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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第六章 月下のルナ大神殿
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Ⅵー1 雲龍の山の神隠し

■小じいちゃん来る――リト日記(2)

 小じいちゃんがやってきた――ばあちゃんの弟で、雲龍九孤族(うんりゅうくこぞく)副宗主だ。

 

 観光目的なんかじゃない――〈天明会〉と〈閉ざされた園〉の件で、ばあちゃんが呼び寄せた。

 雲龍の実情には、宗主であるばあちゃんより、宗主を支える立場の小じいちゃんの方が詳しい。

 

 電話では、「外国に行くのは初めてだ」と妙に緊張していた。そこで、オレが空港まで迎えに行った。小じいちゃんと会うのは二年ぶりだ。ばあちゃんとは違って、日本のおみやげをどっさりもってきているし、荷物をオレに持たせようともしない。小じいちゃんは気配りの人なのだ。


 バスに乗っても、電車に乗っても、小じいちゃんはいちいち感動している。何もかもが珍しいらしい。だが、ばあちゃんと違って、大声を出すこともないし、オレにいたずらを仕掛けて遊ぶこともない。小じいちゃんは礼儀と品性を重んじる人なのだ。実の姉弟なのに、なんでこんなに違うのか。


 だれかが言っていた。

 若いときのばあちゃんは、オレの三人の「とんでも(ねえ)ちゃんズ」の合体形だったとか――顔は美貌のナミ姉、姿は妖艶なミオ姉、中身は毒舌家のサキ姉。そりゃ、最強……いや、最恐だ!

 若いときの小じいちゃんはオレそっくりのイケメンだったらしい。ちょっと自慢!


 はっきり言って、小じいちゃんは六十五歳には見えないナイスガイだ。ばあちゃんはともかく、小じいちゃんみたいな「高齢者」になるなら、年をとるのも悪くない。


 オレは喜んで大きな荷物を持ち、小じいちゃんにあれこれ教えた。小じいちゃんは「すまんな」とお礼を言ってくれるし、オレの説明にも「ほお」とか、「なるほどのう」と丁寧に相づちを打ってくれる。コミュ力が相当高い。


 駅に着くと、サキ姉がおんぼろ車で迎えに来てくれた。小じいちゃんはサキ姉のこともお気に入りだ。小じいちゃんも五年前まで地元の中学の社会科教師をしていて、教師業に思い入れがあるようだ。


 二週間ほどの滞在だ。櫻館の空き部屋を提供すると彪吾が申し出てくれたが、小じいちゃんが遠慮した。ばあちゃんの小屋に泊まるという。あの狭さを知らないからだろう。

「オレと相部屋ならどう?」と聞いてみると、それならいいとのことだった。ホテル暮らしに慣れておらず、一人で過ごすのがイヤだったらしい。


 オレは大歓迎だ。幼い時からかわいがってもらい、父さんの次に大好きな人なのだから。それに、小じいちゃんは隠れ天月ファンだ。天月修士カイに会わせたら、すごく喜ぶだろうな。

 

 その日の夜は、九孤族四人での水入らずの夕食となった。ばあちゃんが結界を張ったので、外には漏れない。


「〈閉ざされた園〉のことについて話すなら、六十年ほど前のことから話さねばなるまい。姉さんのことも話すが、ええかの?」

 ばあちゃんは頷いた。

「かまわん。この二人も知っておいた方がええじゃろ」


■祠の神隠し

 わしが五歳、姉さんが十五歳のころじゃ。親は二人とも生きておった。


 ある日、雲龍の山と谷を大雨が襲ってな。すさまじい土石流が発生して、九孤族の村の一つが流された。

 村人は無事じゃったが、家も田畑も土砂に埋まって、新しい村をつくる必要があった。九孤族は総出で、雲龍連山のふもとの小さな森を切り拓いたんじゃ。


 そこには、小さな(ほこら)があってな。いつごろできたのか、だれも知らん。祠は祀って別の場所に移した。


 村は再建できた。

 じゃが、祠があった場所で神隠しが起こった。村の子どもが一人行方不明になっての。総出で探したが見つからん。祠の祟りじゃと怖れて、祠を元に戻した。


 一年ぶりにその子が戻ってきた。元気そのものじゃった。

 ただ、自分がどこにいたのかを覚えておらん。どこかとても居心地のええ場所におったらしい。それが〈園〉なんじゃろうの。

 またそこに行きたいと祠に通ったが、何も起こらんかった。


 不思議なのは、こちらで一年が経っておったのに、その子はまったく変わっておらなかったことじゃ。やがて、その子も村人も祠の神隠しを忘れた。


 ところが、四十年ほど前、もう一度同じことが起こっての。

 今度は、姉さんの息子――正確に言えば、姉さんの息子として育てられてきた甥が消えたんじゃ。


■雲龍の娘メイ

 わしらには、姉さんとわしとの間に腹違いの姉妹がおってな。メイという名じゃ。姉さんより五つ下。実母が亡くなり、九孤家に引き取られたんじゃ。


――メイ姉は雲龍を嫌うてな。さっさと外国に留学したまま、音信不通になっておった。


 あれは、五十年ほど前のこと、突然メイ姉から姉さんに電話があっての。「日本で子を産みたい」と言うんじゃ。

 わしらはビックリ仰天じゃ。わしは、すぐさま空港までメイ姉を迎えに行った。

 

 すでに臨月じゃった。

 たいへんな難産での。姉さんがおらんかったら、母子とも危なかったじゃろう。


 なんとか男の子が生まれたが、メイ姉はまもなく息を引き取った。その息子が、姉さんが〈園〉で出会ったシンじゃ。


(ひょえ! シンおじさんは、ばあちゃんの息子じゃなくて、甥だったのか?)


 シンは、わしら九孤族にはない特別な力――〈園〉に出入りする力を持っておった。


 メイ姉が行ったのは、カトマール帝国大学。

 当時のカトマールは、華やかな文化あふれる憧れの国でな。異能者も多いと評判じゃった。じゃが、シンの父親はわからん。メイ姉はけっして言おうとせんかったからの。


■選べなかった人生

 メイ姉は、賢くきれいでな。異能も強く、姉さんと互角だ。

 じゃが、どうしても越えられんものがあった――長女と次女、生まれの順番じゃ。

 メイ姉からすれば、姉さんは長女というだけで優遇されていたように見えたんじゃろうな。

 実のところは、姉さんは家を捨てられず、長女という重荷を背負わされていただけなんじゃが……。


 そんな中で起きたのが、あの悲劇じゃ。


 姉さんには幼なじみの許婚(いいなずけ)がおった。村中の憧れの的で、強く賢い美男子じゃった。だが、その若者をメイ姉が奪ったんじゃ。


 メイ姉には、不思議な魅力があった。出会った男を虜にする。


 騙したつもりはなかったのかもしれん。ただ、姉さんの婚約者に興味を持ち、興味を失っただけ……残酷じゃが、メイ姉はそういう女子(おなご)じゃった。


 若者は半狂乱になり、姉さんを裏切った自分を責め、ついには命を絶った。

 閉鎖的な村じゃ。村中がメイ姉を責め、メイ姉は居づらくなってカトマールに行ってしもうた。


(ひええええ、姉妹で男を争ったのか……。修羅場だったろうな……)


 姉さんは、許婚と妹を失ったショックが癒えんうちに、親が見つけてきた別の男を婿とした。

 メイ姉への中傷を抑え、九孤族の動揺を収めるため、断れなかったんじゃ。


 婿は学者で良い人物じゃったが、九孤族のしきたりに耐えきれず、ある日、ふらりと家を出たまま戻らなかった。

 姉さんは追わなかった。腹に子がいたからの。その子は九孤の跡継ぎだと親に言われた。

 生まれてきたのがユリじゃ。かわいい女の子で、姉さんの唯一の救いじゃった。


 メイ姉から連絡があったのは、それから五年後。


 姉さんはメイ姉の子シンを迎えた。シンとユリとは姉弟として育った。

 シンは明るくかわいらしい子で、みんなに好かれた。ユリは五歳下のシンをたいそうかわいがっての。シンもユリによく懐いた。


 ――いや、懐いたというよりも、ある時期からシンはユリに恋心を持っておったようじゃ。ユリとは実の姉弟ではないと気づいたんじゃろう。

 むろん、ユリにとってシンは弟にすぎん。

 ユリは高校の同級生のことが好きで、その子はよくうちに遊びにきておった。父親の仕事の関係で日本に来とった留学生じゃ。


(母さんの子ども時代なんてはじめて聞いた……)


■〈園〉に出入りする力

 まだ十歳だったシンは、その子に嫉妬したんだろうの。


 子どもは残酷なことの残酷さがわからん。


 シンはユリの同級生を祠に連れて行き、一緒に〈園〉に行って、その子を置いてけぼりにしようとした。すんでのところでユリが気づき、シンを問い詰めた。シンは〈園〉に戻って、その子を連れ戻した。

 じゃが、ユリはシンとは口もきかなくなった。シンはショックを受け、それからしばらくして姿を消した。

 祠で消えてしまったんじゃ。


 ユリは自分を責め、ユリの友だちも自分を責め、二人は別れることになってしもうての。

 それからのユリは、恋人をとっかえひっかえした。結婚・離婚を繰り返し、おまえたち姉弟が次々と生まれた。結局、初恋の子を忘れられなかったんじゃろうなあ。


(……母さんの男遍歴は、初恋が破れたからだったのか……。オレだって、カイへの気持ちが報われるなら、何年先であってもカイを選ぶだろうな……)


 あの頃はまだ祠の意味がわからなかった。


 それが、〈閉ざされた園〉への入り口の一つだとわかったのは、姉さんが〈園〉に行き、戻ってきたからじゃ。

 シンがどんな目的で〈園〉におるのかは、わしにもわからん。

 ただ、シンは〈園〉とこちらの世界を自由に行き来できるはず。すでにこちらの世界に来ておるかもしれん。

 

 「ひと」として生きておれば五十歳。

 じゃが、最初に神隠しにあった子が一年間まったく変わっていなかったように、〈園〉で過ごす時間はこちらとは違うようじゃ。十歳で〈園〉に行ったシンが十歳のままなのか、もっと年をとっておるのかさえ、わからん。


 祠は今もそのまま残しておる。だれも近づけぬよう結界を張っておる。


 ひょっとしたら、そのせいでシンは祠から九孤の村に戻ってこられんのかもしれん。祠をどうすべきか――それも姉さんに相談しとうて、わしはここに来たんじゃ。


(ばあちゃんにこれほど壮絶な過去があったなんて……。多少の毒舌くらい我慢しなくっちゃ!)とリトは思った。

(ばあちゃんは恋の表も裏も知り尽くしていたのか……)とサキは思った。

 リトもサキも、自分の未熟さと甘さに恥じ入った。

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