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総括すれば、長すぎる一日

 長い一日だった。

 あまりにも信じられない話ばかりで、すべてが悪趣味なイタズラのような気がする。

 俺は、喫茶店での一件を思い出す。


 紅城直哉(あかぎなおや)の名は、本名だった。彼は現実の日本に生まれていた。

 成りきりとか、頭がおかしい人間がそう信じていたとか、そういうのとは違う。年齢は俺の二つ歳下だ。

 運転免許証を見せてもらったが、顔写真と本名が確認できた。彼の説明は、少なくともこの点では正しいようだ。


 俺の小説が毎日更新されていた頃、彼はその熱狂的なファンだった。たまたま、主人公の名前が自分と同じで、人物設定としての生い立ちも、そっくりだった。自分の話のように思えて仕方がなかったという。

 けれどある日から、俺の作品は更新されなくなった。

 紅城は続きが読める時を待ちながら、日々の生活を続けていた。

 それに唐突に終わりを告げたのは、交通事故だ。俺の小説の主人公がそうであるように、彼もまた、トラックにはねられてしまった。

 そしてその直後、意識を取り戻すと、そこは異世界だった。小説まんまの展開で。


 たとえば「書こう!」によくある話のパターンとして、生前遊んでいたゲームの世界や、漫画の世界に、現代人が転生して入り込むってものがある。彼は、自分の身に起こったことは、きっとその小説版だと考えたらしい。

 その世界では、だいたい俺の書いた話どおりのことが起きたという。


 ここで簡単に解説すると、俺の小説「異世界転生! 魔法使いだらけの世界で、俺が成り上がるまで」の序盤の展開はこうだ。

 紅城直哉は、異世界の森をさまよううちに、下級ドラゴンに襲われて逃亡。

 その途中で、通りがかりの魔女に助けられる。

 ところが、その魔女もドラゴンの攻撃で大けがを負い、行動不能になってしまう。直哉は魔女を抱えて逃げ続けるが追い詰められ、とっさに、魔女が持っていた魔法のスクロールを使い、ドラゴンを撃退。同時に、魔法に目覚める――。


「いやぁ、あんまり筋書き通りで、逆にビックリしたよ」

 紅城直哉は、そう笑った。

 俺は愛想笑いをするしかない。

 こんなとき、どんな顔をすりゃいいんだろう?

 世の中には、色んなマニュアルがある。

 PCの使い方とか、上司や部下や顧客との付き合い方を教えてくれる本とか、株式投資や仮装通貨の本とか。もっと身近なものなら、料理の本とかもそうだな。

 でも「自分の書いた小説の内容を、実際に経験したという熱狂的な読者からの賛辞の言葉」に、どんな顔をしてなんと返答するのが正しいかなんて、誰も教えてくれやしない。

 適当に笑って、適当にあいづちを打つ以外に、どうしろっていうんだ?


 彼の話を聞いているうちに、頭の中に沈めた疑念が、ふつふつと浮かび上がってくる。

 この男が本当に紅城直哉という名前なのはわかった。

 それを差し引いても、やっぱり、頭がおかしいんじゃないか?

 そう思うのも当たり前だ。異世界を俺が実際に見たわけじゃないんだから。

 動画では、疑い深い視聴者の前で、実際に魔法を使うパフォーマンスをやってたけど、あれと同じことを今ここでやってくれってわけにもいかないのか。


 変な人だけど、俺の忘れられていた作品が注目されたのも、この人のお陰だ。


 まずは書籍化の話を成功させたかった。

 これさえ上手くいけば、俺の人生はずいぶん変わるはずなんだ。

 多分、良い方向へ。


「紅城先生の冒険のことをもっとお聞きしたいところですが、今日は、鏡先生の作品の書籍化が本題ですね」

 米沢さんがやんわりとした口調で話の軌道修正をした。

「そうか、俺の話ばっかりしてちゃいけないな。冒険の日々は楽しかったんで、つい」紅城は頭を掻く。


 米沢さんは、バッグから数枚の書類を取り出して、一枚俺に渡した。

「鏡先生。突然ご自分の作品のアクセス数が増えて、おそらく驚いてらっしゃると思うのですが、今、紅城先生の配信されている動画は、乗りに乗っています。チャンネル登録者数も百万を超えている状況なんですよ。その紅城先生に紹介された鏡先生の作品も、同じくらい注目されています。当編集部といたしましては、早めに、注目度が高いうちに、先生の作品を書籍化するのが商業的に最も売り上げが見込めると考えております」


 渡された書類には、書籍化に向けての工程表が載っている。プリンター用紙に印刷されたものだ。

「つきましては、五か月以内の書籍化を目指したいと思います。イラストレイターの選定はこちらで行いますが、鏡先生にお願いしたいお仕事が二点ございます」


 書類に目を落とす。工程表の中に、赤い丸で囲われた部分がある。米沢さんの話が続く。


「まず一つは、既存の原稿の、書籍化を前提とした手直し。これは、今回書籍化する第一巻の分、具体的には、第一話から第二十二話まででけっこうです。もう一つは――」


 ここで、紅城が嬉しそうな顔をする。書類の先を読むと、彼の反応の意味がわかった。

 米沢さんは、書類どおりの説明をした


「少なくとも一話、出来れば二話以上、作品の続きを書いて、ネット上にアップして下さい」

「先生。この意味はわかるよな?」紅城が口を挟んだ。「何年も更新されてない話の本が発売されても、読者が不安になるだろう。ちゃんと完結するかどうかわからないからだ。読者に期待を持たせるためにも、ごく最近書かれた続きがあった方がいいんだ」


 そう来たか。俺はふと思いついて、こんな仮定の話をする。

「もし俺がここで、書けないと言ったら、どうなるんだ?」

 紅城は目つきを険しくした。

「その時は、書籍化の話はナシだ。俺はもう、応援しないよ」

「じゃあ、書くしかないんだな。問答無用で」

「そうさ、問答無用さ。始めた話は、終わらせないといけないんだ。できれば、楽しくて面白いのを頼むよ。何も難しく考えなくていいんだ。先生が書いた最後のエピソードで、俺は魔法剣士との決闘に勝った。そこで、戦いの舞台となった古代遺跡が暴走を始めて、それに巻き込まれた俺は別世界に飛ばされる。そうだったよな?」

「うん。そうだったね」


 神に反逆することを目論んだ女魔法剣士・アレクトー。

 これが、物語のライバルだった。

 彼女は世界各地の魔法使いギルドや神殿を襲撃し、隠されていた「禁断の魔法書」を強奪する。その目的は、古代遺跡の起動だった。

 魔女からの依頼でアレクトーを追っていた紅城は、ついに古代遺跡で直接対決する。そして勝利したは良かったが、起動した古代遺跡を止めることができず、別の世界へと転送されてしまう。

 次回に続く……としたまま、更新せずに、もう何年経ったんだか。


「あの続きが、今ここにいる、この俺だ」

 紅城は自分の胸を叩いた。なんだか嫌な予感がする。

「先生。俺が転送された世界とは、この現世のことだった。そして、俺は異世界の神そのものに、つまり先生にこうして会った。これが次回の粗筋だ」


 嫌な予感というものは、だいたい当たる。

 そう言ったのは、どこの小説の主人公だったかな?

 そういえば、本のあとがきで自作の主人公と対談する作者ってのは、この状況みたいなのを言うんだろうか。


 俺は今、アパートで酒をかっくらっている。つけっぱなしたテレビからは、バラエティ番組の観客がゲラゲラ笑う声がする。以前は、テレビから甲高い笑い声がするとイラついたもんだった。明日への不安を煽られるような、そんな被害者意識みたいなものが湧き上がってきたからだ。

 だが、今は違う。ひょっとしたら、これからずっと違うかもしれない。もう俺の作品の書籍化はほぼ確定したようなもんだ。俺は何でもない俺ってわけじゃないんだ。

 けど、既存の原稿の手直しはともかく、続編の執筆は紅城直哉との共同作業が必要になる。

 紅城とは連絡先を交換して別れた。これから何回か会って相談することが決まっている。進捗については、定期的に米沢さんに報告することになるだろう。


 それと並行して、原稿の直しも入る。

 この直し方については、米沢さんがメールで指摘してくれた。

 誤字脱字の修正、世界設定の説明が足りないので追記。会話文の中で、登場人物がまだ知らないはずの情報を知ってしまっている場面の修正。文章の表現が陳腐になってる部分の変更。回収されないまま放置されている伏線の検討、などなど。


 やることが多くて、考えがまとまらない。テレビから、またわざとらしい笑い声が響く。

 リモコンでテレビを切る。部屋が急に静かになって、アパートの住人たちの生活音が聞こえてくる。


 まずは、小説を一度自分でも読み直してみるか。

 原稿を直すにも、紅城と話をするにも、もう自分でも忘れちゃったエピソードや、伏線を整理しておいた方がいいだろう。


 それで俺は、PCから自分の小説を読み始めたんだが、ふと思いついて、MooTubeにも別窓でブラウザを開いてアクセスしてみた。もちろん、紅城の新しい動画をチェックするためだ。

 案の定、新作があった。更新は今日。

 前回と同じ構図の同じ部屋で、ソファに座った紅城が満面の笑みを浮かべていた。

「僕は本日、鏡行人先生にお会いして来ました! 前回ご紹介した、先生の『異世界転生! 魔法使いだらけの世界で、俺が成り上がるまで』は、書籍化決定のようです! 新作も間もなく発表されます! 今日はそのお話をしようと思います!」


 待てぇー! 何をバラしとんじゃー!

 作者の俺より先に、そんなのバラしちゃうのかよ勘弁してよ。

 次に会ったら、俺の作品に関係する発表は俺にやらせて欲しいと頼まないとな。


 これからやらないといけないことがたくさんある。明日は仕事だから早めに寝なきゃいけない……けど、もうちょっと仕事をやってからにしよう。

 長すぎる今日という日は、まだ終わりそうになかった。



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