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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第十九章 天月の闇
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ⅩⅨー4 天月秘宝

■天月秘宝

 ラウ伯爵が天月に足を踏み入れるのは初めてだ。見るものすべてが目新しい。


 迎賓館の客間に通された。天月士がていねいにもてなしてくれる。どの者もラウ伯爵の隣に立つ美青年に控えめに目を向けた。


――このまえ玉顔を拝した銀麗月さまにも匹敵するほどの美しさだ。

 

 過去のルナ大祭典に対して天月仙門はほとんど無関心であった。だが、このたびのルナ大祭典には天月も協力を申し出ている。どのような協力か、全容は不明であったが、ようやく企画がまとまったと言う。打ち合わせを兼ねて、総責任者であるラウ伯爵が招かれ、実質的な責任者であるレオンも招かれたのだ。天月仙門では、宗主側近の高師の一人が大祭典責任者に任命されていた。


 ラウ伯爵は、天月宗主エルに謁見した。美貌の女性であった。年の頃は伯爵と変わらない。

 宗主は、ルナ大祭典に天月秘宝の何点かを出品展示することを提案した。

「まことですか?」

 思ってもみなかった提案にラウ伯爵が喜んだ。天月仙門の名声は誰もが知っているが、天月本山に入ることはかなり難しい。まして、その秘宝など誰も見たことがないはずだ。


 宗主自ら、出展予定の秘宝を案内した。特別に運び出しておいたという。


――初代銀麗月の玉冠と正装、秘伝の横笛、初代銀麗月が著した「天月記」の原本。


 数千年前の貴重な宝物だった。

 ラウ伯爵は興奮した。これほどまでにすばらしい逸宝は見たことがない。シャンラ王室秘宝の比ではない。


 伯爵は、新設の博物館に臨時の天月秘宝室を作ることを提案し、厳重な警備と秘宝の大切な扱いを約束した。宗主は満足そうに頷いた。

 去り際、天月宗主はレオンを一瞬見たが、そのまま言葉もかけずに去って行った。


 担当する高師は、リシアと名乗った。宗主より数歳ほど年上の女性であった。宗主が最も信頼する側近らしい。いかにも聡明そうな額を持つすんなりした長身の美女だった。補助に二名の天月修士と二名の天月士が選ばれていた。

 天月士の一人は、学生企画に参加している文化資料館館員のジュンギ、もう一人が医師ヨヌだった。


 ヨヌは人知れず興奮していた。友レオンと同じ名を持つ美青年と一緒に仕事ができるなんて! 

 見れば見るほど友レオンを思わせるが、彼はラウ伯爵の遠縁の青年で、ゆくゆくはラウ財団の後継者として期待されているという。友レオンではない。


 レオンは、ルナ大祭典のプロジェクトについて説明した。すでにかなりの準備が進められている。それに天月が加われば、ルナ大祭典への世間の関心はさらに高まるだろう。


 レオンは、伯爵と語る宗主をじっくりと観察し、いまは担当髙師と修士たちを見定めるつもりで、説明を進めた。さすが天月だ。居並ぶ者はいずれも抜きん出た能力を持つようだ。

 天月修士の一人に、レオンはかすかな香りを感じた。香華族の香りだ。このレベルであれば、異能の程度はさほど強くない。香華族の生き残りが天月にいても不思議ではない。だが、敵か味方はわからない。その者はミュウと名乗った。


 ヨヌのことは覚えていた。かつてピアノを聴きによく忍び込んでいたやんちゃな女の子だ。銀狼を救ってくれたお礼に天月草の薬草をあげた。後にそれが彼女を救ったと知って驚いた。だが、ヨヌに天月のレオンであることがいささかでもわかってはならない。レオンはできるだけヨヌを避けた。


■夜の天月

 その夜は、貴賓館で宗主や関係者と夕食をともにし、すばらしい部屋での宿泊が用意された。


 レオンは、外に出てみた。空気がかぐわしい。かつて幼い自分が暮らした山だ。山の抜け道を身体が覚えている。月を見上げながら歩いていると、後ろから声がかかった。


「レオンどの」

 振り返ると、なんと宗主だった。

「これは、これは、宗主さま。失礼いたしました」

「お散歩ですか?」

「ええ、月がきれいなもので、ついフラフラと歩いておりました」

「天月はいかがですか?」

「噂以上の素晴らしい山であり、本日お目にかかったどの方も傑出した能力をお持ちのようだと思いました」

「そうですか」


「宗主さまもお散歩でございますか?」

「まあ、そうですね。満月の夜の天月はとても美しいのですよ。幼い時から、夜によくこのあたりを歩いて叱られました。天月の山は道なき道ばかり、子どもが歩くには危のうございますからね」

「そうでしたか。では、わたしもそろそろ部屋に戻るといたします」

「お一人で大丈夫ですか?」

「来た道を戻るだけですから」

「……そう」

「では、失礼いたします」


 レオンは礼儀正しく礼をして、去っていった。その後ろ姿を宗主エルはじっと見守った。レオンの姿が消えたあと、エルは声をかけた。木陰から背の高い女性が姿を現した。

「リシア、どう思う?」

「やはり只者ではありません。この天月の森を案内もなく歩けるとは……」

「うむ。あの者も異能者かもしれぬな。あるいは……」

「あるいは?」

「いや、よい。あの者の動きには注意せよ。そうやすやすと腹を割らぬだろうが、ラウ財団を事実上握っているのはあの者だ」


 部屋に戻るレオンの胸に疑念が膨らんでいく。晩餐後すでに何時間もたっている。宗主館と貴賓館はかなり離れている。夜も更けてわざわざここまで出向くとは、何かを探っているのかもしれない。つい懐かしくて、足の向くまま歩いてしまった。普通の者はだれも知らぬ道だ。宗主は何か感づいたかもしれない。


 十歳のレオンが天月にいたとき、エルは二十三歳。すでに修士に任ぜられ、その早熟ぶりは天月でも有名だった。ミライから何度かうわさを聞いたことがある。だが、顔を合わせたことはない。住む区域が違ったからだ。リシアの名ははじめて聞いた。当時三十そこそこ。ミライが知っているかもしれない。


 ミライは、本当はレオンに会いに来たがっていたが、レオンの正体がわかるとまずいとして素知らぬ顔をしている。ただ、レオン失踪時の謎については、コツコツと情報を集めてくれている。あの時、宗主ラムの最側近兼護衛はマルゴ修士だった。

 宗主ラムの側近たちは、カイの老師が宗主に復帰したとき、ほとんどが残留したが、一部入れ替えがあった。資料館長であったマルゴが去り、天月文化局長ガロも去った。その後、エルが宗主になったときに、ほぼすべて入れ替えられた。リシアはガロの後任として文化局長を務める。教育行政及び博物館・図書館・資料館等の文化施設の総責任者だ。リシアの抜擢は驚きをもって受け止められたという。天月修士ミュウのことはよくわからない。


 翌朝、天月が騒然としていた。

 天月修士ミュウが突然倒れたという。天月ホスピタルに運ばれたが、意識不明の重体だとか。予定されていた会談は延期になった。万が一にも、賓客のラウ伯爵に何かが起こってはいけない。ラウとレオンは早々に山を下りた。

 天月医師ヨヌは青ざめていた。ミュウの症状は「内臓を腫らす天月毒薬」の症状に似ていた。天月草を精製すれば、助けることができるかもしれない。だが、すでにホスピタルにも資料館にも天月草は保管されていない。ヨヌは無礼を承知で銀麗月に面会を申し入れた。

「天月草さえ手に入れば、救うことができます」


 カイはカムイに命じて、天月草を採ってこさせた。ヨヌは感謝し、すぐさま精製に着手した。


 カイは考え込んでいた。

――だれが毒薬を使ったのか? あの天月草を採取できる者がいるのか? 

 いるとすれば弦月だ。しかも、発症の時間を考えると、ミュウにその薬が盛られたのはいまから二十四時間前以内。

――だれが、何のために? それも、ラウ伯爵が訪問しているこの時期に?


 ミュウの容体が安定したと報告があった。それを聞いて、カイはひそかに櫻館に戻った。

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