私の方が殿下より上手(うわて)です【番外編】
『私の方が殿下より上手です』コミカライズ記念短編 フィオナの将来の夢
(フィオナ主人公です)
私の名前はフィオナ。元平民で、男爵家の養女となった男爵令嬢。
私には尊敬する人が3人いる。
1人は勿論、エドガー殿下との一件で大変お世話になった、クリスティアーナ様だ。
「フレーバーティーは、お口に合うかしら?」
何度となく招待されたことのあるクリスティアーナ様のご自宅は、壮麗でそれでいて華美すぎず、置かれている調度品も品があり、クリスティアーナ様みたいなほっとする落ち着いた雰囲気がある。
クリスティアーナ様に相談したいことがあるとお伝えしたところ、学校だと騒がしくてゆっくりと話ができないだろうと自宅に招いてくださった。
騒がしいのは、半月前、クリスティアーナ様とイアン先生の婚約が発表されたから。
エドガー殿下との婚約破棄事件から半年後、クリスティアーナ様はイアン先生と婚約した。
クリスティアーナ様はエドガー殿下と婚約破棄した結果、王弟のイアン先生を婿にとり、女公爵となる道を選択したようだ。
発表当時、「国王陛下が王族と公爵家との繋がりを無くしたくないから無理に繋いだ縁なんじゃないか」とか、「他にも良い相手がいるのでは?」とか、「年齢差がありすぎなのでは?」と好き勝手にいろんなことを言われていた。
それでも2人が揃って夜会に参加して仲睦まじく過ごす姿を見せるにつれ、周囲の反応は好意的なモノに変わっていった。
私も最初こそ驚いたけれど、2人はとてもお似合いで、クリスティアーナ様はイアン先生といるととても幸せそうに見えたから、私も幸せな気分になって自然と祝福していた。
「はい、とても美味しいです。」
侍女によって紅茶を注がれたカップを音も立てずゆっくりと持ち上げ、クリスティアーナ様にその様子を見せるように飲んでみせる。そうしてまた静かにソーサーへとカップを戻す。
背筋を伸ばし微笑みながら優雅に見える仕草を心がける。
孤児院にいた頃には考えられないような所作だと、自分でも思う。
私が尊敬する人。
あとの2人は、私を孤児院から受け入れてくださった男爵夫妻だ。
物心つく時には両親がいなくて、私は孤児院で暮らしていた。16歳の今では、本当の両親のことはほとんど覚えてない。
10歳の時に院長に呼ばれて院長室に行ったら、私を一目見た女の人が両手で顔を覆って泣き出して、それを男の人が懸命に宥めていた。男の人の目も潤んでいたから、泣いていたんだと思う。
私はどうしていいのかわからなくて、でも大のオトナが泣いているのをじろじろ見るのは失礼じゃないかと思ったから、ひたすら足元の板の年輪の数を数えて、早く泣き止んでくれないかな、なんて思っていた。
その男女2人が、私の新しいお父さんとお母さん、いや、お父様とお母様にになった男爵夫妻だ。
後に2人に教えてもらった。
男爵夫妻には娘が1人いたけれど、小さな頃に病気で亡くなってしまった。生きていたらこんな感じだろうと想像していたら、私を一目見てその想像した姿とピタリと重なったから、その娘を思い出してつい泣いてしまったのだと、困らせてごめんなさいねと謝られた。
初めての男爵夫妻の私との食事は、男爵夫妻にとっては衝撃だったと思う。
孤児院の食事は、早く食べないと体の大きな男の子に取られてしまうから、出された途端に急いで手づかみで食べていた。行儀なんて気にしていられない。だからナイフとフォークの使い方なんて全くわからなかった。
私の前にとろみのついたソースがかかったお野菜のお皿が運ばれてきたから、他の人に取られないように置かれた途端に手づかみで口に運んだ。
初めて食べる美味しい味にびっくりして、ソースでびちゃびちゃになった手を持ち上げてパチクリとしていると、周囲からの視線にようやく気づいた。
お父様もお母様も、私に給仕してくれた侍女も、それどころか食堂にいる人が全員、ギョッと目を剥いて私を見ていた。
普通の10歳の貴族なら出来て当たり前のことができないのだから、驚くのは無理もなかった。
その視線を受けて初めて、私が何かおかしなことをしたんだと気づいた。でも何が悪いのかわからなくて不安そうな視線を周囲に向けると、お父様もお母様も私を安心させるようにニッコリと微笑んでくれた。
侍女がスッと私の傍に寄り、手についたソースをまっさらなハンカチで丁寧に拭ってくれる。
「ごめんなさいね。食べ方がわからないわよね。ゆっくりと教えてあげるから、私の真似をしてね。」
お母様はお皿の周りにたくさん並んでいたナイフとフォークから一番外側の物を手に取ると、私にようく見えるように、野菜を丁寧にカットして見せてくれた。
見様見真似で私もナイフとフォークを使ってみせる。
私があまりに使い慣れなくて野菜がお皿から飛んでいってしまっても、お母様は辛抱強く怒りもせず、私にナイフとフォークの使い方を教えてくれた。
お父様も私に見せるようにゆっくりとナイフとフォークを使って見せてくれる。
しまいには両親のお皿に載った野菜は切りすぎて細切れになってしまっていたけれど、最後まで付き合ってくれた。
貴族として生きていくなら出来て当たり前のこと。
出来ないなら手伝ってあげるなんてことはなく、最後まで私自身にナイフとフォークを持たせて食事を摂らせた。
それは初めてナイフとフォークを使う私には厳しいことだったけど、必要なことだったと今では思っている。
今では、食事の席での笑い話の一つになっている。それくらい私のマナーはひどいものだった。
平民だった私が、公爵家の令嬢として幼い頃から礼儀作法の厳しい教育を受けたクリスティアーナ様とこうして向かい合ってお茶をできることになるなんて、10歳までの私に教えてあげたい。
「それで、私に話って何かしら?」
私と同じように、いや私以上に優雅で気品あふれる所作でカップを手に取りながら、クリスティアーナ様は小首を傾げて見せる。
「私、将来、外交官になりたいんです。」
少し食い気味だったかもしれない。クリスティアーナ様は私の言葉にキョトンとした顔をしながらも、私の真剣な表情を見てすぐに表情を切り替えて口角をあげた。
「何故そう思ったの?」
友人に真面目なトーンで言ったら、『威厳が足りない』とか、『頼りなく見えるから無理じゃない?』と散々なことを言われた。
でもクリスティアーナ様は『私には無理だ』なんて否定から入ることはなく、ただ理由を聞いてくれた。それだけで私の思いを少しでも受け入れてくれた気がして嬉しかった。
「エドガー殿下に付きまとわれ……いえ、エドガー殿下にお世話になっていた時に、王宮に招待してくださったことがあって。その時に、制服を着た数名の外交官を見たのです。」
あぶないあぶない。ついエドガー殿下への悪口を言ってしまうところだったのを堪え、咳払いしてごまかす。一応、臣籍降下する予定にはなっているけれど、まだ王子の身分なので不敬だった。
クリスティアーナ様は、わたしの言葉にうんうんと頷いて続きを促す。
「その中に、女性もいたのです。その時は、その姿がカッコいいなって単純に思っただけなんですけど。」
その女性が何を話しているかはわからなかったけれど、同僚と話をしている姿は国の代表として働いているという自身に満ちあふれていた。
それでいて、逆に私は自分の姿が惨めに思えた。
エドガー殿下に付きまとわれても断り切ることが出来ず、抵抗できずただ連れ回されるのを受け入れるしかなくて。
お父様とお母様に迷惑をかけてしまうような気がし相談できなくて、本当は嫌だって言いたいのに、でも相手は王族だから何も言えなくて。
うじうじと『でもでもだって』な自分が嫌で嫌で仕方なかった。
「クリスティアーナ様に助けていただいて社交を学んで、人と人との縁をつないでいただいて。私も誇りを持って、誰かと誰かの縁をつなげる人になりたいと思ったんです。その時に、国と国とを繋ぐ、架け橋になる存在、外交官をしていた女性のことを思い出したんです。」
男爵家の人は、両親も含めて、働いている人も、もともとは平民だった私にとても優しかった。何も知らない私を受け入れてくれた。そんな人たちに誇りになるような存在になりたい。
クリスティアーナ様は少し厳しい表情を浮かべる。
「外交官になるには、世界中のありとあらゆる国の文化を学んで、言語や礼儀作法を学ぶ必要があるわ。」
「はい。知らなければ、失礼に当たりますから。」
諸外国の相手は、平民だった私を受け入れてくれた男爵夫妻とは違う。対応を間違えれば、それが戦争に繋がることすらありえる。
「それでも、私は勉強して、外交官になりたいのです。」
私の世界を広げてくださった、男爵夫妻やクリスティアーナ様のように。尊敬する3人に誇りに思って貰えるような存在に、私はなりたい。
私が明確な意思を示すと、クリスティアーナ様は厳しい顔から一転して、表情を緩めた。
「少し顔が利くから、外交官をしている女性を紹介してあげるわ。外交官になるための、参考になるでしょう?」
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
机に頭がつきそうなほど頭を下げると、クリスティアーナ様はくすくすと声に出して笑った。
「フィオナには借りがあるもの。あなたのおかげで婚約破棄できたのだから。」
「え……?私のおかげ……?」
「いえ、なんでもないわ。私、とても幸せなの。」
クリスティアーナ様は言葉を濁して、ただニコニコと微笑む。
言葉の意味がよくわからなかったけれど、クリスティアーナ様が幸せならそれでいい……かな?
『私の方が殿下より上手です』が1/30発売の悪役令嬢からの華麗なる転身!?愛されヒロインアンソロジーに収録された記念に書かせていただきました。発売されたアンソロジーをよろしくお願いいたします。