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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第五十章 地上世界と地下世界 
318/329

Lー6 ラクル旧市街――非公開地区の秘密を暴く

■旧市街

 見事だった。ラクル町衆が誇りにし、大切にしてきただけのことはある。


 中央広場の正面には華麗かつ荘厳な市庁舎が聳え、往年の栄光をいまに伝える中世の建物が広場を取り囲む。壁は白漆喰、焦げ茶の柱の枠組みをあえて見せる方法がとられ、窓枠もくっきりと浮かぶ。意匠を凝らした看板が掛けられ、色鮮やかな花が窓辺を飾る。


「中世のお伽噺の世界みたい!」

 メルヘンチックな物語が大好きな風子は興奮しきり。女王緋龍も物珍しそうにあちこちを覗いている。サキも伝説の町の華麗さに驚いたが、目下のサキの関心事はアイリとオロの監視だ。

(あいつらは絶対になにか企んでいる!)


 風子の隣にいるアイリは、風子の感動にテキトーに相づちを打ちながら、全身の神経を研ぎ澄ませていた。少し離れて、オロも機会を伺っていた。二人からはピリピリと緊張が立ち上っている。サキは思わず額を抑えた。

(おまえらな。もっと修行しろ。緊張の〈気〉を振りまくなんぞ、毛を逆立てているネコと変わらん。弓月御前に手の内を悟られるだけだぞ)


 サキが見回したところ、緊張MAXはアイリとオロだけのようだ。

(よし! 今のところは大丈夫だな)


(よし、目くらまし戦法、成功だ)

 サキがホッとした様子を風子から伝えられたアイリは、次の段階に移った。

 アイリとオロがサキと御前の注目を集めている隙に、シュウは自身の作戦――第二作戦に着手していた。ラクル町衆十家の各邸宅の特徴を脳裏に刻み込んだのである。


 前日夜。アイリと風子の部屋での極秘打ち合わせ――R大作戦の裏作戦、勝手始動。

――いいか? 御前の説明は市庁舎から始まるはずだ。中央扉から迎え入れられ、ご自慢のホールを案内される。そのあと、いくつかの展示室を回るだろう。展望台から町全体を見下ろし、メインバルコニーから広場も見下ろすに違いない。かつては市庁舎で裁判も行っていたからな。バルコニーは判決言い渡しの場でもあったという。


――御前はこのホールであたしらを待ち受けているだろう。秘かに、広場での行動も監視しているはずだ。だから、ホールに入るまでは、無邪気に学ぶ生徒でいろ! 前面に出るのは風子だ。風子なら絶対に疑われない。


――第一の作戦、オロ。

 ホールに上がる階段が第一の勝負だ。階段で滑るという見え見えの事故を起こす。


「あぶないよ!」

「だれが転ぶんだ?」

「こんなときだけ役に立つヤツがいるだろう?」

「あ――イ・ジェシンか」

「オロ、おまえ念力は使えるよな?」

「もちろん。そうか! 自然にこけたようにしつつ、ケガさせないようにってか?」

「できるか?」

「まかせておけ!」

「ここで御前に見破られたら終わりだ。足のどこかにアザでも作っておけ」

「よしっ!」


「ともかくゲストが転んだんだ。御前としても放置できまい。どこかの部屋で休憩させることになる。ジェシンの部屋にはオロが残る」

「えーっ? じゃ、それから見学はできないってことかよ?」

「察しが良くなったな。その通りだ。だが、その部屋ですべきことがいっぱいあるぞ」

「どんな?」

「部屋には監視カメラが付いているはず。これを止めろ。同じ映像を流して警備室を安心させろ」

「わかった! チョロいぞ」

「ついでにジェシンもしばらく眠らせておけ。アイツはうるさいからな」

「了解!」


「あたしらは御前に案内されて市庁舎をめぐる。おそらく所要時間は三十分程度。その間に、弓月財閥の館に忍び込め。目指すは御前の私室だ」

「ひょえっ! いきなり本丸かよ」

「あたりまえだ。だが、御前なら異能をキャッチするはず。おまえの異能だと気づかれないように、おまえはつねにジェシンと行動するんだ」


――第二の作戦、シュウ。

 シュウは今回招待客の中でも極めつけのメインVIPだ。女王緋龍と並んで下にも置かぬ扱いを受けるはず。これを利用する。


「どうやって?」

「シュウは、交易の道と絹織物に興味がある少年という設定だ。すでに賢さを披露しているから、オロのようなおバカを演じるのはムリだ」

「おいっ! おバカってなんだよっ!」といきり立つオロを風子が宥めた。

 オロの腕を風子が手に取ると、シュウがジトっと睨む。アイリはこれらを一切無視。

「絹織物については染織博物館に回す。旧市街ではラクル町衆の華やかな交易に関心を示せ。ホールにはラクル町衆十家の一家ごとの商いを語る大きな絵がかけられている。弓月財閥を褒めるのは当然として、あとの財閥について、御前の反応を確かめろ」

「反応?」

「そうだ。御前は腹の底が読めんらしいが、何らかの感情を示すサインはあるはずだ。それを調べろ。特に知りたいのは、弓月財閥、いや、弓月御前個人にとっての真のライバルがだれかだ」

「そうか! ラクル町衆を分断する手掛かりを得ようってことだね?」


「さすが、シュウ!」と言いながら、アイリは風子に顔を向けた。

「風子、シュウを手伝え。おまえは根っから無邪気だからな。おまえの質問はまったく警戒されん」

 シュウがうれしそうに風子を見た。風子は褒められているのか、けなされているのかわからなかったが、アイリが必要と言うんだ。頑張ろう!


 風子が確認した。

「弓月財閥は十家のうち下位町衆だったけど、御前が当主になってから急速に伸びたのは有名だもんね。どの財閥の利権を奪ったかを確認しろっていうことだよね? アイリ」

「そうだ。御前はシュウの質問を無視できないからな。いろいろとしゃべるだろう」


――第三の作戦、アイリ。

 あたしは、地下への入口を探す。


「地下への入り口?」

「そうだ。一番怪しいのは、ヤオが見つけた古い僧院だ」

「なるほど!」とオロが膝を打つ。

「さすがに今回は中に入れないだろう。だから、空間移動のスポットを探す」

「スポット?」と首を傾げたのはシュウだ。

「うん。あの旧市街全体が結界で守られているんじゃないかと思うんだ。だとしたら、空間移動では入れない。今回だって、金ゴキもアカテンも御前一行が事前に町に入ったときについて入ることができたんだ。旧市街の上を飛んでも何も映らないし、空からは町には入れない」

「そうだったんだ……」と風子。


「だが、結界に歪があれば、そこに飛ぶことはできる。あの町は古い。結界も古いだろう。どこかに綻びがあっても不思議じゃない。歪は外からはわからない。中から空を見たときに、ごく微妙な揺らぎがあれば、そこが歪だ。そこに空間移動の目的地を設定する」

「じゃ、別の日にその目的地に飛ぶってこと?」と風子はいささか心配そうだ。

「そうだ。そうすれば、異能もキャッチされず、今後の調査がしやすくなる」

「さすが!」とシュウ。

「すごーい!」と風子。


■女王緋龍のおねだり

 三つの作戦はすべてうまくいくかに見えた。だが、予期せぬことが起こった。イ・ジェシンが片足を引き釣りながらも、最後まで視察に参加するとごねたのだ。


「こんなレアな機会を逃せないよォ!」

 ジェシンの悲鳴は御前の警戒心を解いた。この男が階段を滑り落ちたのはわざとではなく、本当に事故だと思ったようだ。結局、ジェシンへの配慮で、ジェシンを車椅子に乗せ、移動することになった。所要時間は予定の倍になった。


(棚ボタだな。災い転じて福となす、か?)

 最初、内心でいきり立ったアイリは、認識を改めた。所要時間が倍になれば、第二、第三の作戦にあてる時間を長くとれる。


 第一の作戦は断念しよう。もともと無理筋な作戦だった。

 そう思っていると、バルコニーに立って町を眺めていた女王緋龍が、なぜか、大きな声を上げた。


「まあ、ここから見るとどのお屋敷もすばらしいですわね!」

 ラクル町衆十家の邸宅を褒め始めた。

「ありがとうございます」

「ねえ。町衆のみなさまのお屋敷を見学することはできますの?」

 御前が絶句した。

「できますが、事前に許可を得ねばなりません。今回は急でしたので、ご許可を得ることがかないませんでした」

「そうですの。それは残念! では、御前さまのお屋敷を拝見することはできますの?」

「わたくしの館でございますか?」

「ええ、ラクルを代表する弓月財閥のお館ですわ。せめて御前さまのお館だけでも拝見できれば、わたくしも周りに自慢できますもの」

 無茶ぶり満載のおねだり。わがまま気まぐれな大富豪夫人を地でいっている。

 御前はしばらく考えたが、こう答えた。

「よろしゅうございます。お出迎えするのにすこしお時間がかかりますが、この市庁舎のあと、もう一つの名所をご案内し、わたくしの館にご招待いたしましょう。そこでお茶などをお召し上がりください」

 御前はそばに従う中年女性に指示した。彼女はすっと下がり、どこかに消えた。


 アイリもシュウもオロも風子も唾を飲み込んだ。

――この女王にはかなわない!

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