なんばー12 人のモノほど欲しくなる。つまり人妻って素敵。
4月12日月曜日、終戦記念日の祝日。
全国の学生さんたちは休みを謳歌している頃。
「き、緊張してきた……」
「大丈夫ですよチロメさん、きっと悪い人たちじゃありませんから」
私とチロメは大きな建物の前、くるる株式会社の前に立っていた。
理由は言うまでもなく『案件』についての打ち合わせをするためである。
でかい建物だ。でかいビル。
やっぱり業績はかなりいいらしい。
電車に揺られて30分。
駅から歩いて5分ほど、かなりいい立地にも立っているところだ。すごい。チロメパパの会社ほどじゃないけれど、ここもやはり成功者の頂である。
「じゃあ入りましょうか」
「う、うん……」
ビクビクしている。
緊張しているらしい。
しかしここでずっといるのも意味がない。
ビルの中に入る。
すると――
「ホンシャにオコシイタダキ、アリガトゴザマス!! チロメさん!!」
「ありがとうございます!!」
獣人の女性と日本人の男性がビシッ! と角度60度、奇麗なお辞儀を決めていた。
キツネ? か何かだろうか? 三角で上に伸びた耳がこちらに向かってだらりと下がっている。
男の方は金髪のつむじをこちらに見せつけていた。
ぴっちりスーツを着こなしているのが態度の明るさと対照的である。
熱烈な歓迎。
大きな声がビル内に響き渡る。
突然のそのセリフに、チロメも私もポカンとしていた。
「ワタシ、このカイシャのシャチョウ、キキリカ・クルル・レイティストもうシマス。チロメさん、だいファン! アエタことコウエイおもいマス! そ、その……アクシュ、イデスカ?」
「い、いいですよ……? あ、ありがとう、ございます……?」
クルルさんはドシドシこちらにやってくると、ガシッとチロメの手を握ってブンブン嬉しそうに振る。
私たちは完全に困惑していた。
時代の荒波を逞しく乗り越え成功しているやり手のベンチャー企業の社長。
どんな人間かと身構えていた分驚きがでかかった。
なんでわざわざ恋愛相談の配信者であるチロメに食料品の案件を持ってきたのかも、何となく不思議に思っていたが……この人がファンということもあるのだろうか。
「クルルさん、少し落ち着いてください」
キツネの獣人クルルの猛攻に戸惑っていると、隣から落ち着いた声が聞こえる。
クルルさんの隣にいた人。
柔和な笑みを浮かべておりどことなく知性を感じるただずまいである。
「スミマセン……スコシこうふんシテシマテ」
「いえいえ、大丈夫です。いつも私の配信見てくれてありがとうございます!」
クルルさんはその言葉に少し照れくさそうにした後後ろに下がった。
元気溌剌なクルルさんに対して冷静沈着なこの男は相性がいいように思えた。
親しそうな仲だし、いいコンビに見える。
「私は英二と申します。この会社ではクルルさんの秘書を務めておりますが……クルルさんとは結婚して、夫婦という関係でございます」
「えぇ!? ご結婚なされているので!?」
おお、ということは獣人と人間の結婚か。
中々珍しい。
そうして驚いていると。
「チロメさん、ずとワタシおれいチョクセツいいタカタ」
「え?」
先ほどよりも少し落ち着いた様子でクルルさんが話しかけた。
チロメも良くわかっていない。若干困惑している。
「私達、初対面ですよね?」
「ハイシン、オセワにナリマシタ。ほら、ワタシ、サンネンマエにオットとカイシャのことでソウダンした……」
「…………あっ!! もしかして、クルールさん!? ってことは、栄二さんが……ああ!!」
「ハイ、ソです! オボエテテくれてウレシです!!」
私一人をのけ者にチロメとクルルさんが喜び出した。
私は分からないけれど、何か昔の配信の相談者だったらしい。
「え!? ってことは……栄二さん、婚姻戦争に勝てたんですか!? あの無敗と謳われていたらしいヘリシマンにも!? お、おめでとうございます!!」
「ええ、あの時は私からもありがとうございます。チロメさんの相談が無ければ私の覚悟も決まらず、おそらく勝てなかった。今の幸せな生活はなかったでしょう……本当に感謝しています」
「それに、この会社!! クルルさんの実家の妨害は乗り越えれたんですか!? 2-66作戦も!?」
「エエ、ゼンブチロメさんオカゲです」
何があったんだこの2人に。
そしてチロメはなんの相談に乗ったんだ。
「あ、そういえば私も自己紹介しないとね……月華チロメです。本日はよろしくお願いします」
「私はマネージャーの柊リダムです。よろしくお願いします」
「オオ! アナタがマネチャンね!! ヨロシク!」
今度は私の番だった。
クルルさんのにのしのしと詰め寄られ、強制的に腕を掴まれたと思ったらブンブンと振られた。
私もこういう扱いなのか。
されるがままにされる。
「『デンセツ』とタイメンできてウレシデス。イチブシチョウシャのシンコウタイショウ、ワタシも」
私はどういう扱いなんだ!?
「チ、チロメさん? 私配信内でどういう扱いされてるんです?」
「…………ごめんね、ちょっと答えられない」
「え、ええ!?」
どういうことだ。私はどうなっているんだよ。
それはともかくとして、
「では、そろそろ本題に移りましょうか」
栄二さんがそう切り出した。
2人の目つきがキリッとし、場の空気が切り替わる。
おお、流石成功企業の社長と秘書。
先程までの緩やかなモノからの差がすごい。
「えー……こんなところで立ち話もあれですから、ひとまず移動しましょう」
「ツイてきてクダサイ」
栄二さん達に連れられて会議室のようなところに連れていかれる。
道中、何人か獣人の社員さんとすれ違う。スッと会釈をしてくれた。汚い獣人どもにしては相当礼儀がいい。
4人で座るにはでかいテーブルに案内された。
チロメと私が隣に座り、その迎えにクルル夫妻が座られる。
会議室……か何かだろう。
「ソレデハ、ハナシアイしましょう」
「えー、では報酬や配信日時についてはすでにメールで決めているので、案件でどのようにしてほしいか、こちらの要望から詳しく説明させてもらいます」
私達に「妻は少し日本語が得意ではないため、説明は私が」と前置きを置いたうえ、
「まず、私たちの企業目的は獣人種の差別解消運動であり、本会社ではイ世界の食料品を売っておりますが、それも根本のところはその運動のためにあります」
「ワタシとエイジさんミタイニ、ワカリアエルことツタえたい」
「少し惚れ気になってしまいますが……夫としてクルルさんの同族が不当な差別があっているという現状に許せないという思いもあります」
獣人の『差別』というものはかなり根深い。
ちょっと前に見たあの若い獣人が詰められていたところはまさにそれだ。
差別を嫌悪する日本の法律にも、分かりやすく獣人に関することがちょろちょろと書かれているくらいだ。
基本的に戦後、イ世界と地球は対等な関係を結んでいる。
しかしその中でも獣人は違う。
イ大陸の『中央』の権力者たちが獣人の奴隷を持っているモノだから、地球側が『奴隷はよくないよね』とか『獣人にも権利を認めよう』と言ってしまったら反発を食らうため、『文化の違い』ということにして色々と権利を誤魔化している。
まあそこまで露骨に差別を法で定められているわけでもないのだが。
『体が強いから普通のヒトよりいっぱい働かせられるよー』とかそんな感じ。
「獣人の文化を知ってもらうことで、同じ人間として分かり合える存在だと分かってほしいのです。そのため我々は、獣人たちを雇用してイ世界から食物を仕入れて売ることで、獣人の文化を知ってもらい、同じ人間だと認識して欲しいわけです」
隣を見るとチロメが「おお……!」と感動していた。
「そこでチロメさんには今回、我々がいくつかイ世界の料理をピックアップしましたので、それらの食レポを配信で行い、視聴者さん方にイ世界の食事を身近なものとして届けてほしいのです」
「はい、分かりました!!」
元気よくチロメが返事をした。
目はキラキラと使命感に輝いている。
「ここは安心してほしいところですが、危険なものだったり日本人の舌に合わないものを勧めてほしいとは言いません。我々としてもイロモノを勧めて偏見を持ってほしくはないですからね。いくつかこちらでも受け入れられそうなものをピックアップしてきました」
「ソコからサラにシボリましょ」
「では、今日一番やりたかったことでもありますが、今から食材の紹介をしますので、そこから配信で使うモノを選別して欲しいんです」
「おぉ~。イ世界の食べ物って私あんまり知らないんだけど……楽しみです!」
「きっと気に入られると思いますよ。癖のあるものも多いですが、とっておきのものを持ってきます」
「では、ワタシモテきマスネ!」
クルルさんがすごい張り切った様子で部屋を駆け出して行った。早い。
少しチロメが驚いている。
「す、すごい張り切ってますね……クルルさん」
「はは……家内はこの企画にすごい熱意を持っていましてね。少し気が昂り過ぎている気もするくらいです」
クルルさんがすぐに戻ってきた。
クーラーボックスを肩に、片手に大きなダンボール、空いた片手に変なツボを持ち、クビから水筒をかけている。
結構重さがありそうだが……流石獣人だ。
可愛い見た目で力がある。
「ありがとうね、クルル。重かったかい?」
「ダイジョブですエイジさん。シンパイありがとゴザマス」
可憐にクルルさんが笑っている。
そうして夫婦の絆を見せつけられつつ、栄二さんが小さな箱をダンボールの中から取り出し私たちの前に差し出した。
「ちなみに今からお出しするものは、料理は全てクルルさんが用意したものです」
「ワタシがチョウリシマシタ!」
この可愛らしい活発な獣人は料理までできるらしい。
全国の男から英二さんは嫉妬をもらいそうだ。
「では一つ目です」
そして箱を開ける。
これは――果物か?
綿に包まれて入っていた。
「これは……?」
「これはマックイと呼ばれる実ですね。ニャーニャゥニャ族の住む地域で良く取れる果物です。食べてみてください。もちろん、リダムさんもいいですよ」
「あ、私もいいので?」
大きさはブドウ程、一口サイズだ。
色はマンゴーに似ていて、触った感覚として少し硬い。リンゴみたいな。
何とも知らない果物だが、とりあえず口に入れてみると。
「マ、マンゴーとライチを足して二で割ったみたいな味がする!!」
「爽やかな味がしますね」
マンゴーもライチも食べたことが無いのでチロメの表現は分からなかったが、確かに知らない味がした。
おいしい。別に癖もない。
日常的に食べたい人もいるんじゃないだろうか。
「お気に入りいただけましたか?」
「おいしいですねこれ! 新感覚だ……」」
「こんな食べ物があるんですね」
「フフ、ソレはヨカタです。ナツにヨクトレマス。シチガツトカ」
「地元じゃよく食べられてるらしいですよ。妻も出身は別のところ何ですけど、家の社員が紹介してくれたもので。中々いけるでしょう? 日本人の私達からしても、特に癖もなく味わえる。たくさん採れるので値段もあまり高くない」
獣人の国と地球の関わり自体はかなり少なかったりする。
いま日本にいる獣人のほとんどはイ大陸の『中央』の奴隷としてやってきたものだ。
獣人の国と日本の正式な国境はない。
そのため獣人の国の資源は、うまいことやればブルーオーシャンとして利用できるのだろう。
やっぱりやり手だな、この会社。
「それでは次に移りましょうか」
今度持ってこられたのは大きなツボだった。
どか、と机の上に置かれる。
何が出てくると言うのか。
栄二さんがツボの中にお玉を入れる。……液体?
クルルさんがお皿を二枚持ってきて、栄二さんがそれをよそった。
これは……。
「ああ……スライムですか」
「リダムさん、よくご存じで!」
「ス、スライム!?」
――スライムだ。
あの、緑のねちょねちょしている有名な奴。
チロメの目が驚愕に見開かれた。
「ス、スライムって食べれるの? 何というか……食べ物って感じじゃないけど」
「ええ、食べれますよチロメさん。私食べたことありますし」
「ええっ!? リダム食べたことあるの!?」
チロメの驚きと共に、クルルさんと栄二さんも「ほお……」と声を上げた。
「どんな味がするの?」
「言葉で説明するよりも食べてみてください。きっと驚きますよ?」
一匹ドカンとさらに入っているスライムにゴクリとチロメは唾を飲んでいた。
美味しそうだからではない。
まあまあでかい皿の中にドカンと乗っている緑の塊に気圧されているのだろう。
チロメが恐る恐るといった感じに、スプーンでぶに、とつつく。
スライムの被膜が破れて中の液体がドロリと溶けだした。半熟の目玉焼きみたいに。
おぉ……と声を漏らしている。
そして「ええいままよ!」と言わんばかりの気迫でスプーンで液を掬って口に入れた。
クワッ! とチロメが目を見開く。
「こ、これ……キノコだ!! キノコの味がする!」
驚いていた。
「すごい、液体のキノコって感じ……ちょっと酸味が強い。というかなんでキノコ!?」
「スライムは菌類なんですよ。キノコ……というよりは、粘菌の仲間なんですけどね。あんまり知られてないですけど」
「えぇ!?」
私が解説を入れると栄二さんがククッと笑う。
ドッキリが成功した、みたいなイタズラな笑みを浮かべていた。
「驚きましたか?」
「すごい驚きましたね! 何というか、仰天したというか……スライム……おお、いや、驚きましたね!」
「スライムといっても何百何千種と存在します。その中でも毒が有ったり味に癖が強かったりと、中々日本でも受け入れられる種を探すのは大変でした。このスライムは比較的癖が少ないものでしてね。発見したときは嬉しかった」
「リョウリではスープなんかにツカエマス。スライムジル、アジにフカミデル」
「乾燥スライムなんかもありますし、若芽のスライムは中の液が固まっていないのでそのまま齧ることもできます。現地でもかなり食べられている食材ですし、色々と使い道は多い」
スライムの種類ってのはキノコと同じくすさまじく多い。
その中からよくこのように食べやすいものを探し出せたものだ。
獣人に食べられているものとはいえ、地域ごとに食べられているスライムも違うし、獣人と日本人の好みも違う。
根気のいる作業だっただろう。
「試行錯誤段階では、よく毒性の強いスライムに当たって大変でした。地域で食べられている、食べても死なないものを試食しても、日本人と獣人では耐性も違いますからね。そこら辺のキノコと同じで、変に食べるとヒドイ当たり方をする」
「タイヘンだた、しゅるいマチガエテエイジさんネコンダトキ、シヌカトおもてフアンだタ」
「それも今となってはいい思い出ですよ」
「ケド、リダムさんヨクタベタコトアッタ。ドコでスライムタベタノ? ちゃんとシタスライムうテルみせスクナイ」
「ん? ああ、それはですね、小さかったころあまりにお腹がすいていたときがありまして、川辺で大量繁殖していたスライムを……」
…………。
沈黙が訪れた。
「え、えっ? そ、そこら辺のスライムを?」
「リ、リダム……何やってるの!? というかお腹が空いてってどういう状況!?」
「リダムサン……マジ、デスカ?」
「いや、あの……ひ、火は通しましたよ?」
「火を通すなんて当たり前ですよ! 今出したものもお湯でじっくり煮たものですし……え? ほ、本当に拾い食いを? 何か食べたとき違和感とかはありませんでした?」
「違和感なんてないですよ。ちょっと舌が痺れたくらいで」
「それ毒!!」
毒だったの!?
わ、私の幼少期を支えたあのスライムが……。
「少し大袈裟なんじゃ……舌が痺れたって言ってもそんなにですよ? 別にちょっと一日味覚がなくなるくらいで……」
「それかなりヤバいんじゃないのリダム!? というかどういう幼少期を過ごしてたの?」
「いいですか!? 素人のスライム狩りは危険なんですよ!? い、色は!? 何色のスライムを食べていたので!? まさか黄色じゃ……」
「黄色でした」
「猛毒!!」
英二さんが声を張り上げる。
クルルさんも引いていた。
「何で生きてるんですか今あなた!? 獣人でも食べませんよそんなの!?」
「アブナイ……スゴク!」
「あ、あはは……そんなに危なかったんです?」
「小さかったころ食べていたと言いましたが……もう食べてないんですよね?」
「え、ええ。もう最近じゃ働いてるので食べてませんよ」
月一くらいでしか。
「はあ……本当に危険なんですから、もう食べないでくださいね? 先ほども言いましたけど、スライムはキノコと同じです。素人のスライム狩りはとても危険なんです」
「リ、リダム……食べ物に困ってるなら私に言ってね? 何でも協力するから……。というか本当にリダムはどういう子供時代を過ごしてたの?」
それは秘密。
しかしとりあえず野生のスライムを今後食べるかどうかは、家に残っている分を消費してから考えることにしよう。
そう心に決めていると、何だか訝しむ視線を英二さんから向けられる。
「まだ怪しい気がしますけど……ホントに止めてくださいね。では、次の食材は——」
そこからもいくつかの食材が紹介された。
味も大きさも伊勢海老レベルの、日本円で500円くらいで買えるでかいザリガニ、
でかい大蛇が産んだらしい、変な味のする不思議な卵、
ミノタウロスの牛乳、
竜種の肉、などなど。
美味しかったり感じたことのない味だったり色々あった。
流石は成功した企業ということもあって、チロメは大変満足した様子である。
「それでは次で最後の試食です」
「サイゴデス!」
気づけば最後。
試食なので量は少なかったが種類はそこそこあったので、まあまあお腹が溜まった頃である。
「ツギノリョウリ……ワタシタチのホンメイ。ウデにヨリカケテツクッタ」
クルルさんがそう言う。
明るい感じの人だが、そう言う声は真剣そのものだった。目には確かな意志を感じ取れる。
相当思い入れがるらしい。
「というのも次に出す料理は、獣人の4000年の歴史が込められているものでしてね。姿形が違いクルルさんたち獣人の、共通する伝統と歴史を持ったソウルフードなんですよ」
大層なもののようだ。
一体どんなものなのだろう。こう説明を聞くと少しばかり緊張する。
「どんなものなんだろうねー……」
チロメも雰囲気に押されていた。
クルルさんが鍋を持ってくる。
「それではどうぞ。マチャメカスープと呼ばれているものです」
果たして。そんな私たちの緊張と共に――蓋が開けられた。
そこには、ごく普通のシチューがあった。
キノコの香りのするシチュー。
具は普通。鶏肉と魚が混同しており、キャベツやにんじんなんかの野菜も入っている。
時々見覚えのないものが混じってはいるが、何となく前置きに対して『普通の鍋』という感想を抱く。
チロメもそんな感じの顔を少ししていた。
とりあえず、スプーンで口に運んでみる。
その瞬間。
「あっ……」
頭に強い衝撃が走った。
確かに、違う。
チロメが思わず声を漏らしてしまっているのも納得なくらい。
そう感じた。
チロメが呟く。
「……おいしいですね、これ……」
「それはヨカタデス」
味としては先ほどのスライム――キノコの味が強い。
汁の中に含まれているのだろう。
具材に味がよく染みている。それだけでも一級品の旨味があった。
でも、本質はそこじゃない。
チロメも感じとっているだろうこの感覚。
何か――何か強い意志のようなモノを感じた。
『歴史』なのか、クルルさん達の『思い』なのか。
判断は付かないがともかく『意志』を感じる味であった。
食べたものに『何か』を伝える味。
私の嫌いな味。
そのまま完食する。
今まで食べて存在していた満腹感も気にならなかった。
「ありがとうございます、マチャメカスープ……でしたっけ、想いが伝わりました」
「私からもおいしかったです。マネージャーでも食べさせていただいて……伝統の味、格別でした」
「それならよかったです。私たちの、本気の料理でしたから」
「すこしシンパイデシタ。コレでハンノウうすカタラドウシヨウカト……」
チロメは何か食べたことで感じるものがあったらしい。
その目に確かな、決意のようなモノを感じた。
「それではこの後は諸々の選別をしましょうか」
「そうですね、配信時間とかいろいろを踏まえて――」
そこから先は配信で何をどう紹介するかを細かく会議した。
何を出すかとか出さないかとか。
最後に食べたマチャメカスープは話し合うまでもなくなく使うことになっていた。
しかも大トリ。
最後に紹介する1番インパクトの強いところ。
そして今日すべきことが全て終わり。
「今日はありがとうございました。次会うのは配信の時にここでですね」
「イイハイシンしまショ!」
「はい!」
今日は解散することになった。
配信はチロメ宅ではなく会社ですることになっているので、次に会うのはここというわけだ。
チロメと2人が握手し、部屋から退出する。
そして帰ろうとしたところで——
「わっ」
すぐ扉を開けた通路のところ、チロメが人とぶつかった。
死角になっていていまいち見えていなかったらしい。
パタンと彼女が倒れる。
「す、すみませ……」
「…………」
チロメがすかさず謝ろうとしたところで口を閉ざした。
チロメがぶつかった人物はスキンヘッドの耳が尖った豚鼻の、顔の表情がピクリとも動かない、何とも不気味な人物だった。
――ギョロッと開いた目で転んだチロメを見下ろしている。
威圧感。人を気圧す雰囲気がある。
それに一言もしゃべらない。
しかぢチロメが黙った理由はそこではない。
英二さんも少し顔を顰める。
同じ職場で働く会社の同期に対して、だ。
だけどそれも無理はない気がする。
それはあまりにも人間には、悍ましすぎるモノだろうから。
強い。酷い。気圧される。
その人物が持っている——その物体の臭いに。
「キ、キルザルくん……りょ、料理の研究中かい? 鍋、か……」
「…………」
ギョロリとした目を英二さんに向けるだけで、言葉を返しはしない。
ポコポコと煮えている鍋をミトンで持ちながらただただ不気味に佇んでいる。
その手が持っている『鍋』は、ものすごい『悪臭』を発していた。
動物の腐ったものをすごく酸っぱくさせたみたいな。
とても食べ物の臭いとは思えない。
少し覗いている鍋の中身を見てみると、何か人間の腕のようなものが浮かんでいた。
何かの目玉もこぽりと下から出てくる。
これ……食べ物、なのか?
「が、頑張ってねキルザル君。君の料理の知識にはずっと助けられている」
「…………」
会釈もせずにガンギマッタ目のまま、キルザルと呼ばれた不気味な男は去っていった。
チロメは未だ尻もちをついている。
ハッとそれに気づいた英二さんがチロメに手を差し出した。
「す、すみませんチロメさん……」
「あ、ありがとうございます」
チロメが起こされた。
「今の人は……?」
チロメが英二さんに聞く。
まあ、気になることだろう。私も気になってるし。
何とも怪しい鍋を持っていたあの人。
会釈も挨拶もなく一言もしゃべらなかったあの人は、徹頭徹尾全てが疑問に満ちた人物だった。
「ああ、あの人は……うちの会社の商品開発部門の部長です」
「え、えぇ!?」
チロメが驚愕の声を上げる。
あの悪臭を放つ鍋を持っていた彼が商品開発部門の部長とは驚きだった。
「あ、え、と……す、すみません、驚いちゃって。失礼でしたよね……?」
「いえいえ。チロメさんの驚く気持ちはよくわかります。彼は、何というか……職人気質というか、『伝統』へのこだわりの強い人でしてね。性格も寡黙な方で。あの料理も、地元の料理をレシピのそのままふるって作ったモノなんです」
「つまり……?」
「日本人の口に合うモノはあまり作らないんですよ。食材もかなりこだわって使われているみたいで……。我々日本人からするとキツイものがあるんです。ただ、料理の腕と知識量はピカイチでしてね。私の家内など獣人からするととても美味しい料理を作るんです。彼には我々もずっと助けられてきました」
そういう感じか。
私もチロメもはえー……という感じだった。
「ただ、チロメさんの配信の際の調理を担当するのは彼ではありません。今日と同じく、獣人料理の日本人向けアレンジが得意な家内のクルルがしますので、そこは安心してください」
「ガンバリマス!!」
それなら何も言うことはない。
気を取り直して。
「では次の配信、絶対成功させましょう!!」
「サセマショ!!」
「はい!」
4人でおお! と腕を上げる。
こうして今日が終わった。




