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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第三章 神秘の洞窟
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Ⅲー2 ループする時間

■地底湖

 オロは今日もここにやってきた。このところ週末はいつもここに来る。小さな浜べだ。

 いつものように水に入り、珊瑚礁の上に身体を横たえた。いつものカメ母子がやってきて、なんやかやと尽くしてくれる。


 ゆらゆら、ゆらり……。静かな波にゆられて、気持ちがいい。


 そんなオロの静かな時間を、妙な叫び声が切り裂いた。

「なんだ?」

 見回しても何もない。どこかで聞いた声だ。

 今度ははっきり聞こえた。

「助けてよう!」

 あの情けない声は、まちがいない。イ・ジェシンだ。

 ジェシンは、リトたちと出かけたはず。――ということは、リトにも何か危険が及んでいるのか?


 オロは深く潜った。スイスイ。呼吸に苦はなく、水の中を進んでいく。岩の割れ目があった。オロならば通り抜けられる。スイッ! 身を翻すと、オロは岩の中に消えた。割れ目に入れない母カメは残り、子カメがついていく。

 岩の割れ目を抜けると、かなり広い洞窟があり、オロは上へと昇っていった。


 水が変わった。海水から淡水へ。汽水域(きすいいき)だ。洞窟は上に行き詰まって、水流が止まった。

 冷たく透明な水から顔を出したオロはあたりを見回した。高い天井、そそり立つ岩肌。どこからか漏れるわずかな光にキラキラと輝いている。再び水に潜り、オロは光の在り処を目指して進んでいった。水は甘く、透明だ。まわりは美しいマーブル模様をなしている。鍾乳石に囲まれた細長い地底湖だ。

 さらに進んだ。水中から見上げると、煌々(こうこう)とした灯りが水面(みなも)のさざなみに揺れている。その灯りの中に、三人の見慣れた人物がいた。サキ、ケイ、そしてジェシンだ。沈痛な面持ちでじっと座り込んでいる。


 オロは自分の姿を見た。いつのまにか、龍の姿ではなく、人間の姿に変わっている。だが、裸だ。

「あわわわ……」

 ジェシンが、驚いて指さした。その方向を見ると、オロが半身を水の上に出していた。

「どうしたの?」

 オロが尋ねた。ジェシンが涙を流して、オロに近寄った。

「助かった! 助かったよう……」

 水際でツルリとすべったジェシンをケイがうしろから抱きかかえた。

「危ないっ!」


「オロ、おまえ、いったいどうしてここにいる?」

 サキが尋ねた。

「こっちこそ聞きたいよ。助けてっていうから、来てみたんだ。リトは?」

「リトはカイと帰り道を探しに行った。どうやら、ここは時空が歪む場所らしい。来た道が閉ざされて、ここに閉じ込められてしまった。だが、おまえがここに来たということは、出口があるということか?」

「出口はあるよ。……でも、きっとみんなには無理だと思うけど……」

「ともかく上に上がれ」

 オロは困ったような顔をした。

「服はない? オレ、裸なんだ……」

 ケイが自分の服を一枚脱ぎ、オロに手渡した。これなら丈が長いのでズボンなしでも大丈夫だろう。

 サキがいったん逸らした目を元に戻した。


「出口はあるが、われわれには無理というのはどういうことだ?」

「洞窟が対岸の入り江につながっているけど、水の中を通り抜けなくちゃダメだ。呼吸が続かないはずだけど」

 げっ! ジェシンが落胆した。

「おまえは大丈夫だったのか?」と、サキが尋ねた。

「うん! オレは息がずっと続くんだ。水の中でも平気さ」

 やはり、龍族か……。サキは改めてそう思った。


「ねえ、リトはカイと一緒なの?」

 オロが口を(とが)らせている。やばい! 龍族の嫉妬はねちっこい。

 ケイが脳天気に言った。

「そうだ。出口を探しに行ったんだ。カラスも一緒だ」

 オロがホッとした顔をした。カムイが一緒なら、必死でリトからカイをガードするだろう。

 ひょこひょこと子カメが水から上がってきて、ちょこんとオロのそばにすわった。

「ああ、コイツ? 水の中でのオレの相棒さ。いろいろなところを案内してくれる」


■時空の歪み

「海の宮殿? それは知らないなあ……」

 サキの問いにオロが首を振った。オロは子カメに聞いた。

「おまえ、知ってるか?」

 子カメは頷いた。

「シッテルヨ」

 一昔前(ひとむかしまえ)のぎこちないAI自動音声のような声だ。またまた、ジェシンがびっくりしている。 

「で、どこにあるんだ?」

 子カメが甲羅からひょっこり首を伸ばして言った。

「バショハ、イエナイ。ワレラノ、シュジン、リュウゾクガ、スマウ、キュウデンダ」


 オロは驚いて子カメに確認した。

「龍族だって?」

 子カメが頷いた。いかにも固そうな甲羅の四隅からポロリと出ているように這いつくばった四本の足も、シワシワの首から小さな頭がにょっきり突き出ているのも、妙にかわいらしい。

「ダカラ、アナタニ、ツカエテイル。アナタハ、リュウゾクノ、オウジ」

 オロが驚き、サキが納得し、ケイとジェシンが仰天した。


 サキに促され、さらにオロが子カメに尋ねた。子カメはオロ以外とは話さない。

「この場所が閉ざされた理由はわかるか?」

「ココハ、シンセイナ、バショ。ルナノカミガミト、ソレニツナガルモノ、イガイハ、ハイレナイ。フラチナモノガ、ハイルト、ジドウテキニ、トザサレル」

「じゃ、ここから出るにはどうしたらいい?」

「ルナノカミガミニ、ツナガルモノデアル、リュウゾクノ、オウジガ、トモニ、ススメバ、トビラハ、ヒラク」

「だってさ」

 オロが肩をそびやかした。サキが言った。

「カイとリトが戻るまでは動けん。彼らを残していくわけにはいかん」


 オロは子カメに尋ねた。

「リトとカイがどこにいるかわかる?」

「ココニハ、ホカニ、ダレモ、イナイ。トリラシキモノガ、イチワ、イル」

 サキがつぶやいた。

「ふたりはすでに空間離脱をしたようだ。だが、必ず戻ってくる。待つぞ」


■ループする時間

 リトとカイは、島のウル遺跡石棺のそばに立っていた。カイの力で閉ざされた空間を離れ、「謎」の原点にもどったようだ。満月だった。

「カイ……おかしくない? いまは半月のはずだよ」

「うむ。時間が戻ったのかもしれぬ」

 リトが声を上げた。

「見て! 石棺が開いている」

 石棺を開いた白い手が伸び、むっくりと白装束の者が半身を起こした。非常に美麗な少年だった。

「シュウ!」

 リトの声は聞こえず、二人の姿も見えないようだった。月光を浴びて、一人の少女が駆けてきた。石棺を出た少年と走り寄ってきた少女が抱き合った。

――あれは、舎村長の秘密部屋で見た古い写真の少女だ。では、舎村長エファ?


 ふと、少女が二人の方を見た。だが、二人には気づかないようだった。再び、少女は少年に顔を向け、二人は口づけを交わし、闇に消えていった。

 リトがヘナヘナとなった。

「あれはいったい……?」

 カイも衝撃を受けたようだ。

「数日どころではない。何十年も前に遡ったようだ……。どうやらわれわれの姿は見えないらしい」

「タイムトリップってこと?」

「そのようだ。あれを見ろ」

 カイが指さす先には石棺があり。その上には見事な紋様が彫り込まれていた。

「あれ? カムイは?」

「カムイはここには来られなかったのだろう……。行こう! この時代のあの洞窟に急ぐんだ。何か手掛かりがあるはずだ」


 二人は手を取り、軽功を使って木々の上を飛びながら、あっという間に洞窟の入り口に着いた。下に降り、同じように通路を通って広場にでると石棺が置かれていた。正面の壁の紋様もはっきりとしており、石棺の上の紋様もくっきりと鮮明だ。

 さきほどの少女が姿を現した。やや幼い。時間がさらに逆行したのか? 少女は首に架けていた首飾りをはずし、その丸い飾りを石棺の上部中央に当てた。石棺が動きはじめ、少年が姿を現した。二人は驚きあい、声もなく見つめ合っている。これが二人の最初の出会いだったのだろう。カイとリトの目の前で、何度も二人の出会いと別れが繰り返された。


「わかったぞ!」

 カイがリトの手をきつく握った。

「この洞窟では時間がループするんだ。そのループを破れば出られるだろう」

「どうやって?」

「来て!」

 カイはリトの手を引いた。二人は石棺を置いた台座の上に立った。一瞬のち、声が響いた。


「リト!」

 オロが駆け寄ってきた。サキが目頭をぬぐっている。カムイがカイに走りより、ケイとジェシンが手を取り合って喜んだ。

 台座でカイが何かを念じた。三つあった入り口は一つになった。

「行くぞ!」

 リトの号令とともに全員が歩き始めた。それを見届け、オロは子カメとともにチャプンと水に戻った。(イッショニ、イッテハ、イケナイ)――子カメの声にオロは従った。


 元来た道だ。サキたちはロープを伝って上に上がり、リトとカイは軽功を使って昇った。


 明るかった。昼前だろう。ジェシンが素っ頓狂な声を上げた。

「ここに入った時間と一緒だ!」

 みんなでウル遺跡入り口に設営された駐車場に移動した。サキがラジオをつけた。ここに車をおいたのと同じ日、同じ時刻だった。みんな、呆然とした。


■消えた記憶

 櫻館に戻る途中、奇妙なことが起こった。サキもケイもジェシンもカムイも島の洞窟に閉じ込められた記憶を失っている。代わりに植えつけられたのは、「洞窟では何も見つからなかった」という残念な記憶――。カイとリトだけが記憶を保持した。

 オロもまた記憶を残していた。だが、ものすごく不愉快な記憶だ。カイとリトはふたりきりでどこかに行き、ふたりで手を取り合って戻ってきた。オロはカイへの敵意をいっそう強めた。


 リトとカイは、石棺の秘密について改めて考えてみた。エファと思しき少女、シュウにそっくりな少年、鮮明な紋様――鍾乳石の石柱の大きさから判断すると、百年ではきかない。数千年前のできごとが再現されていたようだ。

 石棺は本来、あの鍾乳洞の台座の上に置かれていたのだろう。ルナ紋様とよく似た紋様が鮮明に刻まれており、少年はルナ古王国の高位身分に属する者だと推測される。その石棺は、いま舎村にあるものと考えて間違いあるまい。エファの祖先は、愛した少年の石棺を身近な場所に移したのだ。

 だが、おかしい。鍾乳石の成長具合から推し測れば、石棺が動かされたのは数百年前。祖先の愛の記憶がエファに引き継がれたというのか? それとも何らかの記録があるのか? 少年が石棺から出てきたのも不可解だ。少年は死んでいたのか、あるいは仮死状態で石棺に安置されていたのか? 本物が舎村にあるとして、では、ウル遺跡として山に置かれた石棺は何を意味するのか? 


 おまけに、洞窟の中にはオロもいたが、水中に消えた。龍族ならば十分にありうる。いずれにせよ、オロはどこかから水を伝ってあの洞窟にやってきたのだろう。つまり、あの洞窟の地底湖は海につながっている。それは、おそらくオロがよく行く小さな浜辺。

 カイは、石棺に鮮明に刻まれていた紋様を再現した。記憶の再現だ。アイリやオロに頼るわけにはいかなかった。完成した紋様をルナ神殿紋様やウル石棺紋様を比べるとあることがわかった。サキは島での記憶を失っていたが、カイとリトの話を信じた。

 石棺の紋様は、ルナ紋様の中で最も大きく、中央に描かれた紋様と寸分違わず同じであった。ファン・マイが「月の紋様」と解釈したものだ。となると、あの島の石棺は、ルナ古王国最高の存在を安置する石棺ということになる。ルナ古王国は、蓬莱群島を含む海洋国家連合体で、部族連合共通の王を奉ったのだろう。少年はそうした王のひとりと考えられる。そして、時空の歪みーーそれは、ルナ古王国に深い関わりをもつ場所で起こっている。さすれば、〈蓮華〉図書館も天月禁書室もルナ古王国と関係する可能性が高い。しかも、すべてに月と海が関わっている。オロ……青龍の動きには留意する必要がある。


――とはいえ、リトの性格では、オロを利用したり、騙したりなど絶対にできまい。サキはうーむと考え込んだ。

 まず、浜辺に行ってみるか……。ケイも行ったことがあるという。オロ=ルルの舞台がある金曜日の夕方、学校帰りのサキはケイの案内で浜辺に向かった。


■月に浮かぶ浜辺の光景

 着いたのは夕暮れ。何の変哲もない小さな浜辺だった。ケイを帰して、サキだけが残った。夕焼けに見とれているうちに、月が昇り始めた。何かが近寄ってきた。よく櫻館にやってくるトラネコだ。ネズミを二匹、背中に乗っけているのもいつもの通りだった。気配を消しているサキには気づいていないようだ。声をかけようとしてあやうく止めた。

 ネズミたちが砂浜に降りた途端、小さな鬼の姿になった。妙にはしゃいでいる。海から子カメが砂浜に這ってきた。小鬼たちとじゃれている。トラネコは幼児の姿になっていた。この前、舎村で見かけたシュウの五歳の兄だ。たしかリョウといったはず。息を殺して見ていると、月明かりの中で楽しそうに踊ったり、走ったり、笑い合っている。

 やがてオロが合流した。舞台が終わって駆けつけたのだろう。リョウはうれしそうにオロを出迎え、二人の周りを小鬼と妖精姿に転じた子カメがぴょんぴょん跳ねている。やがてオロは全身を銀色に光らせながら、海に入った。オロがいるらしき場所は、銀青色に(きら)めいている。サキは思わず見とれた。


 いつのまにかトラネコたちの姿が消え、浜辺は静まりかえった、オロはまだ海から出てこない。サキは元来た道を引き返した。――オロの姿は神々(こうごう)しいほど……言葉はいらない。

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