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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第三章 神秘の洞窟
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Ⅲ-6 エピローグ――キュロスの災難

 舎村訪問の夜、レオンと彪吾は会食終了後に舎村を辞した。レオンは月曜日からのカトマール出張に備えていろいろと準備があるらしい。超多忙だ。でも、本音は、出張前の夜を二人でゆっくり過ごしたいのだろう。


 キュロスが櫻館まで二人を送り届けた。その途中、コトが起こった。

「もうダメ! 我慢できない! キュロスさん、後ろ見ないでね」と、彪吾が言った。

「は?」

 何事があったのかとバックミラーを見ると、彪吾がレオンに抱きついて口づけしていた。


 キュロスはどんなことにも驚かないよう訓練されている。だが、これには心臓が飛び跳ねて、あやうく運転をミスしそうだった。


 バク、バク、バク、バク……。


 キュロスには、自分の心臓があばれる音しか聞こえない。レオンと彪吾が座る後部座席は静かで、コト

リとも音がしない。終わったかともう一度バックミラーを見ると、まだ抱き合ったままだった。あれから三十分は経ってるぞ。


 今日のレオンは、たしかに抜きん出てかっこよかった。颯爽(さっそう)とした立ち姿は誰もが見惚れるほどだ。本人にはまったく自覚がなさそうだが、略礼装にあわせて髪をセットしているので、額にゆるくかかった数本の前髪の下から覗く瞳からは色気がダダモレ……。

 レオンとは何度も会ったことがあるはずの舎村長ですら、今日のレオンにはほんのりと笑顔をみせたほどだ。彪吾が夢中になるのも無理はない。


 ようやく櫻館に着いたとき、キュロスは心底ホッとした。やっと終わるぞ。

――終わらなかったぁあああ!


 レオンは、よろめく彪吾を抱きかかえるように車から降り、キュロスに礼を言った。ふと見ると、レオンは自分に抱き付く彪吾にいともやさしげな微笑みを見せている。超レアものだ。おまけに、彪吾をサッと両腕で抱きかかえ、こうささやいたのだ。

「ほんとに困ったちゃんですね」


――こ……困ったちゃん……?


 あの謹厳冷徹なレオンの口から出る言葉なのか? キュロスは耳を疑った。彪吾は、レオンの蝶ネクタイをもてあそび、はしゃぐようにこう言った。

「レオ~ン! 大好きだよ! ボクの大事な大事なレオンく~ん!」

 二人はそのまま櫻館の中に消えた。キュロスの脳天がガーンと打ちのめされた。

(あれは「お姫様だっこ」とかいうヤツ……)


 たしかに絵になる。彪吾を抱くレオンは、もうむちゃくちゃかっこよかった。わざとらしさがなく、ごく自然なふるまいだ。だが、相当の力業(ちからわざ)だ。レオンはそんなに力が強いのか? いや、力自慢が問題なんじゃない……。二人の姿が絵になりすぎて目に毒なのだ。


 キュロスは呆然と二人を見送った。心臓のバクバクがさらに早まった。いまさら驚くこともないはずだ。二人の(ラブ)は櫻館ではだれもが知っている。だが、聞くのと見るのとでは大違い……。どうにもこうにもハンドルが握れない。キュロスは真っ赤になって必死で息を整えた。これを災難と言わずして何と言おう?

 

 櫻館のドアを入ると、ツネさんが駆けてきた。

「まあ! どうなさったんですか?」

 彪吾はレオンの首に腕を回し、うっとりと顔をレオンの胸にもたげている。頬がほんのり紅い。レオンがツネさんに頼んだ。

「ちょっとお酒を飲んでしまって……。シャンパン一杯だけでしたが、こうなってしまいました。酔い覚ましをお願いできますか?」

「承知いたしました。すぐお部屋にもってあがります」

 レオンは彪吾を腕に抱いたまま、階段を登った。二人は、いつものようにレオンの部屋に消えた。


 キュロスはぼうっとしたまま、舎村に戻った。夜の十時すぎ。シュウの部屋にはまだ電気がついていて、にぎやかな声が聞こえる。さすがにこれ以上の菓子は腹にもたれてまずいだろう。キュロスは白湯をシュウの部屋に運び込み、自室に残された甘い菓子をじっと見つめた。おもわずその一つをつまみ、ため息をついた。


 これまでの四十八年の人生――だれかの唇に触れたこともなければ、抱き合ったこともない。愛した女人はいた。だが、手が届かない人だった。その思い出だけでいいと思っていた。


 数日たっても、彪吾とレオンの姿を思い出すにつけ、顔が真っ赤にほてる。いつかだれかをあのように抱きしめることがあるのだろうか? 

――いや、そもそも相手がいない。


 ……相手? ふと、女性の後ろ姿が浮かんだ。かつて愛したあの高貴な女性か? 彼女が振り返った。ん? どこかで見たことがあるような……。


――そのとたん、キュロスは飛び起きた。どうやら夢を見ていたようだ。

 レオンと彪吾の抱き合う姿を見たとき以上に、心臓が飛び跳ねていた。

 いや、まさか、なんで、どうして、ウソだろう? 

 妙な汗が噴き出している。

 冷や汗か? 寒気までするぞ! これ以上の災難はあるまい。


 夢に現れた女性は、振り返りざま、ストールを取った。はじめて会ったとき、キュロスが胸元にかけたストールだ。派手な化粧の女性が嫣然(えんぜん)と微笑んだ。


――うわあああっ!


 キュロスがドン引いていると、女性の姿が変わった。――素顔のミオだった!

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