気がしたもんでな。ひょっとしたらなんか手がかりになるかもしれん」


 段ボール一箱の父の思い出を手にして、リトは思わず涙ぐんだ。父自身は、これらの品を「捨てて」と言ったという。自分を「捨てた」親のことも、「捨てられた」理由も、父は知りたくなかったのだろう。自身について満たされなかった思いを、息子のリトには決してさせたくなかったようだ。父は、能う限りの愛をリトに注いでくれた。リトは、赤子の父をくるんでいたおくるみをギュッと握りしめた。


 だが、父のルーツについて、それ以上のことは何もわからなかった。リトは父の形見となった名札とおくるみと写真をかばんに詰めてアカデメイアに戻った。


■名札の木片

 父の名札は木製だった。

 墨で字が書かれている。秀麗な字だった。


 おくるみは綿入りで、生地は木綿。ただ、裕子が言ったように、生地の模様はかなり独特であった。リトはふと気づいた。あのラクルの展示館で見た古い織物にどことなく似ているような気がする。カタログを開いた。たしかによく似ていたが、微妙に違うような気もする。


 櫻館の自室で父のものを広げていると、クロがやってきた。クロ一家は櫻館に居ついているが、ふだんは絶対に室内には入ってこない。なのに、その時に限って、クロが窓から飛び込んできた。名札に顔をすりつけてゴロニャンと鳴いている。

 クロの嗅覚は並外れている。小さな名札が発する匂いにつられてやってきたのだろう。


 クンクン。


 リトも嗅いでみたが、特に匂いはしない。風子に持たせてモモにも嗅がせたが、反応はなかった。モモが咥えて噛もうとしたので、あわてて風子が取り上げた。一箇所しっかりモモの歯形が残った。

 こんなときは、アイツに頼むに限る。


「妙な組成の木片だな……」

 分析結果を示すPCの前に座るアイリの言葉に、リトが首を突き出した。


「なにがどう妙なんだ?」

「クリのようでクリでない。樫のようで樫でない」

「じゃ、なんだ?」

「それがわからんと言っとんだ!」

 アイリの剣幕にリトがたじろいだ。アイリの機嫌を損ねてはいけない。


「おまけにこの墨も妙だ。普通の墨じゃない」

 アイリが画面を指さした。

「木にも墨にもコカイン以上の幻覚作用があるようだ。こんなものが出回ったらヤバいぞ」

 カイとリトは顔を見合わせた。


 カイが、古代の木簡を静かに差し出した。アイリがそれを分析にかけ、叫んだ。

「同じだ! 木の組成も墨の材料も。おまけに効果も。いったいなんだ、これ?」

「古代ウル帝国時代の遺物の一つです。神事に使われたものでしょう。木片は、おそらく燃やされ、集団幻覚を呼び起こしたのかと思われます」 


 アイリの表情が硬くなっている。木片を捧げる神事は、アイリの村でも祭りに伝わる。ただし、木片の種類は異なる。ごく普通の木片を山で採れる特殊なキノコから作った液に浸したものを使う。


「ウル神殿で使われた木簡や木片の効用を利用しているヤツらがいるってこと?」とリトが尋ねると、カイが頷いた。

「その可能性はあるが、あまり軽々に決めつけない方がいい」

「でも、蓮華事件ともつながるかもしれないよ」と、リトが言ったところで、後ろから大声がした。


「やめろ! 二人ともこっちへ来い!」

 サキだった。

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