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23 縁談の思惑



「……待たせたかな?」



 部屋に突然現れたサイラスは、マリスがソファで待っていたことに驚く様子もなく、優雅に定位置に座った。

 コートを脱いでいないところを見れば、ここに長く居ることができないのだろう。

 マリスはじっとローテーブルの上に転がる薔薇の指輪を睨みながら、足を組んで首を傾げるサイラスに尋ねる。


「これ、どうしてたの」

「ああ、それか……」


 指輪に反応しなかった騎士団のことを思い出せば、不自然でしかない。

 サイラスはゆったりと笑んだ。


「あいつ等が動くと知ったので、回収しておいた。で、君が来る前に置いただけだよ」


 しれっと答えたが、色々と恐ろしいことを言っている。

 騎士団が来ることを正確に知り、さらに吸血鬼だというのに昼間に動き、マリス達が一切気づかない出入りが二度もあったということになる。

 一体どうやって。

 そんな疑問をぶつけたとしても、きっとサイラスは笑うだけで答えはしない。それどころか、聞けばきっと面倒なことになるだろう。マリスは「あ、そう」とだけ返しておいた。


 聞かなければならなければならないことは、まだあるのだ。

 そう、たとえば、自分の心の変化とか。

 マリスはじとりとサイラスを見据えて、口を開こうとした。



「マリス」

 


 見計らったように、サイラスがマリスの言葉を遮る。

 睨むと、サイラスは何故か不機嫌な顔でマリスを見た。

 いつもなら笑って誤魔化して有利に運ぼうとするサイラスが、むっとしているのだ。


「……なに」


 マリスが怪訝そうに聞き返せば、その整った目がきゅっと細まった。


「で? 見合い相手は結局誰だったんだ」


 赤い目が不穏に光る。

 澄ました顔はどこに置いてきたのか、全く繕おうとしていない。


「誰だ」

「……」

「マリス? 殺しはしないからきちんと言いなさい」


 殺し「は」しないらしいので、マリスはさらに黙って抗議の目でサイラスを見る。


「……」

「……」

「わかった、何もしないから、誰だったか教えてくれ」

「何もしないのなら何故教える必要が?」

「……」

「……」


 にらみ合いが続いたが、先に折れたのはサイラスだった。

 目を閉じて、天井を見上げる。

 誰かに聞かれていることを確認しているようだった。


「わかった」

「バートよ」


 渋々もう聞かない、と言いたげにため息を付いたサイラスに名前を告げれば、複雑な顔を見ることができた。思わずマリスは俯いて小さく笑う。


「……バート?」


 サイラスが呟く。


「エリカの兄の?」

「そう。あなたのパートナーだった彼女のお兄さん」

「パートナーではない」

「彼女が来てたことは?」

「知っている」


 でしょうね、とマリスは嫌みを送る。

 じゃあ、これも知っているはずだ。


「彼、結婚が決まってるんでしょ」


 聞けば、サイラスは目を丸くした。


「……そういえばそうだった」

「本気で言ってる?」

「本気だ。しかし、向こうはもうマリスに男を向ける意思はない、ということだな」

 

 そう言うことになる。

 マリスが父から聞かされた限りでは「双方」に、騎士団から結婚相手を、と望まれているということだったが、向こうが寄越した相手は贄の娘の兄で、さらに結婚が決まった青年だ。どう考えても本気であてがうつもりはない。

 そして、それを示したかったのだ。


「サイラス?」

「なんだ」

「手を回したの?」

「……さあ?」


 手を回している。

 絶対に。

 そして、相手はバートを寄越したことで「形式的なことを済ませただけですよ」という意思をサイラスに伝えたいのだろう。


「睨むな。手を回したわけではない」

「ふーーーーん」

「ただ、騎士団にいるたった一人の友人に、俺の想い人の話をそれとなくしておいただけだ」

「手を回してるじゃない」

「違うよ。あいつは頼みなど聞いてくれる相手ではない。俺が言ったところで、素直に助けてなどくれないよ。むしろ嫌がらせのように、俺の望みとは違うことを喜んで持ってくる奴だ」

「友人なの、それ」

「可愛い奴だろう」

「ごめん、わからない」


 マリスはこの花聖院で生まれて育ち、周りは家族ばかりという中で、友人というものはいなかったし、知らない。けれど、きっと知っていたとしても、サイラスの言う友人が世間一般とは異なることは何故だか理解できた。


「マリスも会ったはずだよ」

「……今日いたの」

「いただろうな、絶対に」

「まさか」

「それだ」


 サイラスが頷く。

 マリスの頭に浮かんだ顔は、高圧的に騎士団をまとめる男だ。バート曰く、大変怖く、潔癖で、しかし面白いところもあって、尊敬に値する男らしい。

 サイラスが、マリスの表情の変化に笑った。

 苦々しい表情をしていたことに気づき、マリスはふいっと顔を逸らす。


「俺の友人はどうやら味方してくれたらしい。今度礼を言わなければな」

「あっそ。ところで、私の縁談はそちらの意向もあると聞いたのだけど」

「ああ、フィンからか」


 サイラスはあからさまにため息を吐き、髪を掻く。


「じじいどもの戯れ言だよ」

「へー大変ねー。当主様なんだから、周りの声に耳を傾けたらどう?」

「安心しろ。もうねじ伏せてあるぞ?」


 縁談の声が聞こえた途端にフィンと動いていたからな、とにっこりと笑ったサイラスを、マリスはちらりと見た。


「嬉しそうだな」

「……は?」

「どう見ても嬉しそうだった」

「そんなわけ」


 ガッとローテーブルに足をかけたマリスが勢いのまま蹴って押し出そうとしたが、サイラスは涼しい顔で同時にテーブルの角につま先を置いた。

 動かせない。


「こらこら、行儀が悪いぞ。足を下ろしなさい」


 優雅にそう言いながら、サイラスはすっと天井を指さす。

 わかっている。

 母の「耳」がある中で迂闊なことは口走れない。

 マリスは確信した。サイラスは、マリスが何を言いたいかわかっているのだ。

 わかって、先程も邪魔をしてきた。


 だとすれば。


 マリスは、仕方なく机から足を退けながらサイラスを睨んだ。


 そして、口だけを動かす。



  『父を、ここへ呼んで』



 そう言えば、サイラスはにっこりと微笑んだ。


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