Lー5 いざラクルへ ――アイリのR大作戦始動
■シュウのプレゼント
朝食後、シュウが風子に声をかけた。
「ちょっといい?」
「うん」
風子を明るい廊下のロビーに連れていき、シュウはポケットから大事そうに包みを取り出した。
「これ……」
「なに?」
「弓月商館でたまたま見かけたんだ。あの木に結んでいたハンカチはちょっと破けちゃっただろ?」
そうだった。枝に結ぼうとして足を滑らせ、一部が裂けた。
「開いてみて」
風子がきれいな包みをていねいに開くと、中にかわいらしいハンカチが一枚。
「うわ! すごくかわいい!」
「どう、気に入った?」
「もちろん! シュウ、ありがとう!」
風子は包みを丁寧にたたんでポケットに入れ、ハンカチを掌に乗せてヒラヒラとさせている。
「すっごく軽い。しなやかだし、光沢がある。これって絹だよね?」
「うん!」
「うわあああ。絹のハンカチなんて初めてだ! もったいなくて使えないよ! でも、すっごく気に入った。宝物にする!」
「よかった」
シュウは心底ホッとした顔を見せた。昨日からずっと風子の反応が気になって眠れなかったほど。
ひょいとアイリが顔を出した。
「おい、あたしのはないのかよ?」
シュウが固まった。え? アイリ? アイリって、プレゼントを欲しがるタイプ?
シュウは思わず、もう一つのプレゼント――絹のリボンを二つ取り出した。
「も、もちろんあるよ。これ! 絹のリボンだよ! ほら、モモ用とお揃いだ」
(う……キキ用のは今からでも追加で買いに行こう!)
アイリの目が輝いた。
「なに? モモとお揃いだと? 見せろ!」
アイリが包装紙を引きちぎろうとするのを風子が慌てて止め、きれいにほどいて、中身を取り出した。赤色のリボンだ。縁取りは白のレース。
「うわあ! すごっくかわいい!」と風子がリボンを掲げた。
アイリが風子からリボンを分捕るようにかっさらった。モモを引き寄せ、クビに巻いている。
「ほう」とアイリが目を細めると、「よく似合うね!」と風子が手を叩く。
アイリはご満悦だ。風子はもう一本のリボンを手に取り、アイリの髪に巻き付け始めた。
「おい、何する気だ?」
「動かないで! 髪にリボンを巻いてあげるから」
「いらん!」
「いらないの? モモとお揃いなのに?」
アイリがグッと黙った。OKという意味だ。風子はニコッと笑って、ささっとアイリの髪を三つ編みにし、リボンを結んだ。
「うあああ! アイリ、かわいいよっ」
風子が手を叩く。
後ろでもう一つ拍手がなった。緋龍だ。
「そうだな。馬子にもリボンだ。さすがラクルのシルクは、それを身に着けた者の格を上げるな。アイリよ。そなたは素がいいのだ。もっと自信と自覚をもって身だしなみに気を使うがよい。ひとは見た目が九割と言うではないか」
「見た目なんかいらないよ!」
アイリがプンとそっぽを向いた。でも風子にはわかる。照れ隠しだ。アイリは表面的なおべっかには露骨に拒否感を示すが、無条件に褒められると弱いタイプだ。
緋龍にとって、そんなアイリは扱いやすいらしい。
「おや? そのままではラクルに連れていけないぞ。よいのか?」
アイリと風子が同時に緋龍の方を見た。
「ラクル?」「ラクルに行くのかっ?」
「そうだ。このシュウが昨日、弓月御前に直接交渉したのだ。見事だったぞ」
「いえ――それは、陛下のご提案……」
緋龍はみなまで言わせない。
「さあ、今日の昼前には出立いたす。準備をしておくがよい」
「はあい!」
風子とアイリは足取り軽く自室への階段を駆け上っていった。行く途中、風子がシュウにニコッと満面の笑みを浮かべた。
「シュウ! なにからなにまでありがとう! ハンカチもリボンも大事にするねっ!」
シュウはうれしそうに何度も頷きながら、風子の後ろ姿を見送った。
■グリの気苦労
緋龍は十五歳たちのやりとりに満足した。
(うむ。それでよい。わたくしの筋書き通りに進んでいるではないか)
グリは、一抹の不安を覚えた。
(おそらく陛下はWEB漫画の原作者になったご気分だろう。ケイどのご不在で損ねたご機嫌は直ったが、暇をもてあまして妄想がヒートアップせねばよいが――)
「グリちゃん!」
心配そうにグリを見上げる子カメの後ろから明るい声がかかった。
「パパア!」
グリの顔が輝き、声が弾んだ。イ・ジェシン――「パパ」青年のお出ましだ。律儀な苦労人グリは、パパといるときだけ無邪気な子どもに戻る。子カメのユウは、そんなときのグリが一番好きだ。ジェシンは、グリにかわいいリボンのお土産を見せた。
「うわ! かわいい!」
「そうだろ? シュウくんがおチビちゃんたちに買ってくれたんだ」
「きっと似合うよね!」
「うん。あのシュウくんはホントに気配り上手だね。まあ、キュロスさんに育てられたんだから、そうなるのも不思議じゃないけどさ」
「うん!」
「あの美貌、抜群の頭脳、完璧な礼儀、気配りができてやさしい。それでいて、ウル舎村国主の孫――王子さまなんだぞ」
(おまけに、ルナ古王国最後の王子のクローンだし)とグリはひそかに突っ込みを入れながら、パパを見上げた。
「シュウくんは風子ちゃんが好きみたいだね。なのに、風子ちゃんはまったく気づいていない。うわあ! 初恋のすれ違い。ワクワクじゃん! だから、ボク、シュウくんを応援してるんだ!」
グリはパパを見上げた。(パパまでも?)
「どうしたの?」とジェシンが尋ねると、「ううん」と言いながら、グリは見えないように軽く息を吐いた。
(陛下といい、パパといい、なんでいい大人が十五歳の初恋に興味をもつのかな? 陛下もパパもまずは自分のことから始めるべきじゃ? どう見ても片思いだよ)
こうした本音も言葉にできない。まあ、気にしないでおこう。陛下もパパもタフだ。片思いでもめげない! だけど、シュウさまはマジで心配だ。風子さまに振られたら立ち直れるのだろうか?
思い悩むグリは、思考を切り替えた。モデルは風子。風子は天性のポジティブ人間、グリはポジティブ思考を目指す努力家だ。しかも自分の限界をわきまえている。
(主人を育てるのも家臣のつとめ――おばあさまはよくそう言っておられた。でも、緋龍陛下もオロ殿下も相当手ごわいお方。だから、お二人に立ち向かってくれるパパが大好き! いつも負けちゃうけど、パパは絶対へこまない)
ふと振り返ると、子カメが椅子の上にちょこんと乗り、大きな目でじっとグリを見ていた。
(なぜ、あの子カメがこっちを見ている?)
すると、グリと子カメの間にサッと割って入ったパパがグリの手を引いた。子カメを睨んでいるような。
「さあ、グリちゃん。向こうに行くよ! ラクル行きの準備をしなくっちゃね!」
パパに引っ張られていくグリの背を見ながら、子カメのユウは改めて決心していた。
(グリさまは苦労がいっぱいみたい。ボク、きっと立派な騎士カメになって、グリさまをお守りするよ! でも、どうやったら騎士になれるんだろ?)
■ラクル温泉
一行がラクルに着いたのは午後三時ごろ。一行はラクルから少し離れた温泉街の高台にある建物に向かった。
玄関ロビーは大賑わいだった。中央でタダキが手を振っている。鷹丸組改めTMカンパニー社有の社員用リゾート施設だとか。自前で温泉も引いている。なるほど、ここなら弓月財閥も天志教団も手が出せまい。
なんと、櫻館メンバーのほとんどが顔をそろえていた。ばあちゃんとセイばあちゃんは椅子に腰かけて饅頭を喰っている。サキ先生はギョロリと睨みを効かせて仁王立ち。オロはへらへら、リクは無言の直立不動。マキ・ロウ博士はばあちゃんたちの向かいに座り、ラクル・ガイドブックを開いていた。
アイリも風子も驚いた。銀麗月カイと三足烏カムイまでいるじゃないか。リトを心配するあまり、無理を押して参加したのか? 顔色はずいぶんよくなったが、食欲はあまりないようで、こころもち頬がこけている。色白の肌は血管が浮き出るほどますます白い。
この類まれな美形がわずかに陰を帯びて佇むさまは薄幸美人そのもの。ダダ洩れの色気に気づいていないのは本人だけ。施設の関係者みなが思わず見とれている。周りのただならぬざわめきに、チビ緋龍のカバンからちょいと顔をのぞかせた子カメのユウはビックリ仰天。
(うわあああ、こんなにきれいな人間がいるなんて――)
アイリがばあちゃんに喰ってかかった。
「ばあちゃん! こんなにゾロゾロいたら、目立つぞ。いいのかよ?」
「ええんじゃ。いまさら小細工なんぞしても無駄じゃ。相手は全部お見通しじゃろうからの。むしろこっちも数で勝負して、ちょろい相手ではないと思わせた方がよかろう」
(数って、たかだか十数人。相手の弓月財閥は何万人もの巨大組織だぞ!)
アイリの突っ込みは軽く無視された。
「なんで、おまえまでいるっ?」
アイリが叫ぶと、オロが涼しい顔で言いのけた。
「へーんだ! オロさまを侮るな! もう課題はやっちまったんだよ。最後の課題が歴史研究。ラクルの町の歴史を調べて終わりさ!」
「なにが歴史研究だ! 史料なんか読めないくせに!」
「それはおまえも同じだろ? 最近はオーラルヒストリ―というものがあるんだ。その調査をするのさ!」
「な、なんだ? そのオーラルヒストリーって?」
「体験者に話を聞くってヤツ。聞き取り調査だな。正式な研究手法だ。拒否するわけにもいかん」とサキが渋い顔で言った。
アイリは察した。おそらくこのためにまた休暇を取らざるを得なくなったんだな。貯金はもうとっくに底をついて、財布もカラのはず。大喜びで金を貸したのは、きっとイ・ジェシン。ほら見ろ! サキ先生が来ていると知って、ジェシンの顔がはちきれそうにふくらんでるぞ。
ばあちゃんズは温泉を堪能し、ジェシンも女王緋龍も大興奮。チビ緋龍と子カメ、モモやキキは個室風呂に入った。いずれはリトとディーンもラクルに合流するだろう。そのためにクロも連れてきた。クロならリトの匂いをかぎ分けることができる。
みーんな危機感ゼロじゃないか!
アイリは思わず肩を落とした。だが、タダ飯は超ありがたい。経費は全部、社長のタダキ持ちだろうと思っていたら、違った。会長――アカデメイアの夜の女帝が私費で招いてくれたそうだ。〈ミグルの道〉を守るというミッションの必要経費と認めたとか。気合の入れようが違う。
「女王まで鷹丸組にたかる気か?」
アイリの素朴な疑問は女王緋龍に軽くいなされた。
「女王には自由になる私費などそうないのだ。下手に使うと明朗会計で行動が全部バレるぞ」
はあ、そういうものですか。
夜の豪勢な宴会を終え、作戦タイム。むろんばあちゃんが結界を張っている。
アイリがサッと手を挙げた。
(おっ、はじめてじゃないか。アイリが会議ルールを守るなんて!)
司会者サキがいぶかしむ。
「ラクル調査について、計画案を考えてみた。サキ先生、発言してもいいか?」
「うむ、かまわんぞ」
「題して、R大作戦」
「は?」
サキがずっこけかけた。アイリは素知らぬ顔でスライドに計画概要を示していく。
日程は、二回の週末をはさむ十日間。だれが何を調べるかがきちんと配分されている。ラクル財閥、弓月財閥、絹の里、地下都市の調査。これまでつまみ食いした程度のテーマが大きく掲げられていた。
サキがぽかんとした。
(計画は立派だが、話がでかすぎる。たかだか十日間でできる調査じゃなかろう。それになんだ? 「方法」は任意――犯罪として捕まらなければいいって、ハッキングしても見つからないからOKってか?)
なのに、ばあちゃんが絶賛した。
「さすが、アイリじゃな。見事な作戦じゃ」
ばあちゃんが褒めてくれたのがよほどうれしかったらしい。
「ほんとか?」
アイリらしからぬ素直さがポロリと出て、マキ・ロウが思わず苦笑した。
アイリはますます怪気炎。これまでの情報を整理したスライドを示し、細部の課題を網羅していく。
ばあちゃんがサキにささやいた。
(あのタイプは褒めて育てるんじゃ。見ておれ。期待以上のことを成し遂げるぞ)
明日から行動開始だ。まずは、ラクル旧市街の非公開地区の見学から――。
VIPたる最高賓客夫人とウル舎村国主孫をないがしろにはできぬ。弓月御前はそう判断したらしい。ただし、見学は十五歳以上、十人まで。緋龍ルビー、シュウ、キュロス、アイリ、オロ、風子、リク、サキ、ジェシン、タダキの十人と決まった。
引率・解説は御前自らが行うという。破格の待遇だ。お気楽に喜んでいるのはジェシンだけ。
(体のいい監視だな。慎重にしないとヤバいぞ)アイリはすでに臨戦モードだ。
風子はワクワクして眠れない。超レアものの歴史的建造物を見ることができる。隣で、アイリはパソコンに向かい、せっせと作業していた。やがて、アイリは、オロとシュウを呼び出し、地図を壁に照射した。
「ラクル旧市街と建物内部の見取り図だ。金ゴキ(金色ゴキブリ型調査ロボット)とアカテン(赤色テントウムシ型通信ロボット)に調べさせた」
「すごい!」とシュウ。
「いつの間に?」とオロ。
「来てすぐに町に向けて放ったんだ。これくらい当たり前だろ?」
なにをいまさらという表情を隠さず、アイリがつっけんどんに応える。シュウもオロもちっとも気にしない。気にしたら、アイリとは付き合えない。
「オレらを呼び出したってことは、なんかヤバいことをしろってことだよな?」とオロが顎をしゃくった。
「よくわかってるじゃないか!」とアイリがニヤリとした。
「サキ先生にバレないように注意しろよ! 弓月御前の裏をかくんだ。どうだ、やってみたいだろ?」
秘密の冒険――十五歳にとってワクワクてんこ盛り。深夜まで打ち合わせを重ねたが、だれもあくびなんかしない。窓の外、わずかに欠け始めた銀月がふにゃと笑う顔に見えたのは風子だけではあるまい。




