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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第九章 謎への手がかり
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Ⅸー1 友への思い

■写真

 カトマール調査旅行の写真係はリトだった。

 リトは調査対象の神殿や森を細部にわたって記録写真に残した。見本は父が遺した写真だった。


 合間にリトは、メンバーのさまざまな表情をまめに写真に納めた。カイの写真が多いのはリトの好み。レオンと彪吾のよりそう姿や、サキ姉とばあちゃん、ジェシンやケイもモデルにした。もちろん子どもたちもだ。それぞれが映った写真は、本人に渡した。


 シュウは、風子と並んで撮ってもらった写真に感激した。レオンと彪吾のツーショットは彪吾が大喜びした(一番喜んだのは、例のペアルックの写真だ)。怒るサキ姉とジェシンのツーショットをなぜかジェシンが大事にしまい込んだ。

 美女の館では、美女のたつての願いで、全員の記念写真を撮ることになった。それは後日、参加者全員に配られた。


 ケイは、もらった写真を橋の下の仲間に見せびらかせた。みんなが、館の豪華さと居並ぶメンバーの美貌に感嘆した。

 戻ってきたヤオにも写真を見せた。皮肉そうな表情で写真を手にしたヤオの顔つきが一瞬変わった。ヤオはじっと写真を見た。いつもならすぐに(むしろ)一枚隔てた自室に引っ込むヤオが、その日はケイの合宿話と写真の話を聞こうと腰を下した。


 橋の下の仲間たちは大盛り上がりだった。ケマルは、いつものように、「兄弟分」オロの美貌を自分のことのように自慢している。ケイは、仮装祭りのことをおもしろおかしくみなに伝えた。リトにねだっていくつかの写真を追加でもらったのだ。

 みんながジェシンのドラキュラ姿に吹き出した。子どもたちのコスプレを賛美したり。ワイワイとにぎやかだ。そして、ルナ大神殿がいかにすばらしかったか、そこに姿を現した女性がいかに美しかったかをケイが語るとき、みんなうっとりとした。


 橋の下の仲間たちは、写真に収まるほとんどの人たちをすでに知っている。彼らにとっての「初めて」は、レオンと彪吾、カトマールの美女とその侍女だった。ケイはこの四人の説明に力を込めた。

 レオンが有名なラウ財団の総帥ラウ伯爵の遠縁の青年で、ラウ伯爵の筆頭秘書であることなど、みんな、レオンの噂は聞き及んでいた。写真のレオンは、聞きしに優る美貌の青年だった。

 「レオ」こと彪吾には、みんな興奮した。橋の下の生活にはテレビはない。仲間たちの楽しみは、かつてはラジオで音楽を聴くことだった。いまは、スマホで音楽を聴いたり、動画を見て楽しんでいる。レオの「五月のうた」は、シャナ老のお気に入りでもあり、みんな大好きな曲だった。憧れの作曲家は、驚くほど繊細な印象の美青年だった。

 だが、みんなが一番驚いたのは、館の美女だった。カトマール副大統領夫人だとか……。トップクラスの女優にもこれほど美しい人はいない。


 こんな美男美女にじかに会えたケイをみんながうらやましがった。だが、それがサキ先生の命令だったと聞いたとたん、みんなケイに同情の目を向けた。そして、ケイを心配して、心から気の毒がった。ケマル曰く、「あれほど人使いの荒い先生はほかにいない」。

 ケマルは学校時代にすでに不良の道に足を踏み入れていた。そんな彼を鬼の如く叱り飛ばした教師がいた。その頃の恐怖を思い出すようだ。

 優等生だったケイは学校時代に鬼教師にあったことはないが、警察学校で鬼教師に出会った。それは規則一点張りで、体罰大好きマンだった。サキ先生とはまったく違う。だから、ケイはサキ先生を鬼教師と思ったことはない。生徒思いの先生らしい先生だと尊敬していた。


 仲間たちの喧噪から距離を置き、ヤオはじっと写真を見つめていた。そして、そっと自室に戻り、古ぼけた一枚の写真を取り出した。

 敬慕してやまない女性のたった一枚の写真だ。


 ヤオは心の中で写真に語りかけた。

――陛下、やっと見つけましたぞ。お二人とも生きておいでです。ですが、お二人はそれぞれご苦労なさったご様子。お二人を最後までお守りすることができなかったこの不忠者は、お二人に合わす顔がございません……。


 ヤオは(こうべ)を垂れ、忍び泣いた。


■ヤオの懺悔

 ヤオは香華族。その中でも武術にすぐれた一族だった。

 身分は決して高くなかったが、高位の香華族に仕える忠義の一族として知られた。師範を務める父の許で幼いときから訓練されたヤオは、軍事大学校を出るとすぐに皇室の親衛隊に配属された。

 美しい皇帝には、愛する夫君と十歳のかわいらしい皇女、そして生まれたばかりの皇子がいた。皇女は、母皇帝に似た聡明な美少女だった。皇帝と夫君は赤子をことのほか大事にしており、夫君がなにくれと皇帝の身を気遣っていた。皇女リリアはしばしば赤子のそばに来て、赤子をあやしていた。もう三十年以上も前のことだ。


 そんな微笑ましい皇帝一家は、帝国内に広がる不穏な気配を察していた。カトマールは帝政とは言え、すでに立憲君主制に移行していた。ただし、皇帝の大権は維持されており、皇帝は立法・行政・司法の頂点に立ち、軍の統帥権も持っていた。帝国議会で多数を占めた政党が内閣を作る議院内閣制にもなっていたが、小党が乱立し、連立政権は不安定であった。

 隣国のバルジャが力を増し、カトマールは慎重な舵取りを強いられた。政府は無能であった。皇帝も口出しはできず、できた間隙を突くように、軍部が台頭した。その軍部と結託したのが、突然勢力を増してきた右派ポピュリズム政党であった。

 文治派であり、開明派の皇帝は、軍部にとっても右派にとっても、いたって邪魔な存在であった。


 皇帝は、いつか何らかの異変が起こった時に備えて、二人の子どもだけは何とか生かそうと極秘に計画を練っていた。皇室の重要な財宝も隠した。


 最後のとき、皇帝はひそかにヤオを呼び寄せた。ヤオに子どもたち二人の護衛を委ねたのである。皇女は気丈に耐えていた。二歳になったばかりの皇子は何も理解していないようだった。

――二度と、この美しい主君に会うことは叶うまい。


 ヤオは泣いた。皇帝はすでに処刑を覚悟していた。少なくとも皇帝は見せしめの公開処刑となろう。そんな辱めを受けても、子どもたちを逃がす時間を確保せねばならない。


 ヤオがはじめて皇帝の姿を見たのは、皇帝の戴冠式。母に連れられて沿道で手を振った。父は誇らしげに親衛隊長として馬車を先導していた。ヤオの心は皇帝で一杯になった。それからすでに十五年。どんなに焦がれようとも決して手が届かない気高い女人だ。


 跪き、肩を震わせる武人に近寄り、皇帝は彼の手を取った。

「ヤオ、そなただけが頼りだ。皇女と皇子を無事に生き延びさせてくれ」

「陛下……」


 時間は限られている。皇宮の監視は厳重だ。

 ヤオは、ファウン皇帝の旧私邸へと抜ける秘密の道を通って皇宮から子どもたちを連れて逃げ出した。どんなに辛い道のりでも、皇女は一言も泣き言を言わなかった。


 カトマールからミン国へ抜け、指定された見知らぬ山奥にまで落ち延びる手はずだった。街道には政府軍が検問を張り巡らせている。山道を抜けるしかなかった。

 いくつかの木の下に埋められた食料等を利用しながら、カトマールを抜けるだけでも一週間はかかった。


 やっとカトマールを抜けて安堵したのがいけなかったのだろう。ミン国で待ち伏せの賊に襲われた。

 パドアの許にカトマール皇室から何らかの連絡がいくものと張り込みがされていたようだ。パドアのことは真っ先に押さえられると考えていた皇帝はパドアには連絡をしていなかった。送り届ける場所はヤオしか知らない。


 ヤオはとっさに判断した。二人の子どもの生存を知られてはならない。子どもたちを深い木の陰に隠し、小さな声で皇女にこう言った。

「静かになったら、すみやかにここに書いた場所にお逃げください。わたしのことは捨て置くのです。現場を確認してはなりません」


 賊の一人たりともカトマールに生きて戻すわけにはいかない。賊は五人だった。しかも相当腕が立つ。軍政府に寝返った者たちだろう。カトマールきっての武人であるヤオにも簡単な相手ではなかった。

 ヤオは賊の一人の顔を見て驚愕した。


「ルン!」

 親友だった。ヤオに向けたルンの顔は、覚悟に満ちていた。


 他の四人はなんとか始末したが、学生時代からヤオと双璧と謳われたルンを相手に闘うのは至難だった。選択肢はただ一つ――相打ちだ。


 二人は互いの胸を刺し、崖を転がり落ちた。薄れゆく意識の中で、ヤオはルンの声を聞いた。

「生きろ!」


 ルンは冷たくなっていた。

 ヤオは死ななかった。だが、意識は朦朧とし、身体も動かない。目に浮かぶのは、美しき皇帝の姿だった。皇帝処刑のうわさはミン国に入ってすぐに耳にした。親衛隊長であった父もまた母と弟もろとも処刑されたという。カトマールには愛した者はもはや誰一人残っていない。


 青春を捧げた皇帝とともに命を終えるならそれもいい……。目の前が次第に暗くなっていき、ヤオは気を失った。


 ヤオが目覚めると、そばに一人の初老の男がいた。シャナと名乗った。ヤオは、山小屋に寝かされていた。


「おう、やっと目覚めたか? ひどい傷だ。よう助かったな」

 薬草探しにやってきたシャナ老に拾われたらしい。

「あんたと相打ちした相手は葬っておいた。ほれ、その者の持ち物じゃ」


 ヤオが受け取ると、若い頃のヤオとルンの写真があった。ヤオは泣いた。泣くと胸の傷がこらえようもないほど痛む。だが、それでも泣いた。

 親友を殺してしまった。自分が助かったのは、ルンが最後に手加減したからだ。


 シャナ老は、ヤオの面倒を見てくれた。医者には行けなかった。ひたすら、シャナ老が森の薬草を採ってきて介抱してくれた。動けるようになるまで二ヶ月もかかった。


 皇女はミン国の山に逃れただろうか。ヤオは覚えていた範囲で山の隠れ家を探した。初老の夫婦が暮らす小さなあばら屋があるだけだった。子どもたちの姿はなかった。

 しかし、聞くに聞けない。下手に聞くと、子どもたちの生存がバレてしまう。


 シャナ老が匿ってくれた山小屋に戻った。すでにシャナ老の姿はなかった。次にここに来るのは一年後のはず。

 ルンに教えてもらった薬草の知識が役だった。薬草を採取し、それを売って稼いだ金で暮らした。山小屋は一人暮らしには十分だった。シャナ老のためにも薬草を採取しておいた。

 一年後、小屋を訪れたシャナ老は喜んだ。それからは半年ごとにシャナ老は一週間ほど山小屋を訪れては、ヤオが採取した薬草を持って帰るようになった。

 そして十年ほど経ったとき、シャナ老が突然姿を現した。山小屋を引き払うという。どこに行くのかと聞くと、遠いところならでもどこでもいいとシャナ老は答えた。


 ヤオは、シャナ老に提案した。

――蓬莱本島に行きませんか?


 ミン国の山のあちこちを探したが、皇女たちは見つからなかった。もし生き延びていたら、カトマールの追っ手から完全に身を守れるのは天月のみ。皇女は天月を目指したに違いない。

 蓬莱本島のアカデメイア――〈蓮華〉という学校にほど近い橋の下にシャナ老とともに住み着いた。必死で、皇女と皇子の行方を探した。だが、天月にも同年齢の姉弟はいなかった。消息は皆無だった。


 別れてから三十年――。

 やっと二人の手掛かりが得られた。皇女はカトマール副大統領夫人、皇子はラウ伯爵の筆頭秘書――確証はないが、可能性は高い。ケイによると、二人は顔見知りのようではあったが、親しい仲ではなかったそうだ。姉弟もまた離ればなれになってしまったのだろうか。


 しかし、香華族である以上、互いに気づくはず。顔を会わせてもなお気づかないとすれば、一方が香華族としての香り=力を失っている可能性がある。

 どれほど不忠者であろうと、皇帝と交わした最後の約束を守る務めがある。ヤオは慎重に考えをめぐらせた。皇女も皇子も身分を隠しているか、覚えていないかだろう。下手に動くと彼らが危ない。


 一つ、手掛かりがある。集合写真に写っていた老女はパドアだった。パドアがそばについている以上、皇女はあえて身分と名を偽っていると思われる。皇女は弟皇子を探し続けているはずだ。


――ラウ伯爵家のレオンが皇子レオンかどうか。まずはこれを探り、必ずじかに皇子レオンに伝えよと命じられた皇帝の遺言を伝えねばならない。

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