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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第九章 謎への手がかり
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Ⅸー4 エピローグ――無二の親友

 十八になったばかり――ルンはさすがに心細かった。


 父の許を離れ、一人で片田舎から王都ルキアに来た。はじめて長い旅をした。

 その心細さを払拭してくれたのがヤオだった。


 ヤオは陽気で、裏表がなく、正義感に満ちた若者だった。ヤオの一族は、軍隊では知られた一族であったが、ヤオ自身は家柄にはまったくこだわっていなかった。両親の素質を受け継いだのだろう。


 ヤオの父親は親衛隊長であった。質素を旨とし、財の多くを領民の福利厚生、特に教育奨学金に還元していた。領民の子女の多くが大学で学ぶ機会を得た。ヤオの母親は、カトマール帝国大学で学ぶためにミン国からやってきていた留学生の一人で、平民だった。優秀であった母親は結婚後も大学に残り、古代ルナ学の研究を続けていた。


 軍事大学校でも、明るく聡明なヤオは、男女を問わず人気者だった。いつも人だかりの中心にいた。

 一週間ほどの野外演習でのことだった。半日の自由時間が与えられた。ヤオはすぐそばの山に登ろうと思った。とても見事な木が見えたからだ。甘かった。十分な装備もなく、ハイキングのつもりだった。

 山の天候は変わりやすい。常識としては知っていた。だが、いざ経験すると、うまく対応できない。ヤオは焦った。まだ寒い。このままでは低体温症になる。


 ふと声がした。

「こっちだよ」

 振り返ると、同じクラスのルンだった。女子学生に人気なので、顔と名前は知っていたが、話したことはなかった。ルンは雨具を着て、登山靴だ。導かれるまま歩くと、小さな洞穴に来た。


 ルンは火を起し、もっている水と食料を分けてくれた。

「ありがとう!」

「いいや」

 ヤオは、自分の慢心が恥ずかしかった。ルンは淡々としていた。話そうともせず、リュックから取り出した草を整理し始めた。


「それは?」

「薬草だよ。このあたりにしか生えていない貴重な薬草だ」

「ふうん。何に効くの?」

「心臓発作だよ。心臓を止める毒にもなるけどね」

 ヤオはギョッとした。

「大丈夫だよ。キミには使わないから。父さんの薬にするんだ」

「へええ。薬草なんて、話に聞くだけでほとんど知らない。教えてくれる?」

「いいよ」

 ルンの話は、はじめて聞くことばかりだった。ヤオは夢中で聞き入った。この日から、二人は無二の友となり、いつも二人が連れ立って歩くことで有名になった。


 帝国軍事大学校は、軍幹部養成のための四年制の高等教育機関で、一学年四十名定員の全寮制だ。学費寮費無料の上、返済不要の奨学金という名目で、全員に月々多少の給金が支払われる。帝国全土から優秀な青年男女が集められて学んだ。卒業生は、陸海空軍と皇室親衛隊に配属される。


 寮は、一年の時は四人部屋だったが、二年以上は二人部屋になる。性別・成績順に割り振られるので、一位のルンと二位のヤオは同室になった。ルンの宝物は、伝説の薬師長セイが著した薬草書だった。貧しいルンは、奨学給付金を貯めて父に送金していた。手元に残ったわずかな金をやりくりしてやっとの思いで本を買ったのだ。


 帝国軍事大学校は、カトマール帝国大学とも連携しており、教養科目は帝国大学教授が出講して請け負っている。

 帝国大学はリベラルな考え方の教員が多く、戦争の悲惨さや軍国主義がもたらした負の遺産について教える者も少なくなかった。軍事大学校はそのような教員を排除せず、思想と良心の自由を尊重した。軍国主義のようなある種の洗脳教育からは距離を置いていた。正常な判断力をにぶらせ、被害や損害を大きくすることは歴史の経験が教えているからである。

 他方、一人の気のゆるみが一個師団の危機を招くこともあるため、規律は厳しく、上下関係も厳格だった。だが、体罰は禁止されていた。体罰をいったん認めると歯止めがきかなくなることも歴史が教えているからである。


 そのような中で、二人で語り合い、二人で出かけ、二人で学ぶことは、とても楽しかった。二人の認識は一致した。


「軍隊の廃止こそ、究極の平和だ」

 当時、軍隊で尊敬を集めていたマウル・リエンスキー大将軍の受け売りだ。リエンスキー大将軍は、軍事大学校で講演を行ったさい、のっけからそう宣言した。

 教授たちの反応は二分された。喜んでいる者、困ったような顔をしている者。

 そして、ヤオとルンは、大将軍の下で働けることを無上の喜びとした。


――国のために命をかけるなど無駄死にだ。どの戦争も自衛を口実に始まる。軍役が国民の義務になったあと、結局戦場で死んだのは、前線に向かわされた一般兵士だ。将校は安全なところで命令するだけ。


 こんな会話は軍事大学校では表向きはタブーだ。二人は二人だけがわかる暗号コードを編み出した。だれにも破られないコードを目指した。そのコードを使って、退屈な授業の合間にメモを交換したのだ。

――つまらんなあ。はやく授業終えて、図書館に行きたいよ――とか、先生は○○と言ってたけど、違うよな? など。他人の目に触れるとまずいことやしょうもないギャグを交換し合った。


――廃屋となったルンの小屋。記憶の中のルンは若いまま時間を止めている。

 ヤオは骨張った手で顔を覆い、いつまでも忍び泣いた。

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