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ある日突然、ランキング一位?

 俺の名は、山田敏行(やまだとしゆき)

 性別は男性、年齢は中年と言われる歳だ。未婚で、職業は派遣社員。

 なに? 人生負け組? 余計なお世話だ。貧乏ながらもなんとか暮らしている。

 酒はやらない。タバコも吸わない。ゲームにも、今は熱中できない。この俺に残された数少ない楽しみは、小説の執筆だ。


 職場へ向かう満員電車の中、スマホを起動してブラウザを開き、閲覧するのは「小説を書こう!」

 Web小説の投稿で有名なサイトだ。

 ここには、誰でも自作の小説を投稿できる。

 そして誰もが、その小説を無料で読むことができる。

 読者は作者に当てて感想文を送っても良いし、他の読者のためにレビューを書いても良い。作者と読者がお互いに交流できる仕組みがそろっている。

 今は百万を超える作品が列をなし、人気作には書籍化、漫画家、アニメ化のチャンスもある。夢を抱き、ここに自作小説をアップロードする小説家志望者は後を絶たない。

 俺もそんな人間の一人だ。

 いや正確には「だった」というべきかな?

 

……ちなみにペンネームは鏡行人(かがみゆきと)

 鏡行人(かがみゆきと)だ。

 スカした名前と思うだろうけど、俺だって昔は「そういう年齢」だったし、その頃から考えていたペンネームでデビューしたいってのは、人情だろ?


 さっき執筆してると言ったけど、この言葉には少し嘘がある。

 カッコ悪い事実を告白すると、俺の自作小説は、もう何年も未完結のまま更新されてない。いわゆる「エターなってる」作品であるわけだ。

 作品のタイトルは「異世界転生! 魔法使いだらけの世界で、俺が成り上がるまで」

 タイトル読んだだけで、わかる人にはわかっちゃうだろう。

 もう二回りほど古い、ありがちな異世界転生ものだ。

 つまり、主人公が冒険者仲間から追放されるとか、そんな展開はない。

 悪役令嬢が婚約破棄されるとか、そういうホットスタートもない。

 胸糞展開がない代わりに、ざまぁ展開もない。

 聖女だって出てこない。

 ましてや、中国風の後宮なんて登場しない。

 あらゆる意味で流行から取り残されてしまった物語だ。


 主人公は、トラックにはねられて異世界に転生した平凡な現代の日本人「紅城直哉(あかぎなおや)」。

 転移した先の世界は、中世と近世のヨーロッパをごった煮にしたみたいな文化を持ち、魔法使いが社会の重要な地位を占めている。

 そんな設定なのに、なぜか異世界から転生した主人公の方が強力な魔法を使えて、現地の平民も貴族も主人公をあっさり受け入れて称賛してくれる。

 そんなご都合主義だらけの筋書きだ。


 連載を始めたころは千人近い読者がついて、毎日毎日更新して、ランキングの端っこに載るくらいは行ったんだ。

 でも、流行りから外れていくのはどうしようもなくて、話はクライマックスに進んでるはずなのに、じりじりと読者が減っていく有様だった。

 けっこうキツかったな。あれは。

 それで、主人公が、異世界の宿敵との勝負に決着を付けるというところまで話が進んだあたりで、ぷっつりと、俺の情熱が途切れた。

 書籍化の夢も諦めた。


 けど、未練たらしくも、俺はまだ「書こう!」を覗いている。

 そう。もう更新はしてないけど、読者がいないわけじゃない。もはや小説を書くというよりも閲覧者の数を確認するのが、俺の(わび)しい娯楽というわけだ。

 にやにやしながら「書こう!」にログインする。

 マイページから、自分の作品リストを選ぶ。さて、昨日と今日で何人の閲覧者がいるのかな。

 アクセス数の解析画面に進んでみる。その画面では、青いバーグラフで時間ごとの閲覧数が表示される仕組みになっている。何しろ更新してないものだから、ここ数年の閲覧数は、一日に十人もいれば良い方だ。


 だが、今日は少し、いやかなり、様子が違っていた。


 閲覧者数を示す青いバーグラフがブラウザ画面を埋め尽くしていた。

 閲覧者は時間当たり……二百……二千……いや二万人超? 朝っぱらから?

 はぁ?

 毎日連載してた時期にも、こんなに沢山の人が読んでたことはないぞ。

 素直に考えれば「読者が増えて嬉しい」と俺は思うべきなんだろう。だけど、余りにも唐突に、何の覚えもなくアクセス数が増えても、不気味なだけだ。


 何かのバグか?

 荒らしか?

 いやいや、それともハッカーか何かが「書こう」を攻撃でもしたのか?

 年齢相応にネットリテラシーというものに通じている俺は、ネットの情報に対して疑い深いのだった。

 だって、そうだろ? うまい話には裏があるって言葉がどれほど真理に近いか、ネットを日常的に使っていれば嫌でも思い知らされる。

 まぁでも。ひょっとしたら奇跡が起きた可能性だってゼロじゃないだろう。調べてみようじゃないか。

 俺は咳ばらいをしてスマホを持ち直す。俺の正面で吊り革を握って立ってる中年女性が、不愉快そうに俺を一瞥した。ああ、ごめんね。唾が飛んでなきゃいいけど。


 ネットに検索をかけて「書こう」にアクセス障害がないかどうかを確認してみたが、そんなニュースは影も形もなかった。

 見間違いかもしれないと思って、一度ブラウザバックする。そうだ、別人の小説のアクセス解析に入り込んでしまったのかもしれない。

 ところが、何度確認しても、このアクセス解析は俺の小説を読んだ人の数だった。


 俺はスマホの画面から顔を上げる。いつも通りの、電車の光景が広がっている。窮屈そうにしている乗客たちは、俺に何の関心も払わない。車窓の向こうでは、ありふれたアパートや雑居ビルが立ち並ぶ見飽きた街が過ぎ去ってゆく。なんの変哲もないつまらない日常というやつだ。そうだ。世界は何も変わっていない。


 そうして、スマホに目を戻し、もう一度ブラウザ画面を見ると、そこに表示されているのは、あり得ない情報の数々だ。

「書こう」のトップページには、一日の閲覧者数が多い作品名がリストアップされている。いわゆる「トップランキング」一覧だ。そこに、俺の小説のタイトルが当然のように載っている。


 ぶっちぎりで1位だ。


「書こう」のユーザーホーム画面を確認してみると、新しい「読者感想」は十を超えている。昨日の朝に確認したときは、未読の感想なんて一つも無かったはずなのに。

 ざっと、いくつか目を通してみたが、どれもこれも「最高の作品」とか「真の冒険だ!」とか、べた褒めの言葉が並んでいる。

 たった一日で、何があったんだろう?


 混乱しながらも、あり得そうな可能性を考えてみる。

 いきなり読者数が増えるケースとして考えられるのは、どこかのSNSか、動画投稿サイトで俺の作品が紹介されたことだ。

 そうだ。それなら、この現象も説明がつくかもしれない。


「書こう」には膨大な作品があるけど、埋もれていく物語も少なくない。

 埋もれた傑作を掘り起こして、宣伝してくれる読者のことを、俗に「スコッパー」ともいうけど、そうしたスコッパーの中で有名な誰かが、俺の作品に注目したとか、そういうことがあったんじゃないか。


 そうだ、それならば。

 俺の作品名でWeb検索をかければ、この台風の目がどこにあるのかを、突き止められるかもしれない。

 スマホのネット検索を呼び出して、小説タイトルを打ち込んでみる。

 異世界……転生……魔法使いだらけの世界……で、俺が成り上がるまで……と。

 検索結果を見ると、あっけなく、動画投稿サイト「MooTube」のアドレスが出てきた。投稿された日付は昨日だ。これが俺の小説のアクセスを増やしてくれたんだな。

 ドキドキしながらリンクをクリックする。

「MooTube」のアプリが起動して、問題の動画が再生される。

 チャンネル名は「異世界ちゃんねる」だって? 安易だなぁ。


 一人の男が現れる。

 場所は、どこかのマンションの部屋だろうか。シンプルだが高級そうなソファに座っている。

 男は下半身はジーンズ、上半身はフリースという平凡そのものの格好をしている。

 特にハンサムでもないけどブ男でもない。平均的な体格と容姿の日本人男性のようだ。あえて言うなら髪型がちょっと変かな? 寝癖にも見えるけど、天然パーマなのかも。

 どことなく、なんとなくだけど、見た覚えがある人間のような気がするが、それが何故かはわからない。まぁどこにでもいそうな顔してるからな。きっと、学生時代か、それとも職場の一つで出会った人間に似た顔の奴がいたんだろう。

 彼は、こう話を切り出した。


「みなさん、こんにちは。もしくは、こんばんは! 初めての方のために、自己紹介いたします。僕は紅城直哉(あかぎなおや)です! 異世界から帰って参りました!」


「はぁあああ?」

 電車の中だというのに、素っ頓狂な声を上げてしまう。周囲の乗客が気味の悪そうな顔をしたので、我に返って口を押える。

 俺がなぜびっくりしたのかは、いわずとも分かるだろう。

 この動画の男は、俺の小説の主人公を名乗ったのだ。



※作者より

 ネット小説はまず「読まれる」小説であることが求められると言います。

 だから最初に一番面白い話を持ってきて、それが終わると消化試合……というパターンが多いのですが、残念ながら私は古典的な「背景世界の説明を終えてから物語を展開する」手法しか使えないので、エピソードが進まないと冒険が始まりません。

 前回の長編「最後の龍、最後の旅」も同様でした。

 気長に付き合っていただければ幸いです。

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