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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第四十九章 緋と碧の交錯
312/329

ⅩLⅨー10 エピローグ――歴史が変わるとき

■「パパ」青年

「いやああ、よかった。無事でよかった!」

 イ・ジェシンはグリを抱きしめ、涙ながらに大喜びだ。

 一行は無事カランに到着し、オロは待ち構えたセイに引き渡された。セイはすぐに天月草を煎じた薬湯をオロに飲ませた。風子たちが龍宮から持ち帰った医学古書が役に立った。龍やカメの治療法について詳細に記録されていた。

 カラン神殿巫女のばあちゃんの屋敷で、オロはぐっすり眠っている。マロとスラがそばに付き添い、オロを見守る。スラは愛しそうにオロの髪をかき分け、寝返りを打つたび布団をはねのけるオロに、その都度、布団をかぶせ直している。


「もう大丈夫じゃ。後遺症も出るまいて」

 セイばあちゃんの声に、マロもスラも涙を浮かべて感謝した。

「こたび、オロは頑張ったのう。よくやった。じゃが、カメたちの協力も忘れてはならんぞ。銀青龍を失うまいとカメたちは必死でオロを守ったのじゃからな」

「はい。承知しております」マロとスラは深くお辞儀をした。


 カメたちは、巫女ばあちゃんの広い庭に続く池でのんびりと日光浴を楽しんでいる。美少年カメは、濁った池の水に尻込みした。記憶をなくしているが、泥や虫に本能的な恐怖を持つらしい。

 じいちゃんカメに自分の名前は「ユウ」だと教えられ、いまはじいちゃんカメについて回っている。熟女カメも青年カメもかわいがってくれる。洞窟で銀青龍の鱗を見つけたことで評価がガラリと変わったようだ。


 ユウはその甲羅も皮膚も明らかに他のカメとは違う。だが、だれもユウを特別扱いしない。過去を詮索もしない。子カメの一人として扱う。これはいたって心地よい。自分で自分のことがわからないなど、恐怖の極みだ。一人でいると心細さに泣きそうになる。けれども、夜はいつもじいちゃんカメが一緒に寝てくれる。日中もだれかが必ずそばにいる。

 イヤなことや苦手なことを強制されたりしない。沼池がイヤなら草むらで転がっておけと言われ、その通りにしていても、だれも不審な目を向けない。ユウは次第に慣れてきていた。記憶がない自分を受け入れることができるようになっていた。


 ユウにとって一番の楽しみは、グリを見ることだ。グリはカメ族の最高位に位置するらしい。カメ軍団の事実上の指揮官なので、下っ端の子カメであるユウが近づける相手ではない。だが、じいちゃんカメがグリ直属である効果だろう。ユウはときどきグリのそばに行くことができた。でも、直接話しかけることは禁じられている。グリの姿を見て、グリの声を聴いて、それだけでも幸せだった。

 ある日、驚いた。見たことのない女の子がいた。ユウには、なぜか人間基準が身に沁みついているようだ。人間基準で見る限り、キリリとした目鼻立ちの非常に愛くるしい人形のような女の子だった。グリの匂いがした。

 戸惑っていると、じいちゃんカメが教えてくれた。

(グリさまは特別な力をお持ちでの。人間になることができるのじゃ)


 カメのグリも人間のグリも変わらず、ことのほか大事に保護する大人の人間がいた。背が高くて、美麗な顔立ちの青年だ。「パパ」と自称している。

 この「パパ」青年は、二匹の緋龍を連れていた。まだよちよち歩きの幼児だ。この緋龍たちはユウが気に入ったらしい。しょっちゅうやってきては遊んでくれとせがむ。「パパ」青年は、最初ユウを敵視していたが、緋龍がユウに懐いてからは態度が一変した。

 今では、ユウのことまで大事にしてくれる。おかげでグリに接近する機会が増えたが、ユウとグリが二人だけになることは絶対禁止らしい。ユウがグリに近づきすぎると、「パパ」青年がサッと割り入り、グリをさらってゆく。


■弦月

 櫻館――アイリのパソコン部屋で大型スクリーンに映し出される光景に見入る者がいた。ばあちゃん、サキ姉、そしてカイだ。

「リトが弦月として完全に覚醒したようじゃな」

 ばあちゃんがため息交じりに言う。スクリーンには鏡の洞窟で飛び回るリトとディーンが映っていた。

「だから、皮膚の色が変わったわけか?」とサキ。


「そうじゃろうな。わしも弦月をなまで見るのは初めてじゃが、言い伝えの通りじゃな。なにより力がすさまじい。一切音を出さずに、鏡にも映り込まず、あの高みをヒラヒラと飛びまわっておるんじゃぞ。並みの異能ではない」

「一緒のディ―ンもすごいってことだよね?」

「そうじゃな。ディーンは目覚めたばかりとはいえ、玄武じゃ。もともと超高度な異能者じゃからの」


 カイは二人の会話を聞きながら、じっと画面を見つめている。館内であれば自由に動いてよいと、ようやくセイから許しが出たようだ。異能を使うことはまだ禁じられている。

 ばあちゃんがカイに尋ねた。

「どうじゃ? 映像からなにか手掛かりは見つかりそうか?」

「いいえ。弦月と玄武の華麗な異能以外、確認できるものはなさそうです」

「そうか」


「ですが、五つの関門の特徴やそれぞれの関係については、いくつか手掛かりがあるように思います。〈道〉はおそらく三つ――〈神殿の道〉、〈ミグルの道〉、〈弓月の道〉。今、リトたちは〈神殿の道〉にいるはず。〈ミグルの道〉はオロくん一行が踏破しました。ラクルまでの〈弓月の道〉については、記憶が消されていますが、おそらくグリさんの深層心理になにがしかが残されているでしょう」

「そうじゃな」


「五つの関門は、たしかに〈ミグルの道〉を守るための仕組みなのでしょうが、それだけではないような気がします」

「それだけではないとは?」

「〈弓月の道〉とラクル地下都市を守るための仕掛けと結びついています。それが〈蒸気柱〉ではっきりと示されました。弓月御前は、五つの関門を強化して、備えを固めているのではないでしょうか?」

「何のために?」

「全容はまだわかりません。ただ、〈弓月の道〉が〈ミグルの道〉のようにカトマール大陸を横断し、古代の〈神殿の道〉と同じように各地の神殿をつないでいるとしたら、ラクルまでの道もラクル地下都市もほんの一部です。わたしたちが知らない道や都市が存在する可能性はゼロではありません」

 サキは深く頷いた。


 アイリが言った。

「あの孤島の神殿や洞窟も大陸の道とつながっているかもしれんぞ」

 隣で、風子がつぶやくように言う。

「――天月の洞窟もそうかもしれない」

 カイもまた頷いた。

「わたしもそう考えています。カトマールから天月にかけての地域は、もともとルナ古王国の版図。地震と津波で東海に王都が沈む前は、陸地として一体化していました。少なくとも〈神殿の道〉はあったはずです」


 風子がおそるおそる申し出た。

「あの……気になることがあるんですけど、言っていいですか?」

「どうぞ」

「あの〈禁忌の森〉も〈絵の森〉も、二つの世界の緩衝帯って聞いてるけど、ひょっとしたら、地下の〈道〉みたいに作られた空間かなって――」

「なんだとおっ?」

 サキが絶叫し、ばあちゃんもアイリも驚いた。あの冷静なカイまで目を見開いている。


「な、なんで、そうなる?」とサキが風子に詰め寄る。

 風子はタジタジとしながらも、サキを見据えた。

「だって、すごく操作されている感じがする。選別もあるし、区画ごとに性格付けが違う――」

「た、たしかにそうだな」とアイリが腕を組んだ。


「神話上の存在でもあるので、弓月御前が作ったとは思えませんが、誰かが何かの目的で設定したということは十分にありえますね」

 カイはそう言いながら、深く思索に沈んだ。


「うーん。ルナ古王国の〈神殿の道〉を作った人たちか?」とサキ。

「いや、もっともっと古い一族かもしれんのう」とばあちゃん。

「まさか、月の一族? 緋月の村から銀月の島に移り住んだという神話上の一族というのか?」とサキが言うと、みなが黙り込んだ。


 神の時代から人の時代へ――歴史は大きく変わってきた。

 ルナ古王国の成立は七千年前と伝わる。月の一族が緋月の村を出たのは、それよりも数千年前のこと――村を出たのは、たった五人の若者とされるだけで、科学技術などあるはずもない。

 だが、ルナ古王国の時代に作られたはずの神殿も〈神殿の道〉もきわめて高度な技術を使っている。「歴史の変化」とか「発展」などという陳腐な話では説明がつかない。


 アイリはふたたび映像を見つめた。


――必ず手掛かりがあるはずだ。それを見つけるぞ!

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