Ⅷー1 第一副大統領エリナの野望
■第一副大統領エリナ
「そうか……。レオンは仲間たちとルナ大神殿を調べたか。しかも、日中と夜間に……。なぜ夜間なのか?」
カトマール第一副大統領エリナは、密かに撮られた写真をテーブルに広げた。
ルナ大神殿調査のために宿へ降り立った一行の姿が、何枚も収められている。祭りでの様子もあった。
ひときわ目を引く、美貌の青年がいる。天月修士――すでにアカデメイアに送り込んだ間諜から報告が届いており、ルナ石板を調べているらしい。
一行の子どもたちは〈蓮華〉の生徒たちだ。なぜか天才科学者アイリまで含まれている。ルームメイトと共にアカデメイアの寮を出て、九鬼彪吾の私邸・櫻館で合宿生活をしているという。ルナ・ミュージカル準備のためらしい。ラウ伯爵も承知している。つまり、表向きは何も怪しい点はない。
ただし、子どもたちの安全のためか、情報は外に出ていない。櫻館に外部者は入れない。もともと彪吾は他人を寄せつけぬ男だった。その意味では、櫻館の様子が不明なのも不自然ではない。だが――なぜ、あれほど人嫌いだった彪吾が、合宿という形で他人を受け入れ、こうして旅にまで同行しているのか。しかも一行は旧離宮のアユ夫人別邸に招かれ、夕食までふるまわれたという。
ルナ大神殿遺跡と、新たに発掘が始まった神殿遺跡の調査責任者は、第二副大統領シャオ・レンと文化大臣ライアが協議し、ラウ伯爵やレオンの意向も踏まえて、アカデメイア大学教授ソン・ララと、カトマール大学附属研究所研究員マキ・ロウが務めている。
ミン国出身のソン・ララは研究実績も十分で、ラウ財団ともカトマールとも無縁だ。旧知のマルゴを外した理由は不明だが、学説上の対立があり、異なる見解を持つソン・ララに任せて様子を見る意図があるのだろう。
一方、マキ・ロウに避暑からついては情報が乏しい。新政府樹立のころからルナ大神殿の発掘に熱心で、その真摯さと研究力を見込んでアユ夫人が抜擢したという。研究員の地位は不安定で、大学教員に比べ薄給で権限もない。
マキには昇進欲がなく、現場主義を貫いているらしい。これまで注目してこなかったが、調べてみると、この十年間のルナ大神殿研究では突出した実績を残している。それでも教授昇進を打診されてもすべて断っているという。
■青年局長
秘書から内線が入った。
「青年局長がお越しです」
「通せ」
背の高い黒衣の美青年――ディーン・タルコフが戸口に現れた。
「副大統領、お久しぶりです」
「アカデメイアから一時帰国したと聞いた。元気そうだな」
「はい、ありがとうございます」
「今日は、どんな土産話をもってきた?」
「副大統領がお喜びになるはずの情報です」
「ほう……。おまえがそう言う時に期待外れはない。人払いをしておる。自由に話せ」
「目下、カトマールに来ている〈蓮華〉の一行についてです」
エリナの目が妖しく光った。
「〈蓮華〉の生徒たちに同行しているのは、アカデメイア学生のリトと、天月修士カイです。リトは〈蓮華〉教員モエギ・サキの父親違いの弟で、雲龍九孤族宗主の孫です」
「なに? 雲龍九孤族だと?」
「はい。異能は感じられませんが、走る・飛ぶなど身体能力は高いようです」
「ふうむ」
「しかも、宗主自身がアカデメイアに来ています」
「なんと! 宗主までもが?」
「はい。宗主の弟で、実質的に九孤族を切り盛りしている人物も来ており、ルキアの祭りを見物していました。観光目的か、それ以上の意図があるのかは不明です」
「ほう……」
「リトと親しい天月修士カイは、どうやら銀麗月のようです」
「なんだと? 銀麗月? 銀麗月がちまたをフラフラしているというのか?」
「身分はアカデメイアにも隠されており、だれも気付いていません。天月でもほとんど知られておらず、お忍びの行動のようです」
「ふうむ、隠密行動か……」
「彼らは九鬼彪吾の私邸・櫻館に集まり、合宿生活をしているようです。櫻館は銀麗月とその部下たちによって完璧に守られており、中の様子はうかがえません」
「目的は?」
「表向きはルナ大祭典、特にルナ・ミュージカルのためです」
「裏の目的があるということだな?」
「はい。天志教団と天明会への対策を練っているのではないかと」
「なるほど。だが、銀麗月と九孤族宗主が協力しているのは解せぬ。九孤族は総出のようだが、天月は一枚岩ではあるまい。天月宗主と銀麗月は別行動のようだ」
「銀麗月の単独行動だと?」
「天月からの報告からすればそうだ。ただし、銀麗月といえど、九孤族の協力だけで天明会に太刀打ちできるとは思えぬ」
「ラウ財団とシャオ・レン副大統領の動きはいかがですか?」
ディーンの問いに、エリナは慎重に言葉を選んだ。手の内を見せすぎると、足元をすくわれる。
「レオンは九鬼彪吾やカイ修士に協力しているようだが、ラウ伯爵の関心は天志教団にはない。ただ、盟友シャオ・レンを見捨てることはないだろう。シャオ・レンの最後の拠り所はラウ伯爵だ」
「シャオ・レンとラウ伯爵の信頼関係を壊せばいいということですね?」
「できるか?」
「方法を考えてみます。レオンには隙がなく難しいですが、ラウ伯爵には弱点があるかもしれません」
「おまえは有能だな。抜擢した甲斐があった」
「わたしを救ってくださった恩は忘れません」
■苦い思い出
「おまえの母は、わたしの幼馴染であり、親しい友人だ。軍事政権側の人間ではあったが、彼女もおまえも積極的には政権に関わっておらぬ。おまえの父による裏切りがなければ、当時おまえが困窮に陥ることもなければ、母が精神的に混乱することもなかったであろう」
「はい……」
「だが、父による謀反が、いまのおまえの立場を正当化しているとは、なんとも皮肉なことだ」
「よく承知しております」
「父はまだ見つからぬか?」
「はい。体制が変わって十年になります。いまなお見つからないということは、すでにこの世にいないものとあきらめております」
「ふむ」
「もう一つご報告があります」
「何だ?」
「ルナ大神殿遺跡発掘責任者の一人マキ・ロウについてです」
「マキ・ロウだと?」
「はい。彼女は、軍事政権時代の国立アカデミー研究所所属の研究員だったそうです。アカデメイアのレッティーナ・ヒックス所長と親しく、サアム・リエンスキーとは犬猿の仲であったとか。出身も履歴も不明ですが、アカデメイア留学中に大統領暗殺事件で戒厳令が敷かれたときにカトマールに呼び戻され、そのまま行方不明になったとのことです」
「ほう……戒厳令後のカトマールは政情不安定だったからな。研究どころではなかっただろう」
「そうですね。マキ・ロウの研究分野は、政治から縁遠い地質学です。政治とは無関係とはいえ、各地で戦闘が頻発している状況では調査などとうていできなかったでしょう。その意味では、マキ・ロウは、軍事政権やその関係者に好意的とは考えられず、アユ夫人に協力しても不思議ではありません」
「なるほどな。で、マキ・ロウがルナ大神殿の発掘に熱心に参加するようになった理由はわかるか」
「いえ、そこまではまだわかりません。ただ、ルナ神殿の立地選定は、地質と深く関わっているという説もあるようです。それが、マキ・ロウを引きつけているのかもしれません」
「ふうむ。地質か……」
「何か成果があれば、真っ先にカトマール政府幹部に届けられます。その時点でマキ・ロウから詳しく聞いても遅くはないでしょう」
「なるほどな」
ディーンは、一礼をして、エリムの執務室を辞した。
■対立
ルナ大神殿の公開をめぐり、第一副大統領エリナと第二副大統領シャオ・レンの意見は真っ向から対立していた。だが、この対立が国民に知れ渡るのはまずい。国民の大多数はシャオ・レンを支持するだろう。
確かに、ルナ大神殿とルナ博物館・ルナ大劇場を一体化し、文化拠点として観光客を呼び込む構想は悪くない。だが懸念もある。
大神殿を聖地とみなし、開発を阻止しようとする天志教団が活動を活発化させているのだ。常時公開となれば反発はさらに強まる。実際、天志教団は前回選挙で右派国民党を躍進させ、神域での発掘拡大を阻止するキャンペーンを張った。
彼らの主張に合理性はない。だが政治では、非合理こそが危機として煽られる。自然災害の恐れである。
ルナ大神殿は古代、河の氾濫で水没した。河は今も「ルナの森」の北を流れている。上流にダムを建設すれば氾濫は防げる――大統領もエリナも、その可能性を検討してきた。
だがシャオ・レンは断固反対だ。ダムは自然環境も生活も変えてしまう不自然な建造物。古代の湖を復活させ、河の流れを地形に沿って分散させれば災害は回避できる――古代の自然景観の復活こそ「ルナの森」を守り、大神殿を蘇らせる鍵だと主張する。
さらに、大神殿の公開こそが古代ルナ教を文化遺産として位置づけ、天志教団の秘儀のヴェールを剥ぐことにつながるという。
――古代の自然景観の復活、か……。
魅力的な案だが、時間も経費もかかる。
だが、ラウ財団とあのレオンを味方につけているシャオ・レンならば、実現してしまうかもしれぬ。おまけに、ルナ文化保護のために多額の私財を投じてきたアユ夫人の発言力も無視できない。
今回のルナ大祭典が成功すれば、シャオ・レンの名声は国内外に轟くだろう。現大統領は憲法改正による任期延長をもくろんでおり、シャオ・レンの追い落としを秘かに画策している。だが、大統領の力量はシャオ・レンには遠く及ばない。本人がそれを認めようとしないだけだ。
三人の中で最も手札が少ないのはエリナである。ゆえに、大統領はエリナに接近してきた。新政権樹立時、シャオ・レンもエリナも若く、年齢的にも「ちょうどよい」温厚な人物が大統領に推された。だが十年近く権力に居座ると、その座から離れがたくなるらしい。
カトマールをとりまく情勢は安泰とは言えない。特に強国バルジャとの国境地帯は、カトマールにとってのアキレス腱だ。天志教団の本山も存在する。天志教団は巧妙に国境地帯の部族紛争を煽り、混乱を引き起こしてバルジャの介入を招くだろう。三十年前の内戦でも、天志教団は不穏な動きを見せ、軍の一部がそれに引きずられて悲惨な内戦へと発展した。
■天明会
エリナは、夏に経験した秘密の入会儀式を思い出した。厳粛な儀式、徹底した秘密保持の誓い。十年かけてようやく認められた秘密結社〈天明会〉。
入会したばかりのエリナは最下位に位置し、交流できるメンバーは限られている。それでも、各国の有力政治家や名だたるビリオネラが名を連ねる。
ここで信頼を得て上位に上がれば、ラウ財団すら恐るるに足らない。シャオ・レン以上の切り札を手にできる。
国境地域にレアメタル鉱脈があるかもしれぬ――そんな極秘情報が寄せられた。
天志教団の本拠地である地域だ。あの一帯はモザイク状に少数部族が乱立し、帝国政府は慣習的に居住と土地利用を認めてきた。国家権力は及ばない。天志教団が拡大したのは、多くの部族が共通の祖とするルナ神族を崇めるからだ。逆にこれを否定する部族は天志教団を迫害した。
皇帝家の直轄領は軍事政権が接収して売り払ったが、山岳地域の民と山にはほとんど手出しができなかった。それらの土地に豊富なレアメタル鉱脈があったとしても、採掘はきわめて難しい。採掘できたとしても、結局はラウ財団傘下の企業に頼らざるを得ず、シャオ・レンの発言力を強めるだけだ。
ゆえに大統領は、極秘調査を名目に情報の外部流出を禁じ、シャオ・レンが手出しできないよう封じ込めようとしている。だが、これは両刃だ。シャオ・レンが動けなければ、バルジャが出てくる。天志教団も黙ってはいまい。彼らはバルジャと組んででも資源確保に動くに違いない。
その前に、バルジャと有利な取引をするのも、カトマールにとって必ずしも不利ではあるまい。
ルナ大祭典は絶対に失敗できない。だが、この祭典をきっかけにシャオ・レンの失脚と、ラウ伯爵やレオンの排除をはかるには何ができるか。
最近のエリナにとって、最大の関心事はそこにあった。




