プロロロロロロロローグ!
字が詰まっておりますので、縦書きで読まれることを推奨します。
あれ──? 俺死ぬんじゃね?
唐突かつ冷静にそう思った。
体は重力に引かれ、高さ三〇階の高層ビルから真っ逆様に落ちていく。途中、まさか人が飛び下りたとは知らずに、オフィス内の会社員たちはいつもと変わらないであろう忙しい仕事に追われていた。
ああそうだ。普段の日常から外れているのは俺の方だ。しかも一番最悪な方向へと。
体の向きが変わり、風圧が胸板を正面から叩きつける。見開かれた震える眼球に映るのは、玄関前のコンクリート。
……さすがにノーロープバンジーはキツいだろ。意外と俺は窮地に立たされても冷静を保てるらしい。
地上との距離約二〇メートル。死との距離、右と同意。……借りた小説返せそうにないな。悪い。
再び体が回転。頭部が下を向く。頭蓋骨粉砕まで距離約一〇メートル。絶命との距離、右と同 義。……結局、童貞のままだったか。切ないな。
思考がぼやけてきた。いまさらながら慟哭を覚え、脳が麻痺してきたのだろう。それでも構わない。
黄泉の国との距離約五メートル。永眠までの距離──残り一メートル。
ふと、視界がスローになる。たしか人は死と直面したとき、脳が助かる方法を考える、それがスローの正体だって誰かが言ってたな。だけどこの状況からして俺が助かる確率は零。死の匂いだ。悲しくないなんて言ったら嘘になってしまう。できればまだ生きたい──けれどもその願いは叶わないだろう。
さようなら。
……………………ん?
痛みがこない。深淵へと誘う死の痛みがこない。おかしい、頭部が砕けるどころかふわりといつまでも宙に浮いているみたいだ。
恐る恐る再び瞼を開く。弱い光が射し込んできたと思えば、そこにあったのはなんと、視界いっぱいの群青。
「わっつ……?」
我ながら情けない第一声だと思う。だが、いきなりこのような満面の蒼空を見せられれば、平静など保てないだろう。いやいまは情けない云々の場合ではない。
航空機が飛び交う大空。問題はなぜ俺みたいな凡才と秀才を足して二分の一を掛けたような奴がここにいるかだ。言うまでもないが俺は極普通の高校生であって(童貞)ちょべりぐリリカルな魔法使いでも、幻想を破壊しますよが売りの烏頭少年でもない。しかも待て、さっきまで地上スレスレな位置でパラシュートなしの低空スカイダイビングを文字通り命懸けでやってたじゃないか。まさかここが天国というなのエデンなのか? ならば断固抗議しよう。不景気で魑魅魍魎とした現世とは一八〇度違うと云われる、苦のない楽園が……なんでこんな虚無的なんだよ。
「ちょっとあんた起きてるんでしょ?」
我が底のない慟哭に惹かれてきたのか、浮遊霊の幻聴が聞こえてきたさ。
「おーい、ちょっと?」
む、まだ帰らないのかしつこい奴だな。さぞ生前は五月蝿い悪ガキだったんだろうな。
「気づいてんでしょ? は、もしかして無視してんの?」
御名答。察したなら空気読んで帰ってよ! あたいのことはもうほっといて!
「…………ねえ?」
粘り強いよねぇ、納豆かこいつ。
──ん? 待て今世紀最期の天才。もしや娘奴、俺のことが好きなんじゃないか? ありえる話だ。全身全霊で抑えてもなお溢れ出る甘美なる俺の魅力に一目惚れ──ありえるありえる。いや、必然だ!
初めての彼女が幽霊──うーんマンダム。いままでの独り身な一六年間はこのための対価だったと言っても過言ではない。
……よし、彼女の気持ちに応えてやるとしよう。噛まないように気をつけなきゃな。『お買い上げありがとうございますプライスレスです』って言うぞ。せーの……
「この豚野郎」
「おきゃい……はい」
噛んだ。豪快に噛んだ。待って、豚野郎って何。幽霊界で流行りの愛情表現?
今気づいたが、彼女の顔がすげい近くにある。
ふっくらと柔らかそうな桜色の花弁もとい唇。細い鼻梁。勝ち気な吊り眼。その奥の瞳は燃え盛る紅蓮色。それらのパーツを収めている小顔。恋愛経験などに乏しい俺でもわかるほどの美少女だ。
ふと、視線をずらしてみると炎髪ツインテイルが映った。不覚にも俺の萌え萌えメーターが急激に湧き上がる。
「やっと口利いたわね。あと一秒遅かったらこっから落としてたとこよ」
「はい?」
なにを言っているんだろうと思い、下を向いてみると、「世界」があった。
見慣れた景色。歳葉町じゃん。
これで完全にわかった。今俺は遙か上空に浮かんでいる。
……で、ええええええっ!
だからなんで浮かんでんだよ!
いまさらながら気づいたんだが、俺はこの少女に抱えられている。なんつう怪力だ。
戸惑いながら少女の方向を向いてみると、少女の背中にあってはいけないものがあった。
いかつい機械の翼。
人智を越える存在。
人外。
はあ……もう驚き疲れた。
投げやり気味に彼女に尋ねる。
「お前はなにもんだ?」
すると当の彼女は、強気に唇を歪めると、こう言ってきやがった。
「──魔法少女よ」
そう──これは、斜め四五度から見事俺のくだらない世界を壊しやがった、もとい壊してくれた機械少女とつまらない一般人の物語だ。
プロローグ 了