Ⅵー3 ルナ大神殿遺跡
■母の涙
その日、月神殿の調査チームは後片付けをいつもより念入りにするように告げられた。どこかの子どもたちが見学に来るという。
調査団長のアカデメイア大学教授ソン・ララには、レオンから概要が伝えられた。
天月修士カイが中心となって行っている比較調査であるが、ルナ・ミュージカルに参加する子どもたちもまた舞台イメージをつかむために参加して、昼と夜に神殿を見学するとのこと。カトマール文化省もラウ財団も承諾しているという。
――夜にも?
不思議だった。だが、発掘調査スケジュールに支障は出ないようだ。拒否する理由はない。ソン・ララは、カトマール側の責任者であるカトマール文化財研究所研究員マキ・ロウに当日の案内を頼んだ。
案内という名の監視だ。万が一にも遺跡に損傷があってはならない。見物する子どもたちに被害がでるなどもってのほかだ。
マキも、子どもたちの夜の遺跡見学に疑念を抱いた。
――ルナ・ミュージカルのため?
主役は公式には明らかにされていない。だが、アカデメイア大学音楽学部の学生待遇ながら、〈蓮華〉に送られた十五歳の女子生徒らしいと親友から聞いたことがある。
アカデメイア大学宇宙工学研究所長をつとめる親友レッティーナは、もう一つの情報も教えてくれた。
「あのアイリ・トゥルガが、〈蓮華〉の寮に移ったんだって。工学部に設置した専用研究室にもほとんど来なくなったみたい。でも、ラウ副理事長がアイリを保護しているから、だれも何も言えないのよね。ラウ副理事長と筆頭秘書のレオンは事情を知ってるんじゃないかな」
昔、アカデメイアに留学したことがある。〈蓮華〉のことは聞き及んでいる。ユニークな教育をするが、いまでは「落ちこぼれ校」として有名だ。天才科学者アイリは、飛び級で学位を取得し、十五歳ながら「特別招聘研究員」の肩書で、設備が整った研究室と実験室を与えられているはず。その立派な施設を顧みず、いったいどこで何をしているのやら。
――〈蓮華〉、レオン、ルナ・ミュージカル……。まさか?
マキは、一行を見定めようと待ち構えた。
朝早く、マキたちの定宿に、妙に立派な車が二台到着した。車から降り立ったのは、子どもたちとイヌとネコ。大男や教師らしい女性もいる。老人男女、美麗な若者二人、ド派手な美青年とその連れも続々と降り立った。
マキは固まってしまった。ジャージ姿の美少女がいた。アイリだ。子犬を抱いていた。
アイリが七歳の頃、ルキアの学校に会いにいったことがある。ちょうど、ルナ大神殿の再調査が始まったころだ。マキは作業員として雇ってもらい、この神殿の秘密を知ろうと懸命になった。
まもなく、副大統領夫人アユに呼び出され、過去の研究成果を絶賛されて、カトマール大学の再建に協力するよう提案された。一つだけ条件を出した。
――ルナ大神殿の調査に専念したい。それができる職をあててほしい。
アユは喜んで承諾した。
それから八年……。いまなお、何もわかっていない。この神殿のそばで十年前に経験したことの真実はまったく霧の中だ。
故郷の火の山にも一度帰還した。祖母も村の人も喜んで迎えてくれた。
祖母はマキにいくつかの写真を見せてくれた。わが子の写真だった。
幼い頃のあどけない笑顔、火事のけがから回復した後のしかめつらの顔、アカデメイアの〈蓮華〉で過ごす友だちやイヌとともに写るおどけた顔。
マキは涙を抑えた。一歳の子を祖母に委ね、愛する人を探して旅に出た。いつか彼を見つけ、二人で娘を迎えに行くつもりだった。なのに、それを果たせないまま、娘は遠くなってしまった。
――アイリ……。
いまだに、母と名乗れていない。
■ルナ大神殿
壮大な遺跡に、居並ぶ者の口がポカンと開いた。
ルキアから車で二時間ほどの場所には広大な森林が広がり、そのほぼ中央に目指すルナ大神殿の遺跡があった。もとは湖だったという。
土が丁寧に掘り下げられて、輝くような白亜の神殿が聳えている。じつに見事だった。
神殿の前には広場があり、行政や司法も執り行われたという。整然とした石畳の脇には、いくつかの住居跡がある。当時の住居は白く塗られた日干し煉瓦で造られていたらしく、長く水に浸かって、土台しか残っていなかった。現在、予想図をもとに復元されている。
その大神殿を臨む場所に、ルナ大劇場と併設博物館が建設中だ。工事区域は危険なので、ブルーシートで覆われており、中を窺うことはできない。
このルナ大神殿は、容易に見学できるものではない。大劇場等が工事中ということもあるが、神殿遺跡を荒らさないために、見学は学術目的に限定されている。ルナ大劇場完成後にようやく一般公開される予定だ。
このルナ大神殿の事前見学が許可されたのは、ひとえにレオンの尽力による。メンバーに天月の銀麗月とウル舎村の若君、そしてルナ・ミュージカル総監督の九鬼彪吾がおり、目的がルナ大祭典を成功させるためとあれば、カトマール文化省も許可せざるをえなかったようだ。
リトもカイも神殿の模様を念入りに観察し、リトは何百枚も詳細な写真を撮った。ばあちゃんと小じいちゃんは神殿と森との関係に注意を払いながら、あちこちを歩いて土の感触を確かめている。
サキはジェシンがまたバカなことをしないかと神経をとがらせている。さすがのジェシンもルナ大神殿の荘厳さに圧倒されて、探偵ごっこにまで気が回らないようだ。もちろんサキの意を汲んでケイがジェシンを見張っている。
アイリとオロは、自分たちが作った3D画像が本物と同じかどうかを確認しあっている。いつものように、言い合いをしながらだが……。
リクは相変わらずぼうっとしているが、そのそばを風子がちょろまかと動いている。そして、その風子を追いかけるように、シュウがこれまたチョロチョロと動いていた。風子の動きに合わせるので、自然とそうなる。キュロスは、ひそかに拳を握ってエールを送った。――シュウさま、がんばれ!
ランチはやっぱりキュロスの手作り弁当だった! 秋の澄みわたった陽光を浴びる古代遺跡を見ながら、ちらほら紅葉がはじまった木々の下で広げる弁当は最高だった。
■副大統領夫人
ふと向こうの道が輝いた。何人かの人影が見える。レオンと彪吾がやってきたのだ。一人の美女を伴っていた。キュロスが固まった。ジェシンが口を開けた。ふたりは同じ名を口にした。
――アメリア!
そして、一瞬互いを見合って、思わず駆けだした。
レオンが二人の前に立ちはだかった。
「カトマール第二副大統領シャオ・レンどののご令室アユどのです。どうぞ失礼のないように」
キュロスは足を止めた。そして、まだ走り続けようとしたジェシンの首根っこを押さえた。
「たいへん失礼いたしました。旧知の女人に似ておられましたので、思わず駆け寄ってしまいました」と、キュロスが丁寧に詫びの口上を述べた。もがくジェシンを口ともども抑え込んでいる。
「いえ、お気になさらずともよいのですよ」
美女は、涼やかな声でそう言いながら、ゆっくりとほほ笑んだ。風子は気が付いた。夏前に離宮公園で見かけた女性だ! 向こうも気が付いたらしく、風子に微笑みかけた。
隣では、シュウもリトもみんながぼうっと見とれている。リクだけは変わらず突っ立って何の反応も示さない。オロは女性に見とれているリトをジトッと睨んでいる。アイリは、公園の時とは違って奇妙に顔を引きつらせていた。
「夫人は、カトマール共和国におけるルナ文化保護の責任者でいらっしゃるんだ」
彪吾はそう言って、付け加えた。
「ルナ大神殿遺跡がここまで整備されたのは夫人のおかげだ。軍事政権下で遺跡は放置され、見るも無残な状態になっていたらしいからね」
「すぐ近くにわたしの屋敷がございます。ご夕食を用意しておりますので、帰りにどうぞみなさんでお立ち寄りください」
美女は優雅にそう言って、レオン、彪吾とともに去っていった。ルナ大劇場の件で現地視察に来たのだという。
小じいちゃんが、隣のばあちゃんにささやいた。
「なんとまあ……。カトマールには美男美女が多いとは聞いておったが、予想をはるかに上回るのう。なあ、姉さん」
「そうじゃの……」
何となく、ばあちゃんの歯切れが悪い。
キュロスにやっと離してもらったジェシンは、キュロスに喰ってかかった。
「どうして止めたのよ?」
「レオンさんが言っていたでしょう? あの方は副大統領夫人ですよ」
「違うよ! ぜったいアメリアだ! キミだって、アメリアって言ってたじゃないか!」
「それはそうですが、他人のそら似でしょう。髪の色も目の色も違います」
「そんなもの、どうにでも変えられるよ! ボクだっていっぱい鬘やカラーコンタクトを持ってるモン!」
キュロスの手がまたジェシンの口をふさいだ。これ以上、コイツにしゃべらすと、あの女人の正体が、ここにいる人たちに分かってしまう。
キュロスはジェシンをみんなから遠く離れた木陰に引っ張っていった。
「いいですか? ジェシンさん。あの女人がアメリアどのかどうかはわかりません。もしアメリアどのだったとして、姿や名を変えるのは何らかの理由があるからでしょう。本人が隠そうとしている秘密を暴いたら、どうなると思いますか?」
「……やばいよね?」
「そうです。あの女人の命に関わるかもしれませんよ。それでもいいんですか?」
ジェシンは大きくかぶりをふった。
「ヤだよ……。アメ……彼女を害するようなことはしたくない」
「ならば、黙っていてください。必要があれば、あの女人の方から事実を話してくれるでしょう」
「いつ……?」
「わかりません。彪吾さんが言っていたでしょう? あの女人はこのルナ遺跡を守り抜くほどの力をもつ方です。単なる「副大統領夫人」ではありません。彪吾さんもレオンさんも彼女を支えようとしている。ならば、わたしたちもそれに協力すべきでしょう」
「どうやって?」
「黙って見守ることです。そして、向こうが必要としたときに手を差し伸べることです。あなたには財力も弁護士という資格もある。できることは多いはずですよ」
ジェシンは妙に感動しながら頷いた。ここまで自分を肯定してくれた者はほかにいない。思わず涙ぐんでしまった。
――ぐずぐず、ぐすん。
キュロスが思わず引いた。
「ど……どうしたんですか?」
「なんとなくうれしくて……。できることは多いはず、なんて言ってくれた人はいままで一人もいなかったんだ。母親からはいつも叱られてばかりだったし、バアサンはボクを甘やかすけど、信用はしてくれなかったし……。サキ先生には怒鳴られてばかりだし……」
「そんなにサキ先生がイヤだったんですか?」
「ううん! 違うよ。サキ先生みたいに本気で怒ったり、怒鳴ったりしてくれる人もいなかったから、あれはあれで快感なんだ」
キュロスは呆れた。いつぞやリトが言っていたように、この男はマゾ体質か? だから、サキにつきまとうのだろうか?
「レオンに憧れるのも、レオンがボクの手に届かないからなんだ。届かない星に手を伸ばしても夢だと笑って済ませられるだろ? ボクは何をしてもうまくいかない。頑張ってもうまくいかない……」
「……ジェシンさん」
「でも、できるかな? キュロスさんの言うように、ボクができることは何かあるかな?」
「きっとありますよ。ムトウさんがあなたのそばを離れないのは、ラクをしたいからじゃありませんよ。あなたのことが好きだからです。あなたのそばにいたいと思っているからですよ。そう思ってくれる人がいるだけでもあなたはたいしたもんだ」
イ・ジェシンはオイオイと泣き出した。キュロスはその背をやさしく撫で続けた。
そんな二人を遠くからリトがじっと見ていた。
遠目が効く。ふたりの会話もよく聞こえる。
(キュロスさんはホントにいい人だなあ……。それにしても、アメリアっていうのは、たしか、〈ムーサ〉でジェシンが言ってた彼の初恋の人じゃないか? しかも、キュロスさんもアメリアという女性を知っているみたいだったぞ。いったい誰なんだ?)




