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3 幼い約束


「結婚?!」


 母の声に、マリスは思わず耳をふさいだ。

 花聖院の献血室とはまた別にある、吸血鬼専用の待合室の中は、まるで夜会でも始まりそうな華やかさで満ちていた。それぞれのテーブルに美しい男女が座り、こちらを見ている。

 姉たちは輸血室で待機し、ナタリーはどこぞの吸血鬼に見初められてはかなわないと一番遠い部屋に退避させているので、吸血鬼の群の中にいるのはマリスと母だけだった。


 

「なにを言っているの! あなた正気なの?!」

「おー、うるさいうるさい」

「マリス!」


 待合室という名の豪華な空間で、堂々と居座って親子喧嘩を始めた院長と、マリスという娘の攻防を、吸血鬼等は遠巻きに見ている。やれ「顔はかわいらしいお人形さんなのに」やら「あれは本当に花聖院の娘なのか」やら「口と態度が悪いな」などと聞こえるが、気にしない。

 そんなものは人にも言われ慣れている。


 サイラスだけが、マリスと同じテーブルにつき、微笑んでいた。

 今は顔がよく見えるように額の中央から分けていて、その美しい顔を惜しみなく見せてくれている。

 まつげ長いわあ、なんてマリスが見ていると、今度は頭にバシンと衝撃が振ってきた。

 間違いなく母の仕業なので、睨みあげる。

 が、頭をよしよしと撫でられた。にこにこしているサイラスに。


 母は毒気を抜かれたように、まじまじとサイラスを見る。


「あの」

「なんだ?」

「あなた、始祖の血族の当主さまで間違いないのですよね?」

「間違いなくそうだが」


 不思議そうに首を傾げるサイラスに、さらに母は首を傾げた。

 こんな人だったかしら、とぽろりとこぼすが、マリスにとっては「これ」が知っているサイラスだ。





 とは言っても、名前など知らなかった。

 その昔、マリスがまだこの制服に袖を通して間もない頃、本当は近づいてはならない裏門に興味本位という名の反骨精神で近づいたことがあった。


 あの日は吸血鬼同士の争いがあり、傷ついた彼らが一気に現れて、院の中が慌ただしかったのを覚えている。幼いマリスは自室での待機を言い渡されたが、そこで大人しくしているはずもなく、どうにか抜け出して吸血鬼がやってくる裏門へ向かったのだ。

 止血くらいなら、門の内側で済ませることができると思っていた。

 そうすれば、忙しい母や姉たちの助けになると。


 その裏門に血だらけの姿でやってきたのが、自分より少し年上の、しかし壮絶に美しい少年だった。

 目が真っ赤で、服はあちこちが破れていて、マリスは不思議と、この少年を巡って争いが起きたことを察した。

 

 入って、とマリスが言っても、少年は「入れない」と頑なだった。

 それならばどうしてここにいるのかと聞けば、彼の付き人がこの中で輸血を受けていて、傷が深かったので心配だったのだそうだ。もう追っ手は来ないが、自分が入るのはダメだと言って動かない無表情の少年を見たマリスは「そっか、怖いね。助かるといいね」と言った。すると、少年は目を見開いたかと思うと、ぼろぼろと涙をこぼし始めたのだ。焦ったマリスは彼の涙が止まるまで必死で、大丈夫だと思うよ、たぶんだけど、と微妙な励ましを続けた。


 落ち着いた頃に、涙で首元に流れた血を見て、マリスは手をかざした。


 血を消滅させたマリスを、少年は驚いたように見つめていた。


 マリスにとって彼は、涼しい顔をして感情豊かな、年相応の少年だった。





「それで、文通をはじめて」

「文通?! 聞いていませんよ?!」

「言ってないのに知ってたら怖いわ」


 毒づくマリスに、母は「そういうことではありません」と怒鳴る。


「ここは結界があるのに、どうやって」

「どうもこうも、普通に郵便受けに」

「切手を貼って送った」


 うんうんとサイラスとマリスは頷く。

 母は信じられないと書いた顔で、二人を見た。

 いや、こっちのほうがびっくりするんですけど、とマリスは母の顔を見上げる。マリスは郵便当番で必ず一番に手紙を受け取るし、彼はここの住所を知っていた。初めてきた手紙に送り先を書いてあったからそこに手紙を送っていただけだ。手紙とはそう言うものじゃなかっただろうか。まあ、どうやって吸血鬼の住む区画に無記名のそれが本人に届けられていたのかは全く知らないが。


「……マリス、あなた相手が吸血鬼と知っていて、手紙を?」


 睨まれる。

 そりゃ、裏門で血だらけの、それも赤い目の少年と出会えば相手が誰かなんて分かり切っている。

 マリスは頷いた。


「うん」

「この馬鹿娘!!!」

「落ち着きなさい、院長殿」


 サイラスが柔らかに言う。

 顔の整った相手に弱い母は、うっと怯んだが、マリスの顎をがっつりと掴んでサイラスに向けた。


「当主さま、この子の目の色が見分けられぬ訳ではないでしょう。この子は血が強いのです。あなたと交流なんて、させられない」

「ああ、綺麗な菫色の瞳だな」

「サイラスの薔薇色の瞳も変わらず綺麗ねー」 


 のんきな二人の誉め合いに、わなわなと母の手が震えた。

 サイラスが泰然と笑う。


「院長殿。瞳の色なんてどうでもいい。彼女が始祖の血が強い紫の瞳をしていようとも、俺はマリスを妻に迎えたい。昔からそう思い続けていて、何度も手紙でもそう彼女に伝えている」

「なっ」

「あ、それだけどね」


 うっとりと言うサイラスに、ぎょっとした母が言葉を詰まらせたところで、思い出したようにマリスが「そうだったそうだった」と顎を掴む母の手を払った。


「結婚はしない。サイラスとは」

「……」


 美しい顔がきょとんとしている。

 待合室の吸血鬼達は一斉に、主が振られた様子を見て「聞いたか」やら「あのサイラス様が」やら「どどど、どうする?」と戸惑い始めた。右往左往する彼らは凄みのある見た目とは違うようで、どうやらサイラスは彼らに畏怖されているのではなく、愛されていることがわかった。思ったよりもアットホームな血族らしい。


 サイラスが立ち上がる。


「マリス。俺とは、という意味を聞いても?」

「人間と結婚するから」


 あっさりと告げたマリスに、サイラスから「付き合っている男がいるとは聞いていないが」と見下ろされるので、これも正直に告げる。


「これから見つけるつもり」

「……そうか」

 

 サイラスはマリスの頭をぽんぽんと撫で、微笑んだ。


「人間を滅ぼしてくる」

「やめて」

「わかった。じゃあ、男だけ」

「やめて」



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