なんばー13 正直ニャーニャウニャ族とマチャメカスープって何だとは思ってる
そしてそのまま月日は流れ、あっという間に案件配信の日になった。
電車にガタンゴトンと揺られた後に5分歩いて。前に来た会社の前に辿り着く。
「うーん……緊張する」
「前にもやりましたよこの流れ。大丈夫ですよチロメさん、いつも通りやりましょう」
「案件配信って初めてだけど、いつも通りでいいのかなぁ……」
「チロメさんなら大丈夫ですよ。それに英二さんやクルルさんも付いてますから。みんなで頑張りましょう!」
「そ、そうだね! 私がんばる!」
チロメが不安がっていた。
それを常套句で慰める。
「しかしリダム、それ大きい鞄だね」
「確かに私の体に対しては大きいかもしれませんね。配信用のカメラとかパソコンとか、いろいろ入ってるものなんですけど……」
そんなことを話しながら私達は会社に入った。
エントランスを少し探すとすぐに英二さんが見つかった。手を振るとこちらに気付いてくれる。
「お、お二人ともお早いですね。本日はよろしくお願いします」
「お願いします! 早く来ておいた方がいいかなって思いまして。……けど英二さん、何だか顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」
チロメが指摘したように英二さんの顔色が少し悪かった。
何かあったのだろうか。
彼は「実は……」と口を苦々しく開く。
「家内が……クルルが、ですね……」
「え……?」
英二さんが言葉を言い切ろうとしたその時、
「ダ、ダイジョブデス……エイジさん。ワタシ、キョウガンバレル……」
「ク、クルル!? お前……大丈夫なのか?」
ふらふらと覚束ない足取りでクルルさんがやってきた。
その瞬間、察する。
——彼女、かなり体調が悪い。
顔は赤いし声や動きにも覇気がない。
全身に「体調が悪いです、本調子じゃありません」と書いてある。
これには私もチロメもビックリ。
だ、大丈夫なのかこれは?
チロメが心配そうに声をかける。
「だ、大丈夫ですかクルルさん? すごく顔が赤いんですけど……」
「ダイジョブダイジョブ、ガンバレマス。チョトしたネツ。ゼンゼンダイジョブ!」
「ほ、本当に大丈夫なのかいクルル? 本当に?」
「エエ、ダイジョブヨ、エイジさん」
そう言われたらどうすることもできない。
しかしこれは本当にクルルさんに頑張らせていいのか?
「というか……クルルさんって今日配信の料理を作ってくださる予定でしたよね? 体力的に大丈夫なんですか?」
「リダムさん、ワタシヤレマス!!」
「えぇ……」
真っ赤な顔をして声を張り上げる。
ちょっと興奮したのかクラっとしていた。
大丈夫かこれ?
私とチロメ、そして英二さんの3人で顔を見合わせる。
——そして英二さんが困り顔でうんと頷いた。
「……いきましょう、このまま。家内は今日をずっと楽しみにしていたんです。憧れのチロメさんと配信を盛り上げて、私達の目標に近づくこの日を……。体調は不安ですが、彼女も大丈夫と言っていますし……」
「クルルさん、体調が悪くなったらいつでも私に言ってくださいね? 配信中でも私は空いているので、いつでもカバーできますから」
「アリガトゴザマス、リダムさん……サイコウのリョウリ、ツクリます!! ……あっ」
「うおおお!! ほ、ホントに大丈夫ですか!?」
ふらりと立ち眩みをおこしたクルルさんをチロメが間一髪のところで支えた。
危ない。倒れた本人は「アハハ……」と気まずげに笑っている。
…………。
前途多難だった。
◇ ◇ ◇
「土曜の9時からこんにちは! 恋に悩める若者たちのための恋愛相談の時間です……といいたいところだけど、今日は何と案件です! 事前に告知した通り! ということで今日は、株式会社くるるさんにお邪魔させてもらってるよ!」
『おはよう』
『おはよう』
『始まったな』
『チロちゃん初案件おめでとー!』
『おはよう』
『チロメも案件するとこまで来たか……』
配信が始まった。
場所は現在会議室、前回打ち合わせしたところと同じ部屋である。
カメラが置ける環境だったり、ものを食べたりする条件上一番都合がいいのがここだったみたいだ。
私と英二さんはカメラの後ろでチロメを見ている。
ちなみに配信用意の諸々をしたのは私だ。
まあ、一応配信者のマネージャーとしてそれくらいの心得はある。
目の前のチロメは先程の不安をおくびも見せず、いつものようににこにこと視聴者の前で話している。
「今日はね、色々とくるるさんの食料品、イ世界の食べ物を紹介していくよ! いやー、中々エキセントリックだったり見慣れないものも多いけど……美味しいものばっかりだから! みんな最後まで配信見てね! あと株式会社くるるをよろしく!」
『というかなんで恋愛相談配信者が食レポで案件してんだよ』
『チロメは時々どこに向かってるのか分からなくなるな』
『なんで食レポしてるんですか?』
「えーっとね、それも結構いろいろあるんだけど――」
チロメが前トークをして視聴者と盛り上がっている。
特に問題は起こっていない。
ふと今の視聴者数を見ると1500人ほどだった。
いつもよりちょい多いくらい。中々いい滑り出しかもしれない。
数分ほどトークをした後。
「それじゃあ早速一品目! マックイっていうフルーツです! ニャーニャゥニャ族っていうネコ系の獣人の住む島で取れるフルーツでね! ……うん! マンゴーとライチを足して二で割ってみたいな味がする! 爽やかかつ濃厚な味わいで美味しいよ!」
『旨そうだな』
『食べてみたい』
『知らないフルーツだけど気になる』
『マンゴーとライチを足して二で割るってどんな味だよ』
一品目の紹介に入った。
「甘酸っぱいね! 恋の味! まさにこの私、恋愛相談配信者のチロメちゃんに相応しい食べ物だと思わない?」
『お前は人生相談配信者でしょ』
『お前の所に甘酸っぱい相談なんて来てないだろ』
『マックイはお前に相応しくはない』
『ニガウリとかがチロメに似合うんじゃない?』
「ちょっとみんな!? なんてこと言うの!?」
自身に絡めた紹介もしている。
小粋な話に「流石ですね……」と栄二さんが感嘆していた。
『でもこれって外国産でしょ? 高いんじゃないのこれ』
「それがそうでもないんです。旬じゃない今でもだいたい一パック500円くらいで買えるんだよね、この果物。今ブドウが一パック千円二千円するでしょ? 中々安いんじゃないの?」
『最近物価高やばい』
『安いね』
『安っ』
『ええじゃん、食べてみたいわ』
「買えるところはくるるだけ! みんな是非とも配信後にお電話を!」
『案件の犬め』
『ラジオのセールスみたい』
『お前人生相談といいセールスといいラジオ適正高いよ』
『全力で会社に媚びを売るなw』
何だかイイ感じに配信は進んでいた。
そして次の料理に移る。
「モテキマシタヨ~」
「はーい、それじゃあ次は……新芽のスライムです! いい香りがする! 春一番の地面から出る前の若いやつだよ! 大人な苦味が美味しいんだ」
先程までくるるさんは体調が悪そうで心配だったが、何とか調理して持ってきてくれたみたいだ。
少し顔は赤いが笑顔で料理を運んでいる。
『可愛い獣人さん来たああああああ!!』
『ケモミミ可愛!!』
『おいチロメそこどけ』
『配膳の人可愛すぎるだろ』
『美人ケモミミきちゃあああああああああ』
『この会社の社長さんかー。ホームページ見たから知ってる結婚してくれ』
「ちょっとみんな! 私の案件に集中してよ!」
美人獣人の登場にイキリたったコメ欄をチロメが収める。
「ワタシキコンシャです~」
『えっ?』
『うそだ』
『うそ』
『え』
『あっ』
『れろれろれろれろろろろろ』
『うそ』
「はいみんな! いまは料理の配信だから! コメント欄お通夜にならない! スライム鍋に集中して! ほら、スライムって珍しいでしょ!? 疑問に思うこととかないの!?」
おもしろい視聴者たちである。
クルルさんが既婚者だという事実の判明で、今まで舞い上がっていたテンションが一瞬にして北風に吹かれる。
「……うまく行ってますね」
「ええ、よかった」
そんな光景を見て私がぽつりとつぶやくと、英二さんが返してきた。
順調に進んでいる配信に彼も同じことを思っていたらしい。
「スライムって菌類なんだよね! みんな知ってた? このスーパーボールみたいな新芽は、スライムが地面の中の菌糸の塊から盛り上がってくる前段階のところでね? その時はまだ熟れてないから苦いんだけど、その苦味が魅力的な――」
「オイシイデスヨ~。カてクダサイ。ソレデハワタシ、ツギノシタクシ二イキマス」
『買います』
『めっちゃ買う』
『注文したいんですけど電話番号なんですか?』
『実際使い道いろいろありそうだよねこれ。俺料理結構するけど軽く思いつくだけでも結構ありそうだぞ』
『可愛くお願いするだけで視聴者が買うと思ってんの? 商売舐めてるよね買います』
「私の話聞いてって! というか君たち私の時は案件の犬とかさんざん言ってなかった!? クルルさんと態度全然違うことない!?」
チロメが視聴者にモノ申しているのを尻目に、クルルさんはトタトタと厨房に向かっている。
「ふう……まだまだ配信は続きますが、何とかうまく行きそうですね。家内も元気そうだ」
「そうですね」
今のまま行けば大丈夫だろう。
視聴者も順調に増えているし、プロモーションもうまく行っている。
クルルさんも今のところ調子がいい。
何も起こるな。
そう願わずにはいられなかった。
◇ ◇ ◇
残る品もあと1皿。
あとは魂のマチャメカスープのみ。
その段階まで配信はとても順調に進んだ。
「見てこのでかいエビ! すごくない!? まあこれザリガニなんだけどね! でもこれザリガニって言っても見た目通り、伊勢海老とかの高いエビと味はほとんど変わらないよ! 身が詰まってて肉厚でおいしい!」
『でもザリガニじゃんそれ』
『急によくわからんの来たな。じゃあ伊勢海老でいいじゃん』
『ホントに伊勢海老と味同じなん?』
『今までファンタジーだったのに急に普通の高級料理来たな』
「いやいや視聴者の諸君! このエビの凄いところは味じゃなくて値段なのさ! 何と一匹日本円で500円! すごい安くないこれ!? いくらザリガニって言ってもすごい安いと思わないこれ!?」
『ふぁっ!?』
『これ500円ってマジ?』
『俺これより一回り小さい伊勢海老前5000円で食べたよ』
『安』
『ワンコインなら俺も食べてみたいよこれ』
『イってやべぇなこれが500円って』
「結構ポンポンとれるらしいよこのザリガニも。まあお金のレート的な安さもあるんだけど……とにかく! みんなこれ買って食べたいって思ったんじゃない? そろそろゴールデンウイークだし、家族で贅沢してみたい人は手軽にどうぞ!」
チロメも順調に紹介していて、視聴者の購買意欲もそれなりに上がっただろうと確信を持っていたこの頃。
あとちょっとで終わる。
あと一品で……そう思っていたその時だった。
「…………」
「クルルさん……?」
最後の品が来るには少し早い。
しかし会議室にクルルさんが入ってきた。
下を向いて突っ立っている。
体が少し揺れており、重心が安定していない。
顔が、赤い。
それもすごく。
何も言わない彼女に、すぐに問題が起こったことを察した。
「――――!!」
ふらりと彼女の体が前に倒れる。
瞬時に英二さんがクルルさんを支えて、おでこに手を当てる。
「熱っ! す、すごい熱だ……クルル、大丈夫か!?」
「う、ん……エイジさん」
どうやら恐れていたことが起きてしまったらしい。
体調不良が悪化した。最後の最後、このタイミングで。
チロメが配信を続けつつ、クルルさんのことを心配そうに見つめている。
……音が入るのもまずいし、いったんこの部屋を出よう。
英二さんにそう合図を送る。彼はクルルさんをお姫様抱っこで持ち上げて、外の休ませられる空き部屋に運ぶ。
「英二さん、これ水で冷やした布です。即席ですが作ってきました」
「おお、すまないリダムさん。ほら、クルル、気持ちいいか?」
「ウ、ウゥ……」
苦し気なうめき声が返ってくる。
顔を真っ赤にさせて胸を上下させていた。若干だが呼吸も荒い。
体調は芳しくないようだ。
「エ、エイジさん、リダムさん……」
「ど、どうしたクルル?」
「ワタシ、マダヤレマス……」
…………。
英二さんの顔が歪む。
悲痛な声だった。
彼女がどれほどの思いをここに込めていたのかが窺える。このまま終わりたくない、と切に訴えかけていた。
「トチュウマデツクテタ、スコシたいちょうワルイけど……マダ、マダ……」
思えば彼女はずっとこの4人の中で、1番配信に対する熱意は高かった気がする。
バタバタと駆け回ってテンションが高かった。
しかも料理も途中までは作ってくれたらしい。
そう思うとやはりやり切れない想いになる。
しかしこの体調で最後の一品を調理するのはとてもじゃないが無理だろう。
今はゆっくりと休憩してもらいたい。
「……今は休んでいてくれ」
「う、うぅ……」
小さな嗚咽が部屋に響く。
胸が痛む。すさまじく。
とりあえず病人の前で話をするのもアレなので、いったん部屋の外に出る。
「ものすごい重症というわけではなさそうだ。クルルの体は私たちより丈夫だし、休んでいれば体は大丈夫そうだが……」
獣人だし命に関わるほどではない。
しかしとて。
「くっ……この後の配信はどうしようか」
英二さんの言葉が重く響く。
そうは言ってもあの体で続行は無理だろう。
「彼女の変わりが務まるような人はいないんですか?」
「……日本人向けのアレンジのマチャメカスープを満足に作れる人間は我が社にも一握りしかいないんです。しかもクルルのレベルでとなると……」
「……というか時間も不味いですね。今はおそらくチロメさんが保たせてくれてますし、クルルさんも途中まで作ってくださってますが……」
「……くっ!」
最後の料理、マチャメカスープに注がれている熱意を私は知っていた。
『諦めろ』だなんて言葉は極力言いたくない。
しかしクルルが倒れるところを見ていたチロメが配信を繋いでくれているだろうが、時間も無限にあるわけではない。
「色々と思うところはありますが、これは、諦めるしか……」
「……仕方、ないですね」
残念だが仕方がない。
私がそういうと、英二さんも悔しそうにしながら同意する。
そうして諦めようとしていたその時。
「え?」
「あなたは……」
私達の前に、その人物は現れた。
「…………」
不気味なギョッと開かれた目に、尖った耳。
例の商品開発部門部長のあの男。
——キルザルと呼ばれた男が、そこにいた。
相変わらず何もしゃべらず佇んでいる。
何を考えているのか分からない。
「そ、その……キルザル君。今は少し、先を急いでいてね……」
「…………」
何も答えない。
ただその瞬き一つしない不気味な目で英二さんを見下ろしている。
何を思っている?
そんな緊張が私と栄二さんに走っていたら。
――彼はグ、と、自身に向かって親指を向けた。
「……え?」
「…………」
「……ま」
「…………」
「まさか——料理する、と言っているのかい?」
英二さんが問いかける。
すると不気味なその表情のまま、こくりと彼は頷いた。
ざわっ——と空気が変わる。
思い出すのは先日の、例の邪悪な鍋らしきもの。
当然だが、配信でチロメが食レポしなければならない。
あの、悪臭と威圧をばらまく、恐ろしい料理を。
できるのか、そんなこと。
私と英二さんが一体して不安を感じていると。
「…………」
「……あっ! ちょ、待ってください!」
何も言わずにやはり不気味なまま、くるりと後ろを向いて廊下の先を進んでいった。
目指すところは厨房だろう。
英二さんの呼びかけにも止まらない。
「キルザルくん! 日本人向け! お願いだから日本人向けの料理を作ってくれ! それにクルルさんが途中まで料理を作っている! その残りを使って……」
離れていく背中に英二さんが呼びかける。
返事は返ってこなかった。
「あの、これ大丈夫……なんですか?」
「…………分かりません。しかし、クルルの料理の続きから始めるのならそう酷くはならないはず。それに、彼も獣人。我が社の理念のもと働く社員。この配信の『失敗』は望んでいない、はず……」
だんだん声のトーンは下がっていく。
滅茶苦茶不安になる。
大丈夫なのだろうか? これは。




