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5 愛情の深さ


 まるで浮気がバレたかのように居心地の悪い雰囲気の中、吸血鬼の双子の妹のティアがマリスの隣ににそっと来て軽く頭を下げた。



「マリス様。サイラス様は、今夜このような用で訪問することを本当に嫌がっておいでだったのです。そりゃあもう、ものすごく。前髪で顔を隠して、存在感をなるべく消して、それでもあなたにお会いできることを喜んでいて、ついついあなたの前に立って話しかけてしまうほどには、再会を心待ちにされていらっしゃいました。たとえ贄の娘の首に牙を突き立てていても、浮気ではないのです。当主の威厳のために、贄の娘は必要でしたから。まあ、その娘を西の城を与えた吸血鬼にかっさらわれて失ったので、威厳もクソもないのですけどね、うふふ」



 なんてえげつないフォローだ、と吸血鬼の男たちがざわめく。

 兄であるトーリは慣れているらしく、さらにそのフォローをするためにティアの肩に触れた。



「あの娘とはビジネス関係のようなもので、愛も恋も存在しませんでした。今回のことだって、穏健派の我々を連れての捜索で、娘と恋に落ちた西の吸血鬼を始末するためでも、娘を取り返すためでもありません。ただ、何もしないことはできないので、こうして行動をしているだけです。その過程でここに来る事になったときにサイラス様がどれほどイヤだとごねたことか……本当にもう、あなたに愛人がいると誤解されると言って大変だったんですよ。まだ結婚もしていないのにねえ、ははは」

「あなたたち本当に兄妹ね」



 フォローしているようでしていない双子を押し退け、サイラスがマリスの手を取る。

 細いが美しい指で、マリスの華奢な手の甲を撫でた。

 愛おしまれている。


「結婚してく」

「無理」


 言い終わる前に一言で言い切ると、吸血鬼達は「ああっ」と皆ダメージを受けたように落胆した。

 言われた当の本人は、けろりとした様子で「どうしてだ」と聞いてくる。


「さっきも言ったように、私が人と結婚する必要があるからよ」

「それは許さない」

「あっそ。別に許されなくて結構。あなたが当主の威厳のためにうら若き可愛らしい娘の首にキスをして牙をたてたのと同じように、私は花聖院の娘として、人と結婚してこの血を薄めるの」

「嫉妬してくれて嬉しい」

「……そんな話した?」

「よく考えればそんな話だ」


 サイラスが満足そうに頷く。

 

「君が断ろうと関係なく、俺が結婚するのは君だけだ。この件をしっかり終えて、また申し込みに来ることにする。君が頷くまで何度も」

「サイラス、私は」

「マリス」


 ふと、サイラスの赤い目が輝いた。

 ぼうっと光る。


「君が、俺ではいやだと言わない限り、俺は絶対に諦めることはない」

「い」


 ばっと口を塞がれたマリスは、うろんな目でサイラスを見上げた。

 物理的にも言わせるつもりがないなら、諦める気などさらさらないのだ。

 マリスはそもそも「嫌」だという気はなく「いいから、帰って」と言いたかっただけだが、サイラスは圧倒するほどの笑みでマリスを慈しむように見つめた。

 

「吸血鬼は恐ろしいほど愛情深い生き物だ。唯一の人を諦めることなど、死以上の苦しみに永久に悶えることになる。叶わぬ想いの果てに自ら首を切り落とす者も多い。マリスは俺にそうなって欲しいと?」

「脅す人は嫌い」

「ごめん」


 すんなりと謝ったサイラスが、全く悪びれない顔で微笑む。

 マリスの目の上で切りそろえた前髪を、指でさらさらと触れた。


「愛情深さは本能だが、俺は心で君を愛している。だから結婚し」

「無理」


 間髪入れずに言うマリスに気を悪くすることなく、むしろどこか嬉しそうにサイラスはくしゃりと子供のように笑った。

 前髪に触れていた手で、頭を優しく撫でる。

 が、その手がピタリと止まった。



「……ああ、マリスと遊んでいたいところだが」



 ふと遠い目をしたサイラスは、隣に控えていたトーリを見た。

 双子が頷き、胸に手を当てて頭を下げる。

 ほかの吸血鬼達も揃ってサイラスに向けて礼をして、再び顔を上げたときには先程までの顔とは全く違うものへ変わっていた。


 

 冷酷な色をした赤い目がぬらりと底光り、白い仮面を付けたかのように表情が消え去っている。



「皆、落ち着け。気取られることなく静かに囲むように。俺が行くまで手を出すことは許さん。行け」



 サイラスがゆったりと号令をかければ、彼らの目は喜びの色を灯し、待合室から一人残らず音もなく立ち去っていた。

あまりにも鮮やかに、何もなかったかのように待合室の夜会が突如終わる。



 残されたのはサイラスと、マリスと、珍しく口をつぐんでいる母だけだ。



「当主さま、少しお時間よろしいですか。二分ほど」


 やはり黙ってはいなかった。

 マリスは再び頭を撫で始めた手をやんわりと押し返す。今度は手を出してこず、サイラスは腕を組んで母を見下ろした。



「構わない。何だ?」

「この子と交流を続けたことが、あなたの支えになったのは大変光栄なことです。あの日の争いを幼いあなたが傷一つ負わずに鎮めたことも知っています。あなたがどれほど強く、そして周りから慕われているかも、伝え聞いております。だからこそ」

「マリスから離れろ、と」

「この子のためです」

「それを言われると辛いな」



 苦笑するが、サイラスが受け入れる気がないことは見ればわかった。

 母も大きなため息を吐く。



「あなた方の中で反対する者はいないのですか?」

「いないようにすることはいつでも可能だ」

「……争いが起きるのであれば、この子はどんなことをしても渡せない」

「ほう」



 迷惑なほどピリッとした空気がマリスを挟んで行き交う。

 ここにサイラスだけでよかった、と心からマリスは思った。

 花聖院の院長が始祖の血族の当主に「お前の想い人を殺すぞ」と喧嘩を売っているのだ。争いがなんだかんだ言っているが、本末転倒なことこの上ない。




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