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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第一章 青龍の鱗
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Ⅰー1 双子の入れ替わり

■姉御サキ

 十五歳の少年オロは、橋の下に向かった。久しぶりだった。きれいな顔が秋空に輝く。〈蓮華〉での学校生活にも、ルナ大祭典の目玉企画となるルナ・ミュージカルの稽古にも時間をとられたからだ。ミュージカルのプロデューサーでもある天才音楽家九鬼彪吾は、主役を務めるオロの歌を絶賛してくれる。

 おまけに、風子やアイリ、リクとウル舎村古城に行って、〈閉ざされた園〉に囚われた叔母のスラ姉と雲龍九孤族宗主であるばあちゃんを救出した。櫻館での合宿生活は、けっこう忙しい。


「ケマルおじさん!」

「やあ、オロ」

「もう出てこられたの?」

「ああ。タダキ弁護士のおかげだよ。おめえも散々な目にあったらしいな」

「まあね」

 橋の下の仲間たちは、浮浪者集団だ。古参のケマルがオロを大歓迎してくれた。ケマルはスリでつかまったのだ。国選弁護人イ・ジェシンが頼りにならなかったので、カゴロがタダキ弁護士に掛け合って、私選弁護を無料で引き受けてもらったらしい。タダキ弁護士は異母弟カゴロには甘い。タダキ弁護士が奔走してくれたおかげで、刑期が短かったそうだ。


――やっぱりタダキ弁護士は有能なんだな。イ・ジェシンとはえらい違いだ。

 イ・ジェシンは、いくら「無能弁護士」と謗られようが、まったく気にしない。探偵ごっこが大好きな変人で、どーでもいいことに本気を出す。 

 ケマルは、次につかまると刑期が長くなるから気をつけろと、タダキからさんざん脅されたとか。ヘタなスリなどサッサとやめりゃいいのに……。

 

 〈蓮華〉の女性教師ファン・マイの事故死には裏があった。この事件で橋の下の仲間は大活躍してくれた。いつまでも隠しておけない。櫻館のオロは、〈蓮華〉のルルであることをケマルたちに打ち明けた。ケラケラ笑われた。

「そんなこと、オレらみんなとっくに知ってらあ!」

 すごく気がラクになった。


 元警官ケイは、好きだったマイの死からようやく立ち直りつつある。教頭追跡事件以来、少なくともケイだけは、サキ先生の信頼を得たようだ。サキ先生に言われて、いろいろなことを調べている。

 サキ先生は、雲龍九孤族の直系で、オロが大好きなリトの末姉だ。相当の毒舌家で、オロもしょっちゅう叱られている。あのイ・ジェシンもサキ先生には頭があがらないらしい。ケイの調査費用はすべてジェシンが持っているという。法律事務所の金庫番ムトウもサキ先生を怖がっていて、サキ先生には抵抗しない。


 十五歳のオロを天使のように崇拝してやまないカゴロは、強い女が大好きだ。スラ姉とサキ先生の二人に心酔している。カゴロとケイは、サキ先生をひそかに「姉御(あねご)」と呼んでいるとか――。サキ先生に知られたら、ぜったいにぶっとばされるぞ。でも、確かに、サキ先生というよりも、姉御サキというほうがしっくりくるよなあ。


 姉御サキが橋の下の仲間たちに下した新しい指令は、ウル舎村の「不夜城」と言われる世界的なバイオセンターから〈蓮華〉を経て港までの河川路と用水路のすべてをひそかに探れというものだった。カゴロは目立ちすぎるから動くのを禁じられ、ケイとケマルたちが姉御サキの指令を実行した。ジェシンが参加したそうにウズウズしていたが、姉御サキは勝手に動いたら足の骨をへし折るぞと脅した。これはホントにそうなる。

 さすがにジェシンもおとなしくして、ケイとケマルたちが集めてきたゴミのような資料をひたすら分類している。河のゴミは強烈な臭いがする。ムトウは、ゴミとジェシンを孤立した部屋に押し込め、自分が執務(しつむ)する事務室へのゴミの持ち込みを禁じた。


 その日のオロは、カゴロに協力してもらって、橋の下にキュロスの特製弁当を持って行った。みんなこの弁当が大好きだ。キュロスは、〈蓮華〉のクラスメートで舎村若君でもあるシュウの護衛兼食事係兼全面的保護者だ。料理作りが趣味で、櫻館のシェフであるツネさんに勝手に師事して、ますます腕を上げている。

 仲間たちは、ワイワイ言いながら楽しくランチ会をした。そのとき、ケイがある入り江の話をした。

 遠く海岸沿いに見える大きな岩場(いわば)の向こうに、小さいけれどきれいな砂浜があるという。海水浴場にするほど広くなく、船がつくには浅瀬が続き、その向こうにサンゴ礁が広がる浜だとか。衛生や安全性に関する検査がなされておらず、設備もないので、海水浴は禁じられている。そのため、静かできれいな浜らしい。

――海は大好きだ。帰りにちょっと足を伸ばして行ってみるか!


■小さな入り江

 ホントに小さな入り江だった。でも、奇蹟みたいにきれいな砂浜だ。足の下の砂は白く細かく、波は穏やか――。遠く、蓬莱群島の島々が幾重にも重なる。

 寝転んで空を見て、潮の香りに包まれているうちに、寝入ったようだ。肌寒くて目覚めると、月が昇っていた。月の光を受けて、波がキラキラときらめいている。静かだった。


 小さなカメがそばに近づいてきた。ウミガメの子だろうか? カメの子は、そのシワシワの首を精一杯伸ばし、オロの右腕に小さな頭を寄せてきた。

 両目は大きく、愛嬌がある。

「なんだ? オレに何か用か?」

 カメはクビを縦に振った。

「まさか、オレの言葉がわかるのか?」

 カメは頷いた。

 オロが仰天した。カメがオレと会話している!


――いや……いまさら何を驚く? 

 シャンラ王国の〈王の森〉ではばあちゃんとスラ姉が狐と豹に変身したし、ウル舎村古領の神殿から忍び込んだ〈閉ざされた園〉では風子もオレもネズミになったじゃないか。カメがしゃべったって不思議じゃない。


「ツイテ、キテ」

 カメの声が聞こえた。カメ語を人語にAI変換したようなぎこちない声だった。

 オロは立ち上がり、カメのあとに付いていった。カメは海に入っていった。オロも海に入っていった。その表情は恍惚としていた。


■シュウの身体

 トラネコ姿のリョウは、風子にかわいがってもらって幸せだった。

 でも、双子の弟シュウは、十五歳のニンゲンの姿で、風子のそばにいる。毎日、風子とおしゃべりし、風子と笑いあって、風子に触れることができる。でも、重度の障害をもち、五歳で成長を止めたリョウは子どものトラネコ姿で、週末しか櫻館に行けない。しかも、月が半分以上出ている期間に限られる。


――うらやましいなあ。

 最初は動くことができただけで満足していたが、しだいに欲が強まる。

――ボクも風子としゃべりたいよう!

 元気のないリョウに、幽体の小鬼たちが尋ねた。小鬼たちは、リョウが横たわる部屋の壁にかけられた古い絵に四百年も閉じ込められていた。いまは、月夜に、絵から出て、リョウとしゃべることができる。ネズミの姿になって、トラネコ姿のリョウと一緒に、櫻館にもよく行っている。


(坊ちゃん、いったいどうしたんですかい?)と長兄の虎フンドシが尋ねた。

(ニンゲンになりたい……)とリョウはつぶやいた。

 三匹の小鬼たちがのけぞった。

(二、ニンゲンになりたいですって?)

(ウン……)

 三匹の小鬼たちはベッドの上で角を突きあわせた。なにやらゴニョゴニョ言っている。


 虎フンドシが言った。

(なれますぜ!)

(ホント?)

 次弟の赤フンドシが言った。

(もう一人の坊ちゃんのカラダを使えばいいよ)

 末っ子の青フンドシが付け加えた。

(坊ちゃんのオトートだよ!)

(シュウの?)

 これまた幽体のリョウが驚いた。


(そんなことしたら、シュウのカラダによくないんじゃないの?)

 虎フンドシたちが答えた。

(ダイジョーブ! その間、オトートは眠っているだけですから)

(ソーダ。夢を見ているだけ)

(だから、ソトに行けるよ)

 

■身代わり

「兄さん、もう寝た?」

 シュウが部屋にやってきた。いま、シュウは櫻館に住んでいる。でも、金曜日の夕方には必ずやってきて、双子の兄リョウに挨拶し、その夜は舎村城館に泊まる。

 シュウは、その一週間に起こったことをリョウに教えてくれる――学校のこと、友達のこと、風子たちのこと。とっても楽しそうだ!


「あれ、窓が開いてるね。イミルさんが閉め忘れたのかな。でも、いい風だ、兄さんもそう思わない?」

 シュウは窓にむかって深呼吸した。その背に三匹の小鬼がとびかかる。重さもなければ、実体もない。シュウは操られるようにベッドのそばに来た。小鬼がシュウの手を引っ張って、リョウの額の上におく。

「それっ」

「入って」

「意識を研ぎ澄ませて!」

 リョウが気づくと、手のひらが見えた。シュウの手だ。その下に自分の顔がある。


 小鬼たちに言われるまま、リョウはシュウの身体をベッドの下に隠した。寒くないように、そっと毛布をかけた。

 末っ子の青フンドシがリョウの代わりにベッドに入った。

「ちぇっ。いつもオレばっか! 次は絶対代わってよね!」

「ばれないようにしろよ」と虎フンドシが念を押し、「あの大男には気をつけろ」と赤フンドシが注意する。

「さあ、行きましょう」

「時間はたった一日」

 満月の深夜、リョウは、舎村に戻ってきたシュウの身体を借りたのである。


 リョウはそっと部屋を出た。この屋敷のなかですらまったく知らないことだらけ。少し歩くと段がある。カイダンというヤツだろう。おそるおそる足を置いた。右足をだし、踏みしめて体重を移動させ、左足を上にあげる。なぜか、妙に楽しい。上りきると、いくつかのドアがあった。いちばん奥のドアまで歩き、ドアノブに手をかける。カチャ。簡単に開いた。暗闇の廊下で二つの目が光った。


「うわっ」

 声が出た。リョウは、声が出たことに感動し、またのどを震わせた。

「だれ?」

 ニャーゴ。光る眼が近づいてくる。あとずさりして廊下に出た。光る眼の姿がしだいにはっきりする。見事な毛並みの金色のネコ。ネコはリョウ=シュウの足にシッポを擦り付けながら、道を譲った。二匹の小鬼が震え上がって、リョウ=シュウにしがみついている。


 ドアを開けると、なかにいた大男が言った。

「シュウさま。今夜はお早いのですね」

「うん。ちょっと疲れたから、もう寝る」

「かしこまりました」

 キュロスは頭を下げ、隣の部屋に消えた。シュウが呼ばない限り、キュロスは入ってこないはず。シュウの部屋には何冊もの本が並び、デスクの上には妙な機械。これがパソコンか。使い方は分からないから、パス。

 ソファに座ってみる。心地よい。小鬼たちも飛び跳ねている。テーブルの上に置かれていたきれいな濃い紫色のものを手にした。たしか葡萄……。口に含む。甘く、薫り高い。


■リョウのお出かけ

 朝、隣室の大男が起こしにきた。シュウ姿のリョウは、二匹のネズミをポケットに入れ、部屋を出た。大男は何も気づかない。幸先は良さそうだ。目指すは櫻館。


 週末の櫻館には、風子がいた!

「シュウ、おはよっ!」

 元気な挨拶を投げてくる。かわいいっ! うれしくて走り寄ろうとすると、アイリが遮った。

「おい、遅れるぞ!」

「うん! 待ってええ!」

 風子は振り返りもせず、アイリとモモの後を追いかけた。……いつもの散歩だろうか? 仕方ない。待つか。

 オロとリトが現れた。キュロスがいそいそと準備している。

――いったい、何?

 鍛錬だった。


――え? ボク、何もできないよ。

 でも、シュウの身体が覚えているようだった。ひとりでに身体が動く。ただ、リョウの意思とシュウの身体が微妙に食い違うらしく、どうもぎこちない。

「シュウ、今日はなんかヘンだな? 具合が悪いのか?」

 リトが心配そうに顔を(のぞ)き込んだ。リトはホントに世話好きだ。

 隣で、オロがジトッとシュウ=リョウを(にら)んでいる。

 キュロスも心配げだ。

「シュウさま、ご無理なさる必要はありません。さあ、そこに腰かけてしばらく休んでください」

「うん……」

 見物していると、キュロスの指導の下、リトとオロが素早く技を繰り出している。


――二人ともすごいなあ。

 いつも月の出ている夜しか櫻館に来ないので、朝のみんなの姿は新鮮だった。

 鍛錬が終わると、朝食だ。

 テーブルに着くと、豪勢な朝食が並んだ。ポケットの中のネズミたちが飛び出したくてウズウズしている。それを抑えながら、そっと卵やチーズ、果物の切れ端をポケットに運んだ。ポケットの中で二匹のネズミがシャリシャリとリンゴを()んでいるのがわかる。小鬼ネズミたちは、果物が大好きなのだ。


 シャワーで汗を流したリトやオロもテーブルに合流した。すごく楽しそうな雰囲気だ。

 いつも見るきれいな二人の青年も姿をあらわし、並んで座って談笑しながら、食事をしている。

――うわあああ、いいなああ。「アサ」ってこんなに明るくて、こんなに楽しいんだ!


「風子は?」

 オロがリトに聞いた。

――うわっ! ありがとう。いちばん聞きたかったことだ! 

 でも、その答えに心底ガッカリした。

「マリおばさんのところだよ。朝の散歩のあと、直行するって言ってた。あのガンキチ野郎と一緒にマリおばさんのところでモモを遊ばせるんだとよ。だから、帰りは夕方になるってさ」

 

……そ、そんな!

 とたんに食欲が失せた。風子とおしゃべりするのが目的だったのに……。

 カイが、リトのそばにやってきた。

「サキ先生から連絡があった。〈蓮華〉の図書館に来るようにと」

 リトがぶうたれたように唇を突き出した。

「ちぇ、サキ姉はいつも勝手だな」

 カイと思念交換できると思って、昨日せっかくがんばって準備したのに……。フンッとばかり、リンゴをかじり始めたリトの顔が、次の瞬間、輝いた。

「わたしも来るように言われた。食事のあと、一緒に行こう」

「カイも?」

 それならむしろ大歓迎! カムイがじっとり二人を睨んでいる。カイについて来なくていいと言われたようだ。

 もう一人、もっとじっとり二人を睨んでいる者がいた。オロだ。文句を言いたいが、リトがサキ先生に逆らえないことは、これまでの経験でよくわかっている。

 リトは大慌てで食事を終え、カイと二人で連れ立って行ってしまった。カムイが打ちしおれてそれを見送り、どこかに消えた。


 目の前の美青年二人は、そんなことなどお構いなしに、窓際のソファに移り、優雅に食後のコーヒーを飲み始めた。トラネコのときにも思ったが、この二人はホントに絵になる。

 

 さて……ボクはどうしたらいいんだろう? 

「シュウさま。わたしはツネさんとランチの準備をいたしますので、何かあればお呼びください。くれぐれも櫻館からはお出にならぬように」

 大男キュロスはボクにそう言って、ツネさんという中年女性のあとを追っかけていった。


 ダイニングテーブルに残ったのは二人だ。――オロとボク……。

 オロが玄関に向けて歩き始めた。ボクはついていった。

 オロが止まると、ボクも足を止める。

「おい、いったい何だ?」

「……どこに行くの?」


――いつものシュウと様子が違う。シュウはオロをなぜか敵視してしょっちゅうオロを睨み、自分からオロに近寄ってきたことなどない。

「散歩に行くんだよ。ついてくんなよ!」

 そう言うと、シュウはすくみ上って足を止めたが、またついてくる。

「いいかげんにしろよな!」

「うん……。さっきのキミ、かっこよかったね……」

「は?」

「鍛錬のとき……。すごくかっこよかった。ヒラリッて飛び上がっても音はしないし、まるで舞ってるみたいだった」

 ホントにそうだった。リョウ=シュウははじめてオロの舞を見たのだ。不自由な体でいちばん憧れていた動きをこの少年は難なくこなしていた。


 シュウ=リョウの心底(しんそこ)憧れに満ちたまなざしを、オロはちょっとうれしく思った。

「おまえ、カネは持ってるか?」

「おカネ……?」

 ポケットに手を突っ込んだ。ポケットのネズミがチュッと鳴いた。

「え?」

 オロが眉をしかめた。

「なんだ? なんか今、チュッて言ったぞ?」

 シュウ=リョウは大慌てで首を振った。

「なんでもないよ。ほら、コレのこと?」

 キュロスが万が一のときに備えて持たせてくれている小さな財布だ。


 オロはそれを受け取って驚いた。折りたたんだ紙幣が何枚も入っている。見たことがないカードまである。店でよくみかける安っぽいカードじゃなくて、妙にキラキラしたプラチナ色のカードだ。

 オロ―はカードを財布に戻し、紙幣を取り出した。

「これをオレに全部くれるなら、オレについてきてもいいぞ」

「ホント? 全部あげるよ。だから、連れて行って!」

 シュウ=リョウは目を輝かせた。

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