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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第六章 月下のルナ大神殿
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Ⅵー7 ルキアの秋祭り

■仮装行列――リト日記(3)

 ルキアの秋祭り――。

 これも社会見学とばかり、サキ姉は一日だけ、風子たちに祭り見物を許可した。みんな喜んで祭りに繰り出した。


 最大の名物は、ウル大帝国時代の古代衣装を着た一団の行列だ。何台もの豪華な山車(だし)が練り歩き、市民による群舞と自由な仮装行列が続く。帝政時代には一週間も行われたというが、軍政時代に禁止された名残で、今は三日間しか行列はない。それでも十分派手だ。


 沿道のあちこちに屋台や演舞場が設けられていた。相当数の観光客も来ているようだ。

 こんな観光シーズンにオレたちがあの最高級ホテルの部屋を確保できたのは、ラウ財団幹部専用にリザーブされているVIPフロアをレオンが手配してくれたからだった。


 出かけには、毎度ながら、サキ姉が目を()いた。イ・ジェシンがドラキュラ伯爵に扮していたからだ。ご丁寧に口元には血糊(ちのり)までつけている。


「絶対にわたしに近寄るな!」


 仮装を売りにする祭りだからか、さすがに衣装を捨てろとまでは言わなかった。いくら怒鳴られても、ジェシンはサキ姉につきまとっている。サキ姉に叱られるのが快感らしいと、キュロスさんがこそっと教えてくれた。やっぱり、ジェシンはマゾ体質だ。


 レオンと彪吾は上下を黒一色でまとめ、これ幸いと目元を黒いマスクで隠している。おいおい、本人たちは目立っていないつもりだろうけど、美形オーラ満載だよ! スタイルと顔の良さが引き立ってしまうんだってば。

 おまけに……ペアルックじゃないか! 彪吾がやけにうれしそうなはずだ。


 風子たちは、全員が中世風のゴシックコスプレだ。なんと、シュウまで女装だった。オロ=ルルの趣味に違いない。どれもこれも〈ムーサ〉でのルルの舞台衣装だ。

 アイリが相当抵抗したはずだけれど、いつもどおりルルにやりこめられたんだろう。いつもはルルを追い回しているカムイが、今日はシュウのあまりの美少女ぶりにヘロッとなっている。

 風子も美少女シュウに大興奮のようだ。やたらと手をつなぎ、抱きしめてくるので、シュウの顔がとろけそうになっている。まさか、これからずっと女装するなんて言わないよな? 

 小悪魔的なルルとは違って、正統清純派の美少女だ。クラス中が騒然として、サキ姉の頭痛の種が増えるぞ。


 オレは目立たないよう普段着のまま――。普通にしていても目立つカイには帽子とサングラスをつけさせた。カイはオレだけのもんだ! 

 いつも邪魔してくるカムイは、カイの命令で子どもたちの護衛役だ。美少女ルルやシュウのそばで護衛を務め、カムイはうれしさで舞い上がっている。


 祭りには、しばしば、歴史をふまえたストーリーが付せられる。カトマールの人びとがウル大帝国の伝統や文化をどう受け止めていたかの一つの指標にもなる。カイはそうした目で祭りを見ており、オレはせっせと記録写真を撮った。もちろん、カイの写真もいっぱいだ。

 ばあちゃんと小じいちゃんは、異文化の祭りに興味津々だ。そういや、小じいちゃんは祭り大好き人間だった(オレもだけど)。 


 衣装や装飾はルナ・ミュージカルの参考になると、彪吾も熱心に観察した。

 隣でレオンが彪吾を見守っている。レオンは彪吾が誰かの関心を惹くのがイヤらしい。

――そりゃ、ムリ! 

 それに、むしろレオンの方こそ危ないだろう。

 

 そう思ったけれど、美形二人のオーラに圧倒されてか、案外誰も近寄ってこない。オレの耳にあちこちからひそひそ声が聞こえてきた。


「あの女が邪魔よ!」

「あの美形たちのボディガードか何か?」

「近寄れないじゃない」


――そうか! 

 二人のそばにサキ姉がいるせいだ。サキ姉自身は、二人のことなど眼中にない。美形二人を見ようと取り巻く見物人のおかげでできた微妙な空間が便利なだけだ。


 サキ姉は、風子たち、とくにルルが無茶をしないよう、目をヒン剥いて監視している。オレでさえ、ギョッとするほど怖い形相(ぎょうそう)だ。幸い、アイツらはあのド派手なコスプレのまま集団行動をしているのですぐに居場所が把握できる。だからサキ姉も、あの衣装を止めなかったのか。

 センセイは大変だあ……。


 サキ姉の苦労など知る由もなく、風子たちはいつも以上にはしゃいでいる。あちこちの屋台で食べ物を買っては分け合って食べているし、しょうもないゲームをしたり、香具師(やし)のがなり声をマネして大笑いしたり……。

 ジェシンも同様だ。アイツは十五歳の風子たちと精神年齢が変わらないんじゃなかろうか?

 モモとキキが疲れないよう、押しつぶされないよう、抱っこしたり、人込みから離れたりして気配りしている点は、ケイの人柄と言うべきか。

 キュロスさんは、タン国傭兵らしく、目立たず騒がず、しっかりシュウたちの護衛を務めている。その身のこなしに小じいちゃんが惚れ惚れとしている。


■ジェシンの「ゴ・ク・ヒ」

 そんなキュロスさんがふと足を止めた。かわいい土産物売り場の前だ。子ども向けの飾り物を手に取っている。


――えっ? 誰にあげるの?

 支払いを済ませて、土産物を懐に大事そうにしまったキュロスさんにジェシンが近づき、そっと言った。こういうのもオレには聞こえちゃうんだよな。


「ボク、わかっちゃったんだ」

「何をですか?」

「レオンの恋人……」

「えっ!」(遠目にもキュロスさんがあわてているのがわかる。オレもあわてた)


「サキ先生だったんだね……」

「は? はああ?」(一挙にキュロスさんが脱力した)

「ふたりは深く愛しあってるみたい」

「ど……どうして、そんなふうに思うんですか?」

「ほら、見てよ。サキ先生はだれもレオンに近寄れないよう目を光らせてるじゃない。ボクにもレオンに近寄るなって警告したし……。そうだったんだ……」

「はあ……」

「だったら、ボクはレオンに近寄っちゃダメだね。サキ先生を怒らせちゃうと怖いもん……」


 キュロスさんが絶句している。オレものけぞった。


 どこをどう解釈したらそんな結論になるんだ? 

 レオンが彪吾とペアルックしているのが見えないのか? 

 なぜに彪吾をスルーする? 


 だが、ジェシンの勘違いは歓迎すべきかも……。サキ姉は烈火のごとく怒るだろうけど(彪吾もきっと怒るだろうけど)、サキ姉とレオンがラブラブとしておいたほうが、ジェシンを封じ込める。キュロスさんもそう考えたようだ。


「そうです……そうなんですっ! レオンさんに近寄っちゃダメですよ。サキ先生に死ぬほど報復されちゃいますからねっ! それにこれは極秘事項なんですよ。ゴ・ク・ヒ!」

「ゴ・ク・ヒ?」

 ジェシンの喉がゴクリと鳴った(んじゃないかとオレは思う)。


「そうです。この極秘事項に気づいたあなたはさすがだ。だから、決して誰にも漏らしちゃいけませんよ!」

 ジェシンは極秘事項に気づいた自分を褒めたいようだ。ニンマリしている。


 それにしても、キュロスさんもけっこう罪深いよな。ジェシンの勘違いに悪乗りするなんて!


 そんなことを考えていると、ふと気づいた。向こうからなんだか視線を感じる。

 美形たちを見るほわんとした視線じゃない。刺すような視線だ。そっと見やると、かなり離れた建物の陰に黒づくめの人間がいた。仮装しているのでまったく姿の見当はつかない。その者が見ていたのは、コスプレ少女の一人……リクだった。


 さらにもう一つの視線にも気づいた。こっちは、仮装も何もしていないごく普通の老女だった。だが、まなざしは非常に鋭く、黒づくめの人間とリク、そしてレオンと彪吾を見ていた。いつのまにか、老女は姿を消していた。


――いったい、あれはダレ? なんだか、ばあちゃん(なみ)のパワーを感じたぞ。


■視線

――今のルキア祭りは貧相だ。往年の祭りとは比べ物にならない。


 半世紀ぶりに「忘れられた村」近くの谷から出てきた老女セイは、思わずため息をついた。


 かつて都のそれぞれの町衆(まちしゅう)が保存していた山車(だし)の数は今の三倍以上。数百年もの歴史を持つはずの長刀(なぎなた)や面も、高価なアンティーク織物を用いていたはずの前懸(まえかけ)胴懸(どうかけ)も多くが新調されていた。内戦で本物が失われたのだろう。


――この町もこの国も変わってしまった。

 セイの(まぶた)に、かつての主人が蘇る。


 七十年近くも前のこと――若きファウン皇太女が、恋人シュンとともにお忍びでこの祭りに来たことがある。皇太女は軽快な少年の服装、シュンは美少女のいでたちだった。二人は手を取り合いながら、互いの姿に笑い合っていた。


 雑踏の中に、セイの視線がふと止まった。ファウンに似たレオンの近くにはレオンと同じ服を着た美青年がいた。九鬼彪吾だろう。そして、ふたりからさほど遠くないところに、派手なコスプレをした少女の一団がいた。その中で一番背が高い少女は無表情だったが、小柄な子に手を引かれたとたんに一瞬、表情が変わった。


――あれが、碧海恭介に託した孫娘の子――わが「曾孫」か?

 セイは、ファウンの面影を残す青年レオンと少女姿のシュンに似た背の高い少女にじっと見入った。


 そのとき、ふと目に入ったのが黒づくめの人物だった。射るような視線で一行を見ている。

――何者? 


 去っていく人物のあとをセイはさりげなくつけた。ある場所でその姿を見失った。第一副大統領府だった。

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