招かれざる転生者
動画には出ないと決めたものの、撮影そのものには興味をそそられる。
定例となった紅城との打ち合わせが済んだあと、ちょうど動画の撮影準備をするという話だったので、俺はそれを見学してから帰ることにした。
マンションの一室に、三人の男女が集まっていた。
彼らは、先日の動画に「魔法を成功させた」とレスを付けてきた人たちだ。かれこれ二十人くらいの人が同じレスを付けてきたんだけど、いざ、紅城が連絡をしようとすると雲隠れする人が多くて、連絡が取れて、動画に出演することを同意してくれたのは三人だけだった。
一人は眼鏡をかけた小太りの男。一人は女子大生だという若い女の人。もう一人は、出演はOKだが顔出しはNGだという、パーカーを着た人物。顔を隠すためか、フードを目深に降ろしていて、しかも無口なので性別も不明だ。
もちろん、この人たちを招集したのは「魔法使い入門講座」に出演してもらうためだ。
入門講座は人気コーナーとはいえ、これまでずっと失敗続きだ。ここらへんで、一人でもいいから本当に魔法が使える人が現れてくれないと、そろそろ視聴者も飽き飽きしてしまうだろう。
そういうわけで、誰か見込みのありそうな人を見つけて、弟子を取るという形式でコーナーを再編したい。紅城はそういう魂胆だった。
三人の前には、前回の動画と同じ、テーブルと紙飛行機がある。
紅城は三人に「よろしくお願いします」と、まずはフレンドリーに挨拶して、魔法を使って見るようにうながした。
一人目の男は、神妙な顔で紙飛行機に向かって詠唱した。しかし、やはり紙飛行機は微動だにしない。
男は何度も何度も、呪文を唱える。ちらちらと紅城の顔色をうかがっている。
さすがに焦れたのか、紅城は男にたずねた。
「何度くらい成功したことがあるんですか?」
すると、男は事も無げに、こう答えた。
「一度もないですよ」
俺は意味がわからず、横から口を出した。
「え? じゃあなんで、ここに来たんですか?」
この問いに、男は、イヤらしい愛想笑いで応じた。
「やだなぁ。魔法なんて、ホントはないんでしょ? 演技力のある出演者を探してるんでしょ? 俺の魔法使いの演技は様になってますか? 採用していただけませんかね」
紅城が顔色を変えた。彼は男の言葉に返事をする代わりに、呪文の言葉を唱えた。
「アルカ・エラフ・ダルカス 我が命に従え。この者を支える力を逆さまに。上は下に、下は上に!」
魔法が完成した。たちまち、男の身体は上下反転して宙に投げ出される。彼は顔面から床に落ちて、潰れたカエルのような悲鳴を上げた。
「良い演技ですね。でも役者さんは呼んでいませんので、お引き取り下さい」
紅城がひきつった笑顔でそう告げると、男は何が起きたかわからないという顔で、逃げるように出て行った。
「紅城くん。こういう勘違いした参加者って多いのか?」
「そうだよ先生。毎回、必ずこういう人が紛れ込んでるんだ。時間の無駄もいいとこだよ」
俺たちが白け切った顔でそんな話をしていると、残された二人のうちの一人、女子大生が落ち着かなそうに首をきょろきょろさせる。
「あ、あのぉ、わたし……」
「どうでしょう。あなたは、この魔法を何回くらい成功できましたか?」
紅城が、丁寧だがややトーンの低い口調で聞くと、女子大生は言いにくそうにしながらも「あの、五回くらい、動きました」と答えた。
紅城にうながされて、女子大生は紙飛行機に立ち向かう。
緊張しているのか、何度も詠唱の言葉を噛んでしまう。おちついて、と紅城が呼びかけると、彼女は一言一言をはっきりゆっくり発音しながら、詠唱を完了させた。
それと同時に、女子大生は両手を紙飛行機に近づける。驚いたことに、紙飛行機は滑るようにテーブルの上を移動した。
しかし、紅城は首を振る。彼は、穏やかな口調で女子大生にこう言った。
「すいません。お手数ですが、一度、お手洗いに行って、手を洗っていただけますか?」
その言葉の響きは、どこか言いにくそうで、相手を傷つけてしまわないように注意しているようだった。
紅城の言葉の意味は、すぐに明らかになった。
女子大生が手を洗って戻ってくると、紅城はもう一度同じ呪文を唱えるように、と彼女に言った。
そして、彼女の呪文は二度と成功しなかった。
「さっき飛行機が動いたのは、呪文じゃない。ただの静電気だ」
女子大生に退出してもらったあと、紅城はこう説明した。
恐らく、あの女性に悪意はないだろう。手を洗えと言われて、怪訝な顔をしてはいたものの、素直に従っていた。水に触れれば身体に溜まった静電気が消えてしまう。彼女は、それと知らずに静電気で紙飛行機を動かしてしまっていたのだ。
動画の中で、紅城は呪文が完成する瞬間に両手を前に突き出していた。それはただの動画上の演出で、魔法に関係なかったのだけど、あの女性はそのポーズまで忠実に真似てしまったのだ。そして、指先の静電気が紙飛行機を動かした。
手品としては面白いかもしれないけど、これは紅城が探しているものではない。
最後に、フードを被った人物が残った。
紅城が声をかけようとしたところで、そいつは深いため息を吐いた。
失礼な態度だ。ここには、紅城と俺しかいない。他の人間がいなくなるのを待ち、今まさに、その人物が本性を現したかのように、態度が変わっていた。こいつも、冷やかしにきたクチなのだろうか。
フードの奥から、低い女性の声がした。
「アカギ」
いきなり呼び捨てだ。しかも敵意を感じる、苛ついたような声だ。
「アカギ、お前は、この世界で何をやってるんだ? 魔法使いの軍団でも作るつもりなのか?」
紅城は驚愕の表情を浮かべた。
「お前は……お前もこの世界に来ていたのか!」
紅城の言葉に応じて、フンとせせら笑うような声を出して、その人物はフードを後ろに跳ね上げた。
長く美しい銀髪が、弧を描く。その持ち主は、顔面に大きな傷のある女性だった。どこかで見たような人だと思ったそのとき、紅城が叫んだ。
「先生、下がれ。アレクトーだ!」
その言葉の意味に俺が気づく前に、女性が動いた。
「見つけたぞ。異世界の神! 死ぬときが来た!」