Ⅲー4 櫻館の秘密
■「異能学校」櫻館
〈銀麗月〉カイは、天月山脈の中腹にある滝の禁書室で、思案にくれていた。
――わたしには、生来、多くの異能が備わっている。〈銀麗月〉に任じられたとき、ご老師さまは、「めずらしい万能型の異能だ」と言って、喜んでくださった。だが、時空に関わる異能と蘇りの異能は持たない……。
カイは、櫻館に集う面々とその異能を思い浮かべていた。
無人島のルナ遺跡で経験した時間のループ――これまで多くの異能を見聞してきたが、時間のループは初めてだった。以前に、リトとともに〈蓮華〉図書館で海の景色を見たときには、時間が逆行して、同じことが繰り返された。
時間のループ、時間の逆行――いずれも、リトといるときに起こった現象だ。九孤族宗主によると、リトは〈弦月〉の血を引くらしい。〈蓮華〉図書館で時空の歪みを経験したことで、リトの異能が覚醒し、しかも、異能の力は日増しに強まっている。
初代〈弦月〉と初代〈銀麗月〉の間には、深い確執があったようだ。宗主はそうした確執を繰り返さぬようにとわたしに助言した。初代〈銀麗月〉の手記『天月秘録』を隅々まで読み直しているが、いまなお手がかりはない。ひょっとしたら、「時空の歪み」に囚われた第二禁書室に置かれた古書に手がかりがあるかもしれない。だが、第二禁書室に入るのはきわめて危険だ。三足烏のカムイは「時空の歪み」に弱いらしく、深刻な打撃を受ける怖れがある。
ミグル族として育てられたオロ=ルルは、じつは龍族だ。「時空を止める異能」をすでに何度か発揮している。〈弦月〉リトは、「時空を歪める異能」と「時空を超える異能」をあわせもつようだ。オロの「時を止める異能」と共鳴あるいは反発すれば、時空の秩序が崩壊するかもしれない。
蘇りの異能――レオンは天月で暮らしていた幼い時に、この異能を発揮したようだ。カトマール皇族と縁が深い〈香華族〉の中でも、きわめて強い異能だ。だが、レオン自身はまったくその記憶を持たず、いまは異能を発揮することすらない。レオンの記憶が蘇ったとき、なにが起こるか――予測がつかない。
アオミ医師の娘リクは、小動物を生き返らせる異能をもち、雨を降らせる異能者でもあるらしい。これもまた〈香華族〉の異能だ。
宗主とミグル族スラが囚われた〈閉ざされた園〉には、〈森の王〉の手がかりがあるようだ。どうやらウル舎村若君が関わるようだが、確証がない。
――これまで明らかになったことは多いが、それとともに謎も深まっている。櫻館に異能者が集まっている現状はまことに好都合だ。異能者の安全を守りながら、異能を抑制し、異能を発展させることもできる。櫻館は、さながら「異能学校」のようだ。
■櫻館合宿
城塞のごとく完璧に秘密と安全が守られる場所――櫻館。天月仙門の最高異能者〈銀麗月〉カイが結界を張って櫻館とそこに集まる人たちを守り、雲龍九孤族宗主たるばあちゃんは、〈蓮華〉教師である孫サキとともに隣の菜園小屋に住んで、〈銀麗月〉カイと協力している。
櫻館は、もとは小さなガーデンホテル――いまは天才音楽家九鬼彪吾の私邸だ。そこでは、夏前から一種の合宿が続いている。名目は、ラウ財団とアカデメイアが後援するルナ大祭典の準備のため――真の目的は、ルナ神話とルナ神殿の秘密を探るためだ。
きっかけは、ラウ財団の筆頭秘書レオンの過去が明らかになったことだった。十八歳までの記憶を持たないレオンは、彪吾が待ち焦がれた〈天月のレオン〉その人であった。ラウ伯爵は、拾った青年に亡くなった遠縁のレオンという名を与えた。優秀有能なレオンをラウ財団の後継者にするつもりだ。
カイの調査により、さらに衝撃的なことが明らかになった。〈天月のレオン〉は、カトマール皇子レオンハルト――その事実を知るのは、〈銀麗月〉カイのみ。二度も葬られようとしたレオンの生存が分かれば、レオンにもその恋人彪吾にも命の危険が及ぶ。天月仙門にもカトマールの政局にも影響を及ぼす。
蓮華学院中等部――通称〈蓮華〉――の生徒たちにも異能者がいた。それらの異能は、ルナの秘密に関わるらしい。統制の術を知らねば、異能は暴発し、本人のみならず、世界にも取り返しのつかない危機をもたらす。
櫻館で子どもたちを守ろう――大人たちはそう考えた。だが、コミュ力ゼロの子どもたちは、むしろ、軽々と突破口を開いていく。しかも、高度な異能が次々と発現する。いつのまにか、櫻館は最強レベルの異能者が集まる場所となっていた。
アカデメイアの特別奨学生でありながら学力不足のため〈蓮華〉に送られた風子は、岬の上病院で拾った柴の子イヌモモを連れて、ルームメートの天才科学者アイリとともに櫻館にやってきた。ルナ・ミュージカルで主役を務める予定のルル(オロ)はデブの老ネコキキを連れて、一家もろとも櫻館に招かれた。 やがて、岬の上病院の医師恭介やその叔父で獣医の虚空、恭介の娘リクも櫻館に移り住み、ウル舎村若君シュウもまた護衛キュロスとともに櫻館に滞在するようになった。
〈蓮華〉生徒の十五歳たちは、ほとんど他人と折り合えない問題児ばかり。教師サキが手を焼いている。奇妙なことに、この集団をまとめることができるのは、いちばん平凡で異能の片鱗もない風子。宗主によると、風子は〈異能の媒介者〉らしい。
そんなこんなで、目下、総勢二十人ほどが櫻館に集まって暮らしている。
櫻館には動物も出入りする。風子とアイリに溺愛されるモモ、オロ=ルルが離さないキキ。ほかにも、リトの相棒クロが、一家もろとも櫻館裏口に作ってもらったネコ小屋で暮らしている。クロがウル舎村の薬師長の家から拾ってきた子ネコのミミはじつに愛らしい。風子が「お城のトラネコ」と呼ぶ子ネコのトラネコは背中にネズミをしょって月夜に櫻館を訪れる。レオンのそばには、レオンの過去を知っているらしい銀狼が侍っている。
ルナの秘密を明かすほどに、蓬莱群島を覆う闇が見え始めた。さまざまな組織の密偵や異能者が櫻館とその住人を狙っている。〈銀麗月〉カイは九孤族の青年リトとともに秘密に立ち向かい、ばあちゃんもサキも緊張の度合いを高めていた。
しかし、櫻館にしばしば姿を現す者のなかには、そうした危機感にも異能にもまったく無縁の者もいる。リトの次姉ミオと、探偵ごっこが大好きな変人弁護士イ・ジェシンだ。
美男子好きのミオは櫻館がお気に入りで、料理がうまいキュロスを追い回している。イ・ジェシンは「レオン命」と言ってはばからず、彪吾に毛嫌いされている。しかも、サキに怒鳴られまくっているのに、サキの近くにしょっちゅう出没する。
――櫻館は、冷静沈着な〈銀麗月〉に守られた安全安心な場所……のはずが、その実、元気な十五歳たちとイヌ・ネコたち、異能に無縁なお騒がせ者たちがワイワイ走り回るけっこう喧噪な場所であった。




