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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第七章 火の山の村
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Ⅶー3 もう一つの古都ラクルへ

■古都ラクル

 アカデメイアに戻る途中、一行は、カトマール東南部にあるもう一つの古都ラクルに立ち寄った。

 戦火を免れたラクルには、カトマールの多くの文化財が残されている。ラクル大学附属博物館には、百年前にルナ遺跡から発掘された遺物が数多く展示されていた。ルナ遺跡の発掘にラクル大学とラクルの町衆が大いに協力したことへの謝礼として、当時の皇帝が下賜したのだ。


 ルナ遺物が、ルキアとラクルに分けられて保存された結果、ルキアが壊滅した後も、ラクルのルナ遺物が保存され、軍政時代にもラクルではルナ研究が継続することになった。ルキアのカトマール帝国大学が崩壊したあと、多くの優れた研究者がラクルに集まったことも幸いした。


 ラクル大学附属博物館は、いまやルナ学研究の拠点となっている。今回のルナ遺跡発掘にもラクル大学から研究者が派遣されている。

 附属博物館を案内してくれたのは、若い女性学芸員だった。カイをチラチラ見ながら真っ赤になっている。リトは思わず、彼女の視線からカイを守ろうと二人の間に割って入った。

(リトめ。また、かわいい女の子を前に目立とうとしとるな!)

 カムイがリトを睨んだが、リトはカイを守ろうと必死で気づいていない。


 女性学芸員は丁寧に館内を案内してくれたが、アイリもルルも退屈しきっていた。そんなレベルの説明など、ガイドブックに全部書いている。リトもカイもさっさと連れだって展示物を見学し、ルナ紋様が刻まれた大理石の前で足を止めてささやきあっている。風子とリク、ばあちゃんたちとイ・ジェシンは学芸員の話に熱心に聞き入った。


 学芸員と風子たちが館内を回り終わる頃、アイリもルルも休憩室でジュースを二杯飲み終わっていた。二人のそばに、中年女性が座っていた。二人は熱心に彼女と話し込んでいた。


■〈蓮華〉の卒業生

 風子たちを連れていた学芸員がその女性を見て、姿勢を正した。

「か……館長。どうしてこちらに?」

 女性はニッコリして答えた。

「コーヒーを飲もうと思ってここにきたら、こちらのお二人さんのお話が耳に止まってね。少しおしゃべりしていたの」

 アイリが言った。

「展示していない遺物に、いろいろおもしろそうなものがあるんだってさ」

「うん、だから、おばさんに見せてって頼んだんだ」と、ルルがうれしそうに言う。

 サキが絶句した。

「引率の教員です。子どもたちが失礼なお願いをしたようで、まことに申し訳ございません」


 コイツらは知らない。ラクル大学附属博物館長と言えば、アカデメイア大学附属博物館長と並んで、その学識が称えられる世界的学者だぞ。ちょっとやそっとでお目にかかれる人物じゃない。それを「おばさん」よばわりするとは!


「いえいえ、いいのですよ。このお二人のお話からすると、ずいぶん深くルナ学を学んでおられるご様子。みなさんもお仲間なのですか?」

 館長がぐるりと一同を見回した。すかさず、風子が丁寧に挨拶した。

「はい。わたしたちは、アカデメイアの〈蓮華〉の生徒で、古代文化同好会のメンバーです」

 やっぱり、こんなときにきちんと挨拶できるのは風子だけだ。

「まあ、〈蓮華〉ですか。懐かしいですね。じつはわたしは〈蓮華〉の卒業生なのですよ」


「ええええっ!」

 サキが驚きのあまり、大声を上げ、「す……すみません」と、肩を縮こめて詫びた。

「ほほほ。わたしは四十年前に〈蓮華〉の中学校を卒業しましてね。母の仕事の関係で、その後、カトマールに来て、学んだのです」


 それを聞くや、イ・ジェシンが足を踏み出して、誇らしげに胸を張った。

「じつは、ボクも祖母も母も〈蓮華〉の卒業生なんです。ボクは共学化した第一期生です。アカデメイアで弁護士をしているイ・ジェシンと言います。どうぞお見知りおきを」


 サキが思わずのけぞった。この探偵もどきのチャラ男は、〈蓮華〉の卒業生だったのか?

「まあ、そうでしたか。奇遇ですこと。わたしの姪も共学〈蓮華〉の第一期生だったのですよ」

「えっ? だれですか? ボク、〈蓮華〉第一期生の顔も名前も全部覚えてるんですけど」

「アールといいます。アール・カミル。ご存知?」

「もちろんですっ! 彼、いや、彼女は当時からすごく目立っていて、優秀で、人気者でしたから。いまもよく会いますよ。いまやアカデメイアを代表するキャスターになってますが」

「ほほほ。そうでしたか」


 サキは首をひねった。

(アール・カミルと言えば、あの有名なトランス女性の人気キャスターか? へええ、〈蓮華〉にはそんな卒業生がいるのか。イ・ジェシンはともかく、せっかくの宝のもちぐされだな)


「さあさあ、みなさん。わたしが資料庫にご案内しましょう」

 子どもたちは大喜びで、館長についていった。残された学芸員が青くなって呆然としている。サキは学芸員の肩を軽くたたいた。

「すまんな。あの子たちは変わり者ばっかりなんだ。ちょっと時間がかかりそうだ。外に待たせている連れにその旨を伝えて、すぐにここに戻ってきたいんだが、ゲートを開けてもらえるかな?」

「は……はい」


 若き学芸員は、まだ青ざめたまま、サキを連れてゲートに向かった。ゲートの向こうの待合室では、大男二人がイヌとネコの相手をしていた。モモが学芸員を見上げてクーンと鳴いた。

「かわいい!」

 すべきことがなくなった学芸員は、モモのそばに座り込み、モモとキキの相手をし始めた。張り詰めた顔に笑顔が戻ってきた。それを見届けて、サキは足早に資料庫に戻った。


■ルナ紋様

 ラクル大学附属博物館でも、きちんと資料が整理され、保管されていた。ただ、アカデメイアとは違って、半開架の手動式だった。アカデメイアの電動保管庫は十年ほど前に整備されたと聞く。ラウ財団が莫大な資金を寄贈したらしい。ラクルにはその資金がなかったのだろう。古いタイプの保管方法だった。だが、全体を見回しやすい。

 一通り、館長から概要と注意事項を聞いた後、思い思いに見学を始めた。館長は控え室でにこやかにそれを見守った。


 ルナ大神殿は、湖に埋まっていたため、神殿そのものはほとんど損傷がなかった。しかし、神殿内の文物や神殿前の煉瓦造りの建物は、ほとんどが崩壊し、その断片が残されているに過ぎない。価値があるものや見栄えのいいものは展示されており、資料庫に残されているのは、断片資料がほとんどだ。

 だが、中には、展示物と似ているが模様や形が違うもの、説明がむずかしい遺物などが資料庫に保管されている。アイリとルルはそれらを熱心に見た。フラッシュを炊かなければ、撮影も許可してもらえた。


 カイは、公表されていないルナ紋様を中心に調べた。リトが付き添った。なぜ、カイがそんなものに関心をもつのかはわからないが、何か意味があるのだろう。


 ラクル博物館には、さまざまなルナ紋様が彫り込まれた白い大理石が多数保管されている。ラクルの近くで発掘されたルナ小神殿は、ルキア近くのルナ大神殿と異なり、壊れた状態で見つかった。

 多数の出土物はラクル博物館で保存されている。こうしたものはアカデメイア博物館にはない。紋様は微妙に異なる。それに意味があるのかどうかもわからない。


――やはり、レオンが持っていた香袋の模様は、ルナ紋様の一つだ。


 ラウ財団のレオンは、十八歳までの記憶を持たない。

 十歳の九鬼彪吾が出会った少年――〈天月のレオン〉――は、二歳の頃に天月に預けられ、十歳のときに事故死したと記録されている。だが、〈天月のレオン〉を育てた天月士ミライは、ラウ財団のレオンは〈天月のレオン〉だと断言した。顔立ちも掌の線もそれを証しているという。


 櫻館に呼ばれたミライは、レオンの姉に託された香袋をレオンに渡した。水晶の丸い珠が入った香袋には、繊細な模様が織り込まれていた。ルナ大神殿の紋様を思わせた。帝政時代には、皇帝家のみが使うことを許されたルナ紋様だ。

 いま、ラクル博物館に保存されたさまざまなルナ紋様は、カイの推測を裏付けている。


――まちがいない。レオンはカトマール皇子だ。

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