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なんばー9 へどろの仲の友情

主人公の姓は柊です。

まあ、そういうことです。

「悪いはねぇ~、こんな夜遅くに荷物持ってもらっちゃったりして」


「いえいえ、塾帰りでしたので全然構いません」



夕日が落ちた夜7時。

歩道橋で困ってらっしゃったおばあ様を救出した私は、その後姿を左手を振って見送る。



「気を付けてくださいね~!」


「はいは~い」



ニコニコ笑顔で善良さをアピール。


春くらいのこの季節は、夜中の7時にはすでに日は沈んでおり辺りは薄暗くなっている。おばあさまの背中姿もすぐに見えなくなった。


誰もいない町中。ここには私一人しかいない。


人と関わる用のニコニコフェイスを解除する。


約束の時間まであと少し。とはいえ目的地は既に近い。慌てて急ぐ意味もないだろう――まあ、最悪待たせても問題のない連中ではあるが。

というか、いつも参加者の半分ほどは遅れてくるので本当に急ぐ意味はない。


静かにこの夜の街を歩いていこう。


そう思って、のんびり歩きだそうとしたら。



「りーだむっ!」


「……あ?」



後ろから軽快に走る音が聞こえたかと思うと、私の腰付近に手が回されて後ろから抱きつかれた。

私の小柄な体に大きな衝撃が走る。体勢を崩しかけた。



「あはははは! 『……あ?』ってりだむ、こわ~い! ついさっきまでお祖母ちゃんに『気を付けてくださいね~!』なんて可愛く言っちゃってたのに! 私にもぶりっ子してよ~!」


「お前にくれてやる優しさはねぇですパパラッチ」


「あはははは! 辛辣ー!」



短いツインテール。紫色の髪。

頭の上にはちょこんとまるで探偵かのような帽子が乗っており、服は黒のタンクトップに、腰にコートを小学生のように巻いている。

胸はまあまあでかい。タンクトップを押し上げている。


身長は大体160㎝ほどだろうか。

私と比べれば10㎝も高いがどちらかというと小柄な方だ。


チャームポイントはその首に掛けられている『カメラ』だろう。



職業自称ジャーナリスト、実際のところは悪質な出歯亀記者であるこの女。



ぐいぐい来るのがうざいところで、今でもキャッキャキャッキャと私の周りをクルクル回っている。


亀ヶ崎(かめがさき) 亀希(きき)


名前に亀と大量についている可哀そうな女である。



「……抱きついたりして首のカメラが壊れたりしたらどうするんです? あんたそれ仕事道具でしょう」


「いやいや、流石に壊れないよう計算して飛びついてるぜ。その道5年の私にかかりゃそれくらいの計算は簡単ってことさ」


「その道って何ですか」


「ん? そりゃあ当然『人を背後から襲う歴』のことよ。ジャーナリストは時に法律を恐れないんだぜ!」



恐れろよ。



「いやー、こんなところで会うなんて奇遇だね! まるで運命じみたものを感じるよ!」


「あんたも同じ待ち合わせに向かうところでしょう、奇遇も何も……はあ。昨日の昼、タイガに似たようなこと言われましたよ。あんたらクズは思考回路が似てますね」


「え、えぇ!? あいつと私が同レベル!? り、りだむなんでそんな悪口言うんだい!?」



タイガがカスなのは共通認識。

会ってしまったからには2人で夜の街を歩き、目的地に進んでいく。



「今日は随分とご機嫌ですね。いつもはベソかいてたり吐いたりで忙しいですのに……」


「今日はいいネタが取れたんだ! スクープをすっぽ抜いちゃったってわけ! 上司にもちょー褒められちゃってさぁー。うん、今日はいい日なんだ!」



カメラを笑顔で持ち上げてにぱぁっと笑う。

気持ちのいい笑顔だ。まるで純粋な天使のよう。


こいつは先程言った通り新聞記者だ。



「――俳優、川本金治の不倫をすっぽ抜いちゃったわけ! どう!? すごいでしょ! 日本でバカ売れ中のあの俳優だぜ!? これは新聞も飛ぶように売れること間違いなし!」


「誰ですかそいつ」


「えぇ!? 知らないの!?」



だって私テレビ見ないもん。

ニュースはスマホで定期的に追っているが芸能人やらは特に見ない。


有名人なのは亀の反応的に伝わる。



「いま世間で俳優と言えば金治なんだけどなぁー……ま、りだむだもんね。とにかく私は世間が思わずビックリ仰天しちゃうような大スクープをカメラに収めたわけ!」


「それは良かったですね」



適当に流す。


そんな私の塩対応に気付かないのか『でしょ~』とご満悦気に受け取った彼女は、聞いてもいないのにその武勇伝を語りだす。私の知らない川本金治をすっぽぬいたその戦いのストーリーを。




「大変だったなぁ~。わざわざ足のつかない美人さん雇って、何とかホテルに誘惑してもらうの。1週間で何人かに誘ってもらったけど中々応じなくてねぇー……奥さんに根も葉もないうわさ流して、家庭環境悪くしたところでようやく引っ掛かってくれたぜ。長かったなぁ……! この戦い!」




――クズ。


意気揚々とエピソードを語る亀に、私はその烙印を押した。

私じゃなくてもそう判断すると思うけど。


こいつはいわゆる『パパラッチ』だ。それもその究極系の。


ネタのためなら何でもする。人権を無視した張り込みをしたり、法律スレスレの手段を用いる。今回言ってる美人局なんかもその手段の一つだ。足がつかないよう色々工作をしてるから質が悪い。


他人の人生をいくつも殺している外道。


冷めた目でこいつを見つめる。

亀はそれに気づかない。

こいつもタイガと一緒にするなと散々ほざいていたが結局同レベルなのだ。五十歩百歩。

……私が言えたことではないのかもしれないけれど。



「……しかし今日のりだむは何となく元気ない?」


「そう見えますか?」



亀がこちらの顔を覗き込んでそう言った。

分かるものなのだろうか。


シルフィア様の一件で私は今かなり心を痛めている。


高給……。

惜しんでも惜しみ切れない。

顔に出ていたらしい。見事に言い当てられてしまった。



「今日は楽しい気分になりたいですね」


「あはははは! 私たちのメンツじゃそれは無理かもだけどね!」



私の切なる思いは正論によって鼻で笑われた。

それもそうだなと納得し、そこから先は亀の話を聞きながら道を進んでいく。



「おっ、着いた~! 約束の時間ピッタリくらいだね!」


「そうですね」



約束の店に着いた。


古びた居酒屋、という感じの店。一通りの少ないところに面しているせいか、東京の日曜の夜だというのに圧倒的に人気が少ない。寂れている。


入口には『CLOSED』の看板が下げられているが、それをガン無視して中に入る。

これは、私たち以外の人間を入れないためのものなので。



「おーっす! 『ヤギ』と柊さん……とあとクソガキ! 早いねー3人とも」


「うるせぇから口閉じろ、アマ」


「……ああ、亀とりだむか」


「ねぇ、クソガキって僕のこと? クソガキはそっちでしょパパラッチ」



先客が3人いた。


ヤギ、柊、クソガキ。


まあ上から紹介していこうか。




特徴的なのは何と言ってもその見た目、ふさふさの毛を全身に、服は下しか履いていない。頭からはねじれた角が二本はえている。身長は2mほどだろうか――。


『柊』の隣に座っているその男、いや、動物。


見た目の通りのそのネーム。


人とヤギを足して二で割ったらこうなるのだろう――『ヤギ』と呼ばれた男。




まるで葬式の時に着るような黒い着物を着ている高齢の男。


髪は白髪に髭も白。

体はやせ細り顔や手にはたくさんの皴が入っており、50年を軽く生きていることが分かるが、その険しい顔からは、その見た目からは考えられなほど鋭いオーラを放っている。


鋭くて、鋭くて、子供が見たら泣き出してしまいそうなくらい。


『ヤギ』の隣に座り、焼酎の入ったおちょこを口に運んでいる。




――『柊』と呼ばれたその老人。




最後は、まあ、うん。


クソガキ。


この場に見合わない制服姿の、ムカつく顔の高校生。

うざい、きもい、以上。語ることはない。

ただのくそがき。


『柊』と『ヤギ』からは離れたところに座っている。


きっと今までこわーい2人から距離を話して縮こまっていたのだろう。

『亀』に突っかかっている。



「これで……私と『亀』と『ヤギ』と『柊』さん、で『クソガキ』だから5人ですか。タイガとせんらさんが来てませんね。まあ、あの2人はいつも時間なんて守りませんけど」



私たちは定期的に、具体的には月一程度で7人でこの居酒屋に集まっている。


メンバーは獣人のヤギだったり、険しいオーラの老人だったり、クソガキだったり、出歯亀記者だったり、猫かぶりのぶりっ子だったり、ヒモだったり、殺人鬼だったりと年齢も性別も種族も何もかもバラバラなこのメンバーだが、なんでこんなチグハグなメンバーで集会をしているのかと言うと。



直結に、私達は世間のハグレモノとして、何となくハグレモノ同士で仲良くやっているのだった。



小さい頃から付き合いがある奴、たまたま成り行きで仲良くなった奴、別に仲がそもそも良くない奴、まあ色々いる。


私と『亀』も席に着く。

バーのカウンターみたいな感じ。

『柊』と『ヤギ』のところから一つ開け、『クソガキ』から二つくらい開けたところ。


亀が腕を絡めて頬ずりしてくる。

ほおの肉が柔らかい。



「おじさん、いつものください」


「おっちゃーん! 私えだまめ食べたーい! あと生ビールいっぱいちょうだーい!」


「……へい」



ああそうそう、忘れてた。

この店の店主のおじさんもこの場にいた。


この人は積極的に会話に入ってきたりはしない。

いつもクズたちに場と料理を提供してくれ、かつ他言無用を守ってくれる都合のいい男の人だ。


『柊』だったり、今は来ていない『真っ赤ちゃん』だったりと色々すねに傷がある奴もこのグループにいるので、通報されたりしないのはありがたい。


私? 私は何もしてないよ、うん。



「――ねぇ、なんでさっき僕のこと『クソガキ』なんて呼んだの?」



今日は傷心中なので静かにしたいな、と思っていたら、『亀』が声を掛けられた。


――クソガキに。


因縁深いやつである。

亀が煩わしそうにクソガキの方を見ると、彼は「いやいやいや……」と手を大げさにふりつつ、参ったな、といった感じに言い出す。



「あ、 いや、怒ったりしてるわけじゃないんだけどね? もう高校生だしいちいちそんなことで怒んないよ。どうしてそう呼ばれたのかなー、と思って」



怒っとるやんけ。



「金玉の小さい男だなぁ……お前、そんなんだからモテないんだよ『クソガキ』」


「え? いやいやいや、さっきも言ったけど怒ってないよ僕は。ただ、クソガキって呼ばれた理由を聞こうかなって思ってさ」


「うっざ」


「というか、モテるモテないの話は関係ないんだけどね。で、うざいとかうざくないとかじゃなくて、ああいった理由教えてほしいな」



高卒の『亀』が「うわぁ……」と表情を歪ませる。めんどくさい奴に絡まれてダルがっているのだろう。

私はそれをぼーっと見ていた。


『ヤギ』と『柊』さんは静かにお酒を飲んでいる。

関わる気はないらしい。



「あのさ、私がクソガキって言ったのはそういうところ。そうやってすぐに鼻息荒くしてふんふん詰め寄ってくるところ。『それくらいじゃ怒りませんけど?』って感じで自分を大きく見せようとしてるけど、小さいことにこだわってネチネチ言ってるところがクソガキだって言っってんの私は」



これ以上ない的確な返しだ。

クソガキの醜い顔が歪む。



「はぁ? 別に鼻息荒くしてなんかないけど? むしろそっちじゃんすぐに鼻息荒立てんのは」


「……だる」


「あー、はいはい、言い返せないからそういうこと言い出すのね」



一応「冷静ですけど?」と取り繕っていたクソガキも亀の火力の高さに仮面を保てなくなっている。


先程までにこにこ楽しそうだった『亀』も、こいつと喋っていて気分が悪くなったのか額に青筋ができていた。

可哀そうに。けど私を巻き込むなよ『亀』。



「あー! こんなカスみたいな性格してるゴミじゃなくて清廉潔白なりだむと喋ろ―っと! りっだーっむ! 私と喋ろうぜ!」


「ねぇ『亀』、話はまだ終わってないんだけど」


「りだむは今日も可愛いねぇ……あーん! 太ももさわっていい?」


「こっち来ないで下さいパパラッチ。お前はあっちでカスみたいな性格してるゴミの相手でもしていてください」



巻き込むなと思った先にこれだよ。

太ももに伸びてきた手を叩き落とす。


……しかし現実は非常であった。『クソガキ』がこっちにまで目をつけてきた。


げっ。



「ねぇリダム、まあこれはあくまで友人からのアドバイスなんだけどさ、リダムはもうちょっと振舞い方を変えたほうがいいんじゃないかな」


「……はぁ」



アドバイス、すか。



「ん、まあ結局君次第なんだけどさ、君って僕とか柊さんと違って学歴がないじゃん? まあ僕も学歴がない人が無能とは言わないけど…… やっぱり世間からの思われ方ってものがmあるじゃん? もうちょっと頑張ってもいいんゃじない?」


「そうかもしれませんね」



まさか高校生に一応社会人の私が努力の在り方を解かれるとは。

遊びまわってる、とかはいったいどこ情報なのか。


突っかかってもいいことはないので適当に流す。



「万年成績学年最下位のお前にリダムも努力のうんぬんは説かれたくないんじゃない?」


「あ?」



適当に流したのに、今度は『亀』がまた反応した。

先程の仕返しとばかりに火力高めの正論を叩きつける。



「別に成績最下位じゃないんだけど? 変なことは言わないでほしいなぁ」


「ふーん、じゃあ前回のテストはどれくらいの順位なのよ」


「君が知る必要はないよ」


「ま、お察しってこったね」


「はぁ? ……そんなことないよ。っていうかお前に言われたくないし。大した努力もしてないくせに。高校行ってないし。分かってないなぁホントに君はさぁ……」



『クソガキ』がブツブツと長文を呟きだす。

今回は『亀』の勝ちらしい。まあそもそも1戦目を『クソガキ』の勝ちと呼ぶのかは分からないが。



――ここで一つ『クソガキ』について語ろうか。



こいつは先程のやり取りで分かるように、一言でいえばクズだ。


傲慢な自尊心。

それに対する低レベルな知性。

おまけに学歴厨。


多分、彼の中だと自分は冷静沈着で優秀な男、と言う感じになっているのだろう。

今まで交わしてきた会話からなんとなく分かる。上から目線のアドバイスとか、怒ってないよの発言とか。


実際の実力はお察し。


高校はかなりいい私立に通っているらしいが、そこでの成績は学年最下位レベルと聞く。先程本人が否定していた通り、文字通りの『最下位』ではないのだろうが、下から数えた方が早くはあるのだろう。


笑える。



「あっれぇ怒っちゃった? 怒っちゃったのクソガキくぅん? さっき『もう高校生だしいちいちそんなことで怒んないよ(ニセ声)』って言ってたけど怒っちゃったぁ!? あははははは! そんなだから童貞なんだよ包茎!」



『亀』が肢体蹴りに精を出している。

女の子なのだからもう少し慎みを覚えろあんたは。



「はぁっ? 剥けてるよ。何言ってんの。というか君も処女なんだからさ、そうやって人のこと言ったりするのはよくないんじゃないのぉ?」


「ほーん? さっきからチラチラ私の胸元見ながらよく言うじゃん」


「ッ!? み、見てないよっ!」



勝負ありだな。


大して身長が高くないくせしてそこそこ巨乳のこいつは、タンクトップ一枚なのもあり中々際どい格好になっている。刺激が強い。

可哀そうに……まあ同情はしないのだけど。



「それにぃ……」



亀が私の腕に腕を絡ませてくる。

隣に座っている彼女は、そのまま雪崩かかり私にもたれてきた。その大きめな胸が私の方に当たり潰れる。



「――私、処女じゃないし」



大人の余裕と魅力を存分にさらけ出している。

主にクソガキに上下を叩きこむために。

やはりパパラッチ、基本的に性格が悪い。死体蹴りとは趣味が悪い。



「ねぇー! りーだむ!」


「えぇ……そうですね」


「……はぁ?」



まあ、いいでしょう。


私も先程不快な思いをしたのでここは亀に乗ってあげよう。


ニパー、と私に笑いかけてくる亀は顔を近づけてきた。

そしてそのまま頬ずりをされる。こいつも一応女。頬はすべすべだった。


うっとりと体重を掛けられる。


クソガキはまだ分かっていないらしい。急に私に甘えだした亀を馬鹿を見る目で見ていた。

馬鹿はお前。……訂正、お前と亀。



「察しの悪い奴だなぁ……」


「で? だから何が言いたいの? リダムにキモイことしてもお前が処女だって事実は変わらないよ?」


「――私、リダムとヤッてまーす!」


「……え?」



ピース! と亀が作るので、私もピースを手で作る。


クソガキは間抜けずらを作っていた。

亀は楽しそうに笑っている。



「は? 嘘でしょ? その場で作った作り話でしょどうせ」


「残念、2年位前かな? 2人でホテルでやったもんねー! いやぁ、甘い夜だったよ。何というか、体が満ちる感覚? 包茎君には分かんないだろうけどwwww ――ああ!! なんだっけ? 『君も処女なんだからさ(ニセ声)』だっけ? あはははははは!!」


「甘い夜ではなかった気がしますけどねー……まあ事実ですよ。こいつは処女じゃねー。私が保証してあげます」


「はぁ? はぁっ?」



――そんなに意外だっただろうか。


放心状態になった包茎君は沈またブツブツ何か言ってる状態になってしまった。

亀はうぷぷと笑っている。性格が悪い。



「あはは! 陰キャモード入っちゃった!」


「あの子、あれだけ言いながらあんたと一発狙ってる感じ出してましたもんね……。好きな子にはちょっかいかけたくなりますもんね。自分でとどめを刺した感想はどうです?」


「さいっ☆こう! あは、あははは、あははははははははは!!」



本当にすごく気分がいいらしい。


こいつ躁鬱だからなぁ……いつもはだいたい鬱だけど今日は躁の方だ。アルコールも入ってないのにゲラゲラ気持ち悪いくらいに爆笑し始めた。


どいつもこいつも気色悪いヤツばかりだ。ほんと。



「……ほれ。いつものだ」


「ん、てんきゅです」



頼んだものが来たらしい。

私の目の前のテーブルに、どかん、と2本の焼酎の瓶が並べられる。


720ml×2、だいたい1,5Lってところ。

度数はだいたい30度くらいものだ。


適当に一本手に取る。


私の顔二つ分くらいの長さ。

冷たいガラスの感触が手のひらにくる。



瓶を上に持ち上げる。重い。

ガラス口に唇をつけ、そのまま瓶を持ち上げて――一気に飲んだ。



「きゅぷ」



30秒ほど瓶を傾け、全て腹の中に入れ終わる。



「り、りだむの飲み方って見てると怖いんだよねぇ……。それ、ホントに大丈夫なん?」


()()を持ってるので法的には飲めます」


「いや、そういうことじゃなくてさ……その、体とか……」


「大丈夫ですよ。私昔から毒物とかはある程度大丈夫なんです」



お酒はあんまり美味しくないが、定期的にこう、一気飲みするのは趣味だ。

悲しい気持ちになると飲む。


耐性があるのかアルコールにはめっぽうつよい。子供時代に変なモノを拾い食いしていたからだろうか。

耐性があったから拾い食いできたのか、拾い食いして耐性ができたのかは知らない。


急性アルコール中毒なんてかかるどころか、こういう飲み方をしているのにほとんど酔えたことが無いのである。


悲しい。



「はぁー……亀、私、仕事なくなるかもしれません」


「ふーん……ってえ!?」



私の発言に、亀がガタ、と体と机を揺らしながら驚いた。



「え、えぇ!? どゆこと!? 前にお金いっぱい貰える楽な仕事つけた―! って喜んでたじゃん。 なに、特許の不景気に煽られてリストラにでもなるの?」


「いえ、不景気とは関係ね―んですが……色々あって、タイガのせいでね。簡単に言うと職場の上司の機嫌を損ねたんですよ」



あぁ……と亀が納得したようなつぶやきを出した。




「――ホォ。リダムおめぇ、リストラするんか?」




突然、隣の席から独特の訛りがある日本語で話しかけられる。

見ると――『ヤギ』がニタニタと草食動物特有の臼歯を見せつけながら、笑っていた。


本日初めてのヤギとの会話。



「おめぇ、リストラなたらワタシのかいシャコイ。またツカてやる、ハキュウで」


「はきゅう……ああ、薄給のことですか。そう宣言してるところに行くのもアレですけど、もしかしたらお願いすることになるかもしれません。できれば給料に色を付けてくれると嬉しいんですけど」



ヤギ。


耳と尻尾だけ取ってつけたように生えている獣人とは違い、こいつは人間と動物が半々のタイプのかなり本格的な獣人だ。


発音がおかしいのは『日本語を覚えてないから』ではなく、口の構造がヤギに寄っているため呂律が回りにくいというのが主な理由らしい。何だかツッコミどころが多いが、そういうものなのだと。


こいつはここ日本で工場を立ち上げた、かなり珍しい獣人だ。


普通、こういう獣寄りの獣人って奴隷まがいのグレーラインで労働を半強制されることが多いのだが……こいつはなかなかうまくやったみたいだ。


強制されるんじゃなくて、する側である。

元の境遇を考えるとかなりの成功者。



そんなことを話していたら。


――ふと、外に気配を感じた。



「……来たな」



柊がボソリと声を出した。しわがれた声。


異様な気配がする。



気付けばその場の全員が、その扉に注目していた。

クソガキは少し身震いした。


こういう妙な空気の時に現れるヤツはいつだって決まっている。




扉がガラリと音を立てて開いた。

()()()()()()()()()()()()()()()()




――別にこの扉は自動ドアではない。


まあ、自動ドアにしろ人間がいないと開かないわけなのだが、何にせよこのドアはひとりでに、人もいないのに、ガラリと不気味に開いてしまったわけである。


明らかな珍現象。恐怖映像としてテレビにあげられてしまいそうだ。




ひた、ひた、と何か音が聞こえる。




石の床をまるで何かが歩いているような。

しんと静まり返った室内にはよく響く。


と、同時に、ぴちょ、ぴちょ、と何かが滴る音も聞こえる。


音はだんだんこちらバーカウンターに近づいてくる。



「――ひ」



クソガキが声を発した。


無理もない。


――音と共に、べた、べた、と、『血』の足跡が床にできる。


これは何度経験したって怖い。特に金玉の小さいクソガキには堪えるだろう。


私と『ヤギ』の間の空いている席。

その前で血の足跡は止まった。


血と何かが腐ったような悪臭が鼻を刺激する。臭い。強烈。

ヤギも顔を顰めていた。黒ずんだ鼻をふんすと鳴らす。大きな歯をぎしりと鳴らした。



「メ゛メ゛ェッ!! オイッ!! クセんだよオマエ! からダアラてからコイ!」



虚空に向かい、ヤギが怒号を発する。

すると、その虚空から、ジュ、ジュっ、と、何かが溶けるような音がした。



湯気のようなものが立ち上る。

そしてそこから――1人の女がゆらりゆらりと、『透明』の部分が少しずつ溶けてゆきながら現れた。




服は真っ赤に染まっている。


おそらく元は純白の奇麗なワンピースだったのだろう。白い布地が少しだけ残っている。しかし、『血』で濡れてしまっているそれは、今は見る影もなくなっている。


長い黒い髪を持っている。

それはチロメのように奇麗なモノではなく、何かよく分からない体液で固まってしまいバサバサになっている不気味なものだった。まるでテレビの中から出てきそうな。そんな感じの。


肌はそこかしこに掻きむしったような跡があったり、包帯が巻かれていたりして惨たらしい。


ひっかき傷は『少し線が入った』くらいの軽いものではなく、怪我周辺の肉を爪で抉り取ったようなものだった。


左手には、赤い鉈。血でべとべとで全身錆びている。きっと切れ味はすこぶる悪い。



瞳は赤い。

赤くて、血のようにドロドロと、濁っている。


――しかし、右目だけ。


左目は無造作に包帯が巻かれていて見えない。顔中にも掻きむしった後は大量にある。




血を滴らせている、幽鬼みたいなその女は、狂気を携えてここに立っていた。

結城せんら。ここでの呼び名は――『真っ赤』ちゃんである。



「……誰か()()てからここに来ました?」


「…………」



私の問いかけに、せんらは無言。

せめて体くらい洗ってから来てほしい。



「ますたー、おしぼりたくさん下さい」


「……あいよ」



せんらの悪臭に逃げるように厨房に行き、マスターはおしぼりをカウンターに置いてくれた。

私はそれを一つ取る。



「ほら、拭きますよせんらさん」


「…………」



私は立ち上がり、せんらの体を拭く。


頭から血を被ったのだろう、その黒髪から拭くがすぐにおしぼりは真っ赤になった。

温かかった純白の布がぬめる赤色に浸されていく。


すぐに次を取り、顔やら服やらを拭いていく。



「怪我にシミたら行ってくだせーね」


「…………」



顔を拭くとき、真っ赤な瞳は私のことを見つめていた。


傷跡だらけの頬を拭く。ぶに、と頬の形が歪んでも、一言も発さずただ私だけを見つめ続ける様は不気味であったが、されるがままに彼女は微動だにしなかった。私が血を拭うのを待っているらしい。


おしぼりを13ほど使い切った所で、ようやく席に座れるくらいにはなった。


せんらが席に着く。

隣のヤギが顔を顰める。



「……最近、『頻度』が多くなってきているわ」



せんらがぼそりとその傷だらけの喉で呟いた。

顔を下げたままで、硬い髪の毛がだらりと下がっている。



「みっか、ふつか……足りないわ。体がかゆい。かゆくてかゆくて……が、足りない」



生腕。

横を向けば見れる。

掻きむしったような跡。ひどい傷だった。エロ気も何もない。



「……いつ、まで…………」



そんな意味の分からないひらがな四文字を残した後、彼女は何も言わなくなった。


私は頼んだ焼酎をグラスに注ぎ、彼女の口に近づける。


動かない。

いつものように微動だにしない彼女の口に、私はまるで介護のようにグラスの中の液体を注いだ。



「…………」


「あんたも昔はもっと賢かったんですがね」



なされるがまま、喉の肉が動いていく。

私のつぶやきにも反応しないまま。今日はもう喋る気が無いのだろう。



「……きも」



クソガキがこちらを見ずに呟く。



――『真っ赤』ちゃん、こと結城せんらは殺人鬼だ。



人を殺すのは血を浴びるため。

血を浴びるのは愛のため。

愛は体の疼きを抑えるため――と彼女はいつぞやに言っていた。


何を言ってるのかはあんまり分からないと思う。

私もあんまり分かっていない。


タイガよりも、亀よりも、クソガキよりも、柊よりもヤギよりも、実はこのグループの中で一番付き合いが長いのはせんらだったりする。


以前はもう少し賢かった。

少なくとも、血を浴びたままここに来るなんてことは無かった。


昔、どこかで聞いたことがある気がする。


人肉を食べたりすると、脳が縮んでおかしくなる、と。

多分、そういうことなのだろう。



「なんで捕まらないのかなぁ。悪いことしてんだから、早く捕まればいいのに……」



クソガキがせんらが反応しないのをいいことに好き勝手呟く。

声が小さいのはこいつの器の小ささの表れだろう。



――せんらは『透明化』の能力を持っている。



正確に言うと『”二つの粒でワンセットの、片方に光が当たるともう片方にワープさせる物質”をいい感じにモノの周りに張り付ける』能力だ、と若かりし頃の彼女が言っていたが、まあそんなことはどうでもいい。


先程虚空から現れたのもこの能力。

世界で一番殺人に都合のいい能力はこれだろう。


気付かれず後ろからナイフで刺せて、死体をいくらでも隠すことができて、警察からも簡単に逃げおおせることができる、なんて犯罪チックな能力か。

警察に捕まらないのも納得。こいつは100はくだらない人数を殺害しているのに。



「……よくりだむは『真っ赤』の相手できるよね」


「友人ですからね。あんたよりもずっと長い……今はこんなですけど」


「あぁ~ん!! そう言われると妬いちゃう~!!」



ガバッと抱きついてきた。


そして私の右手を手に取ると、自分の自慢の巨乳の方に持っていこうとする。タンクトップから少しばかり覗いている。


私はその手のままに導かれ、亀の胸に手を当てる。

やわらかい。


チラリと奥の席を見るとクソガキがズボンにテントを作っていた。



「……ぬんっ」


「い゛だぁッ!!?」



布の上から、こいつの乳首を思いっきり抓る。


亀が今度は悲鳴を上げた!



「い、いったいじゃないりだむお前さ! なに!? いいムードだったじゃん!? いいじゃんこのままホテルでワンナイトで!!」


「ちょっと感傷に浸りてー気分だったんですよ。盛るならば時と場所を」



まあ、何はともあれこれで来ていないのはタイガだけである。

アイツはいつもドベちんだが、そろそろ時間帯的に来るだろう。


ギャーギャー騒ぐ亀の言葉を流していると――ふと、外から怒鳴り声のようなものが聞こえた。



「……何か聞こえません?」


「……なニかやってナ、こリャ」



ヤギが言葉を返す。

すると、その毛むくじゃらの巨体を持ち上げ外に顔を出しに行った。


私も後ろについていく。なんとなく。



「……ア? なニやてる?」



ヤギが呟く。



「お前が! お前が水城さんを不幸にしたんだ! 謝れ! 水城さんに謝罪をしろ!」


「だっからうっせんだよお前! 誰だよ! 俺に構ってんじゃねぇガキが! 忙しいんだよこちとら!」



――そとでは、タイガと謎の少年がいい争いをしていた。


少年は高校生くらいで、顔がまあまあイケメンな、まさに『正義漢』! と言った感じのヤツ。

どうにも話を聞く限り、タイガの女性関係の問題っぽかった。


タイガ、お前ってやつは。


発情するパパラッチ、語るべくもないクソガキ、血を滴らせる殺人鬼と言いやっぱりこのグループに碌な奴がいないと再確認する。



「なニやてるか聞いてルダロッ!!!」



短気なヤギが、2人の喧嘩の倍以上の音量の怒号を上げた。

少年とタイガがビクッと肩を震わせ動きを止める。



「ヤギか……こ、こいつがなんかずっと俺にまとわりついてくんだよ! おい! だからどけっつってんだろ!」



タイガが分かり切っている状況を説明する。

ヤギがそれを聞き、フンと鼻を鳴らした。



「……おい、ガき」


「……な、なんだ」



ヤギが少年に声をかける。

少年はヤギの圧力に気をされているみたいで声が少し震えていた。



「――カエれ」



端的に、ごみを見るような目で、少年に向けてそう言う。


一般人にとってヤギの威圧はかなり恐ろしいものだろう。

黒い線が入った瞳は動物のヤギそのものので、何を考えているのか全く読めない。体は毛むくじゃらだが筋骨隆々としており2m近くある。殴られたらどうなるかなんて考えたくもない。



「い、いやだ!」



――しかし、少年はそう声を張り上げた。



「ホぉ、そウか」


「そ、そいつに用があるんだ。やっと見つけたんだ……。そいつが俺についてくるまで、ここにいる」



ヤギが少年に近づいていく。

少年は震えながらも、ヤギから視線をそらさずに立っていた。


距離がだんだん近づいていき、数歩ほどになった。それでも少年は一歩も引かない。


中々度胸のあるやつらしい――しかしこの場合、それはどちらかというと蛮勇に近いだろうけれど。

少年にこの先訪れる未来に敬礼を送った。



「フんッ!!」


「がはぁっ!」



――ヤギが少年の腹付近に、思いっきり膝蹴りを入れた。


ムキムキの体から放たれるそれは、それだけでもこの少年の内臓をプチッとつぶし、命を刈り取るもののように見えたが、一応手加減はしていたのだろうか。分からない。


痛そお。


倒れ込む少年の髪をガッと掴み、持ち上げる。

大きなヤギの体に対し、身長乗せは30㎝ほど小さい。


宙づり状態になる。


すわ何をする気かと思ったら、ヤギはその顔をニヤリとゆがめ肘を引いて拳を固める。



「オラァっ!!」


「カッ!!」



その拳を、少年の顔面に思いっきりぶち込んだ。


殴られた勢いでぶっ飛び、民家の壁に激突してずるりと落ちる。

それでも立ち上がろうとしたのか、地面に腕をつき力を籠めようとしていたが叶わずに、どさりと地面に倒れる。


あまりにも突然の出来事だった。



「さて、バラすカ」


「――ちょ、ちょっと! こんなところで人殺さねーでくれます!?」



とどめに行こうとしたヤギをすんでのところで止める。

流石にこんなところで殺人をされるわけにはいかない。



「あ?」


「ここ人が少ないとはいえ家住宅地ですよ!? さっきの怒号で人が注目してるかもしれねぇじゃないですか! 証拠が多すぎるからダメです! 私も共犯扱いされます!」


「……チッ。まあ、ソレもそだな」



これだから獣人は品がないと言うかけんかっ早くて困る。

がりがり頭を掻いたヤギは少年の方に近づいていきポケットの中を漁る。


そして中から財布とスマホを取り出すと、財布の中から『学生証』を取り出し、倒れている少年の手を取ってスマホの指紋認証を突破した。



「……何やってんです?」


「ジュウショおぼエル。コれで嚇す」


「…………罪を重ねるのはいいですけど、ホントに私にとばっちりが来るのだけは止めてくださいよ」


「ほぉ、妹いルかこいツ。こレは……オサナナジミか?」



スマホや学生証の情報を自身のスマホのカメラで撮っている。

この少年の未来に私は胸元で十字を切った。


あらかたやることをやって満足したのか、ヤギはちゃっかりポッケに少年の財布とスマホを入れて窃盗罪の余罪を増やしながら、私にこう言った。



「リダム、お前こいツのショリやれ。伝言、ジュウショのことイトけヨ。ニドとカカワルなト」


「……はぁっ?」



なんで私が、と言う前に、ヤギは踵を返して店内に戻っていく。



「じゃ、リダム~、がんばれよっ!」


「ちょ、あんたの持ち込んだ厄でしょ元は!」



タイガもちゃっかりそれに続き。

気付けば道には倒れた少年と私一人。頭を抱えて、ため息をついた。



「……なんで私が……」


「りーだむっ。どったん? 変な音したけど何があったん?」



こいつを私の体でどう運べばええねん、と途方に暮れていたら、店の中から亀が出てきた。手には私の頼んだもう一本の焼酎を持っている。


呑気にも紫色のツインテールをピョコピョコさせての登場である。



「ってうわっ! 何この子!? え、死んでるこれ!?」


「死んでねーです……たぶん。自信はねーですが。亀、ちょっとこの子運ぶの手伝ってくれませんか? 説明は道中でするので」


「え、と……まあいいけど」



今日くらいゆっくり楽しみたかったのに……。


全部台無しだった。

ふらすとれぇしょんが溜まる。


2人で肩を抱き持ち上げて気絶した少年を担ぎ、私と亀は人気のない道を歩いて行った。




◇ ◇ ◇




月の下。街灯が無くともほんのり明るい夜空の下。



「う、うん……」


「あ、起きた」



どこか近くの公園を目指して歩くこと早5分くらい、喰らった攻撃の威力からして以外にも早く目を覚ました。

大丈夫ですかー、と声をかける。意識がもうろうとしているのか、あ、あぁ……と声にならない返事をしながらゆっくりとそいつは私たちの肩から離れた。



「う、うーん……女の子? き、きみは……こんな時間に何をしているんだ?」


「女のことは何です女の子とは。一応これでも17の男ですよ私」


「え!? ホ……ホントか!?」


「ええ、そうですけど」


「そ、それは……すまん」


「いえ、勘違いは慣れっこですので結構です」


「えーと、しかしここは……ッ! そうだ! 大河原タイガを俺は見つけて――ど、どこだ!! 奴はどこにいる!!」


「……ちょっと落ち着いてくだせークソガキ」



思っていた通りに盛りだした少年を私は窘める。

亀はにこにことその様子を眺めていた。



「これはこわーいヤギからの伝言です。あなた住所を抑えられてるので、何かすると『良からぬこと』が身の回りで起きるらしいですよ」


「ど、どういうことだ!」


「ポッケの中を漁ってみてください」


「こ、これは……」



少年の顔が青ざめる。

スマホと財布が無いことに気付いたのだろう。



「さて、スマホと倒れている人間、それに悪意ある人間の3つが揃うとどうなるでしょうか。ヒントは指紋認証です」



ぼそっと教えてあげる。

個人情報が漏れた、ということも。


きっと、得体のしれない恐怖が彼の胸の中で渦巻いているはず。心中お察しします。



「そ、それでも俺は――うっ!」


「傷が開くぞしょうねーん。ヤギちゃんに結構ぼっこぼこにされたからなー」



少年がその場で蹲る。


腹を押えてうめき声をあげた。顔よりもそっちの方が重症らしい。膝でどーん! ってされてたし。歩くのでも一苦労だろう。

亀の言う通りだった。顔もひどい具合にパンパンに腫れてる。


口から出血していない所を見るに内臓が傷ついていたりはしないんだろうけど、それでも何本かろっ骨が折れていてもおかしくない。


一生モノのトラウマだ。



「……じゃあ一応言うべきことは伝えましたので、明日からあなたは今日見たことは全部忘れて、平和に日常を謳歌してください。私達はこれで帰りますので」


「じゃーねぇ少年! 二度と会うことはないだろうけど!」



ふー、仕事終わり終わり。


亀が私に腕を絡めてくる。キャッハー! と笑って頬ずりをしてきたので、私も何となく頬ずりをし返す。

別にこいつのこと嫌いなわけじゃないんだよ、私。軽蔑はしてるけど。


そうして2人で帰ろうとすると、足をがしッと掴まれた。



「――ま、待ってくれ!」


「あーん?」


「おぉ! セリフに対してぜんっぜん迫力ないぜりだむ!」



まあ、こいつは私たちに用があるんだろうな。

ちょいちょい、と腕を振って亀に腕を離してもらう。



「た、頼む! もう一度大河原タイガに合わせてくれ!」


「……ほぉ?」



頼まれた。



「頼む、俺は……どうしてもアイツに謝罪をさせないといけない人がいる!」


「あなた……かなり凄惨な目に合わされましたよね? 今あそこに行ったら今度こそ死ぬかもしれませんよ?」


「それでも……行かなければならない! 水城さんのために! 騙されて、人生を滅茶苦茶にされて……ど、どうしても!! 俺はアイツに頭を下げさせないといけない!」



少年の熱い思いが伝わってくる。


タイガ――お前なにしたんや。と、内心冷や汗をかきつつも、たぶん結婚詐欺かなんかなんだろうなと当たりを付ける。確かにアイツなら他人の人生の一つや二つダメにしててもおかしくない。


しかし、この少年は中々珍しく芯が通っている人間だ。

あんな目にあわされたのにまだ向かおうとするとは。


好きじゃないタイプの人間だ。



「んー、そうですねー……」


「お、お願いだ!」


「――嫌です」



ニッコリ人当たりのいい笑顔を浮かべ、私はそれを断った。



「――っ! な、なんでだ。君に迷惑はかけない。場所を教えてくれるだけでいい。お、俺はどうなっても構わないつもりだ」


「君がこのままあっちに行くと、私の監督責任が問われて怒られそうですしね。――ええ、何か勘違いしてるみてーですが、別に君がどうなるかってのはあんまり関係ないんですよ。流石に目の前で死なれたりすると気分が悪くなりますが……そういうわけでもないですしね」



それに、と付け加える。



「正直、顔も知らない水城? って人間よりも私としては友人の大河の方が大切ですから。万が一があると悲しいですしね」



目の前を這いつくばる少年は絶句していた。

私が可愛いくて優しい少女に見えていたのだろうか。それで私の言い分が信じられなかった、と?


間の抜けた顔だ。

間抜けも間抜け、それも私のことをそんな『真っ当な人間』と勘違いしてしまうなんて。


見る目が無い。節穴だ。



「君は……!! 傷ついてる人がいるんだ! 君の友人が悪事を働いていて、それで傷ついた人がいるんだ!」


「えっと……伝わらなかったでしょうか、それは何となく分かってます。さっき言ったじゃないですか。その上であなたの助けたい傷ついた人よりも、私は自分の友人の方が大切なので。……これで伝わりました?」


「き、きみ……いや、お前!! 本気で言ってるのか、それは!?」


「い、いきなり怒鳴らないでくださいよ……ええ、だからそう言ってるじゃねーですかさっきから」



確かにタイガはクズだけど。


キレだした男の怒号に耳を抑える。

急に大声上げられるとストレスがたまる。



「……その、その考え方はおかしい。なんで……なんでそんなことを言える!?」


「考え方におかしいもクソもねぇんじゃねーです? 見知らぬ他人よりお友達が大切ってだけですよ私の言ってることは」



タイガを見ているときのような目で睨んでくる。



「お、お前も……お前も『悪』なんだな」



心外である。

あんな奴と一緒にされるなんて。


シルフィア様の件でただでさえストレスが溜まっていたのに、飲み会を追い出されたのに加え、今のでもう少しゲージが溜まった。


折角心を慰めるために今日ここに来たのに……なんか怒鳴られたり、人格否定されたり、負担が溜まっただけである。


イライラする。

なんかもう、疲れた。



「いいですか? セカイには傷ついて、苦しんで、そのまま死んでいくような人間がたーくさんいます。便所の中で冷たくなる赤子が、胃の中を空っぽにして石を舐めながら死ぬ子供が、爆炎の中首のない自分の体を見る兵士が、今この瞬間にも何千人と生まれているわけですが――」



しゃがむ。

這いつくばるこいつに視線を合わせる。



「別に私たちは苦しくねぇでしょう? そいつのことなんて知りませんもん。あなたが家族と楽しく団らんして笑いあっていたその時も、セカイのどこかで誰かは苦しんで死んでるわけです」



瞳を見る。奇麗な瞳だ。

黒色の髪に、黒い瞳。勇気の瞳。でも――こいつもチロメとは違う。劣る。


私の話を聞いて、そいつは目を見開いた。


きっとチロメなら悲しげに頷くだけで、こんな「思い当たらなかった」なんて目はしないだろう。それが普通。あれが異常。


こいつは結局ただの人だ。

……しかし、こいつの目に私はどう映っているんだろうな?



「私は知りませんよ、他人のことなんか。それならちょっぴり性格が悪くともお友達の方が大切です」



――何も、言い返せないのだろう。

そいつは黙りこくって、悔しそうな目で私を睨みつけてきた。


ふん、と鼻を鳴らして勝ち誇る。ちょっとだけ溜飲が下がった。


話は終わり。


さて、昨日のシルフィア様との鬱憤もちょっと晴れたし帰るか。哲学的なことを言うのも中々たまにはいいものだ、と腰を上げて帰路に就こうとすると、後ろから再度怒号が聞こえた。



「――じゃあ!」


「……まだやんです?」



腹を殴られているので声を出すのは厳しいだろうに。

ここまで来ても何か言おうとするか。

その執念に少し気分を害される。



「苦しんだ人の思いはどうなるんだ! お前が優先した悪が傷つけて、それで苦しんで、人生を台無しにされた……そういう人たちの思いはどうなるんだよ!」


「……一応私あなたの命の恩人なんですけどね」


「いいから答えろよ!」



こいつ嫌い。

ストレス減らしのサンドバックにしようとした私が悪くもあるのだけど……逆にまたしても疲れてしまった。


半場投げ槍気味に回答に応える。



「知りませんよ、そんなこと。運が悪かったとでも思えばいいんじゃないですかね。それとも頑張ってトラウマをなくそうと頑張るとか? それができないなら、まあ……ご愁傷さまとしか……」


「ッ!? おい、待て!」



ちょっぴり気分が悪くなった。

今日はこのまま帰ろう。また集まりの方に行ってもいいけど、今日はもうゆっくりしたい。



「亀、帰りますよ」


「ん? 話終わった? おっけー」


「おい!! おい!!」



地面にはいつくばって私を制止する声を振り切り、私と亀はその場を去る。

最後まで何か後ろから叫びは聞こえたが別に振り返ったりはしない。



「……りだむ疲れてる?」


「……少しだけ」



今日は楽しい気分になりたかったのに。

「だったら慰めてあげる!」とにこにこ両手を広げた亀を無視して、私はさっさと家に帰った。

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