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第4話 「鉄製の迷惑メール」

26時過ぎ、シュートと酒樽は地下鉄の通路を歩いていた。

2人はそれぞれ別の飲み会に参加していたが、お互いにまだ食べ足りない、飲み足りないということで2人で飲み直していたのだ。


駅構内の照明が天井を淡く照らし、足元に長い影を落としていた。


「ここ通るとかなりの近道なんだよ。地下で近道、ちかだけに。……なんつって」


「……」


無言で、シュートは酒樽の尻に軽く蹴りを入れる。


「いって!冗談が通じねぇなぁ、お前は!」


「次は能力使ってやろうか?」


酒樽が頭をかきながら、また一口チューハイを煽る。

深夜の駅通路は人影もなく、静かすぎるほどだった。


「そういえばさ、このあたり、最近強盗が出るらしいぞ。」


「……今更言うなよ」


「ま、2人でいりゃ大丈夫だろ。俺たち相手なら強盗の方が逃げるわ」


「それもそうか。」


そんなやり取りを交わした矢先。

通路の先に、ニット帽を深く被った小汚い男がこちらに向かってきた。


「…あれじゃね?」


「マジかよ」

ジャラリ、ジャラリと四方から聞こえる金属音は、まるでその男の入場曲のようであった。


ニット帽から溢れる髪はぼさぼさで、目つきはギラついている。顔の半分はマスクで隠れていたが、その下から笑い声が漏れる。


「ィィィィヒ……こんな夜中に歩いてるのが悪ィんだィ……通行税ィ、払ってもらうぜィ。」


男が両手を広げると、無数の鎖が壁や天井、地面から現れた。その数、およそ10。

それはまるで、この空間に鉄の蛇が無数に現れたようだった。


「オレの能力の名前を……教えてやるぜィ。」

男は胸を張り、ニヤリと笑う


「《チェェン・メィル》――鉄の意志と、逃げ場のねぇ拘束の鎧ってワケだィ」


それを聞いたシュートが、ぽつりとつぶやく。


「……迷惑メールかよ。」


「ちげぇぇぇぇぇぇィ!! チェーンメールじゃねぇぇぇぇィ!!」


酒樽は肩をすくめた。


「……どのみちセンスはないな」


「有名な占い師の婆さんが付けてくれた名前なんだィ!センスがねぇのはてめェらの方だィ!!」


そんな会話をしながら、2人は周囲を確認する。鎖の出処を見つけようと目で追うと、根元となる壁や地面には無数の小さな釘が打ち込まれていた。その釘から鎖が生えている。目を凝らすと、天井や手すりの端にも、同様に等間隔の金属片が突き刺さっているのがわかった。

「この空間は、オレの“城”なんだィ!!」

そう叫ぶと同時に、ガシャリと金属音が響いた。

数本の鎖が空間に浮かび、轟音を響かせながら触手のように蠢き始める。

2人が構えたその瞬間。

鎖が一斉に襲いかかる。

シュートは様子見のため後退しようと地を蹴るが、背後の空間はすでに、地面から天井に伸びた鎖が竹林のように空間を埋め尽くしていた。

(しまった。いつの間に…!)

とっさに横に避けるが、間髪入れずに追撃が迫る。なんとか地を蹴り避け続ける。

「ッ……くっそ、能力が使えねぇ!」

止まっている鎖に蹴りを入れてみるが、ビクともしない。酒樽の方はどうかと目をやる。

「むぅ、この鎖無限なのか?」

酒樽はシュートとは対照的にその場に居座り、向かってくる鎖を拳で打ち砕いている。一見互角のようだが、たまにすり抜けた鎖が酒樽の広い腹を叩いている。このままではジリ貧だろう。

酒樽の死角から伸びた鎖が、彼の左腕に巻き付く。しかしその瞬間にも鎖は引きちぎられ、空中に飛散する。

「力だけなら、負けねぇぞコラァ!」

「お前ィのダチィ、ゴリラかィ?」

「おそらく蟒蛇うわばみだ。」

だが引きちぎった瞬間、別の釘から新たな鎖が出現する。

「逃げ場はねぇって言ったろィ?」

再び、無数の鎖による猛攻が始まる。

「……このままじゃ埒が明かねぇ」

シュートは周囲を見渡しながらつぶやく。

加速に必要な“空白の直線”が、一本も無い。

全方位から鎖。空間全体が、まるで檻になったようだった。

そんな後ろ向きなイメージが浮かんだその時、シュートは足元から飛び出す鎖に気付くことができなかった。

「…っガァ!」

バランスを崩し、地面に転がる。

それを待っていたとばかりに、酒樽の方にいた鎖までもが同時にシュートに襲いかかる。

明確に死のイメージが浮かぶ。だが、その鎖が到達するよりも早く、シュートの前に壁は現れた。

「酒樽ーッ!!」

シュートの前に酒樽は立っていた。いつもは圧倒的な安定感を誇る巨体。しかし、今に限ってはその背は小さく見えた。ほとんどの鎖は弾かれたようだが、酒樽の腕や頭からは、血液が滴っていた。

「ッ……!!」

「すまない、。俺が足を引っ張っているばかりに、」「問題ない。こんなモノかすり傷だ。」

強がってはいるが、いつものような余裕は感じられなかった。

久しぶりの焦燥。自分が仲間の足を引っ張っているという実感。シュートは思考を巡らせるが、突破口は見つからない。

その時、酒樽が口を開く。

「シュート!お前は一旦引け!そして応援を呼んでこい!仲間全員で仕留めるぞ!」

「あぃィィィェィ?他にも仲間が居るのかいィ?」

「早く行け!」

「??…!!わかった!」

シュートは酒樽の言わんとすることを瞬時に理解し駆け出した。幸い、最初にあった竹林のごとき数多の鎖は一部無くなっており、すり抜けるのは容易だった。

「………まぁィいでしょうィ。連れてこれるのは精々ィ1人か2人でしょうしィ。まぁその前ィにコイツを仕留めてトンズラだけどねィ。」

男は不気味に笑う。

「さてィ。お前と2人きりになったわけだがィ。あの小僧がいィつ隙を見て飛び込んでくるか分からないからねィ。いィちおう守りは固めておこうかねぇィ。」

そう言うと、鎖のうち4本が男の体を守るように周りをぐるぐるととぐろを巻き出した。

「お前ィ。あいつを逃がしてやったつもりかいィ?優しいねぇィ。お前では私にはかてないというのにィ。」

「いいんだよこれで。あんた、自分の鎖が俺の拳を1度も受けきれていないことわかってるのか?俺にまともにダメージを与えられたのもいまさっきだけだし。そもそもこんなとこで強盗やってるのが終わってるし、正直言ってセンスないわ。」

ブチッ。鎖が1つ、ちぎれた。

「本当は命まではいいと考えてたけどねィ、お望み通りィ、殺してやるィ!!!」

酒樽はいつの間にか取り出していた紙パック酒を飲み干し、笑った。

(これをやるのは久しぶりだ。頼むぞ…!)

襲いかかる鎖の束に対し、酒樽は右の拳を突き出すため構える。

その瞬間、酒樽の身体から湯気のような霧が立ち上る。

(…全開放。オール・イン・コール。)

「オォォラァァアアアアアアッ!!!」


炸裂する一撃。

鉄と鉄を結ぶ軸が崩壊し、鎖は霧のように溶けて消えた。

その衝撃はほとんどの鎖を砕き、男の体にもかなりの衝撃を与えた。

そして、一瞬だけ、“道”が開けた。

それを感じ取った瞬間。遠くで駆け出す者が1人。

加速、加速、加速…そして、最高速へ。

そして、速度を十分に乗せた超速の一撃。

それは鎖男の顔面に直撃した。

その一撃は男の身体を数メートル先に積まれていたゴミ袋まで吹き飛ばし、中の空き缶が飛び散る。

その軽い金属音は、試合の終わりを告げるゴングのようだった。

「……お前の城、脆かったな」

シュートがそう静かに呟いたや否や、後ろから酒樽が巻チューハイを一気飲みしながら近付いてきた。

「ナイスだシュート、お前の速さが無ければ掴めない勝利だった。よく俺の考えが伝わったな。」

「突然変なこと言い出すから脳をやられたかと思ったぜ。ただでさえアルコール漬けなんだからな。」

「ははは、褒めるなよ。」

「…。ともかく、俺と酒樽。仲間全員で倒す計画は成功したってことだ。」

「殴った後、お前の気配が近付いてきてめちゃくちゃホットしたぜ。すごい勢いで逃げていったからほんとに応援を連れてくるつもりかと。」

「そいや、あんな広範囲の技あるなら最初から使わないのか?」

「んー、アレは奥の手でな。体内のアルコールを全部エネルギーに変換して一撃に込める技なんだ。だからそれで仕留めないと詰む。途中で酒飲ませてくれるやつなんていないからな。」

「なるほどな…」

会話をしながら、2人は鎖男を通路にあったほんものの鎖で拘束した。

「これでよし、と。」

酒樽が仕上げにぎゅっと縛る。


「…まぁ、これでしばらくは動けねぇだろ」


「これどうする?警察に説明するのはちょっと面倒だし。通報だけして帰る?」

「ふむ、かと言って放置してたら事情知らん人が解放するかもしれんしなぁ。」

「あれ、そういえばこの顔…。」

シュートがそう呟きながら周囲を見回す。


そのとき、壁の掲示板に貼られた一枚の紙が目に入った。



汚れた紙には、男の似顔絵と共に、こう書かれていた。


『警視庁指定 重要指名手配。区内で強盗殺人を繰り返している犯人と思われるものです。犯人に関する情報を求めています。』


シュートが指を差す。


「……あいつ、指名手配されてるのか。」


「おぉ、マジか。じゃあこの掲示板の近くに置いとけばいいだろ」


酒樽は缶チューハイを開け、グビリと一口飲む。


「そうするか。」


ふたりは駅の暗がりを後にし、ゆるく笑いながら歩き出した。

夜の空気が、ようやく静けさを取り戻していた。


「そういや、あいつ自分の能力のことを城とか言ってたよな。」

酒樽が口を開く。

「ああ。言ってたな。それが何か?」

「案外、簡単に砕けた。つまり、落城は楽勝…ってな!」


その次の瞬間、酒樽は臀部に強い衝撃を感じ、天井に埋まっていた。


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