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なんばー10 神のみぞ知るそれ




6畳しかない汚い畳の上、日光も入らないという日照権が侵害されている家の中。


私は一人求人誌を読んでいた。

ペラペラとページをめくる。募集要項に『大卒』や『高卒』という文字を見るたびに気分が悪くなっていく。


最終的に萎えた。

ぺっと狭い部屋の中、それでも遠くの方をめがけて求人誌を投擲する。



「……萎えました」



シルフィア様の機嫌を損ねた数日。

私は今の仕事に見切りをつけて、というかつけられる前に次の就職先を探していた。


肉体労働は私のクソザコボディじゃパス。

いい職業は私の今の中卒スペックじゃ働けるところなんてない。

となるとまあ、私のぶりっ子フェイスとコミュ力を使って、メイドカフェにでもまたバイトに行こうかなぁ……など、色々考えていたりする。


しかしうだつは上がらない。

このままだと『ヤギ』のところで薄給でこき使われてしまいそうだ。



そんなことを考えていたら、唐突にスマホが鳴った。



「……こんな朝っぱらから誰です?」



若干不機嫌になりつつスマホを取る。

亀かタイガ辺りからだろうか、と思っていたが、スマホに映っていた名前は『チロメ』だった。


メッセージが送られている。



『リダム! 朝早くからごめんだけど、シルちゃんがリダムと話したいって呼んでる。今から来れたりしない?』



……どうやらいよいよらしい。

私のクビが切られる時が来たようだ。


あの最悪の別れ方からして、この呼び出しがいいものであるわけがない。



「……退職までに貰ってない給料って貰えるんですかね」



肩を落とす。

色々不安だが行くしかない。


私はチロメに『今から行きます』と軽くメッセージを打った後、最低限身なりを整えてこのボロアパートを出た。








「お、おはようリダム」


「おはようございます、チロメさん」



今生で最後になるかもしれないチロメとの挨拶。

彼女は何やらびくびくしている。


私とチロメは、チロメの住んでる高級マンションのエントランスにいた。


シルフィア様と会えとのことだったが、どうやらシルフィア様もこのマンションに住んでいるらしい。

チロメの成長を見守っていたという話だし遠いところに住んでいるとは思っていなかったが、ここまで近いとも思っていなかった。


しかしあの人も金持ちらしい。

私のボロアパートと交換してほしい。



「シ、シルちゃんあの後水浸しで帰ってきたけど……あの時何があったの? それに、この呼び出しって……」


「……すみません。博物館に行った後食事に出かけたのですが、そこで私の友人と会ったのです。しかしシルフィア様とウマが合わなかったようで、それで……。損害割合はこっちが100です。本当に申し訳ありません」



チロメもここ数日あの件のことで不安に思っていたようだ。

シルフィア様に粗相をしてしまったこと、深く頭を下げる。



「そ、そんなに頭を下げなくてもいいよリダム。私は何もされてないし……」


「チロメさんにとって大事なシルフィア様を水浸しにしてしまったのですから謝るのは当然です。……シルフィア様にも謝罪しないといけませんね。今日、どんなことを言われたとしてもそれだけはしたいです」



もうタイガとは縁切ろっかな。

その方が健全な気がしてきた。



「……とりあえずいこっか。シルちゃんのところ」


「……そうですね」



何となく気まずい雰囲気になりつつ、エレベータに乗る。

ごうんごうんと上に行く中、私と彼女の間で会話はなかった。


エレベータはすぐに目的の階に着いた。

チロメの部屋は上の方だがシルフィア様の部屋は下の方である。あまり時間はかからない。



「それじゃあ頑張ってね、リダム」


「ええ、それでは」



チロメはここまでだ。

シルフィア様と私とのサシ。彼女はついてこない。


これでチロメと会話するのも最後かもしれない。

そんなことを思っているのは相手方もそうなよう。


私の方を不安げな目で見つめている。

私はニコリといつものように笑った。



「……リダム!!」


「わっ」



感極まったのか、チロメに急に抱きつかれた。

目じりには少し涙をためている。

小さな私の体はすっぽりとチロメの体に収まった。


背中の方まで手を回されて、しっかり抱きしめられている。

吹雪の中遭難したような今の心情とは真逆にチロメの体は温かい。

黒い髪がサラサラと髪に当たった。



「今までありがとうね!! もう言えるかわかんないから……今言っとく」


「……チロメさんも頑張ってくださいね。私はいつまでも応援してます」



今生の別れみたいな空気になった。

まだ私の別れが確定したわけではないが――まあ、そのようなものだろう。


たっぷり数秒抱き合った後、チロメが名残惜しそうに私を離す。



「それでは」


「じゃあね! 頑張ってね」



この仕事について2か月強。

あんなにチロメに好かれているのは少し予想外だった。


エレベータに乗り込むチロメに見送られる。

最後まで手を振っている彼女をエレベータの扉が閉まるまで確認する。



「……それじゃあ行きますか」



いざ退職へ。

事前に教えられていたシルフィア様の部屋に向かう。


私のボロアパートの錆びた鉄の柵のそれとは違い、奇麗にシックイで固められた通路を歩く。本当に奇麗だ。ちゃんとしている。

今思えば元から住むセカイが違ったのだろう。

私はマンションの通りを歩きながらそう思った。



シルフィア様の部屋の前に着く。

そして部屋のチャイムを押した。



数秒扉の前に立っていると、中から人が歩く音が聞こえた後、扉がガチャリと開けられた。



「……来ましたか」



出るのは当然、シルフィア様である。


緑の大ボリュームの癖ッ毛。

寝不足なのか隈ができている鋭い三白眼。

しかし顔自体は童顔で、身長も著しく低い。私と目線の高さが同じだ。


彼女に促されて部屋に入る。


チロメの時はその部屋の内装の豪華さに驚いたが――シルフィア様の部屋は、何というか『シンプル』だった。


チロメの部屋が悪趣味な成金のような部屋と言うわけではない。

どちらかというと、シルフィア様のお部屋の質素が突き抜けていた。


あまり広くない部屋。

それでも周りにあまりものが置かれていないため広く見える。


小さなテレビに、小さな机。

部屋の隅にはぽつんとベットが置かれている。

ソファなんかもなければベットがでかいわけでもない。


しかしそれで何か悪いことがあるのかと言えばそうでもなく、むしろシルフィア様の『性格』の表れのように思えた。


生活に最低限のものだけ置かれており、しかし見ていて不便さを感じず、確かな生活感を感じられる。

床を見てもホコリ一つない。ちゃんと掃除されているのだろう。



「……座ってください」



小さな机に椅子が二つ。

言われるがままに腰掛ける。


さて、審判の時が来てしまった。


対面に座るシルフィア様は、いつものようにその鋭い鷹のような目をさらに研いで私を睨みつけていた。

恐ろしい視線である……私の仕事が今日でなくなるのは確定っぽい。


ビクビクしつつ、私は彼女に頭を下げた。



「――すみませんでした!」



誠心誠意の謝罪をする。



「友人がシルフィア様に粗相をおかけしてしまい……私の責任です。あの場でアイツがシルフィア様に迷惑をおかけする前に止めるべきでした。服のクリーニング代はお支払いします。折角私に機会をくださったのに、仇で返してしまい申し訳ありませんでした」



シルフィア様はそんな私を変わらず睨みつけている。



「…………」


「…………」



私たちの間に沈黙の時間が流れた。

もう私に言えることはない。


数十秒ほどだろうか。

無限に思える静寂の圧を耐えていると、シルフィア様が口を開けた。



「それは……」



未だ私を睨みつけている。

蛇に睨まれたカエルが感じるような、恐ろしいものがそこにはあった。



「それは、私の機嫌を取るために行っているのですか?」



鈴のようなキレイな声だが感じる圧は魔王のそれ。

真意を絶対に取り違えないと主張するその鷹の瞳。


逸らすわけにはいかない。

私もそれを見つめ返しながら、答える。



「シルフィア様が私のことをどう思ってくださっていたのかは分かりませんが、短い期間でも私はあなたに信用してもらえたと感じました」



真意。



「そんなあなたに迷惑をかけて謝罪もしないまま終わるのは、したくなかったんです。シルフィア様が私の謝罪を不快に思われたのならすみません」



再度、沈黙の時間が流れた。

シルフィア様は私の瞳を見つめ続けている。


真意。

真意を瞳が映すというなら、私の瞳には何が映っているのだろうか。


目の前の彼女の、私を映している、その緑の、玉のような瞳。


その瞳に私はいったい、どう映っているのだろうか。



その答えは――誰が知っているんだろうな。


私か、目の前のシルフィア様か。

それとも他の第三者なのか。


きっとそのどれもが違うのだろう。

それは、神のみぞ知るものである。



「善悪は友を見ろ、という言葉があります」



シルフィア様が言う。



「英語圏にも『 A man is known by the company he keeps』という似た意味のことわざがある。人間というものは文化が違っても同じ答えに辿り着く生き物のようですね。意味は文字通り、その人間の『本質』は周りにいる人間を見ればわかるというものですが……」



言いたいことは言わずとも通じる。



「あなたの友人を貶すようで申し訳ありませんが、ことわざに倣い()()で判断するならば、あなたは『いいもの』ではないのでしょう」



彼女の瞳に映る私は()()見えたらしい。

だったらまあ、仕方がない。決してそれは間違いではないのだから。



こればっかりは仕方がない。


今回までの一件は、叶ってしまった泡沫の夢ということだろう。


私とチロメ達は生きているセカイが違う。歩んてきた道があまりにも違う。

偶然、何の因果か神様の手違いで逢ってしまったそのお互いの道が、通常通りに戻るだけだ。


さて。

明日から『ヤギ』のところのお世話になりそうだ。

3ヶ月ほど前までしていた違法まがいの労働を思い出して内心顔を顰める。


ああ、やっぱり楽でよかったな。

チロメに仕えるマネージャーは――。



「ですが」



諦めムードでシメに入ろうとしていたら、逆説が入った。



「正直私はあなたを測りかねている」



その力強い眼力でも見落とすものがあるんだな、と。

私は思った。



「チロメさんは随分とあなたのことが『お気に入り』なようです。先程のことわざを引用するのならまた、あなたは『善良な』人間なのでしょう」



まあ、チロメさんは少しアレですが……とシルフィア様はぼやきつつ。



「あなたは怪しい。学歴も、出身地も、友人も、とにかく色々と不審な点が多い人物ですが、それと同時にまた、誠実な人間である証拠もある。()()()()()()()()()()()、私は。だから一つだけ問いたい」



まっすぐ見つめられる。



「あなたは、チロメさんに害を及ぼす存在ですか?」


「いいえ」



即答した。

彼女に私が害を及ぼす? 絶対ない。


彼女を傷つけて得られるモノなんて百害あって一利もない。



「……本当に?」


「ええ、少なくとも、私はそうありたいと思います」



私が強くそう答えると。

シルフィア様は何かを考えるように、また口を閉ざした。


私の真意を読み解いているのか、疑っているのか、判断を決めようとしているのか、それは分からない。

またいくらか時間を置いた後、シルフィア様は静かに言った。



「……ここ数日チロメさんがあなたのことを心配していた。連絡を上げてあげてください」



――私は助かったのだろうか。


シルフィア様のお言葉。

ぺこりと頭を下げる。



「ありがとうございます」


「……勘違いしないでください」



感謝の言葉を述べるが、シルフィア様の鋭い視線は相変わらずで。



「測りかねている、というだけで、あなたを善良な人間と判断したわけではありません。これから少しでも疑わしい言動をすれば私の評価は変わります。くれぐれも、変な気は起こさないように」


「……はい!」



私の瞳に何が映るのか。

他人の瞳に私はどう映るのか。


その答えは神のみぞ知る、と私は述べたわけだが。


私の最初の目標は『シルフィア様に誤解をさせる』ことだった。


つまり私のすべきことは、シルフィア様の瞳に映る()()が何かを誤らせることだったわけだ。


しかしシルフィア様の出した答えは『分からない』。


目標の達成率は半分成功半分失敗と行った所か。


結局答えは神様しか知らないものなのだから。

人が分からないのは必然。分からなくて当然なのだ。


私の目標はそんな答えのない答えを誤認させること。

しかし彼女はちゃんと『分からない』と答えた。


白だとも黒だとも決めつけず、分からないというその答え。

彼女は決定的な出来事が起こるまで判断を渋り、先送りにする愚か者なのだろうか。

いや、違う。

あれはきっと、賢さゆえの答えだ。


私が何かしようものなら、あの恐ろしい眼力で、たちまち私は悪事を見破られるはず。

彼女は監視を辞めていない。

空を舞う鷹のように、いつも広い目でネコを探している。



「……ま、いいんですけどね。別にチロメさんに危害を加える気なんざ毛頭ねーですし」



シルフィア様の家を出て、私はチロメに「マネージャー継続です!」とメールを送る。

助かったことを今は喜ぼう。


そのまま帰ろうとエレベータに向かったら、上からチン、と降りてきた後扉が開き。



「リダム! よかった!!」


「えっ? チロメさ――わっ」



メールを送って一分もたっていないはず。

エレベータから何故か出てきたチロメに両手を掴まれブンブン振られる。


ちょっと来るのが早すぎてビビった私だった。


涙目でにこにこ嬉しそうにしているチロメに、私もニコリと笑みを返した。

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