なんばー8 訳が無いから読みずらい
やっちまった。
私は博物館の中にあった椅子に座っていた。
シルフィア様の後ろに無言でピョコピョコついていくのも気が引けたので、彼女がここ、『平安時代のうんたら』のコーナーを見ている間、休憩させてもらうことにした。
「あれはねぇですね……」
先程のセリフ。低身長のシルフィア様に対して意識がかけていた。
当然程度はどうにせよ不快な思いになっただろう。
仲良くなろうとしていてあれはない。
チロメの願い、「仲良くしてね!」は達成できなさそうである。
「こっからどう挽回するしましょうか……」
そう考えるが何も案は出てこない。
約17年、何とか色々ありつつも生きてきたが、あの断崖絶壁をも連想するほど私に対して隔絶しており警戒心の高いシルフィア様の攻略手段は分からなかった。
というかそもそも、あの人と仲良くなろうなんて土台無理だったのかもしれない。
私の生きてる世界と、シルフィア様とチロメの生きてる世界は違う。
ある程度汚いことを自分のためにする私と、潔癖にみんなで仲良くを目指す彼女たちのセカイでは、心情も、考え方も、何もかもが違う。
そんな自分さえよければすべてよし、の精神でやってきた浅はかな私の人生は、『化けの皮』により意図的に隠しているとはいえ、シルフィア様の玉のような目には全て見破られており、はなから私などに騙されるようなことはない、というならそれまでだ。
これで本格的にシルフィア様が私排斥のため動き出したらどうしようーー。
こんなに楽で高給な仕事そうそうないのに。また今までのみじめな人生通り、羊頭野郎の所で月給23万(税抜き)の翻訳バイト生活に逆戻り、か。
いやまあ、私の本来の人生計画通りの道筋ではあるのだけど……。
一度覚えてしまった甘い蜜は、計画になかったものとはいえ、失うとしたら惜しんでしまう。
そういうモノである。人間とは。
「Aaaaaaaaahh!! Tym week!!」
いきなり、子供の泣き声が響き渡った。
すわなにごとかと音源の方を見てみると、そこには一人、困惑顔の客たちにどうしたものかと見つめられている、小さな女児がいた。
わんわんと大声で泣いており、誰の手にも負えない始末。
……見たとこ『中央』から来たいいとこのお嬢様だろう。かなりいい服を着ている。
首に下げているアクセサリー……確か7歳を超えるとお守りで貰えるやつとかだっけ? 中々奇麗な石が使われてできていた。愛されて育てられているらしい。
あーあ……。
周りには生憎、日本人と頭から汚い耳が生えている奴らしかいない。
あいつらじゃ、顔を見る限りこの子の言葉は理解できていない。
…………仕方ないね、こりゃ。
アタシの心の中にある他人よりちょっぴり少ない善意を使ってやろうじゃないの。
やれやれだぜー、と立ち上がり、その子の元に駆け寄った。
周りの人がなんだなんだと私たちを見ているのを背中から感じる。
そんな視線を無視しつつ、しゃがんで目元を腕の裾でこすっている少女に視線を合わせ、語り掛ける。
「Well gee des , rell tena?」
「ヒッグ、ウゥ……Week geen lloss ……」
ざわっと周りが騒がしくなった。どうやら、私が少女の言葉が分かることに驚いているらしい。
そんな視線を再度無視する。
しかしちょっと気持ちいいなこの視線は。
――どうやら、お母様がいなくなってしまったらしい。
子供らしい強い訛りの言葉で弱弱しくそう訴えてくる。
涙がポロポロ出ている目の前の子供に私は笑顔をニコニコ作る。
「Oh Teese gee……fool der`ucar. Wed , Som Tym gees gore den deser week! geen? geen tym red tee des?」
「……geen dis red tym?」
「Ges!」
ばっちぐー! と親指を立てる。
泣きべそをかく少女にぽっけからティッシュを渡した。チー! とその子は鼻をかむ。そして適当に目の涙も拭いてあげた。
こういう時は私の見た目が『可愛らしくて』良かったと思う。
少女も素直にされるがままになってくれるし、周りから見ても不審者扱いされない。
さてえ、これでこの子の母親探しを手伝うことになったわけだけど、その探し人の見た目が分からないんじゃ捜索も何もすることができない。
ということで、聞いてみる。
「Resell diser week gee ?」
「Ty , tym week fed……Your beg tnth sek , Crue qee , De nea goel……」
蒼い瞳、長い金髪、でっかい身長……。
この子をまんま大きくしたらそんな見た目になるのだろうな、みたいな説明である。
典型的な中央貴族の見た目だなぁ……と思いつつ、まあここら辺は日本人しかいないので多分見ればわかるだろう。たどたどしい少女の説明に「分かりました!」と溌剌に返しつつ、そういえば、と思い出す。
この子の名前を聞いていない。
「Som……Geen diser lle?」
「Relly」
リリーって名前なのね。
私はニッコリ笑ってうんうん頷いた。
「Rell diser guide wanna diser lle!」
はてさて、致し方が無い。
母親探し手伝ってやろうじゃない。
◇ ◇ ◇
「……誰ですか、それ?」
「迷子です。リリーちゃんです」
なんかよく分からない巻物を見ていたシルフィア様。
一応、少々母親を探すため席を外すと伝えに来たわけだけど。
しかし、今は私に対して訝し気な視線を向けている――女児を肩車している私に。
上から頬をペチペチ叩いてきたり、私のポニーテールをぐいぐい引っ張ってきたりする。「Relly? se , sense tym?」と苦笑しながら窘める。
「……迷子にしては懐きすぎでは?」
「な、なーんか懐かれちゃいました。昔から私、子供受け良いんですよね……なんでかわかんないんですけど」
先程5分前くらいにこの少女を回収してから色々と喋っていたら好かれてしまった。
ちょっと前までわんわん泣いていたのが嘘みたいで、今ではキャッキャ騒いで私の頬を引っ張っている。痛い。
シルフィア様には犯罪者を見るような目で見られている気がする。
ああ、そういえばこの人私が17歳の男って知ってたな……。
周りからは『なんかすげー秀才な優しい中学生』的な温かくも尊敬の眼差しで見られていたため、大きな温度差を感じる。
いや、性的な目的で肩車してるわけじゃあないんすよ。
「肩車して目線を高くしてあげたほうが、この子も母親を見つけやすいかなー……と。後は慰めるためですね。肩車したら喜んだので」
「…………」
まだ怪しまれている。
「……迷子センターなどに預けたほうがいいのでは?」
「それが、最初はそうしようとしたんですけど……」
「Ree!!」
直訳:ダメ!
深く断られてしまった。本当にかなり懐かれてしまったようだ。否定の意を表すためか私の髪をぐいぐい引っ張ってくる。痛い!
「と、とにかくいったん私、この子の母親探すために場を離れますね。それだけ説明しようかと。シルフィア様はここで見ていてもらって構いません。移動するなら、チャットアプリか何かで――」
あ、とここで気付く。
そういえば私とシルフィア様、チャットなんて繋がってねー。
じゃあスマホを繋げようかと提案しようと思ったら、シルフィア様が先に言った。
「私も行きますよ」
「えっ。別にここで見ていてもらっても大丈夫ですが?」
「……私とて子供が迷子なのを放っておいて遊び惚けるほど薄情ではありません。それに――」
「……それに?」
「…………」
それになんだよ。
そんなに私が怪しいのだろうか。やっぱり私をギロリとその隈付き三白眼で睨みつけてくる。
私は曖昧に笑った。
同じくらいの低身長なのに妙に迫力があるから怖い。
潟の上の少女も「ヒゥっ」と身震いした。
「あっ、あ、あぅ……」
「や、やばい! De! Dereber tim! Relly! Calm dis……」
またぐずりだした!
シルフィア様は子供にとっても恐ろしかったらしい。
ゆさゆさと肩車をゆすって何とか宥める。
「……すいません。Sullow tim.」
かの堅物も子供には弱いようだ。シルフィア様も『中央』の言葉で謝罪する。
私に対する視線とは違い、妙におろおろとした目で宥めようとしてるのが印象的だった。
その場で格闘し何とか私たちはリリーをあやすことに成功したので、とりあえず母親を探した。
しかし一向に見つからない。そこそこ広い博物館なので、まあ、こんなこともあるかもしれないが。
「Hi Relly , Geen dis ban diser week?」
「Uh……Tim de sed pic」
どこで母親とはぐれたか聞いてみたがよくわからないとのこと。
気付いたらいなくなってたらしい。子供あるあるである。
「……よく喋れてますね」
「ん?」
どこから探そうか……と考えていたら、急にシルフィア様がぼそりとそんなことを言ってきた。
「子供の発音は聞き取りずらいでしょう。それに発音に日本人特有の訛りもない……どこで習得したのですか?」
「小さい頃、近所に『中央』から来たお医者様がいましてね。優秀で優しい方でして、その人から教えてもらいました」
奴が『優しかった』のか、は私には分からないことだけど、少なくとも私よりは善良な人間だったと思う。
素直に事実を述べると、また訝しげな眼をされた。
「……小さい頃?」
「6歳くらいの頃ですね。私はあまり優秀な人間でもなかったので、本格的に喋れるようになるのに4年くらいかかりましたが」
「……10歳で?」
「んー、そう聞くと早く感じますが……代わりに私、どちらかというと日本語が難しいんですよね。最近勉強してるんですけど漢字が読めなくて……」
そう聞くと、シルフィア様は何とも言えない顔をした。
驚いているような、何というか。少なくとも私を睨みつけるような目ではない。
「まあ、何といいますか。少し外国語が喋れるとしても、教養が無いんですよね、私」
「…………」
肩車をしたまま、シルフィア様と歩いていく。
「……あなたの」
「?」
「あなたの話を聞いていると、少々違和感を感じる」
シルフィア様のお声は小さかった。
下手をすれば聞き逃してしまいそうだった。多分、本人は聞き逃されてもいいくらいの気概で声を出したのだろう。
しかし、今は、小さいなりに幾ばくか声が大きい気がする。
目が合った。先程までは見ぬ気もされなかったのに。
緑の奇麗な瞳だ。
あちらの目に、私の瞳が映っている。藍色。
「教養が無いという通り、一般レベルの知識を知らなかったり、経歴もあまり良いものではない」
訝しんでいるようだった。
けど、今回のそれは疑うものではなく、単純に、疑問に思っているものだろう。
「なのに――言葉遣いは丁寧です。第二言語も十分習得していて、服の着方もボタンを留め忘れていたりもなく丁寧。細かい所作も奇麗に思える。……まるで、裕福な家庭のお嬢様かのような」
「…………」
今度は私が口を閉ざす番だった。
見つめてくるシルフィア様に、私もじっと見つめ返す。
緑の瞳。奇麗な奇麗な、緑の瞳。けど、チロメほどじゃない。あれほどは澄んでない。
しかし私は結構好みである。これくらいがちょうどいい。
「そう、ですか」
見つめ合う。
「……そうですね。それは――」
「――りダム!!」
急に変なイントネーションで私は名前を呼ばれた。
そう、真上から。
件の迷子少女、リリーである。
何やら不満があるらしい。肩車の上で、私のポニーテールを引っ張りながらバタバタと暴れ出した。
「Geen! Geen dis misard tim! Geen dis tell timer ged lungade!」
「あっ、忘れてました……S, Sullow tim! Sullow tim! Calm dis quer!」
どうやら蚊帳の外にされ、日本語でずっと私たちが会話していたことにご立腹なようだ。
なんとか色々やって宥めようとする。
髪の毛を引っ張られ、頬をペチペチと叩かれる。――痛い!
全国の親御さんも大変である。これに日常的にさらされているとは!
「Relly!」
――リリーを大声で呼ぶ声が響いた。
なんやと思ってそちらを向くと、青い目に長い金髪、なんだか『バリギャル』と言った見た目の長身の女の人がいた。
大声をあげて、焦りつつこちらに走ってくる。
「Relly! Geen dis get?」
「Tim week!」
私は腰屈めてリリーのことを下ろした。
すると彼女は器用にするすると降りて、その女性の方へ走っていく。
「Week! Week!」
「Oh……Tim reck」
「お母様らしいです……私たちの仕事もここで終わりですね」
「……ええ、そうらしいですね」
私が感動の家族の再会の前に手持無沙汰にそういうと、シルフィア様は普通に返事を返してきた。
ちょっぴりそれに驚く。
そんなやり取りをしているとリリーとその母親らしき女性がこちらに来る。
「Biggen dis. Dis geen feed tim reck」
「Ah……Then kids」
ぺこりと頭を下げてそう言われたので「大丈夫っすよ」と返事を返す。
「Som , Biggen dis. Tim geen you to`de nerela.」
「Den Den! Tim geen reg……Gentr be gareea」
お礼なんてそんなそんな。
苦笑を形成しつつ両手をブンブン振る。
「Som……Relly , sell thenk」
「りダム……」
母親に従い、リリーが私の前に来る。相変わらず、アクセントが『ダ』の所についていてイントネーションが合っていない。
私は腰をかがめて視線を合わせた。
「Biggen dis……」
「Den! Relly , Geen dis reb`e ten」
「Ges!」
にっこり満面の笑みを浮かべる。
大きな返事を返してくれた。きっと、将来は返事通りにいい子に育ってくれるのだろう。
バイバイ、と手を振って笑顔で見送る。
彼女は母親と一緒に手を振り返しながら去っていった。
シルフィア様がその様子をじっと眺めている。
話しかける。
「ふぅ……母親が見つかって良かったですね」
「……ええ」
また二人きり。
ふと時間を確認する。もうお昼時だった。そこそこ時間を使ってしまったらしい。
「すみません時間使っちゃって。どうします? 結構いい時間ですが、もう少し回りますか?」
「……いえ、もう結構です」
そうですか。
これで博物館デート(語弊あり)は終わったわけだが、一応目的は達成した……のだろうか。
ハプニングの迷子のおかげで何となくシルフィア様との心の距離が若干縮まった気がする。彼女の不幸には申し訳ないけど。
「あ、昼食はどうしますか?」
「……ここを出て適当なところで食べましょうか」
最初と違って返事も一応返してくれる。
まあ、多分私はやりとげたのだろう。
◇ ◇ ◇
現在、私とシルフィア様は一般大衆向けのレストランで食事をとっていた。
その膨大に思える所得に反してシルフィア様は庶民派らしく、あんてぃーく感溢れるこじゃれた喫茶店にでも連れていかれるかと思ったが、こういう大衆向けの店に入って少々驚いた。
「……日本の食事はどこでも十分おいしいですからね。値段が高い店に頻繁に入る必要はありません。この店の料理は体にいいですし」
とのことである。
「……あなたのレベルならおそらく試験には余裕で受かるでしょう」
適当に頼んだパスタをフォークでクルクル巻いていたら、シルフィア様が話しかけてきた。
「リスニングやスピーキングだけでなく、民族文化の知識も相当なものだと思います。このまま慢心せずに学習を進めたらまず間違いなく受かる」
「そ、そうですか?」
そうだろうなとは思いつつ返事を返す。
シルフィア様もパスタを上品にクルクル巻きながら、
「……ただ、リーディングが少し心配ですね。言語レベルは十分足りていると思いますが、試験はおそらく難易度的に国語力も試されるものでしょう。……読解力はどの程度ありますか?」
「読解力、と言われると自身で判断しずらいところがありますが、物語ならミステリー小説が十分読めるくらいはありますね。専門的な知識を求められる論文などはかなり読みづらいんですが」
「そうですね。魔法くらいは軽く攫ってもいいかもしれません」
これは、あれか。
何で急にこんな話を、と思っていたが。
――先日チロメパパが言っていた、学習相談的なものをやってくれているのだろうか。
かなり友好的になってくれた気がする。
「あ、あの……ありがとうございます。試験の相談に乗ってくださり」
「……いえ、構いません」
言葉をかけて、返してもらえる。
今まででは一瞥すら返されなかった。
どうやら私は、一応チロメの目的を達成することに成功したようだ。
シルフィア様と友好的な関係を築く。
どの程度彼女が私のことを友好的に見ているかは分からないけど、まあ、私を排斥しようと精を出したりはしないほどの好感度にはなったんじゃないだろうか。
今後どのような仲になるかは分からないが、少なくともチロメで言うところの『誤解を解く』、私で言うところの『誤解させる』ことは成功した。
地獄のような今朝の空気を何とか払拭できてほっとする。
頼んだ紅茶を口元に運ぶ。いつもは紅茶の香りなんてよくわからないが、今は精神的余裕からか何となくおいしく感じた。
パスタをクルクルと巻く。
ああ、目的達成後は心が澄んで気分が落ち着く――。
「お、リダムじゃん」
最悪な声が聞こえた。
ぞわわ、と背中を嫌な何かが駆け抜ける。
なんで、何でこのタイミングでお前が。
くすんだ金髪のぼさぼさの頭。
いいもののはずなのにどことなく汚らしいコート。
顎から生えた無精ひげ。
隣には前に見たゴスロリ衣装の地雷女が横にいる。
自称、私の親友。
――大河原タイガ。
……なんでここにいる。
なんでここにいやがる、大河原タイガ!!
「こんなところで奇遇だな! これが俺とお前のマブダチとしての運命ってヤツか!?」
堅物シルフィア様の対極に位置しそうな存在。
やばい。
何がヤバいって、今シルフィア様との好感度を稼がないといけないタイミングで、この男の登場はヤバすぎる!
不浄を嫌い正しさを好むシルフィア様。
女を食い物にしているこの男を嫌わないわけがない。
ちらりと彼女の方を見ると、見るからにタイガのことを訝しむ目で見ている。
背中から嫌な汗が出る。
ぐるぐる頭が回る。焦る!
頼むから変なことすんなよ!?
いつものように『クズ』を強調することをしたりすんなよ頼むから!
「タ、タイガ……今、私とのデート中、だよ?」
「あ? ちょっと黙っとけお前」
すんなって言ってるだろうが!!
「……リダム、彼はあなたの友人ですか?」
「……は、はい。一応……そうですね。いや、悪い人じゃないんですよ、ええ、ええ。見た目はちょーっとばかし怪しいですが……悪い人じゃ、ないんです……」
嘘です。思いっきり悪い人です。
けどここは嘘をついてでも誤魔化さないといけない状況。
シルフィア様の慧眼に嘘をつける気はしないが、それでも私はそう言うしかないのである。
「……ん? 何だこの幼女。もしかしてリダムのコレか?」
「…………」
タイガがシルフィア様に反応した。
小指を立てて、無遠慮にもシルフィア様の方をもう片方の腕で指さしている。
だぁあああかぁあああらぁあああああ!!
「コ、コレって何ですこれって……職場の上司ですよ」
「ん? ああ、セフレじゃないのか」
だああああから変なこと言うなって!
コレって彼女じゃないのかよしかも!
もうこいつをこのままにしちゃいけない。
シルフィア様もだんだんゲージが溜まってるのか、どんどんタイガを見る目が険しくなっている。
というか、私に対する視線もである。こんなのと付き合いがあるのか、と。
「タ、タイガ……いったん外出ましょう」
「ああ? なんで外出なきゃなんねーんだよ。俺、今から飯食うとこなんだけど」
チィッ!
こいつ今から食うところかよ!
しかし、しかしてマズイ。こいつとシルフィア様を一秒でも長く一緒の空間にいさせるのはマズイ! 水と油と言うか、この2人はとにかく相いれないものだ。
少なくともタイガに変なこと言わせるのは止めさせないといけない!
トイレでもどこでもいい、どこか2人になれる場所で事情を説明して……
「――お前、っていうかさっきから視線がむかつくな」
私がそう考えていたその一瞬で、タイガが先に、不運なのか必然だったのか、シルフィア様に反応した。
いつしか言っただろうか、タイガは自尊心の塊である。
浅ましさを見抜き、軽蔑の意を含んだ瞳で自身を見つめるシルフィア様に苛立ちを覚えたのだろう。
険しい雰囲気。
シルフィア様の可愛らしいお顔の眉間が寄る。
待って、本当に待ってくれ。
そう思う私の思いは、虚しく水しぶきと共に散った。
「んな目で見てんじゃねぇよ幼女が!!」
タイガがテーブルの上に合ったコップを手に取り、シルフィア様にぶっかけた。
顔に掛かる。
服も髪もびちょぬれになる。
着ていた麦わら帽子とワンピースから水が滴っていた。
ぴちょ、ぴちょと垂れる雫に、シルフィア様の表情はうかがえない。
「ちょ――タイガ!? あんた何やってんです!?」
「タ、タイガちゃん、やめてよ!」
私とタイガの彼女が反応する。
急に荒ぶりだしたタイガを彼女が止め、私は嫌になるくらいうるさい心臓の音を聞きながら、シルフィア様の方に行く。
手にはテーブルに合った未使用のナフキンを取り、滴る水を拭こうと――。
「もういいです」
シルフィア様が表情の見えない顔で立ち上がる。
否を言わせない迫力があった。
ぴちょぴちょと水が垂れる音を鳴らし、周りの客もなんだなんだとこちらを向いている最中。
少し透けて肌色が見えているシルフィア様は一人で店の扉に歩く。
「シ、シルフィア様!」
「…………」
最後に、彼女は私に一瞥をよこしてきた。
――軽蔑のそれを。
制止する定員も振り切って、1人で外に歩いていく。
私はただ「やっちまった」と心の中で悲しみながら、その背中を眺めることしかできなかった。
「なんだよあの女。お高く留まりやがってムカつくやつだな。なあ、リダム。あんな女と関わるのやめた方がいいぜ。あれは自分以外のもん全部を下に思ってるゴミみたいなヤツの目だ」
タイガがまるで自分は高尚な人間ですよと言わんばかりにそんなことを言ってくる。
「……ど?」
「ど? なんだよ」
「――どおおおしてくれるんですかこれ!! あああああ!! せっっっかく高給で楽なさいっこうの仕事に就けてましたのに! お前のせいで台無しですよ! ほんっとどうしてくれるんですかこれ!!」
「うおっ、な、なんだよ!?」
いきなり叫び出した私にタイガは引いた眼をしてきた。
「終わりですよこれ! おーわーり! はい終わり! 月給53万2041円! 所得税引いた額ですよ! 所得税引いた額でこれですよ!? 仕事はガキの相手してるだけ! こんな仕事ね―んですよ他に! あんたは働いたこともねぇクソニートだから分からないかもしれませんけど、この損失をどう補填してくれるんですお前は!」
「な、なんだよ! お前親友のタイガくんが軽蔑の視線を食らってたのに、それに怒る前に自分の仕事の心配かよ! リダム、前々から思ってたけどお前クズだぞその考え方は!」
「ええ、ええ、クズで結構ですよクズで! クズなんですよ私は! そんな私がネコ被ってあんのエルフやガキにニコニコニコニコ媚びうるのがどれだけ大変だったか分ってんですか!? 分かりませんよねお前働いたことありませんもんね! というかお前にクズって言われたくねーですこのクズが!!」
「あぁ!? 俺はクズじゃねーよ!!」
「あ、あのお客様……店内で大声っで騒ぐのはおやめください……」
醜い言い争いだった。
自分で言うのもなんだが、どこまでも醜い争いだった。
店員にそう言われ、彼女さんが何とかタイガを宥めることでこの戦いは決着がついた。
むなしい。
ぴろりん、とスマホに通知が来る。
『な、何かあったリダム? シルちゃん、水浸しで帰っていったけど……』
ああ、チロメちゃんか……。
どこかから外に出ていくシルフィア様を見ていたのだろう。
文面からいつもの不安がっているチロメの顔が浮かぶ。
『すみませんチロメさん、私今日明日でクビかもしれません。今までお世話になりました』
『え、えぇ!? どういうこと!?』
メッセージを送りスマホを閉じる。
最悪な終わりだった。




