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なんばー3 普通の……

チロメが配信に行ってから30分ほどが経った。



――現在、私は帰ることができず、1人パソコンで仕事をしていた。



そう、未だ私はチロメの家の居間に留まっていたのであった。



帰るタイミングを見逃したのである。

彼女は配信に行ってしまったわけで、今私が帰ると家の鍵が開けっ放しになってしまう――なのでセキュリティ上の問題で帰ることができないのだ。悲しい。


空を見ると雲一つない快晴だ。

私は帰れないのに天気のご機嫌は随分よろしいようだ。腹立たしい。


というわけで、私は本当ならもう帰れていたところを、残念ながらかたかたパソコンを叩いてチロメの動画作成というお仕事をしているわけである。



『うーん、高橋さんは彼女さんと合わなかっただけじゃないかと思うから、あんまり気負う必要はないよきっと。趣味趣向が違っただけだから、高橋さんが悪かったわけじゃないと思う』



耳からチロメの声が聞こえてくる。

――私は現在隣の部屋で行われている彼女の配信を聞きながら作業をしていた。


なんで配信を聞いているのかと言うと、理由は簡単。

チロメがどれくらいで配信を終えるのかを知るためだ。


まあそんなことはどうでもいい。

本題はここからである。


軽く息を吐く。



そろそろ考えないといけないだろう。



――チロメをどう励ますのか、を。



「……どうしたもんでしょうか」



パソコンを叩く手を止める。


彼女は何やら、私に色々と迷惑をかけたことを気に病んでいるらしい。

先程のチロメの言動を見れば流石に誰でもわかると思う。


しかしそれは私としてはかなりの大問題だ。

私は給料を貰う代わりに彼女のマネジメントをすることを義務としている状態なのに、私が原因で彼女が気をもんでいたらそれはもう大問題というか、本末転倒なのである。


ということで、何としてでも彼女に気を病む必要はないことを理解させ、いつものようににこにこと屈託のない笑顔で毎日を過ごしてもらうようにせねばならない。



……だからといって、どうしたものだという話だが。



先程の様子を見るに、結構チロメの心のよどみは大きそうだ。

他人を慰めるというのはそんなに簡単なことじゃない。

今のチロメの心を明るくするのは中々骨が折れるだろう。



「というか多分、チロメさんのことですから私のことに気付いた時に、さらに自分を責めたりしそうなんですよねぇ……」



自分の言葉にう、と顔を青くする。

ただでさえめんどくさいのに余計に気分を沈められたら溜まったモノじゃない。



「――ん?」



そこでふと私は思った。


チロメはかなり思ってることが顔や挙動に出やすいタイプだ。

そして配信中に私を帰らせていないことに気付いたら、いったい、どうなるのだろうか、と。


考える。


1500人近くいる視聴者の前。

唐突に彼女が私のことを思い出してしまい、その事実に表情を豹変させてしまって、なんなら「あッ!!」とか叫び声まで上げてしまったりする。

視聴者がいきなり奇声を上げた彼女に「どうしたの?」なんて聞くと。

「リ、りり、あっ、ま、マネちゃん、お家返すの忘れてた……」と顔面蒼白に言って、それで、視聴者が「えっ? マネちゃん今部屋にいるの?」なんて言って、話が変な方向に流れになっていって……。


……。



「――あはははは、んなわけねーですか。ライトノベルの読みすぎですね」



自分のばかばかしい考えに思わず笑いが零れた。

そんな妄想時見たことが起こるわけがない。


それに――起こったら超困るし!



『彼女さんの浮気の原因は、橋本さんにあったわけじゃあないと思いますよ。2人が合わなかった、それだけのことです。あなたが彼女さんに何か悪いことをしたわけじゃあありません。多分、仕方のなかったことなんです。あなたはヒドイ人なんかじゃないですよ! だから元気出してください!』



そんなことを考えていたら、今のお題もクライマックスに入ってきたようだ。

私がくだらないことを考えている間に、チロメは立派に人生相談をこなしていたらしい。

人間レベルに差を感じる!


相手を思いやる言葉。

キチンと相手の悩みに寄り添ったうえで、上っ面じゃない『本物』を投げかけている。



チロメはすごいな、と思う。



私にはとうてい無理だ。あんな、『本物』の言葉を投げかけることは。

自分の利を考えずに他人を慮ることなんて私にはとてもできない。


能力的にできるできないということではなくて、『しようと思えない』。


相手を気遣うのは疲れる。

積極的に善意からそういう『良いこと』を行っていこうとは思えない。


逆に私は、()()で誰かを気にかけるのはそこそこする。

しかしそれは善意のためじゃあなくて、『相手を気遣う』という苦労自体が広義的な仕事の内容に含まれているからである。

コミュニケーションを円滑に進めることも仕事の内だ。

それに『気遣い』は自分に時々帰ってくる。助けてもらえたり、給料が上がったり、どういう形で帰ってくるかは分からないけど。


善意ではない。

私は打算的に、人から『いい人』と思われ好意を向けられることで得られる『メリット』を『いい人』を演じて得ようとしているだけなのである。



まあ、こんな風に自身を悪者のように語っておいて、私はそんな自分を嫌いじゃないし、『本物』の『いい人』になりたいだなんて、そんな思いは()()()()無い。


私はどこまでも打算的に善行を行っていこうと思う。



――どちらかというと、チロメが『特別』なのだと私は思う。



だって、普通の人間こそ積極的に他人を助けようとは思わない。


みんな全く『いいこと』をしようとしない、という意味では無い。


誰だって、私だってちょっとした善行を積んだりはする。

電車の座席に座っているときに、目の前に少し辛そうに立っているお婆様や妊婦さんがいらっしゃったら、善意で席を譲る、くらいのことはするだろう。


社会的生物として『人』は誰かの役に立ったら喜びを感じるようにできているから。

()()()()()()()()()()()()()、軽い善行くらいなら人は好んでするようになっている。



しかし、ではそれを行うことで自分に大きな不利益が生じるような善行はどうだろう。

例えばチロメのように自分の休日の貴重な時間を何時間も使ってまで、普通の人は人の悩みに寄り添おうとするのだろうか。



いや、しない。

――普通はしない。



じゃあ、そういう『疲れる善行』をしない人間は『悪い人間』なのだろうか。

自分の利益を優先し、他人を助けようとしない人間。そう聞くと、悪い人間のように聞こえてしまうのだけれど――きっとそれが普通の人間なのだろう、と私は思う。



確かに『疲れる善行』を行う人間は紛れもなく、『絶対的な正しさ』を持つ『良い人間』だろう。

だけど、そんなことができる人間はこのセカイにほとんどいない。



自分を優先することは悪いことじゃない。

みんな生きるのに余裕がないのだ。

勉強だとか、仕事だとか、責任だとか、未来だとか、過去だとか、今だとか、辛いことが多すぎて、人を思いやる余裕なんて、心のどこにも残ってない。


セカイは広い。広くてたくさんのものがあるせいで考えることが多すぎる。それに対して、私たちの心はあまりにも狭い。だから余裕がない。


私たちは普通だ。

普通の人間。悪くはなく、けれどすごくいいこともない、時々いいことをするくらいの、その程度の存在。


それは悪いことじゃない。

『絶対的に正しい』人間でないことは、悪いことじゃない。



とは思いつつ、チロメを見ていると、太陽のように輝いている彼女を見ていると、時折思うことはある。



――私は下劣な人間なのだろうか、と。



多分そんなことはないのだろう。

理屈ではわかる。私は普通の一般人だ。下劣なんかじゃない。

でも、特別優しい彼女を近くに見ていると、感覚的にそう思ってしまうのは、仕方のないことだと思う。


彼女が善意ですることを、私はしようとしない。

絶対的な『正しさ』を持つ彼女は、相対的に私たちの心を『正しくない』と測ってしまう。測れてしまう。

彼女が私たちの善良さを閻魔様のように決めるのではなく、私たちが彼女という『ものさし』を見ることで、自分の身の程を、正確に、相対的に自覚してしまうというわけだ。



それはとても残酷だ。

自分の心の浅ましさなんて、誰も好き好んで知りたくない。



太陽のように素晴らしい彼女。

人のことを思える彼女。




――私は、あまりチロメのことが得意じゃない。




こんなに長い話をグダグダとしておいて、言いたいことは、単純明快これである。


嫌いじゃないが、好きではない。

ただ、あんまり関わってると心が沈むような気になるので、あんまり『得意』じゃない。この言葉が一番適切な気がする。



といっても、給料を貰っている関係上、()()()()()できる限り彼女とは仲良くしていかなければならない。

それにえーてぃーえむとしては大好きだし。



最初の話に戻る。

なので私は、彼女に対する気持ちがどれほど複雑であろうと、彼女の気持ちのワダカマリを解消せねばならないのである――!




『――あッ!!』


「ぴゃっ!?」




唐突にイヤホンから流れてきた爆音に鼓膜が破壊された。


――なにごと!? と、慌てていると。



『リ、りり、あっ、ま、マネちゃん、お家返すの忘れてた……! ま、ままま、まず、と、は、はやくお家返してあげないと……』



どうやらチロメは私の存在を思い出してしまったらしい。


パソコンの別タブでつけていた配信画面を確認すると、彼女は雪のように白い肌を青ざめさせて、まるで雪女のごとき様相で顔面蒼白になっていた。


すごく焦っている。

見てるこっちが不安になってくるほどに、彼女はとにかく動揺していた!


これは後で慰めるのがさらに面倒になったかも。

何気なくお茶を口にする。



『え、えーっと皆ちょっとごめん、ま、マネちゃん家に帰してなかったことに気付いたから、えっと、な、なに言ってんのか全然わかんないと思うんだけど、説明は後でするからちょっと一旦配信外行ってくるね』


『マネちゃん?』

『マネちゃんって何?』

『どゆこと』

『事故?』

『いつものドジすか』

『マネちゃんいんの?』


『そ、そうなの。えっとだから、その、早く迎えに行かなくちゃ――』



『マネちゃんいんなら合わせてよ』



『えっ!?』

「ぶっ!」



飲んでいたお茶を盛大に噴出した。

そのコメントを皮切りに、どんどんコメント欄に『マネちゃんに会いたい』『俺の嫁を見たい』『俺たちのマネちゃん一人占めすんな』『どんなもんか見たい』とそういう意見が流れ出す!


マズイ!


私の額にも汗が流れ出す。

え、これどうなんの、と私が困惑していると。



『ちょ、ちょっと! みんな、マネちゃんに迷惑掛かるからそれは無し! 配信出ません! だからみんなコメント止めて! と、止めて! ほんとに止めて!』



チロメが焦って必死に視聴者を宥めようとするが、コメント欄の勢いは止まらない。

そして5分ほどの討論の末、その台風の日の川をも思わせるような勢いのコメントに負け、チロメが『マ、マネちゃんがいいって言ったらね、マネちゃんがダメって言ったら、絶対あきらめてよね、ホント頼むよ……』と折れてしまい。



「……マジですか」



私が放念していると、ドタバタとチロメの配信部屋である寝室からこちらに来る足音が聞こえ、そちらに私も視線を向けると。



「あ、あのっ、リダム、ちょ、ちょっと相談があるんだけど……嫌なら絶対断ってくれていいからさ、えっと、あ、ぅ……ほ、ホントにごめんなさいっ!」



今にも泣き出してしまいそうで、顔中汗びっしゃりに、弱弱しく、そんなことを頼まれた――。

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